それは寒い寒い冬のことでした。学校への電車に乗るために駅のホームにたたずんでいました。
私は道中を振り返ります。おそらく無気力症の人が雪の中、ベンチに座り込んでいました。どこを見ているか分からない目が怖くて、駅に駆け込んだのがついさっきのこと。寒くなるにつれ、珍しい光景ではなくなりました。教室に来る子らはまばらに。世界は終わるかもしれない、なんてメールを送ってきた子もいました。
両親は港区から引っ越すことを検討していましたが、来年3年になる私のことを案じて、身動きが取れなくなっていました。命の危機を優先すべきでは?と思いましたが、エスカレーター式の学校に通ってきた私は別の学校でやっていけるか不安になりました。何も言えませんでした。
「大丈夫、君はすぐに不安から解放される」
優しい声がかけられます。モノレールが駅に到着するメロディーが鳴りました。ああ、電車に乗らなきゃ。そう思って顔を上げると同時に一歩足が進みました。電車はまだホームに到着していません。足が地面に触れず空を切りました。あれ?と目を瞬かせていると、とても強い力で引っ張られました。
「ミョウジ!」
「湊くん……」
私は夢見心地に引っ張り上げてくれた人、湊くんを見つめます。焦った顔の湊くんが活き活きして見えます。私はここのところ、ぼうっとしているが多くなってしまいました。なんだか夢を見ているような心地。その時、必ず湊くんのような声が近くから聞こえます。でも、それは確実に湊くんではない気がしました。そして、階段から落ちそうになったり、屋上から景色を眺めていたらふらついてしまうのです。そんな時、必ず湊くんが私を助けてくれます。私を、現実に引き戻してくれるのです。
危なっかしい私を見かねて手をつないでくれました。えへへ、と気の緩んだ声が漏れてしまいました。
そういうことが起きるようになって、最初は申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに、今じゃあ日常茶飯事。湊くんからの優しさが心地よくて甘えてしまいます。
「……家に居た方がいいんじゃないかな」
「そうだよね。でも来年受験だし、……湊くんもいるし……」
本気で心配してくれているのでしょう。湊くんは何度も私の苗字を呼んでくれます。
「ミョウジ、ミョウジ……聞いてる?」
「あぁ、ごめん」
私は彼に苗字を呼ばれるのが好きです。いつか、名前で呼んでほしい、とも思っています。ぼんやりした景色は、電車の中になっていました。ああ、いつの間に乗ってたんだっけ……。
「とっても眠いんだ。……えっと、たまにね」
私は彼に笑ってみせました。湊くんは困った顔をしています。私も無気力症になっているのかもしれないなあ、と思いましたが、彼をもっと不安にさせるようなことを言いたくなくて、今日も口をつぐみます。無気力症の人が怖いと最初に話しましたが、私も同じような目をしているかもしれないと思って怖かったのです。鏡で自分の目を見つめることが出来なくなっていました。電車が揺れるリズムが子守唄のよう。ああ、眠いなあ。彼に寄り添いながら船を漕ぎます。
――――
湊は彼女のことが好きでした。朗らかに笑っていた彼女は、冬になって、自分と一緒にいるとぼんやりした表情をするようになっていました。
かつて自分の中に居た、ファルロス……望月綾時も初対面の彼女のことをたいそう気に入っていたことを思い返しました。まるでデスが彼女を死の世界へ誘っているみたいだ、と湊は思ったそうです。
湊が彼女に好意を抱いているから、彼女がこんな風になってしまったかもしれません。近づかない方がいいかと思いましたが、湊が離れていても彼女は怪我を負いました。その時は運よくクラスメイトが助けたそうです。自分がそばにいないと、いつ事故に遭ってもおかしくありません。
今日も湊は彼女のそばにいます。