土間に降りて冷蔵庫から蜜豆の缶詰を3個程取り出す。寒天とみかん、豆が入ったものだ。ナマエは缶切りを使って缶詰を開けると、5つのガラスの器に均等に盛り付けた。
もうすぐ使う器も一人分増える。そう思うと、ナマエは自然と目元が緩んでいた。ナマエの隣には待ちきれなかった鯰尾と連れられた小夜が立っている。鯰尾はナマエの顔を覗き込んだ。
「なにか嬉しい事でもありました?」
「うん、夕方に来る子の事を考えてたの」
「新しい後輩の事ですか」
「後輩」
「俺が今勝手に決めました!」
顕現して暫く、日常生活や戦の経験を積んだ今なら、後から来る刀剣の先輩だと堂々と言える。にこにこと嬉しそうに語る鯰尾を見つめるナマエの表情は柔らかい。「たしかにそうだね」と話に同調した。
「先輩なら色々教えてあげなきゃね?」
「そうですね!教えられる事って結構ありますよね!掃除に畑仕事、皿洗いに箸の持ち方に、えーと…馬糞の使用方法とか!」
「鯰尾君、最後のはやめとこうね!」
鯰尾が「え~っ」と非難の声をあげる。苦笑いしていると、小夜がナマエの着物の袖を引いた。
「ねえ、運んでもいい?」
「うん、ありがとう、小夜君」
小夜の両手に器を二つ持たせると、彼は慎重な足取りで居間に蜜豆を運びにいった。鯰主も置いてあった蜜豆を二つ手に取ると、小夜の後姿を見つめる。
「あいつも早く食べたいんでしょうね」
「そうみたい。…鯰尾君もでしょ?」
「えー!子供扱いしないでくださいよー」
「鯰尾君…」
あの時と言っている事が違う、と指摘しようとしたが、小言の気配を察知したのか、そそくさと鯰尾も居間へ去っていった。残されたナマエは「もう」と目を細めながら呟いた。残った器と人数分のスプーンを握り締め、彼の背中を追うことにした。
「今回はふつうの量なんだね」
「うん、蜜豆はヘルシーだから、たまにはいいかなあって…。加州君、減らしたかったら私が取るからね」
「ううん、主と一緒の量でいいよ。蜜豆っていうんだ、美味しそう」
加州が器に入った蜜豆を眺める。居間で行儀よく座って待っていた四人にスプーンを渡した後、ナマエはちゃぶ台の定位置に座る。鯰尾と加州に挟まれるように座るのだ。
いただきます、とナマエが手を合わせたのと同じ動作をした後、刀剣男士達はスプーンをすくって、一口蜜豆を食べる。
「うまい!うまいですね!主!」
必ずといって良い程鯰尾はオーバーなリアクションで甘味の美味しさをナマエに向って叫ぶ。恒例の反応にナマエは吹き出しながら対応する。自分も一口食べながら頷いてみせた。口の中で寒天と煮豆を潰す。さほどしつこくない甘い汁と寒天、素朴な豆の味が絡み合う。美味しいね、目が合った小夜に視線で語りかけた。小夜はこくりと頷いた後、器から橙の色が生えるみかんをスプーンですくっていた。
「主、これ、あっさりしてて美味しいね」
「うん、美味しいねえ」
加州がナマエに顔を寄せ、嬉しそうに微笑んだ。皆のこの顔がみたくておやつタイムを導入したようなものだ。
ナマエは向かいに座っている安定に話しかけた。安定は毎回、黙々と甘味を食べ進めている。
「安定君は、どう?」
「ん、美味しいよ」
「そっか、良かった」
穏やかな表情で目を細めてみせた安定。ナマエは何かと、後から加入した安定を気にかけていた。特に戦から帰ってきた時など、努めて声をかけるようにしていた。彼には、気がついたら消えてしまいそうな儚さを感じていた。浅葱色のだんだらを羽織って、まるでかつての彼の持ち主を彷彿とさせるようだった。幕末の戦場へ駆り出している負い目もあるのだろう。
「今度のおやつは何にしようかなあ、ケーキでも焼いてみようかな?焼き菓子なんだけど…。でも上手くできるか分かんないけどね」
「おやつを食べてる時に次のおやつの話するんだ。甘いの好きなんだね、主って」
「あはは…確かに好きだね」
安定と会話する為に彼に向って思いついた話題を提示した。だが、食いしん坊のように捉えられて、ナマエは恥ずかしさで頬を染めた。
「主の手作りおやつ、楽しみにしてますね」
「うん、程々に期待してて…!」
ケーキのレシピを後で検索しよう。そう思いながら蜜豆を口にした。
「そういや主、夕方に新しい仲間が来るんだっけ?」
「うん、そうそう」
「新たな後輩ですよ、加州さん」
「後輩ねえ…。じゃあ今度は鯰尾が世話してやれば?もう俺、そういうのいいや」
「何だか僕が世話になってるみたいな言い方だね」
「そうだけど」
つんとした加州と、むっとした安定の視線の間で火花が散りそうになった。ナマエは「まあまあ」と二人をいさめる。「まあまあ」以上の言葉が出てこない。そんな小さないざこざだった。
「あ、あー!そうだ!お祝いも兼ねて次のおやつはやっぱりケーキを焼こうか…!」
「…あなた、そういうの本当に好きだよね」
「た、確かに毎回やってるね。…でも、一緒に戦ってもらう仲間だから」
歓迎してあげたいんだよねえ。ぽつりと呟けば、刀剣からの視線が一手に集まった。その視線に慌てたのか、ナマエは口に放り込んだ蜜豆が変な所に入る。咳き込めば、見ていた四人が大丈夫か、と声をかけてくれる。
「主ってば慌てすぎ。ほら、大丈夫?」
「げほ、ごほ、あ、ありがとう…」
加州が主の背中を優しくさするのを見て、鯰尾が出遅れた、と言わんばかりに己の手のひらを差し出して固まっている。小夜は勝手場へ駆けだした。
加州は鯰尾を意に介せず、黙々と主の介抱を続ける。それを見つめ、鯰尾はそっと呟いた。
「…加州さん、ずるいなあ」
「そう?」
「一番主の傍にいるんだもん、俺も一緒の日に鍛刀されたんだけどなあ」
「……」
手持無沙汰になってしまった安定は、鯰尾の言葉に視線を落とした。「安定さん?」鯰尾が不思議そうに安定を見つめたものだから、安定は「なんでもない」と笑顔で首を振った。それを見届けた後、鯰尾は持ち直した審神者の元へ寄った。
「大丈夫ですか?主」
「…うん、ごめんね」
「主ったら全然恥ずかしくなんてないのに、主の言葉、俺好きですよ!」
ナマエが再度咳き込む。加州は「黙ってろよ」と鯰尾を睨みつける。小夜はというと、勝手場からお茶を持ってきた。小夜に差し出された湯呑みを受け取ると、ナマエは一気にお茶をあおった。
「…ふう」
落ち着いたように肩をおとしたナマエを見た刀剣達も、ほっと息をついた。
「えっと、ありがとう二人とも…それに鯰尾君も」
「主」加州は微笑む。「別に…」小夜は審神者の笑顔を見れずに、そっぽを向いた。「やった!」と鯰尾は喜ぶ。安定は、3人の様子をじっと見つめるしかなかった。
**
今度は加州と鯰尾のにらみ合いが続いていた。二人を連れて鍛刀部屋を目指すナマエはどう二人を諌めるべきか、悩んでいた。
蜜豆を食べ終え、皿を片付けた後。鯰尾は後輩を見に行こうとナマエについていく事を口に出した。それを見た加州が審神者の邪魔をするかもと彼を警戒してかこちらもついていく事にした結果がこれ。
歩いている途中、たまに後ろを振り返っては様子を伺っている。その度に加州と鯰尾はナマエに笑いかけるも、二人してそれに気付いて、むっとした顔をつきあわせるのだ。
「そんなに仲悪い所見せると、新入り君がガッカリしちゃうよ」
子供のような二人に聞かせようにも、「…だって」と加州は言葉を濁す。
「…加州さんはピリピリしすぎなんですよー。大丈夫ですって見てるだけですもん!」
「そう言って手伝いの時、皿を割りまくってるのは誰だっての」
「あれは慣れてなかった頃の話じゃないですか!」
「それにお前だったら顕現させる時に主に話かけそうだし」
「ま、まあまあ…私は大丈夫だから、喧嘩はやめよう?」
押し黙る二人を見て、息をついて、肩を落とした。
そうこうしている内に熱気のこもった鍛刀部屋につくと、小さな式神から出来上がった刀を受け取った。まじまじと刀を見つめる後ろの二人。この子は打刀だ。
熱い鍛刀部屋で刀を呼び出すのは気が引けたので、自室で刀を顕現させることにした。犬のようについてくる二人を引き連れ、今度は自室に向った。その際、やんわりとした口調で二人に「静かにしていてほしい」と言い聞かせておくのを忘れない。
縁側を歩いていると、日が暮れだしているのに気付いた。空が赤らんできている。本丸に季節があるのかは今の所分からないが、さわやかな風がふいている。ナマエは暗くなってきた畑に目を向けた後、自室に入った。
「呼び出すのって、初めて近くでみるからドキドキするなあ」
「俺は何回も見た事あるけどね」
注意が効いたのか、小声で言葉をこぼす鯰尾。その呟きを拾って、誇らしげに腕組する加州。両方、部屋に入ってすぐの障子の前に座った。鯰尾は何か言い返そうとしたが、ナマエの様子を見て、かたく口を噤んだ。
ナマエは部屋の向こうにある執務机に備えられた座椅子に座ると、打刀を持った腕を伸ばした。緊張した面持ちで目を瞑って暫く、刀を握り締めている箇所が崩れていく。刀が桜の花びらに変わっているのだ。部屋に風など吹いていないのに、花びらは彼女の前方に流れていくと、人を形作った。
金色の髪が頭の方から現れた。布が棚引く音。すぐに金色の頭は布で覆われた。花びらは彼を中心として竜巻のように渦巻いては散っていく。紺色のブレザーを羽織っているような上半身、灰色のズボンが露になっていく。ナマエは顕現する姿を目に焼き付けるように、彼の目を見つめた。風に靡く布、長い前髪の切れ間から覗く蒼い目を逃さない。最後に彼の手元から桜が吹き荒れた。刀、山姥切国広が顕現した。
座っていたナマエは神々しい程の美しさにおもわず喉を鳴らす。毎回慣れないからだ。頷いた後、口を開いた。
「山姥切さん、ようこそ私達の本丸へ」
山姥切は被っている布を刀を握っていない手で握り締めると、目線を落とした。座っているナマエよりさらに下へ。
「…俺で、いいのなら、…力になろう」
「よろしくお願いしますね」
彼に近寄ろうと立ち上がったナマエ、その動作に山姥切はぎくり、と体を固まらせた。
「うん?」
「……待機場所はどこだ」
「待機場所…、部屋の事かな?えーと、部屋なら…」
「呼び出しって凄いんですね!ナマエ様凄い!…布の後輩が来た!」
鯰尾がわっと飛び上がる。すぐさま顕現した彼に近寄ると、キラキラした目で彼を見上げた。加州とナマエはそれを見て立ち上がることにした。
山姥切が、凄い、うろたえている。きらきら目線にたじたじである。
助け船を出すように、加州は鯰尾に「落ち着けよ、新人が困ってるぞ」と言いながら、襟首をつかむ。「なにですか~!」と鯰尾が声をあげた。
「布の後輩…」
「あはは…、気を悪くされないでくださいね。この子、鯰尾君って言うんですけど、新しく来た貴方と仲良くしたかったみたいで」
「…俺なんかに構わないでくれ」
「え?」
なにか、卑屈な言葉が…と目を瞬かせている間に、山姥切はため息をついた後、部屋から出て行こうとした。ナマエは慌てて彼の背中を追いかける。
それに対し「「写し」に気を遣う必要はない。出陣の知らせがあるまでお前達に顔を見せる気はないから、気にしないでくれ…」と、少しだけ振り返った彼は幸薄そうな横顔を見せた。喋り終えればまた前に向き直り、日が暮れてきた渡り廊下をずんずんと早足で進んでいく。
「え、っと、あの、…お部屋、わかりますか?」
とりあえずナマエが気にしたのはそこだった。この男はどこが自分の部屋か分かっているのか。案の定山姥切は歩を止めた。ナマエが彼に追いついた時、頬を染めていた山姥切が「すまない」と一言、謝っていた。ナマエがそれに笑ってみせると、山姥切の前に出て、振り返った。
「私こそすみません。手間取らせてしまって…。お部屋を案内しますね」
山姥切が部屋を飛び出した理由がよく分からないまま、刀達の部屋へ案内する。部屋割りをあまり考えていなかったが、先輩らしく振る舞いたい鯰尾と小夜と一緒の部屋にしてもらおうか、と歩きながら考えていた。ちなみに加州と安定は顔見知りなら心強いよね、という理由で同室だ。そのせいで加州は安定を後輩のように思っているのかもしれない。同室の者は後から来た者に何かと教えてあげることが多いようだ。
同室の承諾を取る為、ナマエは明りの灯っている向かい合った二つの部屋の前で振り返った。安定と小夜は部屋にもどっているようだ。山姥切は先程から胸の前の布を片手で握りしめている。不安、なのだろうか。顕現する際に見せてしまったてんやわんやより先に審神者の脳内に浮かんだ要因があった。自分が至らない審神者であると見透しているのかもしれない。そうやって、心臓が締め上げられるような心地に陥りながらも、笑顔を絶やさない。
「お部屋なんですけど、短刀の子と、…さっきの脇差の子と同室にするのって大丈夫ですか?」
「…俺なんかの意思を汲んでくれるのか?」
ここでナマエは首を傾げた。先程の「写し」発言といい「俺なんか」といい、かなり自分を卑下しているような…。小夜のように、彼もまた、自分の出自や使われ方に心を奪われているのかもしれない。そう思ったが、うまいこと切り返す方法を知らない審神者は、「うん」と頷くことしかできなかった。考え込む山姥切。審神者もまた考える。並んでいる部屋の前で沈黙する二人。
山姥切を一人にするのは良くなさそうだと思った。考え込みそう。どうしようもないことで悩んでしまいそう。そんな辛い時間を無くす為にも、鯰尾と同室がやはり、いいのかもしれない。でも山姥切が一人になりたいと言ったら、彼の意思を尊重したいし…。
「ああ、いたいた」
加州が鯰尾と共にここでまで追いかけたようだ。いさかいが収まって何よりだ。
「加州君、鯰尾君、丁度いいところに」
「えっ!なになに!?」
「山姥切君、やっぱり彼と同室はどうかな?」
「おおっ!そうですよね、同室の方が楽しいですもんね!!」
鯰尾の方に手を差し出し紹介すると、鯰尾は目を輝かせた。今度は山姥切に勢いよく詰め寄る。人懐こい反応に、山姥切は見るからにタジタジだった。そうか、明るい子は苦手か。だけど小夜というストッパーもいるし…。加州達と同室でもいいのだが、そちらはそちらで仲良くなれるか不安になってくる。
「ああでも、一人部屋でもいいんだよ!強制はしない。でも、顕現してすぐに一人だと何かと不便かなあと思ってね…」
慌てて山姥切にフォローするように言葉をかければ、「いや…、あんたの命に従う」とこれまた悩ませるような言葉が返ってきた。
ナマエが考えに考えた末、「じゃあ、小夜君たちと同室でお願いします…」と頭を下げる結果になった。
「鯰尾君、彼をよろしくね。…変な事教えちゃダメだからね」
「大丈夫ですよ!きっちり先輩らしくしますって!」
よろしくお願いしますねー山姥切さん。鯰尾が人のいい笑みを浮かべながら握手を求める。山姥切はぎこちなくそれに応じた。見守る加州と審神者。
「早速、我が本丸を案内しましょう!ついてきてください!!」
つかんだ手をそのまま、鯰尾は廊下を駆けだした。山姥切がつられて走り出す。いくらなんでも張り切りすぎではなかろうか。ナマエ、加州も慌ててその後を追い、鯰尾のざっくばらんな解説に、ナマエや加州が補足をしながら本丸を走り回ったという。