朝7時半にごはんだよ!と宣言したものの、朝ごはん当番はそれより早く起きて料理を作らねばならない。もれなく寝坊した私は七時過ぎに身支度しはじめた。下の共同の台所に駆け込んで、目玉焼き、ウインナーを一緒に焼き始める。その頃にはもう七時半になっており、まだできてないのか、という目を向けてくる理が傍に。制服をバッチリ着こみ、のんきに佇む弟に理不尽な怒りを投げる。
「そこに突っ立ってるなら手伝ってよー!」
「…当番は?」
「それよりも早くご飯食べなきゃでしょ!?手伝ってぇー!!」
呆れたように息をついた理は「何をすればいいの」と指示を仰いできた。レタスとかトマトとか適当にちぎって!!と叫ぶ。先にテーブルで食事していたゆかりちゃんが「私の作った味噌汁でよかったら二人で食べていいよー?」とまさに天の助け。この借りは必ず返すね!と泣きながら既に温まっている鍋からお椀に味噌汁を注ぐ。フライパンから目玉焼きとウインナーを皿にとる。ついでにお弁当用にも何本かとっておく。さらにお弁当用にと電子レンジにかけていた冷凍食品が温まった音が鳴る。その冷凍食品…からあげを弁当箱につめるだけつめ、理に指示してちぎったレタスもいれられるだけいれる。炊き立てのご飯を器によそい、本当に簡素な肉メインの弁当ができた…。理もそのあとに朝ご飯用に目玉焼きをのせた皿にトマト、レタスなど盛り付けたようだ。ちょうどに出来上がる弁当と朝ご飯。弁当は渋い赤色と青色の風呂敷に包んで、先に理の分を渡しておく。
「はいお弁当!」
胸におしつけ、彼の手に渡った事を確認したら、急いで朝食をダイニングに運ぶ。
「てきとーにどうぞ!」
「…いただきます」
「ゆかりちゃんお味噌汁ありがとう~…っ」
「いいっていいって、…借りは返してもらうけどね~?」
悪い笑みすらかわいらしい。いたずらっぽく微笑むゆかりちゃんは食べ終わった食器を片しに入れ替わるように台所へ。借りかあ。早速ご飯を口にしながら斜め上を見上げた。…同じように余ったおかずなんかをおすそ分けすることしか浮かばない。お礼はそうしよう、と決めてからは味わう暇もなく、ひたすら噛んでは飲み込み口へ運ぶ作業。ゆかりちゃんの作った温かなお味噌汁すらそんな調子である。申し訳ない。
「じゃあ、また学校でね」
「いってらっしゃい~~」
ゆかりちゃんはもう片づけを終えて家を出るようだ。弓道部だといっていた。それを体現するように鞄を肩にかけ、矢筒を背負っている。…部活かあ。…しばらく学校生活と家事をしてどんな感じなのかみてから検討してもいいかもしれない。そこに部活をさらに増やしてどうなるのか…。無理そうだったら別に帰宅部でもいいよね。
もう食べ終わったのか理がソファを立ちあがり、皿を洗い場に運んで行った。ふと時計を見てしまい、まずいと私も急いでご飯を掻っ込んで台所へ飛び込む。皿を洗い終えた理は手をふいている。理が残した泡のついたままのスポンジを手にとると、水を出しながら皿を洗っていく。横を通り過ぎてダイニングに戻っていった理、しばらくして扉が閉まる音がした。出て行ったのか。
…もしかして、と想像しかけた思考を慌てて、止めた。どちらかに期待したとしても、結局、選ばれなかった方も惜しいと思うのだろう。
ふと姉として、兄弟としてどうなのだろうと考えることがある。皿についた泡を落として食器カゴに入れ終えた。ひたすら無心になろうと努めながらソファに寄せていた鞄を持って扉へ急ぐ。
開けた先には、誰もいない。ずしりと重くなる心、同時にちょっぴり嬉しくもあった。ふうと息をついたところで視界に見慣れた後姿が飛びこんできた。
「…脇にいたの」
驚きで心臓が飛び出るかと思った。ゆるりと振り返る、いつもと変わらぬポーカーフェイスの弟がそこにいた。その姿を見たら、安心というか、重かった心がむくりと起き上がる感じ。…それと共にうーん…と思わず首をひねりそうになった。私の心境を分かってないであろう理は素知らぬ顔ですたすた歩きだす。理はいつもと同じように待ってくれていた。
「待ってよー」
私もいつもと同じように、理を追うのだった。
**
肩を並べて歩いて、駅から駅へ。ポートライナーは学生で混んでいて、座れるところはなかった。奥へ進んで、隙間のない席の前に二人で立つと吊革を握った。流れる風景、暫くしてムーンライトブリッジが目に入ってきた。思わず隣の理に目をやると、ぼうっと一点を見つめている。遠くなっていく橋を目で追うことはなかった。
「理、大丈夫?」
それでも声をかけてしまうのが姉の性か。理は視線を私に向けると「何が」とだけ口にする。…だからといって何も感じていない訳では無いはずだ。
「無理、しないでね」
視線を外して呟いた。当然のように返事はない。
**
さすがのエスカレーター式。友達グループはもう出来上がっている。余程の親切な子がいない限り、それか自分で進んで輪の中に入っていかない限り、今は全く接点がない。…まぁでも、できたらでいいか…と私はそこに力をいれる元気もなく、席についてしまった。困ったらゆかりちゃんのクラスにダッシュだ。
そんなことより懸念している事が現実にならなければ良いのだ。そうそう。
…だが私の懸念は現実となる。
山岸さんは早速、派手な子たちの後ろから登校してきた。腕には荷物がたくさん。思わず駆け寄ろうかと思ったが、教室についた派手子達は彼女の腕から自分の荷物を手に取って主犯格みたいな子の机の周りにたむろした。途端に教室がぴりぴりした雰囲気になるのを肌で感じる…。
山岸さんに「おはよう」とぎこちない笑みであいさつすれば、彼女はやんわり返事をしてくれた。そこに忍び寄っていく派手子①。
「風花ぁ、一限目の教科書忘れちゃったから貸してよ」
とんでも事態が目の前で続いていく。お、同じクラスーー!!とツッコみたくなる。山岸さんはへにゃりとした笑みで、「え…うん、いいよ」と自分の教科書を貸してしまった。
「あの、他のクラスにあては無いんですか…?」
さすがにツッコんでしまった…。これ確実にダメなやつだろう。我慢ならん。席に戻ろうとした派手子①は「はあ?」と私に向かって笑う。笑うところではない。クラス内のピリピリがさらに増していく。
「うちらの事に首つっこまないでくんない?転入生?」
「お、おお…」
なんとなく感嘆の言葉が口に出た。みんなの視線が私に集まっていく。ひえ~おっかない~。
「だ、大丈夫だから、結城さん」
山岸さんの言葉に「教科書なくて大丈夫?」と問いかけてみる。
「………うん」
いいのかそれで。さらに説得しようとしたが、一時限目の教師が教室に入ってきたことにより事態は強制的に終結した。そそくさと山岸さんの教科書片手に帰っていく派手子。これでいいのか。
**
ピリピリで始まった一限目は終わる。さすがに初日から教科書が無いと何もわからない。私と山岸さんは席をくっつけ授業を受けた。山岸さんが先生から叱られていた。理不尽とはこのこと。派手子さん教科書返してくれるのかなあと思いながらもやもやしていると、山岸さんが「学校を案内してもいい?」と尋ねてきた。もちろんお願いしますというと、山岸さんの案内による学校探検が始まった。
上の階は大体1,2,3年のクラスらしい。一階の案内を受けることになった。自習のできる図書室、謎の薬をくれる保健室、何の変哲もない職員室、と案内を受ける。下駄箱を挟んで、移動してから授業を受ける科学室やら家庭科室やらの教室の練に。次は渡り廊下。何かの木が一本だけ植えてあるのを見ながらまた校内へ。そこからは体育館、屋内プール(!)、グラウンドに繋がる構造になっていた。
「運動部に入るなら、これからここに貼られるお知らせを見てもいいかも」
何も貼られていない掲示板を見る。
「そういえば部活動って何があるの?」
「ええっと、運動部なら剣道部に、陸上部、水泳部、テニスにバレー…後は弓道部、フェンシング、ボクシング部もあるよ」
「お、最後らへんのかっこいいね。……弓道部かあ」
ゆかりちゃんと弓道部ライフもいいかもしれない、と妄想したところで山岸さんが「あ、でも定員が…」と思い出したように声をあげた。
「多分、人気で入れないと思う」
「え、そうなの?」
「うん、弓道部、フェンシングにボクシングも人気の人がいて、その人目当てに部活に入る人達が多いから」
「そ、そんな人が…」
愕然としたところ、「そう、二年の岳羽さんとか、三年の桐条先輩、真田先輩…だったかな?」と山岸さんが思い出してくれた。「岳羽さん」を筆頭に聞き覚えのある呼び名。…もしかして分寮の人たち?順平君が真田先輩も分寮に住んでいるといっていたような。…だが、姿を見たことがなかった。
別の方向へ考え事をしはじめていると、「じゃあ、もどろっか」と微笑む山岸さんの言葉で我に返る。
「うん…。…ねえ、山岸さん」
「なあに?」
向き合ってから一言。
「山岸さん、…よかったらだけど一緒にお弁当食べてくれないかな?一人だし寂しくって」
「…ごめんね。一緒に食べる子がいるから」
「もしかしてだけど、さっき教科書貸した子たち?」
「……うん」
「…大丈夫?山岸さん」
それで大丈夫なのか、聞いてみる。…しばしの沈黙の後、「ありがとう」と言ってくれた。
「山岸さん?」
「私のせいなの。…みんな、前はあんな感じじゃなかったんだよ。…私は大丈夫だから」
はかない笑みを向けられ、あの子たちと縁を切るべきだと言いたかったのに、押し黙る他なかった。本当に、なにか訳でもあるのだろうか。…やっとのことで喉から絞り出した言葉は「気分を変えたかったらお弁当一緒に食べよう。多分どこかで食べているから」だった。
「うん、…ありがとう、結城さん」
これでよかったのだろうか。
**
「これでよかったのかな~~~」
夕御飯時に愚痴る私。向かいには理がむしゃむしゃと私の作った夕飯を食べている。…訂正、一緒に作った夕飯。要領を得ていないごはんづくりに手間取っていたら、またも何か訴えるように傍にきた理に手伝われてしまった。た、頼りない姉だ…。そして今現在の愚痴。…頼りないにも程があるな!?自分自身の頼りなさに驚いていると、「よかったんじゃないの」と気のない返事。聞いてくれるだけでもありがたい。こんな事話せるのは今は理だけだし。
「…その子がそうしたいなら、それでいいと思うけど」
「そう、思いたいね。彼女も今のままでいい感じだったし…。でも、何もできなかった気がしてね…」
山岸さんは大丈夫っていってたし、お節介だったかな、いやでも、このままでいいのか、あ~でも何もできなかった…。マイナス思考のスパイラルである。
「…いつか、助けてほしかったら、ナマエのところにくるんでしょ」
「うん…」
「なら、別にナマエがあれこれ考える必要はない」
…行動するのは、彼女だといいたいのか。「昔からそうだよね」と無表情でさらりと言ってのける。…返す言葉もございません。
「あはは…そうだね、うん、私がくよくよしても仕方ないか」
助けを求めてくれたら、山岸さんを温かく迎えるのみよ。それだけ心に決めておこう。「ありがとう理」と行儀悪くご飯を口にしながら礼を言う。
「…それにしてもお昼、順平君達と食べてたね~。よかったじゃん」
「よくない…」
「あと、友近君だっけ?楽しそうな人たちに囲まれちゃったね」
「…」
購買から帰ってきた彼らに囲まれ、どことなく迷惑そうな顔をしていた理。なんとなく見ていて微笑ましかった。ここに来る前は屋上で一人で食べていたから。それを思い出したら、人に囲まれるのもいいよね、と思うのだ。私はというと、お昼はゆかりちゃん達の所にいれてもらった。だから理の様子が見られたんだよね。
「人と関わると、きっといいことがあるよ」
仲良くなって、一緒にいて楽しくなる。遊びに行ったり、思い出が増えたり…。理もそういう経験をしてほしい。理がじっと私の顔を見るもんだから、恥ずかしくなって視線を逸らす。眼に映るのは私たち以外誰もいないホール。
「そういや今日もみんなと鉢合わせにならないね」
「うん」
「真田先輩にも会ってないよね~。本当に住んでんのかな。…ボクシング部の主将なんだってね。そうだ理、部活決めた?」
「どうでもいい…」
「まあ帰宅部でもいい学校ならそれもありかもねえ。…強制だったっけ?」
明日でもゆかりちゃんか山岸さんに聞いてみるか。