ご褒美

「えーではでは!気を取り直して…」何事もなかったようにナマエは次の話を始めることにした。加州は主の耳が赤く染まっているのを見逃さなかった。照れているのか、と目を細めながら彼女の話に耳を傾ける。

「…これからは皆の様子をみながら、出陣の回数を今までより増やしたいと思ってます。調子が良かったら何日か続けて、悪かったら休んで…って感じでね。勿論、仲間を増やすのも並行していくよ。交代交代でやっていけるくらい」

ナマエは時折考えるように言葉を止めては、ゆっくりとこれからについて説明していく。段々と耳の熱は引いていく。ゆるんでいた表情は真剣さを帯びていく。
加州は考える。もしかしたら俺達を気遣ってくれているのか、と。今までの生活と打って変わり、本来の「本丸」のようになってしまうことに申し訳ないと思っているのかもしれない。だが、それは違うと感じた。自分達は戦う事が本懐だ。彼女がそう感じる必要はない。それなのに、嬉しいと感じてしまう自分もいた。
加州は目線を落とした。

「…お願い、これからも力を貸してほしい」

ナマエは付喪神に頭を下げた。

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刀剣男士達は食事が終わって各々の部屋に戻っていった。本丸に戻った途端にどっと疲れが襲ったのだ。具現化して間もない体、はじめての疲労。
食事を食べ終えた安定はちら、と食器を片付け始めた審神者を窺った。それに気付き、こちらを向いたナマエの目線を掻い潜るように立ち上がると、「ごちそうさま」と声をかけ、部屋へ戻っていった。
いつも手伝おうか、と声をかける鯰尾と小夜もさすがに今日ばかりはすぐに休みたかった。

「主、すみません、先に失礼させて頂きますね。今日のご飯おいしかったです!…っていつもおいしいですけどね!」
「僕も…、ごめん、ありがとう」

鯰尾は相変わらず歯に衣着せぬ口調で、女性をときめかせるような事を言い残す。小夜は対照的に口下手ながらも、手伝えない事を謝り、今日の夕餉の礼をした。
そんな二人を見比べたナマエはへらりと微笑む。

「ううん、いいっていいって。無理しないで休んで。おやすみなさい。今日はお疲れ様でした!」
「おやすみなさい!」
「おやすみ」

やっと居間から、隣接した台所へ食器を運ぼうと腕まくりをした所で、加州は彼女に声をかけた。

「俺が運ぶよ」

ナマエにそれとなく近づいた加州。彼はナマエに褒められるのが好きだった。いつものように手伝おうとしたが、ナマエはそれを手で制した。

「別にいいよ、今日は初陣で疲れたでしょ?折角だけど休んでてほしいな」
「全然疲れてないけど。それを言うなら主の方が疲れてるでしょ?一緒にやろっ」
「…加州君は優しいねえ」

うっう、と顔を手で覆い、大げさな泣きまねをした後、手を退けたナマエは微笑んだ。

「一緒にやろっか、ありがとう」
「うん!」

加州が食器を洗い場に運ぶ。洗い場に移動したナマエは今度こそ腕まくりすると、茶碗を洗い始めた。
その内、食器を全て洗い場に運び終えた加州は、洗い終えた食器カゴに入っている茶碗などを乾いたタオルで拭いて、棚にしまいだす。現れて最初の日から手伝っているのだ。慣れた手つきだった。
手伝う面子が同じ空間で動きだすと、何気なく会話しだすのがいつもの流れだった。

「怖く、なかった?」

食器を棚にしまう加州に、呟くような声がかかった。今日は初陣だからか、戦の話をすることになりそうだ。加州は「全然、余裕だったよ」と歌うように軽やかに言葉を紡ぐ。褒めてほしい、という気持ちが込められていた。そんな思いを知ってか知らずか、ナマエは「すごい」と口にした。

「…すごい!自分で戦うのは初めてなんでしょう?それなのに、敵の大将まで討ち取って…うん、すごいよ、加州君」
「えへへ、お褒めにあずかり、どーも。でもまあ、俺達そういうもんだしね」
「…そっか。…ああ、実はね、初陣記念にみんなにお給料をあげようと思ったんだけど…」
「えっ!給料?」
「うん……」

給料。買い物が出来るということだろうか。戦以外の目的の時にも、外に出てもいいということか。加州は期待に胸を躍らせる。
だが、何故か歯切れの悪い返事に加州はちらり、とナマエの様子を窺った。ナマエはあきらかに肩を落としていた。食器片手に項垂れている。

「あ、主?どうしたの」
「ごめん、あんまり出陣してなかったから…ちょっと、ここでの生活費がね、……ごめん!!」

ナマエは申し訳なさそうに眉を曲げると目を固く閉じた。慌てて加州は彼女の近くに駆け寄る。
しかし、「あんまり」ではなく「ほぼ」が正しいと思う。なにやら審神者にも深い事情があるようだ。深く聞く事はしなかったが、ナマエが落ち込んでいるから励ますことにした。「給料とか別にいいよ!俺、主といれるだけでいいし!」と口に出していた。半分本当だが、実を言うと何か自分を着飾れる服や、装飾品がほしかった。

「そんなこたあない!貴方達には戦ってもらうのだし。…せめてものお礼に月一回はお給料を支給するから。だから、もう暫く待っててほしいの…!」
「主、ありがとう」
「え!?ありがとう?…寧ろ怒ってもいいのに」
「なんで主を怒んないといけないのさ。俺達のこと、想ってくれてるんでしょ?ありがとう」

加州はおもわずナマエに礼を言っていた。今日はナマエに想われてるのを知れてよかった。満たされるような気持ちに今日は終始襲われている。
審神者は加州をじっと見つめた。何か言おうとしたのか口を開きかけたが、ぎゅっと噤んだ。
少しだけそれが気にかかったが、加州は言葉を続ける事にした。

「主、俺達は大丈夫だから。そう簡単に折れやしないよ」
「え…」
「これから挽回するからさ。だから、たくさん、これまで以上に可愛がってよ?」
「…ありがとう」

目線を落としたナマエの表情は感情がなかった。ひやり、と胸が凍りつくのを感じた。変な事を言ってしまっただろうか。もしかしたら俺を可愛がりたくないのか。「そんな表情にさせたかった訳じゃないんだけど…」と言い訳をしながら、おろおろとナマエを見つめる事しかできなかった。

「いや、違うの。うれしいの。…ありがと…う…」

ナマエは涙を零していた。加州はもっとおろおろする事になった。皿を洗った、濡れた手で自分の目を拭う。加州は無性に、その頼りない背中に手を添えてあげたかった。

「主」
「ごめん、ね……。悲しいから泣いてるんじゃ、ないよ?嬉しいから…」

同意を得ないとまずいか、などと思案した後に、ええい、となけなしの勇気を振り絞って加州は出来るだけ優しくナマエの背中に手を添えた。
びくり、と震えられるも「ありがとう」と小声がかかる。
加州は主に寄り添いながら、この人を守ろうと固く誓ったのだった。