※「放浪者のゆめ」からだいぶ時間が経った頃のおはなし
明日はバレンタインだね~、と世間話をしようものなら、「なあに?その言葉は」という問いかけから続けて、長い時間質問責めされてしまった。知恵の神には未知の言葉がとても、とても興味深かったらしい。
異世界だものな。バレンタインって風習がないのか。いや、別に誰かに貰おうとか、そういう魂胆は全然なかった。本当に。
義理チョコのこととか、最近は誰にもあげずに自分用のチョコレートを買ってホクホクするとか、その辺りはなかったことにして伝えると、新たな知識を学んだナヒーダはぱっと顔を明るくさせた。
「2月14日は慕っている相手にチョコレートやお菓子をあげるのがナマエの世界の風習なのね」
「まあ、そうなるねー」
丁度、そこに九条裟羅さんと依頼をこなしてきたのか、彼女とパイモンを連れて空が聖処へ帰ってきた。
「バレンタインなら俺も知ってるよ!」
「あら…旅人も知っていたのね」
「伊達に世界を巡ってないよ」
ふふんと得意げな空に、「ばれんたいん…?」と不思議な顔をしている裟羅さんとパイモンの顔を見比べる。今度は空に説明を任せる。
彼も「意中の相手にチョコレートやお菓子をあげる日」だと彼女らに伝えると、裟羅さんが震えだした。
「さ、裟羅さん?」
「それは…そ、尊敬しているお方に渡してもよいのだろうか?」
ここにいる全員が「あっ雷電将軍だ…」と思い浮かんだであろう。そして、影さんは(きっと将軍様も)甘味が大好物だ。気後れしながらも、口を開いた。
「いいんじゃないですか?きっと喜ばれると思いますよ」
「そう、だな。……今日の所は稲妻に戻る。世話になったな」
「あ、うん!依頼を手伝ってくれてありがとうね!」
裟羅さんはそう言い残すと、体から光を放ち、消えていった。稲妻へのワープポイントに飛んだんだろうなあ。自分は好みじゃないくせにあんまい卵焼きを作れるのだから、きっとお菓子作りも手慣れているのだろう。明日稲妻に行ってみたくなっちゃった、と言えば、空もパイモンもうんうん、と頷いた。
「あら?寂しい。私が尊敬するみんなはナツメヤシキャンディを食べずに行ってしまうのね」
「スメールに滞在します(するぜ)!!」
明日もまた、3人揃ってスメールにいることにしました。悲しげなナヒーダを一人残して稲妻に行けない!それに彼女の作るナツメヤシキャンディは口の中が蕩けるほど、とてもおいしい。尊い儀式をのぞき見しようとするのは野暮ってもんだ。
「じゃあ材料を準備しなくっちゃ、ちょっとお台所へ行ってくるわね」
ナヒーダはとててと台所へ向かっていった。
即、考え直した俺たちは、「俺もなんか…友チョコとか作ろうかな」「あ、友チョコねー、女の子同士でプレゼントしあってるのみたことあるよ」「そんなのもあるのか!味見はオイラに任せろ!」「パイモンは絶対味見の時点で全部食べちゃうでしょ~」なんてやり取りをしながら、誰にあげようかな、空やパイモン、ナヒーダと…。その後に続く人物の名に「あっ」と思わず声を出していた。
「どうしたの?」
「放浪者は甘いもの嫌いだったよなあ」
「じゃあ稲妻の煎餅にしたら?」
「…作り方、分かる?」
「うーん、手持ちのレシピにはないなあ」
煎餅って、お米をつぶして平たくしたものをオーブンで焼けばOK…か?焼きあがった直後に醤油でも塗ったらじゅわっとして美味しいんだろうなあ。醤油に漬け込んでもいいかもなあ。作り方を想像しながらごくりと喉を鳴らす。
「でも出来そうな気がする、うん、煎餅、あげてみようかな。バッグの中のお米、ちょっと使うね」
「俺たちもスメールの屋台から美味しいお菓子探してプレゼントするね!」
「任せろ!」
「全部の屋台を周る訳じゃないからね?」
「…お、おう」
「俺も。空とパイモン、ナヒーダにはクッキー作るから、お楽しみに!」
夕飯を食べ終えたら、オーブン、フル活用してみるか!
――――
オーブンで焼いた煎餅は思ったよりうまく焼けて、醤油ぬりぬりフェーズに移行している。うわあ、美味しそう…。
そんな中、放浪者がわざわざキッチンをのぞきに来た。これは珍しい。香ばしい醤油の香りに誘われたのか。
「何を作っているんだ?」
「えーと、明日のお菓子?」
「ふーん」
君にあげる用に特別に煎餅作ってるんだよ!なんて恥ずかしくて言えやしない。ちょっとだけ名残惜しそうに見えたのは気のせい…だろうか?「味見する?」と一枚差し出そうにもオーブンから取り出した直後の熱々なので、刷毛で醤油をぬりぬりする作業を再開させるのだった。
――――
そしてバレンタイン当日。
醤油を塗った煎餅を乾かしている間にクッキーも作ってしまい、朝食の後でも簡素な袋でラッピングして、4人(内一人は煎餅)に渡そうかな、と思っていたら、朝食後、すぐにどこかへ行った放浪者。(毎食後律義に洗い場に食器を置いてくれる)
「何か用事でもあったのかな」
「どうでしょうね」
「そういやナヒーダ、バレンタインは好きな人にお菓子を渡す風習があるって言ったよね」
「えぇ」
「実は友達にも渡すこともアリなんだよね。だから放浪者にもお菓子を渡そうとしてたんだけど…」
ナヒーダは何か考えるように腕を組んだ。何故。
「まあ、いいか」
「何が!?」
頷きながら腕組を解いたナヒーダは、ダイニングから台所へ向かう。
「私も今からキャンディを作るわ。お台所を借りるわね」
「あ、うん…っていうかここ、ナヒーダのお家だけどね…」
空はパイモンを連れ、屋台を物色しにいくようだ。聖処に残された俺は、……まず台所に積まれた洗い物を片付けることにした。
「たまには、成り行きにまかせるのもよいことだわ」
広々としたキッチンでうんうん唸りながら、コトコト砂糖水を煮詰めるナヒーダの独り言。(ちなみにナヒーダの身長では台所に届かないので、元素力で作ったであろうボックスをうまいこと台として使用している)言及すべきか分からず、首をひねりながら、洗い物を続けていた…。
洗い物を終えた時点でも、ナヒーダは調理を続けている。今日の昼…夕方頃にはキャンディに固まるのかな。台所を漂う甘い匂いに息をつきながら、完成を楽しみにしていることをナヒーダに伝え、自室に戻ることにした。
――――
こんな感じでいいのかな、とラッピングに苦戦し、袋をリボンで結び終わった。その後、本を読んだりしていたら、もう昼食作りの時間。
昼食は作り始める時間を決めており、その時点で聖処に戻っている人数分だけ作ることにしている。現在、ナヒーダと俺しかいないので、二人分の昼食を作ることにした。
空やパイモンはそのまま、屋台コースになったのだろう。はたまた甘味でおなか一杯とか?
そして、放浪者はどこに行っているのやら。
ナヒーダはキャンディを冷やし終わったのか、型から取り出し、切り分けている。それをかわいらしいラッピング袋に入れ、リボンで包んで、完成といったところか。
「早速あなたにプレゼントするわね」
「わー!ありがとうナヒーダ!俺からも、クッキー焼いたからどうぞ!」
「ありがとう、ナマエ」
期待しながらチラ見していた俺を察してか、早速俺にバレンタインプレゼントをくれたナヒーダ。昼食を食べ終わったら頂こうかな!
「そうだ、ナマエ、昼食を食べ終わったらお願いがあるの」
お願いがあるの、の先に続く言葉はよく知っている。
――――
「放浪者みっけ」
もうこの頃、当たり前のやりとりになっていたのに、最初の頃のように嫌そうな、「げっ」と言わんばかりの顔をした放浪者。隠れるように生垣の前に座っており、後ろ手に何かを隠している。
「その手は?…猫でも飼いたいの?」
「僕がそんなお優しい奴に見えるかい?」
「う、うーん…生き物には優しいかもって思いました…」
不良が捨て猫に傘を差しだす漫画のシーン(実際にそんなものあっただろうか)が浮かぶ。放浪者の場合、頭にかぶった笠だろうか。
「…あ、そうだ!これ、ナヒーダからのキャンディ!それと俺からも煎餅のプレゼント。俺のいた世界でバレンタインってイベントがあってさー」
「知ってる」
鞄から取り出したかわいいラッピングの袋と不格好なラッピング袋を差し出すと、奪い取られた。
「お、おう?」
「僕も君にやるよ。前みたく、いらなかったら捨てろ」
「え?ありがとう…って帰ってった!」
羞恥からか、放浪者は忽然と消えてしまった。どこかのワープポイントへ移動してしまったようだ。
突然のことに呆気にとられる。手に押し付けられたものは何かの箱、開けると、百貨店で売られているようなチョコレート菓子が並んでいた。わあ美味しそう…!
また学生さんにつかまって料理愛好会で作ったものなのかな。っていうか本当、あの時なんで誕生日なのに人にプレゼントあげさせられてたんだろうな。放浪者ってば、ナヒーダの言葉には悪態付きながらもしぶしぶ付き合うやつだからなあ。
あれ、でもバレンタインのこと知ってるっていってたよね?ちょっと待って、誰からいつ聞いたの?放浪者のバレンタインに対する情報、どうなってる?だったら、これ、どういうこと?
残された俺は、しばらく固まることになる。