体が少しだけ重い。う~ん後五分…いや十分でいいか…。気楽なクエストハンターだから、起きる時間なんて気にしないでいいのだ。あぁ、布団がふかふか、気だるい体に超フィット。
「起きろ!!」
「のわあっ!!」
「…っ僕の体で変な叫び声をするな!!」
あれ?女の人、ボクっ子…?しかも聞きなれた声だ。急に布団を剥がされ、下に転げ落ちた私は、目を開けて愕然とした。眉間にこれでもかと皺を寄せた私がいる。
「ぎゃあああドッペルゲンガー、死にまっしぐら!!」
「ふざけた事を言うな!!本当に!頼むからやめてくれ…!!」
「あああ…あ?」
私の声が低い。喉元に手を当てると、なんか喉の一部分に突起がある。これが死の病…!?
「鏡を見ろ、ナマエ」
「私」に引っ張りあげられ、知らない部屋の鏡の前に立たされた。その鏡に写る姿は、私ではなかった。
「り、リオン君----!?」
「お前は今、僕になっているようだ」
**
さかのぼる事、昨日の夕方。私とリオン君は城の練習場で稽古をしていた。連日のリオン君のスパルタ指導に心をなくした私は、倒れる――。運悪く近くにリオン君がいた時にだった。彼は私を受け止めきれず、あえなく一緒に、轟沈。どうして受け止めなかったんだ。そうか、体重か。彼は私よりうんと軽そうだ…。
その際に頭をお互いに打った為、このような事になったようだ。私達は朝まで気を失っていた。
大事をとって今日一日リオン君(私)は仕事をお休みらしい。リオン君(私)はみんなにばれずにここまで来たというが…?
さっきからリオン君(私)を多用しているが、この場合どうやって説明すればいいのか、誰かいい案を欲しい。
「…お前が下手な事をする前に目が覚めて良かった」
『ばっちり私達にはバレているがな。しかし敬語を使うお前は傑作だった』
「黙っていろ!」
『あはは、…そうですねえ。なんだか感じが違います』
「あ、シャル」
ベッドの傍らにはシャルが立てかけられている。とりあえず起き上がって手に取る。…どうにもしっくりきている。もしかしたら、今はシャルティエも使いこなせるかもしれない。
「もしかしたら、リオン君がミクを使えるかもしれないですね」
「…そんな事より、もう一回ぶつかるぞ。土下座させるのはその後だ」
「え?元に戻るんですか?」
私(リオン君)の顔が「お前今なんて言った?」といいたげにゆがむ。自分とはこんな顔もできるのか。
「だって、定番のちょっとドキドキ!な、お互いの体でしか出来ない事をやる体験をですね、やってないじゃないですか」
私の脳裏には、ちょっと表では言えない様なネタがあれこれ浮かんでいる。男女で入れ替わりとなると、浮かんでしまうものではないのか?私だけか?
「ふざけるなよ!!」
「うわああリオン君こわい。こわいこわい~」
『リオンの声でこのふざけた言葉を吐いていると思うと、なんか、こう。残念だな』
『…同感です』
「っ~~こうなったら無理やりにでも頭突く…!」
「それは!平和的じゃないですねっと!おおっ」
詰め寄られそうになった瞬間、私(リオン君)はシャルを手に駆け出した。体がいつもより軽い。彼の、彼自身への鍛錬のたまものなのだろう。
駆け出した私は執務室を飛び出し、廊下へ飛び出る。(シャルは叫び声しかあげていない)
「貴様!!」
「廊下ですよ、リオン君」
「ッ!!」
遅れて駆け出したリオン君(私)に振り返る。ああ凄い形相。私は口元にひとさし指をあてる。ここで騒げば、大変な事になるぞ。
そうこうしている間にメイドさんの間を駆け抜ける。みんなすごい口をぽかんと開けていた。あぁ、リオン君はこんな事も年相応にしていないのか。このまま外へ出てしまおう、と思っていたときだった。
「あっ!リオン様!廊下は走っちゃ駄目ですよ!」
「へっ!?」
注意された。次に通過しそうだった黒髪ロングのメイドさんに、だ。それはもう、軽やかに、自然に。勢いよく立ち止まった。その間にリオン君(私)も追いつくけど、いいか。居心地悪そうにリオン君(私)は目を背けているも、私(リオン君)の服の裾を逃がすまいと掴んでいる。
「ごめ…いや、すまない」
「そちらの方と追いかけっこですか?ふふ、でも廊下を走っては危ないですよ」
なんだ、リオン君に話しかけてくれる人はいるんじゃないか。そう思ったら微笑んでしまった。向かいのメイドさんも微笑み返してくれる。
「君、名前は?」
「~~~~…!!」
後ろのリオン君が完全にやめろーーッといっている。
「名前、ですか?マリアンと申します」
「マリアンか…。ありがとう、注意してくれて。…じゃあ」
ふわりと微笑むマリアンさん。彼女に手をひらひらと振ると廊下を歩み出す。
後ろのリオン君(私)の裾を掴む指の力が強まった気がする。余計な事するなって事かな。
**
「…ごめん。ついね」
廊下を歩き、歩き、誰もいない区画へたどり着く。そこで私は謝った。先程からリオン君の雰囲気が凄い。
「つい、じゃない!!お前は…ッ」
「怒ってるなら謝りますけどお、…どうしてこういう事が嫌なんですか?」
「っ……面倒だから」
「そうかあ…。…私とこうやって喋ってるのも、面倒、なんだね…」
ごめん、と悲しげに謝る。勿論そんな事は微塵も思っていない。
「!…そういう、訳では…」
「じゃあいいじゃん」
発言を引き出し、ころっと表情を変えれば不服そうな顔をされた。
「よくは無い…」
「友達作って遊んで青春するの、若いうちにやっとくべきだと思うけどなあ」
リオン君は押し黙る。彼は視線を下に向けて、その内伺うように視線を上にあげた。
「…いらん厄介事は背負い込みたくない。…お前らだけいれば、いい」
「リオン君」
『坊ちゃん…』
『フン…』
嬉しい、けど、なんだか寂しい。なにかしら彼にも色々あったのかもしれない。「でも、…みんなにね、ツンツンした態度をとってばかりだと、不利益ばかりだよ」と呟いてみる。
「…お前は、母さんみたいな事を言うな」
「クリスさんもそう、…言ってるよな~そっか。…じゃあ他人の私ならもうちょっと深い話し合いをする事もできるよね」
親子だから踏み入れない所もあるだろう。特にリオン君みたいな思春期には。
「せめてこうありたい、って理想像があるといいよね」
「理想像……?」
「君は将来どうしたい?どうなりたい?…リオン君が私をスパルタ教育するから、私もリオン君に宿題だそ。考えてきてよ」
「なっ…」
「私あなたより年上ですし?ちょっとは人生の先輩ですし?約束してくれたら頭突きしてもいいよ」
考えるような沈黙。暫くして、しぶい顔で「分かった。…約束する」と言われた。
いやん、なハプニングはなかったけど、これもなかなかいい展開を持ってきてくれた。入れ替わりもたまには悪くない。
「かなり痛かったけどね」
元に戻ったリオン君はしゃがみながらげんなりしている。おでこ痛い。お互い自分の額をさすりながら、廊下で会話をする。
「…お前が体調の管理を怠ったせいで、いらん苦労をこうむった」
「え~それを言うならリオン君の監督不届きもあるんじゃないですかあ?」
「さっき自分は年上だって言っていただろ」
「はいはい、私が悪うございましたよっと」
立ち上がって、彼に手をかした。少し間があって、戸惑いがちにのばされる手を、強引に引く。
「今日はどうする?一日フリーになっちゃったね!私のせいで!」
「…フン」
「責任とって、リオン君のしたい事をさせてあげようじゃないか」
彼の手を引いて歩き出す。リオン君はまんざらじゃなさそうだった。
**
…まさかこうなるとは思わなかった。まさかね、溜まってた書類の片づけを私だけやらされるとは思わなかったんだ。
「リオン君のばかあ。ここはデートする所でしょうがあ」
「はっ、デート…?うるさい手を動かせ」
「折角甘味を奢ってあげようと思ったのになあ~~~~」
「……うるさい、手を動かせ」
「!!今もしかしてそれでも良かったとか」
「次の稽古では覚悟しておけよ」
「なんで!?」
優雅に読書しているリオン君を尻目に、私はただひたすら筆を動かすばかりだった。ちくしょう。