そういうことだった

ウェンティと飲むということ」の続き

 あれ以来、なかなか先生の元を訪ねる決心がつかず、璃月に来ては依頼を済ませてすぐにモンドに逃げ帰る日々を続けていた。
 どんどん会うのが気まずくなる前に、何事もなかったように声をかけたら、また元の、優しい先生を慕う私に戻れるんじゃないか、と考えた次第。
 だって今の私の先生への気持ちって、きっと迷惑だ。もしかしたら勘違いかもしれないし、告白する勇気もない。

 商売人の声、町民でにぎやかな町の通りをそれると、港の景色が良く見える静かな道に出る。鍾離先生が港を眺めていた。私達にまだ気付いていない。パイモンが声をあげようとするのに、咄嗟に口をふさいだ。
 先生が見ているのは、きらきら輝く海…ではなく、港を復興させようと、汗をかいて働く人々。希望を失っていない町民たち。活気のある港を、愛おしい子を慈しむような表情で見つめている。
 神様をやめて一般人に戻ったとはいえ、岩王帝君を慕う町民がいきいき過ごしているのが嬉しいのだろう。
 その光景に目を離せずにいた。言葉に出来ないくらいその横顔が綺麗だ。なおもパイモンの口を両手で塞ぎながら、鍾離先生に魅入っていると、ふと、先生の視線がこちらに向いた。

「ナマエ、……久しぶりだな」

 微笑みをたたえる先生に慌てて頭を下げた。頬が熱いのに気付く。何事もなかったように平静を装いながらも、ごくりと息を呑んでしまう。

「鍾離!ナマエがお前を…」
「お久しぶりです先生、今日もお散歩ですか!?」

 パイモンが告発しそうになるのを遮る。「あぁ」と頷く先生を確認してから、パイモンを小脇に抱えてダッシュで道の隅に移動する。

「…先生をじっと見つめてたこと、言わないでね」
「何でだ?」
「いや、恥ずかしいし…とにかく」

 もう一度「言わないでね!」を念を押そうとした時だった。

「俺はお前がいたことに気付いていたが?」

 先生は何も問題がないことのように、壁に顔を向けた私たちの元に歩み寄って、そう言ってのけた。
 固まる私。先生のお顔が見れない。パイモンは先生の方へ振り返って「気付いてたなら、もっと早くナマエに声をかけろよな」と言いながら、私にジト目を向ける。

「ハハ…そうだな。だが、ナマエから名を呼ばれるのが好きで、待っていた。痺れを切らしてこちらから声をかけてしまったがな」
「へえ~!ふうん~!しっかし、気配で気付くなんてやるなあ」
「港風とともに好きな香りがしたからだな。ナマエが来てくれたんだとすぐ分かった。いつも霓裳花の香をつけているだろう?」

 そう、鶯さんに教えてもらった霓裳花オイルを首元や手首に垂らして香りを楽しんでいた。 そういえば、先生に「良い香りだな」と褒めてもらってから付け続けていたのを思い返す。
 先生の言葉を聞いて、もっと返事が出来なくなった。笑って、「結構離れていたのに香りで気付くとは、先生もやりますね」なんて、いつものように言えばいいのに。頬の熱さが、真っ赤になっていることを教えてくれる。

「なあ、ナマエ、振り向いてくれないか?」

 先生にそう頼まれたら、断る術が無かった。遺跡守衛のようにギギギ…とぎこちなく振り返る。

「顔が赤いな、どうした?」
「う…いえ…何でもありません」
「……そうか?」

 やっぱり顔、赤くなっているみたい。……先生を直視できない。

「ずっと俺の元に訪ねてこなかったろう。あの時、困らせてしまったなら謝りたいと思っていた」
「そんな、困るだなんて…、もともとは私がよく考えずにお話したせいですし…!それにあの時の話は…」

 なかったことに、なんて、言えるわけなかった。先生が真剣に私を見つめているのに気付いてしまったから。
 何事もなかったように振舞う道を絶たれてしまい、パイモン、助けてくれと辺りを見渡すも、パイモンの姿が消えている。どうしてこういう時に限っていなくなるのか。
 ええい、こうなればヤケよ、私の想いを伝えてしまえ!

「……あの!返事を待っていて下さるって仰ってたじゃないですか」
「……あぁ」
「私も…先生のそばにいたいです」

ギャグルート

 先生が「ナマエ」と私の名を呼ぶ。なんだか気恥ずかしくて、いそいそと冒険者カバンから紫色の経験の書の束をとりだした。

「ナマエ、それは…?」
「経験の書です。…私、先生のそばにいたいけれど、兄を探すために旅をしてるじゃないですか。だったら先生に旅の仲間になってもらった方がいいな、とも考えたんです。だから会えなかった期間に経験の書とモラと突破素材を稼いでいたので、もし良かったら一緒に戦っていただけたらいいなって…。その合間に往生堂のお仕事をして頂けたら、私も手伝いに行けるし、金銭面の管理もできる。でも、嫌だったら断ってくださいね。璃月でののんびりした生活と離れることになるので…」

 断られるかもしれない、と怯えながらも、先生を見つめる。
 鍾離先生は暫くして、頷いてくれた。

**

「リサさん!この前の話なんですが」

 今度はナマエがリサをカフェに誘い、サラダ中心のランチをとっていた。リサはナマエが話を切り出したことで、一見表情は変わっていないものの、話に集中しはじめる。

「なんやかんやあって、旅の仲間になって下さることになりました!」
「この前話していた方が私たちの仲間になるの?」
「はい!」

 恋人としてくっつかなかったのかしら…。リサはどうしてこうなったのか分からなかったが、ナマエが幸せそうな笑みを浮かべていたので、よしとした。

**

 夜の璃月では、鍾離が机に突っ伏すくらい悪酔いをしていた。ウェンティはやっぱりなあと思いながら彼の横の席に座って、一言。「じいさん、大丈夫?さすがに可哀想すぎて心配で来ちゃったよ」

「……俺は恋愛対象ではないのか」
「かもしれないねぇ」

 ウェンティの弓矢のような言葉が鍾離を貫いていく。ダメージを与えていたのに気付き、慌てて鍾離を励ますことにしたウェンティ。

「あ、でもでも!仲間になったんでしょ?これから旅に同行するならまだチャンスはあるって!頑張って、じいさん!」
「……努力する」
「まあ、今日はパーっと飲もうよ!…すいませ~んお酒1つ追加で!」

 酒で顔を赤くした鍾離を横目に、ウェンティは酒を待ちながらも、とある出来事を振り返っていた。
 酒盛りをした後日、鍾離についてナマエに探りをいれたことがあった。その際、満面の笑みで「鍾離先生は私にとっておじいちゃんみたいな人だよ!」と言っていたのに、「そうなんだあ」と返事しながらも鍾離を憐れんだ。

「絶対内緒にしておこう…オーバーキルだよこれ…」