最初に選んだ刀、加州清光。彼は、 ナマエが想像していた刀剣男士というイメージを捻じ曲げた第一号だった。
審神者の着任予定時刻に間に合わず遅刻した ナマエに最初に宛がわれた刀こそ加州清光。他の新任審神者は既になんらかの打刀を選んでいて最後に残ったものを選んだようだ。
そして召還したのが、お洒落な青年。マニキュアみたいなものをしている。ヒールをはいている。 ナマエがイメージしていた刀剣男士は、真面目で堅物、という感じだったが、これでは和風の洒落た青年である。
…加州清光とは、沖田総司が使っていた刀だったか。記憶を思い起こしていると、彼は目を開けた。目は、そこかしこの装飾、マニキュアのように赤かった。彼は ナマエをみるなり納得したように頷く。鍛刀する際には呼び起こす刀剣に色んな情報を付与させている。彼女が主だと認識したのだろう。
「あー、俺は加州清光。川の下の子です。…あんたが俺の新しいご主人?」
「うん、よろしくお願いします。私は審神者のミョウジ ナマエです。呼び出す際に今の状況、呼び出した理由、最低限の生活の知識を貴方に添付しておいたけど、大丈夫そうですか?」
「…ん、バッチリっぽいよ。で?早速敵討伐にいくの?」
「いや、暫くの間は仲間を増やすことに専念させてもらおうかと思って。…ついてきて下さい」
ナマエは早速歩を進めた。次第に熱気のを感じる部屋に近づいていく。その中には立派な窯に刀を鍛える道具、小さな刀匠がいた。ナマエは手際よく支給されていた物資を半分程渡した。それと、手伝い札を迷い無く渡した。早速新たな仲間を呼び出す為だ。
手伝い札を受け取った刀匠が目にも留まらぬ速さで刀をこしらえるのを、二人は目を丸くしながら見つめた。
あっという間に刀を作り終えた刀匠は、汗をかきながら審神者へ脇差を渡した。
「あ、ありがとう」
彼女は手に取った刀に手をかざし念をこめる。ふ、というナマエの息遣いと共に桜が吹き荒れる。その中から現れたのは少年だった。ナマエはつい、彼の頭にアンテナのように立つ毛を見つめてしまった。
「俺は鯰尾藤四郎です。焼けて記憶があんまりないけど、まあなんとかなるでしょう!」
「……そうなんですか。よろしくお願いしますね」
「記憶喪失?」
「前の持ち主の事とか、あんまり覚えてないんですよ」
「そっか」
加州は考えるように俯いてみせた。鯰尾はにこにこ先程からずっといい笑顔。記憶が無いというのに輝いた表情を見せる少年に、案じるような言葉ををかけたい衝動に駆られたが、見知らぬ男を従えて、いっぱいいっぱいだった為、そんな余裕はなかった。それよりも先に、前もってイメージトレーニングしていた事を伝えなくては。ナマエは、自己紹介とこれからの方向性について語る事にした。
「私はミョウジナマエといいます。…今日は君達に屋敷を案内するね。その後はゆっくり過ごしてもらおうと思ってます」
「あれ、ゆっくりって…出陣はしないんですか?」
「うん、戦力が充実するまで、出陣しない予定です」
ヘタに戦力が不十分なまま出陣させても、大変な事になりそうだし、とナマエは思う。人間らしい刀達にケガをさせるのは嫌だった。きっぱりと出陣する意思がないことを宣言すると、鯰尾は素直に納得したようだが、加州は目を瞬かせていた。
ナマエは毅然とした態度で話しを続ける。
「だから、屋敷を案内したら、三人でお茶菓子でも食べながらしゃべったりしたいと思ってます。各自自由に過ごそう~ってなっても、来たばっかりだから、何したらいいか分からないですよね?」
「分かりました。じゃあお話しましょうか。…といっても俺に話せる事はあんまり無いので、主とあなたが話してるの聞いてますよ」
「……うん、そうしましょう。加州さんもそれでいいかな?」
悲しい気持ちにさせるような事を言ってしまっただろうか、だがそれを謝るのも失礼だ。ナマエは気にしていないような、柔らかい微笑みを浮かべようとした。加州の方を向くと、彼は何やら不安げな面持ちであった。
「ちょっと待ってよ、…いいの?すぐに俺たちを出陣させないと怒られるんじゃないの?」
加州の言葉に審神者は一瞬驚いた後、あー…とばつの悪い顔をした。もしかして、あのやりとりを見ていたのだろうか。だとしたら…、色んなことがおっぴろげだという事に…。(遅刻やらその他もろもろ)…審神者は深く考えることをやめた。
「……うん、大丈夫」
「その無言の間は…!?」
「まあまあ細かい事はいいじゃないですか?あれ?もしかして加州さん緊張してるんですかー?」
「ち、違うし…!」
「あはは…、そうそう、細かいことは気にしなくていいよ。あぁ、もう一振り、君たちの仲間を鍛刀するからちょっと待っててね」
考えることをやめているものの、ナマエは恥ずかしいやら、情けないやら、ごちゃごちゃになった感情が胸に渦巻いていた。苦い顔を隠そうと努めながら、二人のやりとりを横目で眺める。鯰尾は目を細めて加州をおちょくっている。この少年は、敬語だから真面目なものだと思っていたが、割と不真面目なのかもしれない、いい意味で。
彼のおかげで話が流れたことに感謝しつつ、刀匠に再び鍛刀をお願いする。…今度は短刀が来そうだ。なんとなく、分かった。少しだけ自分が誇らしく感じる瞬間だ。
さて、加州とお話することになったが、どうするべきか。振り返ると、加州は鯰尾を「ぐぬぬ」と言わんばかり睨んでいる。鯰尾は相変わらず笑顔。彼らはナマエの視線に気付くと傍に寄ってきた。
「お待たせ、まずは…鍛刀部屋から出ようか」
**
とりあえず二人を自分の部屋に来させた。入るなり、これなんですか?と鯰尾はパソコンを指差す「通信できる箱だよ」と大雑把に説明しておく。
畳の部屋には時代劇のような執務机や箪笥など、日ごろから使うであろう家具が用意されていた。他に必要なものは現代から運んでこさせた隅に積まれてあるダンボールに入っている。ダンボールには中に入っているものが大まかに書かれている。食料とお菓子が入っているダンボールはどこか。とりあえずはこのダンボールの山を崩すことから始めることにした。後は座布団が必要か。
「手伝いましょうか?何を探してるの?」
「あっ、俺も手伝うよ」
「有難う。えっと…食料と、湯呑みと座布団を探したいの。とりあえず部屋に広げてもいいから、この箱を床に置いてこうか。箱の横に中に入ってるものが書いてあるから、見つけたら声をかけてね。よろしくお願いします」
「はあい」
「ラジャー」
厚意に甘えさせてもらおう。3人でわっせわっせと積まれている箱を崩していく。その途中でも中に入っているものの確認は忘れない。
ナマエは3個程ダンボールを床に置いたところで食料、ダンボールにあたった。ガムテープをはがすと中に入っているペットボトルに入ったお茶と、饅頭を取り出した。どこでお茶しようか、と辺りを見渡せば、手近にあった執務机に置いてみた。縦に長いが、まあ良しとしよう。
そうこうしている内に二人は目当てのものを見つけてきてくれた。
**
「第一回交流お茶会を始めよう。はい、乾杯」
カチン、と三人で湯呑みを合わせて、一杯茶をすする。ダンボールが散乱した畳の部屋の執務机でお茶。
緑茶が緊張で乾いた喉に澄み渡る。何これ美味い、といったように顔を合わせている二人を笑顔で眺める。
「もみじ饅頭もめしあがれ」
「じゃあ遠慮なく」
「本当に遠慮なくいったな…」
置いてあった饅頭を勢いよく鯰尾が取った。包装を剥がし、両手を使って饅頭を一口食べる鯰尾。即座に「おいしい!主、おいしいです!」ときらきらと目を輝かせ、素直に感想を言う。そりゃあ良かったとナマエも一個つまむ。あんこの甘さが疲れた体に染み渡る。
「加州君も食べて」
「えっ…いいの?」
「いいっていいって、遠慮しないで」
加州は見た目の印象とは違って、結構遠慮深い性格なのか。名のある刀だったというのに、様子を伺うような、幼い子がしそうな視線を向けてくる。「じゃあ」と饅頭を手にとって食べる加州の顔を見つめた。…一瞬の内に真っ赤になった。
「主、見すぎ。え、何、俺の顔なんか変!?」
「いや?全然、むしろかっこいいと思うけど。…おいしいかなあと思ってついつい見ちゃった。ごめんね」
「なっ…!?…お、おいしいよ?そりゃあ…」
「わあ照れてますね!加州さん!」
「照れてるね、初々しいね」
鯰尾と同調すると、「やーめーて!」と加州がぷんぷん、といった擬音が似合う怒り方をしだす。
「ごめんごめん。加州君可愛いから、ついね」
「かわ、いい…?俺が?」
つい、親しみやすくて軽口をたたいてしまった。怒らせてしまっただろうか。ナマエは内心で頭を抱えた。彼は幕末を生きた刀剣。おそらく男は男らしく…などという時代だ、可愛いなどと言ったら怒るに決まっている。加州の動作に意識を集中して、身構えるナマエ。
「…ありがと」
予想と反して、加州はぽっと頬を赤くして、背後に桜を散らせた。拍子抜けした審神者は肩の力が抜けてしまった。
「は、はい」
「ん?主、どうしたんですか?」
よかった。ナマエはそっと息を吐いた。やはり、古風な男子ばかりでは無いのだ。そういえば加州清光はマニキュアすらしていた。
鯰尾がナマエの顔をのぞきこむ。端正な顔立ちに急に距離を詰められ、ナマエはのけ反りながら加州に再度確認する。
「加州君、可愛いって言われて、不快じゃあなかった…のかな?」
「え?全然!!すごい嬉しい、よ?」
赤く色づけられたマニキュアが映えるように口を手で覆う加州。恥ずかしがる仕草すら、可愛らしい。彼が女性のように見えてきた。気のせいだろうか。
「へえ~加州さんって、可愛いって言われるの嬉しいんですね!でも俺はかわいいよりかっこいいの方が嬉しいかなあ~。あ、勿論かわいいも大歓迎ですよ!」
「ふふ、そっかぁ…。私、「刀剣男士!」って男の人に「かわいい」って言ったら怒るかと思ってた」
「何で?普通にうれしいけどなあー。その為に可愛くしてるんだし」
「そうかあ…!」
刀剣男士にも、色んな個性を持った子がいるのだ。これから、色んな刀剣男士に会うのだろう。出会いに心躍らせる自分がいた。
ナマエは微笑みながら加州を見つめた。
「加州君、本当かわいいもんなあ…」
「ん、ありがと…!」
「見るからに非の打ちどころがないし、ネイルもかわいいし、も~なんか、負けちゃうよ~」
「そんなことないって、主もかわいいよ!」
女性同士の会話かと錯覚しそうになる。きれいな子に褒められると、お世辞だとしても素直に嬉しい。
「あはは、ありがと」
「そうだ、主もネイルしようよ!俺赤いのなら持ってるから、おそろにしよ!」
「おおっ、やりたい!お揃いにしよっ!」
現代語も使うのか!驚きである。マニキュアも持っていたのか、さらに驚きである。
先程からナマエ達の会話を見ていた鯰尾が勢いよく手を挙げた。
「俺もやりたいです!」
「え、鯰尾もやんの?」
「いいじゃないですか、やってみたいし!それに、皆さんの事を知りたいですしね!」
「そうだね、鯰尾君もやってみよう。えーと、じゃあマニキュアを貸してもらって…」
「いいよ、俺塗るよ。さ、手ぇ出して」
なんだかいい子たちばかりで、これから楽しくなりそうだ。…本来の目的は忘れられないけど。こういう時ぐらいは、楽しんだっていいはず。「お願いします」と手を差し出しながらナマエは思った。
**
次の日、鍛刀でやってきた短刀、小夜左文字が見たのはおそろいの爪の色をした主と刀剣達だった。
「血の色…?貴方も、戦に出たの?」
「ち、ちがうよ!えーっと、これはマニキュアといってね…!」
「血の色がすきなの?」
「血から離れよう!」
小夜は誤解していた。じゃあ何故血を塗っているの?と無表情で首を傾げた小夜に、審神者は頭を抱えた。