これからなんて無い

※「刀剣女学院」の続編

この制服を着るのも最後の年になってしまった。憧れでもあり、恐れてもいた紺色のリボンタイをむねに結ぶと、父に呼ばれる。毎年行われる確認。ああ、億劫だなあ。

父の後をついて、彼の部屋へとゆく道は、足取りが重たく感じた。部屋には座布団は向かいあうように置かれていた。父は座布団へ腰掛けると、座りなさいと俺に声をかける。

重々しい沈黙の後、三日月、お前ももう高校三年生か、と父は俺を見つめた。寂しげで、厳しい視線を全て受けてしまい、耐えきれず目を逸らした。自分の膝に添えられた手を見つめるほかなかった。

「お前には一本道を進んでもらう。向こうの家に嫁ぎ、世継ぎを産み、子を育てる。立派な母になるんだ。…すまないとは思っている。だがこれは全てお家の為なんだ。お家を背負う為には、仕方ないんだ。三日月、分かってくれるね?」
「はい、父上。分かっております」

従順な言葉しか欲しくないくせに。確認を求める行為が虚しく感じる。目線をあげてみると、やはり父の目は道を違えるなよ、と語りかけてきた。
俺は、決められた道を進む為に生まれた。

大学を卒業したら、俺はすぐ結婚するそうだ。相手は何回か会っただけの年上の青年。父の前で、俺を安心させるように朗らかに笑っていた。そう努めていても、顔の奥底は強張っているように思えた。印象は、それだけ。

俺の意思なんて、無いものとして扱われる。それでも反抗する気はなかった。背負っていたものはあまりにも大きい。逃げ出す事は思い浮かばなかった。
もう、何も言わず笑顔で頷いていればいいんだろう、と諦めるようになった。

自分は花だ。見目麗しい、それだけの花。どこにも行けない。根が生えて動けないどころか、根も切り取られた。枯れる時まで、花瓶の中で飾られているのだろう。

「先輩、こんにちは」

俺に話しかける人間がいた。おかしな子。見上げられた目はきらきらしていて生きている人間みたいだ。この子はちゃんと生きているんだ。羨ましい。

「先輩は生きてないんですか?」

手を伸ばされ、輪郭をなぞられる。あたたかな感触に身を震わせた。彼女の指が伝う。頬、うなじ、首すじ。自分は人間の形をしているのだと今、やっと分かったような気がした。

「泣かないで先輩」

もっと俺に触れてくれ、と口が動いた。

✳︎✳︎

「よかった、落ち着いたみたい」

その笑み、やわらかな言葉に目が潤みだした。必死に平静を装いながら、コップの水を口にする。この子の前では凛としていたいのに、どうもうまくいかない。

登壇中に倒れてしまったようだ。目眩に襲われ、床に手をつく中で、ナマエの声が聞こえた気がする。
現に、今も保健室で俺を見ているのは彼女だけ。

「ありがとう、ナマエ」
「いえいえ、…でもびっくりしました。先輩が突然倒れるなんて…。疲れてたんですか?」
「さあ、どうだろう。無理はしていないと思うがなあ。…いつもしないような猛勉強をしていたからだろうか」

心配させないようにと何気なく嘘をついた。あまり眠れていない事を伝えてどうなる。彼女を悲しませるだけだ。

「そうなんですか?…あんまり無理しないで下さいよ」
「ふふ、わかったよ。…だが、心配されるのは悪く無いな」
「もー、笑ってないで、ちゃんと寝てて下さいよ?先生方からもあなたを一日寝かせるように言われたんですから」
「じゃあ、今日は側にいてくれるのか?」

コップを渡して、再び横になった所で、嬉しい言葉を聞いた。ということは、ナマエが一日中側にいてくれる。

「うう…そうしたいんですけど、私、授業に戻らないと…」
「どうして?俺はお前に居て欲しいのに」
「…何だか、わがままですね」
「病み上がりなものでな」

彼女の情に響くような言葉をわざとかければ、みるみる内に気持ちが揺らいでいく。ほら、目線をうろうろ這わせて、迷いだした。

「なあ、側にいておくれ。先生方が何か言ってきても、俺がわがまま言ったんだと伝えるから」
「んん…」
「ナマエ」
「……仕方、ないなあ」

頰を赤くして、ぽつりと呟く姿。可愛い。

「ありがとう。ナマエは本当に優しい子だ」

美しく微笑む術は知っている。俺を見つめたナマエは、唇を噛みながら、俯いた。
きっと、この子は俺を好きになっている。
俺の笑みを見ても表情ひとつ変えず、まじまじと眺めていた子だ。その子が、こんなにも可愛くなるなんて。

名前も知らない子に好かれても、なんとも思わなかったけれど、狙った相手が俺に落ちていくのは嬉しいものだと知ることができた。

だが、ナマエは、外面の俺しか知らない。愛していると伝えたとしても、俺の行く末、つまらない生き方、全てを知ってしまったら、この子は俺から離れていくのだろうか…。

「先輩って、許嫁がいるんですね、それなのに想い続けても意味ないじゃ無いですか、…ひどいじゃないですか」

顔を覆うナマエ。彼女を傷つける未来しか浮かばない。

どうしようもない『これから』を考えても仕方ない。諦めていたからこそ、今までやってこれていたのに、彼女も諦めないといけないのかと考える度に、胸がいたい。