アクアリウム

※主人公が自殺未遂。

 何やっても上手くいかない。努力もできない。おまけに才能もない。負の三拍子である。この先このままでいいんだろうか?よく分からない不安に襲われる時がある。朝、出勤するとき、上司から指示を受けるとき。…知り合いが大体昇進していくとき。兵士という職にありつけたが、こんなんでいいのかな。承認不足。世界を代表して俺を認めてくれる人などいないというのに。…生きてるのかな?代り映えのないつまらない日常にも疲れてきた。もともと俺は無趣味である。趣味でもあったら日々も楽しいのだろうか。輝いて見えるのだろうか。
 それでもまだ良いほうだった。付き合いで酒場に行き、あまり喋る人もいないので疎外感を感じながら飲んでいると、あ~~俺ってほんとう駄目駄目だな!とハイなのかロウなのか良くわからない気分になった。何で生きてるんだろう?
 酒を飲むと少し強気になれてしまった。その日は一人だけ先に帰った。声はかけてきたつもりだが、気づかれていないかも。存在感も無いか!なんだか愉快になってきた。鼻歌を歌いながらの帰路、どうでもいい風景全てがきらきらしてみえる。歩きなれた夜道も愉快。家に帰るのいやだなあ、と思いながらも今日はもう城が閉まり、行く宛てもないので、居候している家につく。玄関を潜ろうとした際、なんとなく、ひっそり建っている納屋が目についた。俺を呼んでいる気がしたのだ。マジで。ノリで扉を開けた際、ぱっと目についたのが木箱の上にぽん、と置いてあった荒縄。運命だと思った。鳥肌すらたった。死んでもいいんだ、って思ったら、もっと楽になった。俺はいつでも死ねるんだ。それに気づいたとき、俺は泣きながら笑っていた。今まで味わってきた惨めな気持ちが溢れて、悲しくも幸福な気持ちになった。

**

 目が覚めたら三途の川なんてものは無く、目の前には天井。部屋のベッドで寝ていた。…というオチ。酔ってたから、夢で死のうとしてたのかなぁ、あぁ首元が気持ち悪い、そうだきっと…。そう思いながら首に手をあててみようと思った際、体の自由がきかない事に気づく。というか、手が動かない。手首が縄でベッドに固定されていた。

「……」

 それだけではない不自然さに今気付いた。眼前に海が広がって、魚が泳いでいた。…その向こう側に部屋の輪郭が見える。キレイな魚達だ。色とりどりで、鱗はぴかぴかに光って。とても食べる用とかじゃなくて、観賞用で楽しめって感じの魚だ。くらげ、いそぎんちゃく、わかめ、さんご、ひとで、…まさに海の生き物もふよふよ漂ってたり、地面にくっついてる。実体があるのか、無意識に触ろうとしたが、縄が手首に食い込んだだけだった。ため息を吐いて、仕方なくぼうっとその海を見つめることにしたときだ。

「…ナマエ?目が覚めたの…?」

 控えめにドアが開いた。(瞬間、魚がドアからぱっと退いた)マリアンが様子を見に来たのだ。俺が目を覚ましてるのをみて、ぶわっと目から涙をこぼし、俺に駆け寄った。

「良かった…!!生きてたのね、良かった…っ」
「……うん」

 何と言えばいいのか分からず、とりあえず、うん、と言った。やはり、首をつっていたか。自殺未遂した後に、それがバレて人に会うとか、凄い情けない。マリアンが俺の手を握って、良かった、良かったと繰り返す。彼女ならば本当に良かったと思っているに違いない。そういう人なのだ。隠れていた幻の魚がマリアンに寄ってくる。誰だろう?みたいな感じで。この人何で泣いているんだ?と彼女を気遣うように頭をつんつん。本当だよな。…俺はそれを見て、ごめんねとは思った。でも、これからを考えると、ここから逃げだしたかった。ごめんね。

「エミリオが貴方を見つけてくれたのよ、…倒れてて、気を失ってたみたい」
「……エミリオが」
「ええ」

 エミリオ、…リオン。あいつが俺を助けたのか?…普通に見殺しにしそうだけど……それに、よく気づいたな。…というか、ぶらさがっていた訳では無かったのだろうか?それともあいつが俺に気を遣ってそういう表現にしたのか。でも多分、首がなんか痛いし、気持ち悪いし、誰がみたって首吊りだと分かるぐらい痕はついているだろう。

「…あのね、エミリオからお話があるそうなの、彼はいつもどおり、仕事に行っているから、帰ってきたら会ってあげて……。」
「うん」
「ああ、今日はエミリオが貴方の仕事をお休みにしてくれたみたいだから、ゆっくり休んでも大丈夫よ」
「……うん」

 マリアンは俺がリオンの事を苦手だと知っているから、少し申し訳なさそうに伝えてくれた。小さい頃は仲が良かったのだが、思春期に入ってからか、立場の問題からか、エミリオは冷たくなっていた。今では口をきくことも全然なかった。俺はというと、その頃からもしょぼくれていたので「俺がこんなだし、仕方ないよなあ…」と思って一歩引いた。それに何よりも、エミリオが怖くなった。…そんなリオンから、直々にお話とか、本当に恐ろしくてしょうがない。何を言われるんだろう。嫌だなあ…。でも、動けない。

「今何か食べれそう?」
「…うーん、…駄目そう。……有難う、マリアン」
「いいえ」

 マリアンはそれでも、涙を浮かべながら笑っていた。何か食べたいかと聞かれるも、喉がきゅうと絞まって気持ち悪い。何も食べたくないや。無理に笑ってたら、魚が俺を労わるように、首にちょんと口をつけた。感触は無かった。
 結局、手首の縄については触れられず、マリアンは何かあったら呼んで、と言い残し、仕事に戻っていった。また俺が死ぬかもしれないし、当然っちゃあ当然か。…俺がこんな状況なの、他の使用人さん達も知っているのかな。ああ、困った。どういう顔して会えばいいんだろう、彼らとは、そこまで仲は良くない。…それにひきかえ、マリアンは母のような人だ。友達でも、恋をしてる訳でもない。無条件で仲良く接してくれる人。だから、マリアンを悲しませたのは、本当に申し訳なく思っている。
 しかしどうしたものか、リオンか、考えたくないな…。彼が帰ってくるまで、まだ時間はかなりある。困った。何もしたくない。
 そんな時にも、目の前には海は広がって、俺に元気を出してと言うみたいに、きらきら生物達は輝きながら泳いでる。…そういや見たこと無い種類だな。やっぱり俺の妄想の産物なんだろうか。
 その海は、水中といった感じで。上を見てもずっと水の中のように、青色の空間にいるようだ。天井も青、だけど、さっきのマリアンは青みがかってなかった、…でも布団は青みがかっている。『人』は例外なのかもしれない。床には、海の底にあるような、色とりどりのわかめ、貝、ひとでが落ちてた。宙には、魚、くらげなどが浮いている。皆、泳いでいるように、すいすいと動いている。その海には波があるかのように、わかめなんか、ゆらゆらと、一定のリズムで動いている。本当に気持ちよさそうに…羨ましい限りだ。

「……」
「やぁ、ナマエ」
「……」
「だから、やぁ、って…」

 幻覚に、幻聴まで…。寝ている俺の鎖骨あたりに、ひとでがひらりと着地した。人面ひとでだった。目、口がある。黄色い。

「…聞こえてるよ、聞こえたくないけど」
「あ、良かったー…僕ホッシです、よろしくねー」
「…はぁ…」

 よろしくとも取れるように、星形の角ばった部分を振っている。丁度腕のように見えなくも無い。

「君ねーそう簡単に死んじゃ駄目じゃない」
「!」

 そいつは、そう言って苦笑いをした。目を見張る俺に「驚くことはないさ」と言葉を続ける。

「僕達は君の事なら何でも知っているんだもの」

 …幻覚の癖に、…いや、幻覚だからこんな事いうのか?

「この海が見えているとはそういう事さ」

 思っていることもわかるというなら、やっぱりこれらは幻覚なのだろう。幻覚が自らそう言ってくるとは、凄い体験だ…。

「だから安心して癒されていってね」
「いやいや…進行したらヤバイんじゃないか?」
「さぁ、…あ、他の人にはこの景色、見えないからね、…普通は」
「さぁって」

 幻覚は薄情だ。…。ちょこちょこ下の角ばり二つを使って、こちらへ歩いてくる。そして、俺の鼻の上に乗る。

「君がまた頑張れるように、祈ってる」
「…やだよ」
「生きてたら良い事もあるって」

 それに、厳しい。

**

 ホッシと名乗ったヒトデを睨みながら、海を見つめる。まぁ癒されない事は無いが…頑張ろうとは思えない。…だらだらと海を見つめていると、下から玄関の扉が開く音が聞こえた。耳を塞ぎたいのに、塞げない。…奴が来た。階段を上ってくる。一歩一歩、俺の部屋に近づいてくる音。今までずっと飄々と泳いでいた魚達は俺の見えない所へ一斉に逃げ去ってしまった。多分、ベッドの下だろうか。…気持ちは分かる。そしてノックの音が聞こえた時。俺は顔をしかめて、どうぞ、と言った。

「…ナマエ」
「………」

 マリアンより、給仕さん達なんかより、なんともならない空気。この冷たい感じ。嫌われてるんだな、と再認識してしまう程だ。

「……用って、何…ですか」

 今までリオンと滅多に話すことはなかったが、一年前にリオン直属の部隊に配属されてしまった。(舞台が変わっただけで出世ではない)彼に運悪く報告しないといけない時は敬語で話す。家ではまったく話さないからタメ口で話していいのか分からなくて、「なに」と言った後、なんとなく怖かったので「ですか」と付けてしまった。

「…何故、あんな馬鹿な事をした」

 とりあえずはそれを聞くのか…。それに対して堂々と出来ない俺は。

「…だって、……なんかもう、生きるの疲れたんだ」

 たどたどしく、思った言葉を口にしてみたら、「馬鹿か!」と怒鳴られた。軽く涙目になってきたわ。うん。

「…なんで…ッ」

 …何でって、いやそれよりも何でお前が辛そうなの?…お前、俺の事避けてたし、冷たくあしらってた癖に…。リオンの様子にびっくりして、あたふたしてきた、俺。凄い逃げたくなってきたが、手首があ。

「…っお前はこれから、僕の監視下にいてもらう…」
「え!?」
「お前には、僕の補佐官になってもらう」
「何、言ってんの…?っていうか無理だろ!…リオン!」

 …客員剣士の補佐官?俺が?いや、いくら出世できないわーとかひがんでたとはいえ、凄い…出世だが、やっぱり今までの仕事でも必死にやってきたんだ、無理だろ。ストレスで死ぬ。それに同僚から何かしら言われる…、ど、どうしよう今までずっと幼馴染だったとか隠してるのに!わざわざ遠回りして家に帰ってるのに!

「まぁやれば出来るんじゃない?」

 …ホッシがひょこっと俺の顔の横から声をかけてきた。お前は気楽にいれるからいいけど…!!

「そうしなければ、お前、また死ぬかもしれないだろ…」
「う、うう」

 そ、そうですね。凄い辛かった気がするんだ。ほっとけば…そうするかもしれない。本当にもう、いやだとは思ってる。…もうやなんだ。今日の内に手続きは済ませてあるようで、俺はとりあえず、出来るヤツは違うんだなーと白い目で見たすぐ後に、お前に拒否権はない。明日登城させるからな、と言われ、涙目で力なく頷いた。こいつは昔から有言実行する男だった。

 その後、あまりよく眠れなかったが、寝たことには寝た。そしてリオンに起こされた。目の前にリオンが居てびびった。背景はやっぱり海だった。ヒトデもおはよーとか言ってきた。名前はホッシだったか。
 ついに縄をナイフで外された。家の中までナイフ持ち歩いてるんだ…、と思ったが勿論言えなかった。一緒に食事するとか何年ぶりだよと思った。食べたくないと言ったら、なら無理やりにでも食べさせる、と言われたので、必死に胃に押し込んだ。とりあえず首の痣は取れてなかったから、タートルネックの服を着てきた。リオンと一緒に城まで来た。人の目が痛いと思った。客員剣士の部屋に連れてこられた…。海は俺と一緒に移動する。力尽きてきたからか、物事を淡々と受け止めることしかできない。

「とりあえず、お前は書類を片付けていろ」
「は、い」

 何でいきなり働かされてんだよ…。休みたい気分だが、家に上司がいて、ずっと目を付けられてる状況、悲しくても来ざるをえない。
 しかし、なんやかんやでまだ働けているのは、リオンに感謝しないといけないのだろうか…?い、いや、でもアレだ。俺は。いつかきっと死んでやると思っている。諦めずにそう思い続けて、リオンが俺の監視をゆるめたりしたら、死のう。死んでやる。
 それにしても、……事務処理は訓練とか実戦より楽だけど…。時間が経つのが遅く感じるんだよなぁ…。それがちょっとつらい。事務でさえもめんどいと思う時点で、滅茶苦茶駄目な奴だな、俺。真新しい机で作業していても、勝手に悲しくなったり、むなしくなる。
 でも、ちょっと目を上げれば魚達がきらきら泳いでいる。少しはほっとする。あれ、何か新しいのがいるな、アンコウかあれ?可愛いな…。海を見上げていると視線を感じた。いかんいかん。ちゃんとやろう。たまにちらちら見よう。俺の机の隣にリオンの大きな机がある。…客員剣士でも事務するんだなぁ…。と、またいらん事を考えていた。いかんいかん。ハンコハンコ。