つらさに

がんばろうね、と意気込んだ先に、戦わせてきた、あの子が折れた。傷を負った、だから退却を命じたのに。私に褒められたいって、無茶をしたあの子が折れ た。回収された折れた刃を手にして呆然とする私に、「俺達は刀だから仕方ないよ」と私を一生懸命励ましてくれた人たち。平然と生活して、再び自分たちの出 陣を促す。
誰も彼の死ついて悩んだり、苦しんだりしていない。私だけがおかしいのか?私は呆然とした。
糸がぷつんと切れたように私は倒れた。あの子が折れた時より血相を変えるみんな。わたしは、死んでないのに。
やっぱり、無理をしていた。みんなと笑ってる間でも、やっぱり息苦しかったんだ。怖かったんだ。
審神者になってから、ずっと彼らを戦わせて傷を負わせて治して終わりがないと思った。手入れ部屋でごめんなさい、と肩を落とす彼らの手当てをするのが毎回辛かった。
でも、そうするしかなかった。未来が掌握されていて、自分たちの存在が揺るがされていて、それに抗う手段をもっているからと選ばれた私が、泣き言なんて言 えなかった。審神者をやって、つらいな苦しいな、申し訳ないな、ごめんな、と悩み苦しむ日々を送る。相談できる人もいない。切羽詰まった状況。
そんな時、あの子に誘われて短刀の子たちと一緒に遊んだ日から、彼らと触れ合うことって楽しいんだと思った。なんだ、楽しいこともあるじゃないか。違う考え方もできるんだ。それに気付けたのはあの子のおかげだった。
前向きになろうと考えることを覚えた私は、ちゃんと悩みに対する解決策を探そうとした。ここでの生活をもっと楽なものにするために、心を安らげる為に、ま ず彼らとのふれあいを大切にした。日頃の感謝を伝えるために何度もお礼を言った。彼らの事を知ろうとした。一緒に家事をしたり、畑仕事をして、笑いあっ た。一緒にこの現状を打破しようと誓い合った。それなのに、あの子がいなくなって、仕方ないよ、って言うみんながこわくなった。
帰りたい、と泣いて、泣き叫んで一人になりたいと、苦しみから逃れるように本丸から離れた小屋に籠った。審神者から逃げ出す勇気はなかった。
幸いにも、審神者はいるだけで刀剣や本丸は保たれる。寝ているだけでも、神気を鍛刀場や手入れ部屋に送っていれば鍛刀、手入れはなんとかなる。戦闘の指揮 は偵察、部隊長の判断だけになってしまうが、もう何もしたくなかった。つかれたのだ。政府の使いのこんのすけが様子を見に来たが、私がいなくとも本丸が問 題なくまわっているのを確認したのか、ひきこもることを黙認してくれた。
籠った私は何も考えたくないので、まず昔の音楽を聴きながら昔の本やマンガを読んだ。それから昔のゲーム。色んなジャンルに手を出した。後は食べて、寝るだけの生活。

時々誰か様子を見に来るけど、あまり口をききたくなかった。私は(この通り元気でやってるので、)大丈夫だから。みんな問題なくやってるよね。それくらいしか口をきかず、時々新しい刀ができたら顕現だけさせて小屋に逃げ帰る生活を送っていた。
こんなでも、着々と希少な刀である一期一振、鶴丸国永など新しい刀を顕現させることができたが、関わる気はあまりない。今まで付き合ってきたみんなとは私への印象が違うんだろうけど、面倒だった。とにかくつかれた。

**

離れに一人住む審神者を、三日月は今日も訪ねる。にこにこと審神者の部屋へ上がり込み、ストックしてある現代の菓子を「食べていいか?」と一言聞いてから、作業中の審神者を穏やかに見守りながら菓子を味わい、帰る。
最初は居城に異物が入ってきてげんなりしながら迎えていたが、審神者も三日月の出現に慣れ始めた。
「…来ると思ってましたよ。お菓子はそこにあるんで…あ、マンガ読んだら感想お願いしますね」
「なんやかんやで迎えられているな」
「そうですかね」
三日月は満足そうに笑う。三日月は何も知らないし、何も口うるさいことをいわない。彼がいても気持ちが乱れることが少ないのだ。
度々三日月が訪ねてきて、自分は延々と好きな事をするだけでよかった。そんなある日の事だった。
体が突然重く感じ、何日か寝込んだ。不摂生な生活を続けているせいか、はたまた突然人付き合いをするようになったからか。今までも何回か同じ事が起きたことがあるが、今回はやけに長く感じた。食欲もなく、ただただこんこんと寝る。
ようやく疲れがとれたと思って目を覚ますと、三日月が傍に座っていた。
「やあ、ようやく目が覚めたか」
「…どうも」
頭には冷たい布があてられていた。
「死ぬのかと思ったぞ」
「そうですか」
それもありだなあ、と思いながら気だるいのでゲームやらマンガを読む気も起きず、引き続き寝ることにした審神者は、三日月のいない方へ寝返る。ずるりと宛がわれた布が布団へ落ちる。
「燭台切が心配していたぞ、粥を作っていた。そこにおいてある。短刀どもも沈んでいた」
「…彼ら、見に来たってことですか?」
「いいや、見に来てはいない。あやつらは未だにお前の様子を窺っている調子だ」
「じゃあ、なんで」
「本丸の神気が陰っていたからだ。お前の生み出した刀剣なら誰でも分かる」」
「そうですか」
ぼうっとした頭。刀剣も人の心配をするもんなんだなあと素直に、思ったことをつぶやくと、それはそうだ、と三日月は笑う。
「お前が『主』だから気になるのだろう」
ですよね~、と心で笑う。期待は微塵もしていなかったので、そりゃそうだろうという感想しか浮かばない。彼らは、やっぱり人間じゃあないのだ。
「お前が死んだら、俺たちは意識を、時を止めるぞ?」
「う、うわあ、それは重いなあ」
やっぱり審神者になんかなるんじゃなかった、と思ったところで、いや、それは違うか、と思った。そうするしかなかった。必要とされて、頑張って、そうするしかなかった。
ただ今はむなしく、一人だった。私は一人だ。つかれた。考えるの、つかれる。
「つかれた」
だるい。深く息をはくように、呟いた。呟くと同時に涙がどっと瞑った目から湧きだし、その内布団へ染み出した。「そうだなあ」と三日月は気遣うような声をかける。
「俺はお前の事を何も知らぬから、そうだったのだなあ、と心を寄り添うことしかできない」
主だからと優しくしてくれる三日月に、煩わしさが生まれた。
「だったら、そんなやさしさ最初からいらない」
「そうなのか?」
「私を見てる訳じゃないじゃん…」
でも仕方ない、だって私、何もしていないから。主らしいこと。審神者としての任。優しいこと。全部放り出して、何もしたくなくて。ウザったくて。何かしたかったのに、何もできなくて。
「利益が一致しているのだから、頼ればよいものを」
困った子供に聞かせるような声だった。
「利益?」
「そうだ、俺たちの利益はお前の息災。お前の利益は、なるだけ楽しく暮らすこと」