「はあ、…つかれた」
「お疲れ様、…ふふっ」
「なんだよ。…今日も最後、笑ったりしてさ、…そんなに俺が困ってると面白いのかよ」
ため息とともに布団に沈み込んでいると、にこにこ晴れやかな笑顔をみせるヒトデ。
正直むかつく。俺の失態を見て笑っていたし、そんなにおかしいか。
「それが面白くて笑ったわけじゃないよ」
「じゃあ何で?」
「なんだか…うまいこと、リオンくんと君がかみ合わないなあって」
「はあ…」
かみ合わないって?顔をしかめてホッシを見つめるも、答えはくれなさそうだ。
「俺の監視に、酒の席までついてくるなんて本当に『無理しないでも』、でリオンの癇に障ったのが今でも…、よく、分からないよ」
「本当に無理してないから怒ったんじゃないの?」
「好きで監視してる…。…えっと、そういう趣味…?やけに尋問とか拷問がきついのはそういう…」
「ストーップ!ストップ!!変な方向いかないの!素直に受け止めなよお」
見たことがあったからこそ思い出して身震いする程。ホッシが俺の視界を派手に飛び回るくらい、その考えを改めさせたいようだ。確かに、それはいやだ…。
それにしても、怒りの沸点が低いのは昔からだけど、客員剣士になってから一層ひどくなってきたように思える。こんな事にまで怒るもんか?普通。
昔は、ごめんね、と言えば、はっとしたエミリオが「僕も悪かった」とすぐに謝ってくれて、仲がこじれる事はそうそうなかった。
そばを漂うのっぺりした魚がこぽこぽと音を出す。それを眺めて「はあ」とまた、ため息ひとつ。
…だけど、現実は厳しい。もうそんな時は過ぎてしまったのだ。でもそれは仕方ないことだった。遅かれ早かれ、俺は一人になるべきだった。今はそういう風に思える。…今の俺はリオンに囚われすぎだ。
「あいつの癇癪もちは相変わらずだし、気にしない方がいいかもな。こいつ見てたら、どうでも良くなってきた」
指先でのっぺり魚をつつく。のっぺり魚はのっぺりと、俺から離れていった。
「そっか。そりゃあ良い。…今日はぐっすり寝れるんじゃない?」
「そうだな。結構動いたし」
ちょっとだるいけど、心地いい疲れのように思える。
「うんうん、今日はよかった。君の心の安寧に近づいたんだ」
「なんじゃそりゃ」
「次は何が起きるかな?」
「…わくわくしながら言ってるけど、嫌な予感させるような感じに聞こえたぞおい」
俺には、次はどんな問題がおこるかな?にしか聞こえなかった。…もう無視無視。夕飯を食べてシャワー浴びてさっさと寝よう。…また顔を合わせるのが億劫だが。
タイミングよくコンコンコン、とノックの音がし「はあい」と答える。マリアンかと思っていたんだ。
「夕食だ」
「…はいっ……」
何故にリオン。謎の緊張感、いなせ、いなすんだ!!リオンに関する何もかもを諦め、そして気にしないのが一番楽だ。あきらかに固まる体を奮い起こし、ベッドから顔をあげた。
ついていくまま、マリアン以外に控えていないダイニングでリオンと食事…。マリアンが笑顔で話しかけてくれた。
「今日の任務はどうだった?」
「あ、うん。久々に体を動かせて良かったよ。今日もみんな、何事もなく終えたし…えっと」
リオンはリオンでマリアンとは仲がいいので、話したのかな。向かいでステーキを切り分けるリオンに目線を向けた後、マリアンの方を向いた。気軽に話すと、笑顔で相槌してくれる。
そういえばリオンにお礼言ってたっけ、という事を思い出し、戸惑いながら口にしてみた。
「…それも、リオン様のはからいのおかげです。ありがとうございます…」
「…あぁ」
「……貴方達、まだ仲直りしていないのね」
「え゛ッ」
そこら中にいた魚が視界からはけていく。…逃げるなよ!!
リオンは我関せず、といったようにステーキをほおばっている中、マリアンが爆弾発言。
しかしながら、あんまり仲良くないですよ、って伝えていなかったっけ。
…そういや、リオンは城でどうしてるかマリアンに聞かれる度に、あまりにも兵士への態度が酷いのを正直に伝えても心苦しいので「ぼちぼちやってるんじゃない~?」とぼやかしていた。…リオンもリオンでずっと話していなかったのか?
あきらかに冷や汗をかく俺に、マリアンは俺の様子などつゆ知らず、何か思案している。ホッシは「やっちゃえ!」と煽ってくる。なにをやれと?
「二人なら、きっと分かり合えると思うのだけど…そうね。」
「あの、えっと、マリアン……」
「二人きりで話し合う機会を作るのはどうかしら?」
なんてこった!多分、今俺顔面蒼白。リオンと一対一で話すって、凄い無理な気がする。リオンもそうだろうな、と視線だけでリオンの様子をうかがう。リオンは顔色一つ変えていない。
「僕は構わないが」
「そう言うと思った。ナマエはどう?」
「あ……」
さらっと紡がれたそれに、俺の方は言葉が出ない。あれ、思ったよりリオンは嫌そうじゃない?それを見たら、なんだか迷いが生じてきた。もう必要以上に関わらないって決めたのに。…リオンは嫌じゃないの?マリアンの前だからそういってるだけじゃないのか。困惑する中、リオンの一言が心臓を貫いた。
「……無理しているのはお前の方だろう」
「――っ」
息が詰まる。ーー見透かされている。リオンは俺の目を見ていない。俺も重い動きで視線を逸らした。リオンの態度で迷ってしまったが、はなから、リオンが怖いからと話す気なんて無かった。そんな心情を知られてたんだって胸が鉛のように重く沈み込む。リオンなんてどうだったいいはずのに。
「……ごめんなさい」
「ナマエ…?」
「謝る必要はない」
下手に傷つかなくていいから、これでよかったんだ。笑いあうのは、もう無理なんじゃないかな。もう嫌な思いはしたくない。不自然じゃないように食事を再開しようと付け合わせの野菜にフォークをのばす。しかし、うまく刺さらない。自分の手が震えているのに気づいた。食べる気も失せていたので、マリアンに食事を残してしまった事を謝って、早足で廊下に出て、自室へ飛び込んだ。
重たい雰囲気から解放され、深くため息をついた。唯一の落ち着ける空間。それでも体に残る罪悪感とか、後悔、とかは何なのだろう。…本当になんだよ、後悔って。自嘲するような笑いが漏れる。
部屋では、魚はいつものように泳いでいる。ホッシもベッドの脇に座っている。ふらつく体でベッドに飛び込み、うつ伏せのままかけ布団を体にくるむ。
「疲れたね」
「…疲れた。話せる訳ないのに。リオンも、俺も。なんだってあんな提案するんだよ…無理だよ…」
「そうか、そうか。今日はもう寝た方がいいよ」
「うん…」
ホッシの声に、うん、うん、と返事をする。意識は深く落ちていく。本当に辛い時はこうしてほしかった。「なんで」とか「どうして」とか言わないから楽なんだ。
✳︎✳︎
意識を認識した時、自分は海の中にいた。海藻のようにゆらゆらと揺れながら海中に射す光を見つめる。きれいだな。俺も心がないものだったらよかったのに。
水面には二人の男の子が映る。仲睦まじい様子。きっと二人は大人になっても仲がいいのだろう。そう思っていたのだが、二人は視線を落として離れていく。一人は栄光輝く道へ、一人はその少年の下で働く兵士に。
「ねえ、どうして二人は仲違いしたの?」
泣きそうな子供の声が響く。それを哀れに思い、俺は自分の話をした。
**
親に捨てられた少年は、誰も助けてくれないまま空腹で死んでしまいそうだった。それを不憫に思ったのか、とある紳士に少年は拾われる。
あたたかいご飯ときれいな服を与えられた。
「辛かったわね。これからはもう大丈夫よ」
憐憫が込められた紳士の娘の笑顔に、曖昧な笑みを返す。
少年は紳士の仕える屋敷の、子供の世話役になった。まだ幼い赤ん坊。剣を使って遊んでいる。異質な光景だが、少年はそんなことは構わなかった。自分が手を差し伸べれば掴んでくれる。自分が守ることのできる存在を愛おしく思った。
赤ん坊は成長する。実の弟のように接していた少年に、彼は素直な感情で接してくれた。その子はエミリオという。
「エミリオ」
エミリオは、少年と、言葉を喋るという剣、母に似た側仕えにだけ心を許していた。
誰かの親愛を受けることができて、少年は幸せだった。
✳︎✳︎
食卓に二人の男の子が並んで座っている。マリアンが淹れてくれたお茶とお菓子を食べながら、少年が小さな男の子に話しかける。
「エミ…えっと今はリオンか」
「いいさ、お前はエミリオと呼んでくれてもいい」
微笑むエミリオを眩しそうに見つめる少年。
もう殆どの使用人を変えて彼の名前を知っている者は近くにいなくなった。彼自身も新しく入った使用人たちに新たな名前で名乗っている。…だからこそ、いまだ彼の傍で彼の本当の名を呼べる少年は、彼の「特別」だった。
「うん…エミリオはエミリオだもんな。…お城ではどう?うまくやれている?」
「ああ、僕とシャルがいれば、別に怖いものなんてない」
僕は期待した答えとはちがうものが返ってきたのに、「そっか」と頷いた。
「僕もエミリオといっしょに戦いたいなあ」
「僕もそう思う、けど…」
「うん?」
エミリオは視線を落とす。
「ナマエがつらい目にあってほしくない」
「…訓練とか?魔物と戦う事?」
「あぁ、危険だ」
「じゃあ、エミリオは危険じゃないの?」
「僕は別に、…平気だ」
「…エミリオ」
また、自分ばかり傷を負って。少年は心を痛める。
エミリオが傷つく姿を何度見ただろう。エミリオが頑張って、努力しているのをみんな、知らないのに。
気丈なエミリオの為に、少年は考えていた事を打ち明ける。弟の為を思って。
「エミリオは、ヒューゴ様に言われて、全部大変なこと背負いこんでいるんだろ…?…そういうの、やめないか?」
「…なんで?」
「だって、ヒューゴ様はエミリオを見ていない。…ヒューゴ様なんて、もう気にしないでさ。これからはエミリオのすきな事をしようよ」
ヒューゴに縛られるエミリオを見たくなかった。エミリオの父親だというのに、エミリオを客員剣士にまで推挙させて、任務なんかで危険な目に合ってもいいのだ。こんなの親じゃない。少年はヒューゴを心の中で嫌悪していた。ヒューゴは自分を捨てた親と同じだと思った。彼に認められようとしているエミリオを見ていられなかった。
自分と、シャルティエ、マリアンがいればいいじゃないか。
それなのに、エミリオは表情を一変させた。ヒューゴのように恐ろしい目を少年に向ける。
「お前に、僕の何がわかる」
「え…」
「これまでやってきた事、お前も見てきただろう!!それを無駄にしろ?僕の好きなことをすればいい…?…親に捨てられたお前には分からないさ!…僕の気持ちなんて…!」
「エミリオ…」
かえってきた言葉は、少年の好意とは裏腹に、エミリオの逆鱗に触れていた。
「もういい、お前なんて知らない」
エミリオは席から降りて、どこかへ行ってしまった。
少年には分からない。エミリオが今までしてきた努力は無駄なんかじゃない。なのに、どうして?
それよりも、少年は自分の世界が終わるような気配に身を抱いた。捨てられた子だって思われていた。嫌われた。慕ってくれていたのは嘘だったのか。ずっと蔑まれていたのか。
エミリオに見捨てられた。自分の存在意義が、わからなくなった。
少年は、エミリオの苦悩を分かろうとするより、自分の事を考えた。自分の今の状況に、絶望した。