いいゆめだった

こんな夢を見た。
本丸ではないどこかの屋敷の庭を私は駆けていた。素朴な柄の着物の裾を捲って弾むような走り方。
誰かの元へ向かうためなのだろう、と他人事のように感じた。
目当ての人がいるであろう部屋の前で一呼吸おくと、無遠慮に障子を開ける。
「安定!」
私のもので、私のものでないような声が、ある刀剣の名を呼ぶ。
部屋の中を見ると、すっきりと片付いた和室に本丸で見る内番着の大和守安定、加州清光の二人が足を寛げて座っていた。二人ともこちらをむいたが、反応は対照的。安定は微笑んで私の名を呼んだが、加州は「俺は?」と頬を膨らませている。
私は加州にへらへら謝ると、安定の隣に同じように足を伸ばして座った。
「沖田さんと会ったよ、近所の子と遊んでたね」
やはり勝手に思ってもない声を出す自分。自分のようななにかを通して劇でも見ているような気分だ。
「沖田くん、剣術教えに行ってくるって言ってたけど、遊びになってたか」
「あ、そうなの。だからちゃんばらだったんだなあ」
ここは、新撰組の屯所なのだろうか。考えながらも話は進む。
私は二人に話をしながらも、安定にぴったりと寄り添っていた。時折彼の横顔に視線が移動しては、目が合って、微笑まれる。安定、きれいだなあとその度に唸りたくなる。
私の彼への秘めたる想いが反映されている世界なのかもしれない。なんと素晴らしい夢か。
なおも畑で採れた菜っ葉で料理がどうとか、頼まれた買い出しに行く途中であーだの言っている私。
嬉しそうな声色で私が喋っては、加州が話を広げて、安定はうんうん、と相槌を打つ。いつもの本丸の平穏な風景である。
どうやら話を聞くに、私は新撰組で働く女中で、彼らと触れ合うのに都合のいい立ち位置なのがわかった。
「……そろそろ、沖田くん、迎えに行こうかな」
加州がおもむろに立ち上がる。見ると、障子の向こうはオレンジ色の光が差していた。
いってらっしゃい、と加州を見送った私達。
しばしの沈黙の後、安定が身を寄せてきた。
「やっと行った」
安定が私の顔を見つめる。甘い雰囲気が漂ってくる。私が悪戯っぽく微笑む声。
安定と見つめあった後、暫く寄り添い合った。
このまま、先にいってしまうかも、とその内よからぬことを考え出した。どうせ夢なのだし、と期待に胸が膨らむ。
だが、そんな思いは虚しく。私の夢のくせに、安定はただ私の傍に顔を寄せるだけだった。
ただ、大切そうに指を触れられ、きっと私も幸せそうに目をつぶっている。なんの感触もないのが残念である。
暫くして廊下を歩いてくる音、声が聞こえてきた。私達はそっと体を離す。
「帰ってきたみたいだね」
外からは和やかな加州の声が聞こえる。沖田総司を連れて帰ってきたようだ。…どんな感じの人が出てくるのだろう?ワクワクしてその人を待つ。都合のいいこの世界を楽しみだしているようだ。
ふいに異質な音が耳を通った。声色が定まらないなにかが、加州と楽しそうに会話をしている。色んなトーンの男の声が混じっているのだ。
一瞬にして平穏だと思っていた世界に亀裂が走る。
どうしようと慌てるものの、だらんと寛いだ体が動かない事に苛立つ。
そうこうしている内にこの部屋の前で足音は止まり、障子が開けられる。
青いダンダラを着た沖田総司の顔は黒いぐちゃぐちゃの靄がかかっていた。加州がなにか言っているが耳に入らなくなる。これは、怖い。
沖田は加州と共に向こうへ座った。
安定と加州には靄が見えないのか、慕うように彼を中心に談笑している。
その内、なにか話かけられたのか、皆こちらを見つめる。意識は恐怖だけが占めた。夢なら目が覚めろ、と先程から何度も念じているのに、景色は異様なまま。
冷や汗が首を伝い、固まる私。
初めて自分の体が正常に動いた瞬間だった。
といっても、怖くて動けないという情けないもの。
安定だけが私の様子に気づいた。
彼は心配そうな表情で震える私を支えるように懐に招き入れてくれた。
「安定……っ」
彼に体を預ける。悪夢なのかいい夢なのか。だが、やはり怖いので早く目が覚めてほしい。
「また余計な事を考えていたの?」
そんな私の考えを知ってか、表情とは裏腹に冷たい言葉を叩きつけられたような気がした。
おもわず彼を見上げると、優しい顔をした彼が私の頬に片手を添えた。
「駄目だよ。考えてもいい事なんてない。もっと僕に身を委ねて」
言い聞かせるように、困った表情で目を合わせられた。目を逸らしたかったが、また体がうまく動かなくなってきた。
うん、と笑顔で頷いた彼は私の頭を撫でた後、己の胸に私の頭を導く。
なんの音もしない体。なんの体温も感じない体。とん、とん、と背中を優しくたたく音。
もう一度眠って、と囁く声。
君の現実は酷く辛い。泣いていたでしょう、怖いって。だから僕がここに導いた。
君は幸せな世界でなにも考えずに
笑っていればいいんだよ。
とても幸せだから。
確か、誰か助けてと頭の中でつぶやいた覚えがある。
私も、みんなもいつか殺されてしまうと恐れ、それを悟られまいと頭のなかで泣いていた。
なんの返事もないのが普通なのに、安定の声が聞こえた気がしたのだ。
このままでいいのか、と今、私は聞いた。
誰も答えてはくれなかった。