ただいま

 食事が終わると、再びお城を目指す。必要な所は案内してくれたけど、城下町には他にも物珍しい店がたくさんある。お城から帰る時、きっとリオン君は直帰するだろうから、私だけ寄り道して帰ってもいいかもしれない。
「さっきから田舎者みたいだな」
「そうかもね。私の元いた所じゃ、こんなに活気のある城下町は無かったから」
 きょろきょろしているのを指摘されてしまった。可愛い小物を扱った雑貨屋さんも、見目鮮やかな花屋さんも、元いた世界にあった。だけども、人々の表情はこんなにいきいきと輝いていなかったように思える。
 お城につき、資料室に向かう。奥の方にいる司書のおじいさんはやはり眠っていた。さすがに寝すぎでは、と心配になってきたが、体がこくりこくりと動いているので、大丈夫そうだ。横にいるリオン君が誰がどう見てもイライラし出したと分かる。青筋を立てる彼を慌てていさめる。
「おじいさんがお昼寝したくなるのは仕方ないことだよ!」
「職務を全うしないのに、年齢は関係ないだろ!」
 私達の声に「うーん」とおじいさんが声をあげた。二人とも、おじいさんに視線を向ける。
「…利用者さんかな?眠っていたようだ、すまんのう」
「全くだ。お前はここの司書か?」
「リオン君、口調!すみませんこの子、口が悪くて」
「お前は僕の保護者か…!」
 やりとりを見てか、おじいさんは朗らかに笑い出した。
「ああ、わしはここの司書だよ。君はたしか…リオン様か、資料室を使ってもらえて光栄だ。お友達と一緒かい?」
 うんと年上である司書さんから、「リオン様」と呼ばれるリオン君。もしかして、かなり偉いのだろうか?いや、そんなことより本だ、本。
「はい、こんにちは司書さん。あの、この世界の歴史についての本を読みたくて、資料室を使わせてもらおうとしたんですが…」
「この世界の歴史の本かい?だったらあっちの棚に…」
 司書さんは立ち上がろうとしたが、表情をゆがめた。「大丈夫ですか?」と駆け寄ると、苦笑いしながら腰を抑える司書さん。
「はは…すまんね、腰の調子が悪くて」
「大丈夫ですか?私持ってきますね」
「あぁ、ありがとう」
 リオン君がイライラしながら彼を見る。視線でそれを制すと、司書さんの指示の元で本を取ってきた。手近な机に置くと、たしかに『世界の歴史』との直球タイトル。
「この本を読んでみたら良さそうですね、ありがとうございます!」
「いや、取ってもらってすまないね…」
 申し訳なさそうに、眉を下げる司書さん。腰痛でなかなか動けないのか…。
「その本だけでいいのか」
『他にも何か必要だったらおじいさんに聞かないとだね』
「そうなんですけど、お手を煩わせるのが…」
「それがあいつの仕事だろう」
「それはごもっともなんだけど…!」
 リオン君に近付いて、声を抑えて話をする。他にも世界地図や伝承が書かれた本、恥ずかしながらこの世界の一般常識についての本もあれば助かるなあと思ったが、どの本かのやりとりで司書さんに苦労をかけてしまう。何かできないかな。自然と生まれた気持ちに、寄り添うことにした。司書さんの負担を軽くして、私達も便利に利用できる術はないか。暫く腕を組み考える。
「……私達で本を分類できたら便利じゃない?他に利用する人に分かるようにすれば司書さんも手間がかからないし、双方お徳!」
「結構な慈善活動じゃないか。……さりげなく僕を数に入れてないか?」
「いや?そんな事は…あるかも…」
 ここまで付き合ってくれたんだし、と、心のどこかで期待しながら彼の様子を伺う。都合のいいことを望むも、その通りにいくことは少ない。眉間にしわを刻んで、顔をしかめている。やはり乗り気ではないようだ。
「僕はやらんぞ」
「あはは…そうだよね…。ごめんね無理いって、ここで先に帰ってくれる?付き合ってくれてありがとうね」
『えー!坊ちゃん帰るんですか??』
「あぁ」
 扉を開けて、あっさりと帰っていったリオン君を見送る。心細くなったが、気を取り直す。司書さんの所へ歩み寄り、本について尋ねる。
「司書さん、ここの本って分類ごとに固まって棚に入ってますか?」
「そうだね、大体は揃っているよ。……ただ、腰の調子が悪くなってから、なかなか本の整理ができなくてね」
 司書さんが目を伏せる。それを見たら、すぐに自分の気持ちを伝えたくなった。
「あの、本の整理を手伝ってもいいですか?」
「かなり量があるが、本気かい?」
「はい、これから資料室に通わせて頂くので、是非ともお願いしたいです」
 司書さんが「力仕事だし、本当に大丈夫?」と再度確認する。大丈夫だと答えると、「なら、時間がかかるかもしれないがお願いしてもいいかい?」との言葉。任せてほしい、と胸がいっぱいになった。
 早速、資料室の片付けを開始する。換気のために窓を開けて、まず何からはじめよう、という所で司書さんから提案を受ける。しらみ潰しに本を片付ける方法だった。
 一つずつ一つずつ、棚の中の本を机にどっさり置いては、司書さんがその棚の分類に余計な本をよけてくれる。その後、私が分類にあった本をタイトル順に棚に戻していく。本棚整理を進める中で、最後に分類に合わない本を当てはまる棚に納めていこうと思ったが、その本の多いこと。最後の作業は骨が折れそうだ。
「体が動けば手伝えるんだがなあ…。すまんなあ、お嬢さん」
「大丈夫です!私がやりたいだけですし、これから通わせて頂くし、お互い様ですよ」
 片付け作業開始から三時間経った。分厚い本がたくさんある。本運びも体力がいる。資料室、かなり広い。現実が肩にのしかかってくるが、頭を振り、邪念を払いのける。三分の一くらい、棚の整理は終える事はできたんだ。疲労感と達成感。頑張れているのことが楽しい。自分の感情を確かめるように頷いていると、窓から見える景色が薄ら暗くなっているのに気付いた。
「今日はここまでにしないかい?」
「あっ、もう帰られる時間ですか?」
「いんや、まだだが…。お家の人も心配しているだろう」
 「お家の人」で咄嗟に元の世界が浮かんだ。…みんな心配してるだろうな。じんわり、目元が熱くなってくる。慌てて、マリアンさんやシャルティエさんが心配しているかもしれない、と思考を切り替える。もしかしたらリオン君も…などと、やっぱり自分にとって都合のいいことを考えるが、これも叶いそうにないかもしれない。
「そうですね、きりのいいところで帰ろうと思います。…分類に合わなかった本、結構積んであるけど大丈夫でしょうか…?」
「あぁ、大丈夫だよ。滅多に人がこないからね」
 寂しそうに苦笑いする司書さんを見たら、胸が痛い。そんなに来る人がいないのか…。片付ける間に、面白そうな本をちらっと見ていた。小難しそうなものの中でも、美術品の資料や、花の図鑑もあった。片付け前に探してもらった歴史の本だって、パラパラ見ただけだが、挿絵もあり、メリハリのある文字やレイアウトから内容が分かりやすかった。本をうまく分類できたなら、私以外に資料室で本を読む人が増えたら良い。
 窓を閉めて帰る際、司書さんに「また明日も片付けを手伝わせてください」と伝えておく。
「ありがとう、また明日ね」
「はい、また明日!」
 笑顔で私を見送る司書さんにお辞儀をして、重い扉をくぐると、扉の傍に人が立っていた。資料室に用があるのだろうか。こっそり顔を伺うと、その人はリオン君だった。
「リオン君?」
『坊ちゃんがうだうだしてる間に帰る感じになってるじゃないですか!』
「うるさい、別にうだうだしてなど…!」
「…ええっと、どうしたの?資料室に忘れ物でもした?」
『違うよ、迎えに来たんだよ』
 シャルティエさんの言葉に、リオン君を見つめる。顔が赤い。いや、そんな事は…、と視線を外してから、もう一度リオン君の顔を見た。うん、顔が赤い。本当のようだ。二度見してしまった。
「本当?ありがとう」
「別に、ヒューゴ様やマリアンにお前の面倒を見るようにいわれたからだ。僕は仕方なく…!」
 『坊ちゃんたら照れちゃって』とシャルティエさんがリオン君を茶化す。さらに顔を赤くさせ、シャルティエさんを睨みつけるリオン君。ここにきて良かった。じんわりと体が暖かくなる。鼻の奥もツンとして、鼻をすすってしまった。すする音に反応してリオン君がわたしの顔を見つめる。情けない表情をしていないだろうか。これ以上顔を見られまいと、そそくさと城の出口へ向かう。
「さ、帰ろ帰ろ!マリアンさんが待ってる!」
『ふふ、そうだね!』
 二人とも何も言及しないのがありがたかった。城を出て、城下町を通る。おいしそうな匂いが漂ってくる。どこの家も夕飯を作っているんだろうな。匂いに反応してか、お腹が鳴る。そこはさすがに、リオン君に鼻で笑われてしまった。
「笑わないでよー。片付け、結構大変だったんだからね」
『だよね…。あの量だもん。さすがにまだ終わってないよね』
「そうなんです。明日も片付けにいこうと思っていて、…まぁ、まだまだあるけど、明日で終わりそうなので大丈夫です!」
 お腹をさすり、今日の夕食が楽しみだなあといつの間にか笑顔になっていた。
「明日の朝から剣術の稽古だからな。程々にしておけよ」
「うん」
 気遣ってくれているのかな。ありがとう。嬉しいな。今日は頑張れた。ぽつ、ぽつと感情が生まれる。暖かい色に染まった感情が、胸の中に詰まっていく。自分を抱きしめてあげたくなった。この感情たちが、きっと私の力になるのだろう。
 屋敷へ差し掛かり、玄関に進む。リオン君を先頭に玄関をくぐると、マリアンさんが駆けてきた。満面の笑みで迎えられる。
「おかえりなさい!夕食が出来ているわよ」
「ただいま、マリアン」
 リオン君が当然のように返事をするのに、私も照れながら後に続いた。
「ただいま…戻りました」
 大切なものを噛みしめてるみたい。声、小さかったかなとマリアンさんを伺う。彼女はしっかりと私達の姿を確認した後、嬉しそうに目を細めていた。