放浪者のゆめ⑤

 今のところ戦わずに済んでいる。今まで街歩きしかしてこなかったから、久々に自然を満喫してピクニック気分になってきた。事前に戦わずに済むルートを放浪者が調査してたら可愛いな、なんて。そこまで考えたら笑ってしまった。

「なにを笑ってる」
「いや、いまのところ、奇跡的に敵に会わずに済んでるなあって」
「…進路を変えてもいいんだぞ」
「ごめんごめん、怒んないでよ」

 タイミングよくザイトゥン桃を見つける。指さし、ザイトゥン桃摘んでいい?と放浪者に確認をとる。

「まあ、いいんじゃない?クラクサナリデビあたりが喜ぶだろうね」

 カバンにザイトゥン桃をもぎって、入れる。今回は空が持ってるなんでも入るカバンは持ってこなかった。自前のものだ。今回外に出て、もし魔物に襲われてなくして帰ったら今まで集めたもの全部なくなってしまう。それは困る。2人分の弁当と水筒とレジャーシート、そして今入れたザイトゥン桃が肩掛けカバンに入っている。
 立ち上がって歩を進める。暫くすると、放浪者がぽつりと言葉をもらした。

「もうすぐヴァラナーラだ」
「やった!お腹すいてきたから助かる!」

 なんだか、ヴァラナーラに近付くにつれ、神秘的な雰囲気に呑まれているのは気の所為だろうか?
 放浪者にここを目的地にした理由を聞いてみた。

「どうしてここをチョイスしたの?」
「あまり魔物が出てこないからだ」
「そうなの?ありがとう」
「…お前の為だと、僕は言ってないけどね」

 ちっちゃい家屋みたいなのがたくさん見えてきた。知能ある小動物の住処か?と放浪者に尋ねてみると、「スメールの民じゃないんだから知るものか」と返された。いや〜、知らないにしろ、スメールの民だとは思うけどなあ。
 その家屋から、なにか小さなもさもさが出てきた。声にならない声をあげる。放浪者は訝しげにこちらを見る。

「え、あれ…なに?」
「なにか見えるのか?」

 何度も頷く。「なんか、もさもさした妖精みたいなのがいる!!」と思わず放浪者の服の裾を握る。放浪者が考えるように顎に手をやった。

「つまらん御伽噺とばかり思っていたが、実在しているのか?」
「な、なにが!?」
「アランナラという存在だ。子供にだけ見える妖精だとスメールの民から聞いたことがある」
「おれが……こども?」
「…少なくとも、妖精が見えるならそうなんじゃない?」

 吹き出された。馬鹿にされてないか?
 放浪者と話している内に、アランナラらしき妖精たちからの視線を集めているのに気付く。
 1匹、度胸のあるアランナラが俺たちのそばに寄ってきた。

「おい、ナラにはアランナラたちが見えているのか?」
「は、話しかけてきた!」

 ナラ…とは俺のことか?首を傾げるアランナラとへー、という顔をしている放浪者を交互に見返しながら、返事をしないのも失礼だし(話しかけてきた!と言った時点で失礼だが)語りかけに答えることにした。

「あ、えっと、俺には見えるけど、彼には見えないみたい…」
「そうか。ナラは、キノコのナラの仲間?」

 アランナラは放浪者をちらりと見つめる。ナラは人を意味するのか?笠がキノコのようだからキノコのナラ、ということか。納得。

「そ、そうだね、多分。あぁ!…ここで昼ごはんを食べたいなって来たんだけど、そこら辺で食べてても大丈夫かな?」
「大丈夫だ。ナラは金色のナラと同じ匂いがする。アランナラはナラたちを歓迎する」

 金色のナラ…?とはてなを浮かべていると、アランナラは頭の葉っぱをタケコ○ターにして飛んで行き、また元の位置に戻った。

「会話は終わったかい?」
「あぁ、うん。そこら辺でご飯食べても大丈夫だって言ってくれた」
「そうかい」

 明らかに道のような所は避けて、草むらの上にシート敷いて座る。
 そこにまた、興味深そうに近づいてくる違うアランナラ。近くで立ち止まると、こちらの様子をじっと見つめている。小さな手で二人分の深めの皿を持っている。

「こっちを見てるアランナラがいる。話しかけてみていい?」
「好きにしなよ」

 どうしたの?と声をかけると、歓迎のスープだ、とほかほかのスープが入った皿を渡された。ありがとう!とお礼を言う。妖精の作ったスープ、味はいかほどか。

「君、いつの間に皿を持って…」
「放浪者には突然現れたように見えたんだね。アランナラが歓迎のスープをくれたんだ」

 スプーンもあるから食べてみよ!と放浪者に皿を渡す。心なしかドキドキした様子のアランナラがこちらを見守っている。
 放浪者は明らかにスープを警戒しているので、俺がぐいっとスープを飲んでみた。「おい、馬鹿!」と放浪者に怒られた。ん、これは?……具がない!味がない!でも害はない!
 感想待ちのアランナラに「お、美味しいよ!ありがとう!」とスープを飲み込んだ。これは…仄かに甘い、ほぼ白湯だ、とは言えない。

「喜んでもらえて良かった」

 雰囲気が和らぎ、微笑んでいるように見えるがアランナラの表情は変わらない。

「キノコのナラも飲んでみなよ。…おいしいよ」
「はあ?キノコ?…まあいい、だが、僕に得体の知れないものを飲めと?」
「わーっ!飲みたくないなら俺が飲むから!」

 放浪者の口の悪さに、アランナラが傷つかないか心配でスープを差し出した彼の様子を伺うが、特に表情は変わっていない。首を傾げている。

「…分かった、飲めばいいんだろ」

 放浪者も素直にスープを飲んでくれた。口に入れたであろう瞬間、彼の顔が即座に歪む。「あ、美味しいって!」とすかさずアランナラにフォローを入れる。

「……飲んだぞ」

 空になった容器を受け取る。

「おかわりはいいか?」
「ううん、大丈夫、ありがとう。お弁当持ってきてるから、食べてる途中でおなかいっぱいになっちゃうかも」
「そうか、分かった」

 小さな手にお皿を渡すと、満足したように去っていった。

「お前……」

 あ、放浪者が怒ってる。

「スープが甘かったことに怒ってるの?」
「警戒心がなさすぎ。毒でも盛られてたらどうする気だったんだ」

 今まで見たことないくらい、雰囲気がピリついている。本気で怒っていることが分かった。だが、負けじとアランナラを庇う。

「そんな!この子らがそんなことする訳ないじゃん」
「妖精の作った料理の成分が人間に合わない可能性もあったんだぞ」
「それは…そうだったかも…でも、俺、回復は出来るし…」
「身を削って回復するんだろ?」
「うん……ごめん」

 しん、と静まり返ってしまった。放浪者は俺を心配してくれたんだ。
 それでも、お弁当を食べる雰囲気でなくなってしまい、気まずくて彼から視線を逸らす。
 そこに丁度、別のアランナラがいて目を剥いた。

「キノコのナラと喧嘩したのか?」

 言葉なく、頷く。

「キノコのナラ、たまに一人でここにくる。高いところに飛んでは、小鳥と戯れている」
「そうなの?」

 そ、想像でき……なくもない。小動物には優しいヤンキーといったところか。

「キノコのナラは優しいな」
「……うん、そうだね」

 恐る恐る放浪者に向き直ると、何喋ってんだといいたげに明らかに不機嫌なやつがそこにいた。独りだと小鳥と戯れているんだな…。

「放浪者、心配してくれてありがとう」
「呆れてるだけだ……」
「ごめんね。お弁当、食べよう」
「……仕方ないな」

 満更でもなさそうで良かった。
 お手ふきとお弁当箱、おにぎり、箸を渡す。水筒も用意して、お弁当を食べる準備は万端。
 放浪者が喜びそうなおかずを朝早くから作ってみた。
 山椒のきいた唐揚げをメインに、ピーマンの和え物と、最近鍾離先生がタケノコを送ってくれたので、タケノコの煮物、ネギを入れたしょっぱめの卵焼きと、付け合せの漬物。たくあんとしば漬けだ。

「いただきます」

 我ながら美味しく出来たな、と自画自賛しながら、おかずとおにぎりを交互に食べる。
 放浪者の箸の進み具合も早くてなによりだ。
 お互い、食べ終わった頃合に話しかけた。

「そういえばさ」
「なんだ?」
「気まぐれに誘ったーとかで誤魔化されたけど、俺とゆっくり話す機会が欲しかったの?」
「お前がそう解釈するなら、そう解釈してもらっても構わない」
「オーケー、じゃあそう解釈するね。最近スメールの暮らしはどう?」

 放浪者がした質問を返してみた。

「最近、草神に因論派に入れられた」
「へ〜。スメールの六大学派のあれだよね」

 聞いたことがあるレベルである。そういえばナヒーダが因論派の学生が少ないと憂いのため息をついていたような…。

「……歴史学、社会学を専攻してる学派だ」
「説明ありがとう。ファデュイ時代に色んなところに行ってそうだし、うってつけに見えるけど…不服そうだね」
「クラクサナリデビの知り合いだと思われてるせいか、論文について意見を聞かれて指摘したらこのザマだ。あいつもノリノリで学籍を用意するし……」
「指摘できるくらい知識があるなら活かすべきだよ。本もよく読んでるし、案外学者に向いてるんじゃない?」

 黙りこまれてしまった。あれ、俺、論破してしまった!?あ、違う。眉間に皺を寄せてるわ。

「やれ論文を書けやら、課題もこなさないといけないんだぞ」
「わあ…大変なのはご愁傷さまだけど…。意見を言い合える人が増えるんじゃない?学友っていうか、そういうのいいじゃん!」
「必要ない。それに大概、僕の指摘に恐れをなして逃げていく。学者ってやつは人の話を聞く能力もないのか?」
「う、うーん……」

 手に取るように想像出来る!きつい物言いで相手を追い詰め、怖がっちゃって逃げられるやつ!

「でもズバズバ言いたいことを言えるところは尊敬されてそう……想像だけど。あんまり追い詰めるようなこと言って、敵を作らないようにね……」
「僕がそいつに討論で負けて泣かされるとでも?」
「あっ、そうですね。負ける訳ないか〜」

 心配は杞憂だった。
 放浪者がスメールの学生になったことが分かった。世間話ばっかりでゆっくり話をしないもんだから、こういう場を設けてもらって、良かったなと思った。うんうんと頷いていると、放浪者がぽつりと言葉を漏らした。

「お前は、そろそろ空とフォンテーヌに行くのか?」
「あぁ、うん、空とパイモンがフォンテーヌに行って、いざこざが解決したら行こうかなって」
「いざこざが起きるのは確定か、まあそうだろうな」
「スメールも平和そうに見えて色々あったから、フォンテーヌの平和を勝ち取ったら迎えに行くねって言われた」
「ふうん」

 王子様みたいだな、と呟かれた。俺がお姫様かよ、とさすがにつっこむ。返事は無い。
 仕方なく、放浪者はどうするか聞いてみた。

「放浪者はスメールに滞在……、まあ学生になっちゃったからねえ。待ってる間仲良くしようね」
「ふん」

 ヤキモチ妬かれてたら可愛いけど、そうじゃないんだろうなあ。

「ていうかさ、可愛い人形…持ってたよね。誰か親しい人が出来てプレゼントされたの?」

 聞いてみようと思っていたことを、一呼吸置いてから、一気に喋った。よく分からないソワソワした気持ちが胸に渦巻いている。
 予想を裏切るように、あっけらかんとした答えが返ってきた。

「はあ?親しいやつなんていないよ。…どうしてそんなことに興味を持つんだ?」
「ナヒーダに伝えたら喜ぶかなって思って」
「そんなものか?」
「そんなもんだと思うよー」

 実際、放浪者に恋人が出来たら1番大喜びするのはナヒーダだと断言出来る。
 放浪者が懐を探った。は、と意識が戻される。
 あの時の人形と再開した。黒髪の、白い着物を着た、涙をこぼす人形。

「…これは僕自身を模して作った」
「え?そうなの?」
「昔の自分への戒めみたいなものさ。……お前ならそんなこと言っても笑わないだろ。だから、話した」

 昔への戒め。改心した…ってことなのかな?よくは分かっていないが、話してくれたことで放浪者からの信頼を感じる…。
 人形が涙を流しているのはどうしてだろう?と思ったが、これはもう少し仲良くなってから聞いてみたいな、と思った。
 人形を懐にしまうのを見届け、日も落ちてきたことから、帰り支度をすることに。
 アランナラたちにまたくるね、と伝えて、帰路を辿る。

「あぁそうだ。帰り、放浪者の元素のやつで飛んでみたいんだけど」
「はあ?」
「俺が抱きつくから、…おんぶとかで。だから飛んでみてよ」
「背中が塞がるといざという時、風の翼が出せない」
「あ、そっか…じゃあ難しいか…」
「……別の方法は無くはないけど」
「本当!?」

――――

「…放浪者さん、お姫様抱っこですね」
「君がやりたいって言ったんだろ」
「まるでお姫様抱っこされたかったみたいな言い方!」

 まさかのお姫様抱っこをされてしまう。手とかどうしたらいいのこれ?放浪者の腕の中に縮こまった状態で収まってるんだけど。
 「口を開けてると舌を噛むぞ」と気遣いをされ、元素の力を使う放浪者。
 体が浮いた!次の瞬間、宙を駆ける放浪者。涼しい風が体に当たるのを感じる。

「あっという間にスメールに帰れちゃうね!凄い!楽しい!」

 手持ち無沙汰だった手を、そっと放浪者の胴に巻き付けた。

「……どうして抱きつく」
「放り出されまいと抱きつきました」
「放り出されたいようだね?手を離してもいいんだぞ?」
「ごめん、やめて!?」
「君の命が僕の手中にあるって、存外良い気分だな」
「怖いこと言うのもやめて!?」

 そんなこんなでジェットコースター気分を味わいながらスメールへ帰ったとさ。