こちらでは、あちらでは

鳴狐さんの様子を見るようみんなに頼んで、加州君に連れられるように自室で二人、話すことになった。
自室の前で彼に待ってもらって、急いでそのままにした着替えや布団を整えておく。
別にいいのに、なんて言われたけれど、こちらが気にする。
色々押入れに押し…片付け終えた後に「どうぞ!」と部屋に招き、今に至る。

「加州君、どうした?話したい事って」
「んー…安定の事なんだけど」
「安定君」

その単語に体が硬直する。加州君は神妙な顔つきなのを見て、よけいに体の芯が冷えていく。

「さっき、主に変な態度とったよね、ごめんね」
「加州君が、あ、いや、…謝る事じゃないよ、…うん」

安定君って私が苦手なのかな、でも仕方ないよね、なんて喉から出かかるが、唾を飲み込み、押さえ込んだ。そういう事を言いたく無かった。そう言ってしまう事で彼を悪く言うような気がした。

「でも……。安定のあれ、わざとじゃないからさ」
「うん、分かってる」

目の前の加州君は私の顔色を伺っているような気がする。それが余計に苦しい。私があんな事言わなければこんな申し開きみたいな事せずに済んだのに。安定君やみんなが戸惑わずに済んだかもしれないのに。

「むしろ、好きなんだと思う」
「え、そうかな…。安定君、さっきは、私のテンションにびっくりしたんじゃない?これからは落ち着いて話をするよ。ごめんねーみんなビックリしたよね」

安定君の友達である加州君の言葉がすんなり受け止められなかった。投げられた言葉を受け止めようとしても、体が透明で、全部すり抜けるような感覚。こういう現象は誰かが私を褒めてくれる時に多かった。
そうでも言って私を慰めてくれてるんだろうなという気持ちが心の70%くらいを占めていた。
無難な言葉(そうであってほしい気持ち)を口から吐き出し、この話を終わりへ向かわせる。

「…主、聞いて。あいつは主と、前の主、沖田総司との向き合い方に迷ってるんだと思う」

加州君の口から途方のない存在が出てきて、息が詰まりそうになる。

「沖田君の刀だった事に固執しすぎて、主に一線引いてたんじゃないかな。でも、主の事が好きになってきて。どうしたらいいのか迷ってると思う。あいつ不器用だから、沖田君が1番だったのにーとか、どっちかにしないとーとか考えてるんじゃないかな」

一線引いてる、は分かる。
でも、沖田総司と比べて迷ってる?どっちか選ぼうとしてる?…そんな強く思われているのか?私ってそんな思われるべき存在なのか…?

「主…、俺の言葉、あんまり信じられない?」

私の返事を待っていた加州君が、突然泣きそうな顔になった。なにが駄目だったのか。慌てて首を振った。

「加州君の言ってる事、本当だと……」

思ってはいない。あまり、信じられない。自分の偏屈さに愕然とする。

「思いたいよ。でも、全然、なんだろう。…そうじゃないんだろうなって頭で勝手に思っちゃって。…好きだとか思われてる感じがあんまりしなくて、苦手だと思われてるんじゃないかって…思って…」

また情けない所を見せている。加州君はわたしの言葉が終わるまで黙って聞いてくれる。神妙そうな表情はより神妙そうに見える。悲しませてるなあ。
加州君は首を振った。

「主が苦手だとか、嫌いとか絶対ない。それは断言できる。主、みんなの為に頑張ってるじゃん、心配させないように、笑顔でいてくれるじゃん!…そんな主だから、俺たちみんな大好きだよ。当たり前じゃん」

涙を目に溜めて放つその言葉に、頷くしかなかった。
「ありがとう」と掠れた声で呟いた。
真摯な言葉だ。人間である私より人間だ。
…加州君は、私が『主』だから優しくしてくれるのかなあ、なんて言葉が頭をかすめた。ああ、どこまでも偏屈だ。彼が『刀』だから、『道具』だから、一応の所有者に忠義を尽くす。
それでも、目の前にいる加州君は息をして、私を見て、私を思って言ってくれている。それを見てしまったら、ただの『物』だと思いたくないし、思えなかった。

「…主、自信持って。…自分にも優しくしてあげてよ」
「…うん」

きっと欲しかったんだろうな、と思えるような言葉をくれた。

**

加州がナマエを連れて出て行ったことにより、残った者が食事の片付けを始めていた。
山姥切はまだまだ辿々しい手つきで積み上げた食器を抱えて台所と手入れ部屋の往復をしている
小夜は側でそのフォローをしていた。時折何かしたそうに手持ち無沙汰に視線をうろうろさせる鳴狐に「寝ていていいから」と釘をさす。
鯰尾と安定は台所で並んで食器洗いと戸棚へ戻す作業をしていた。

「…最近、安定さん変じゃないですか?」
「僕だってそう思ってるよ」

黙々と皿を布巾で拭っては棚に片付けていたが、鯰尾の質問により、手が止まった。

「うーん、このままだと主、きっと安定さんの事で悩んじゃうと思いますけど。いつもああ見せていても割と繊細な人ですし」
「……繊細」
「最初の頃にいるからかな。なんとなくだけどそう思ってるんです」

安定は思い返す。主は、穏やかな言葉をかけてくれる。笑った顔は頼りのないものだが、ほんのたまに心からの笑顔を見せてくれている、気がする。
初めて戦に出て、自分達が刀だというのに戦地に送り出す事を案じてくれた。帰ってきて嬉しそうで泣きそうな顔を見せていた。
繊細…繊細…?鯰尾はどういう所で繊細だと感じたのだろう。最初の頃にいたから。なんとなく。その言葉に安定の胸の奥に重いものが積み上がっていく。

「嫉妬しちゃいました?」
「……別に、嫉妬なんて」
「そうですか、それならいいや」

自分の知らない事を他の刀が知っている。これは嫉妬なのか?胸が痛い。…刀なのに、変なの。安定はため息をついた。

「ま、繊細でもそうでなくとも、あーいう態度を取られたら大体の人が悩んじゃいますよ。早く弁解した方が主の為ですよ」
「…だから、自分でも何でそういう事しちゃったか分かんないんだもん。弁解のしようがない」
「……うーん、誰かに相談したらどうでしょう?」
「誰に」
「加州さんとか?」

…あいつとよく話し合えば、自分のこのモヤモヤとの決着のつけ方が分かるような気がする。でも、それでいいのだろうか?
合理的じゃないのに、自分で気付かないといけないような気がした。

「それとも俺とか?そういや、安定さんよりも先輩だし」
「…遠慮しておくよ」

胸を張り出した鯰尾から視線を外す安定。

「何でですか!…もー、これ以上主を困らせる前に原因が何なのか分かるといいですね」
「分かってる」

彼女を困らせているからこそなんとかしたいのに。彼女から笑顔をを向けられる度に戸惑ってしまう。胸が苦しい。僕に笑顔なんて向けなくていいのに。他の刀の方が君を微笑ませることが出来るだろうに。それなのに、いざそれを見ると、どうしようもない気持ちが襲ってくるのだ。どうしたらいい、助けて沖田くん。僕には沖田くんだけいればいいのに。なんで苦しいんだろう。

これは、なんという感情なんだろう。
気持ちを整理しようにも、何の名前もつけられないそれらや、なにも出来ない自分自身に苛立つばかりだった。

安定は自分がやっぱり刀だったら良かったのではないかと思った。
前までは振るわれるだけの刀は嫌だったのに。
こんな心みたいなものがあるんだったら、元の鉛の塊だったら良かったのではないか、と。