オラオラ

 今後の手入れ用の資材を確保したので、鍛刀を再開した。今日の夕方頃にはもう一振り仲間が来る。
 ここの所毎日のように刀剣達を戦場にに向かわせた。疲労する手前を見極めたナマエは、今日は皆に休憩がてら内番を命じていた。鯰尾と小夜には畑仕事を、加州と安定には手合わせをするように。ナマエはというと警告が減ったにしろ、戦果や状況報告にかける時間が増え、前より忙しくなっていた。一人、部屋に篭り、黙々と仕事を片付けていた。

 畑仕事を終えて、汗や泥を清めた刀剣二人は主の部屋に向かっていた。今日は近侍を誰か指名せず、内番が終わったら自由にしていいと言われていた。だが、二人は主を放って休むことはできなかった。
 そう言われたから、と一度は部屋に戻って畳の上に横になってみたが、いつの間にか頭では主の事を案じている。最近仕事が多くなったと言っていたから、今日もきっと忙しなく筆を動かしているのだろう。戦ばかりに行っていたから、彼女の仕事も手伝えていない。
 そわそわしていた二人は顔を見合わせ、頷いていた。

「ナマエ様、入っていいですか?」

 障子の前で一声かけると、「ちょっと待ってて」という声と共に忙しなくがさがさ紙をかき集めるような音が聞こえ始めた。散らかっていたのだろうか。暫くして、紙をとんとん、と揃える音が聞こえた後、「どうぞ」と声がかかった。鯰尾が障子を開くと、二人で部屋の中に入った。畳の上に紙の束が綺麗に積まれている傍で、審神者が姿勢正しく執務机に正座し、筆を動かしていた。その急遽取り繕った様子に鯰尾は、おもわず笑みをこぼした。

「鯰尾君たち。どうしたの?」
「…手伝いにきたのだけど」
「ええっ!別にいいのに、疲れてるでしょう?今日は休んでていいよ」
「一応そうしようとしたんですけどね。主が今も忙しそうにしてるんだろうなって思ったら、休めなくって」
「あら…」

 鯰尾君に小夜君ってば、偉いなあと感心される。これって偉いのか?と二人で顔を見合わせると、審神者は笑う。部屋にかけてあった時計を見上げた。

「でも、もう三時かぁ…。そろそろ休憩しようかな」
「三時…。じゃあ、おやつ食べましょうよ!」
「そうだね。じゃあ加州君たちも呼ばなきゃ。一緒に呼びにいく?」
「うん」

 今だ木刀で打ち合う音がする武道場へ向かうことにした。

「今日のおやつは果物を使ったあっさり甘味のやつだからね。お楽しみに!」
「へえ~今から楽しみだなあ。あっさりなら主も一人前食べる感じですか?」
「ふふふ、そのつもり」
「加州さん残念がりそうですね」
「え?そうかな」
「あの人、主と半分こするの、すごい幸せそうでしたよ。…それにしても毎回おやつ違いますよね」
「あぁそれはね、色んな美味しいものを知って欲しいんだよ。で、それを共有したいの」
「ふーん」

 三人並んで渡り廊下を歩きながらおやつ談義。(ほぼ小夜は聞きに徹しているが)
 戦の無い日は決まって三時ぐらいになるとおやつを食べる事にしている。現代から取り寄せた菓子を刀剣達と一緒に食べるのだ。甘味を味わうことを覚えた刀剣達は、審神者がチョイスする菓子を心待ちにしている。特に鯰尾と小夜はこの時間が楽しみなのである。甘いものを食べるのは好きだが、太るのが嫌だと言葉を洩らした加州は、元々少なめに食べていたナマエと結託し、おやつを半分に分けて食べるようになった。ナマエもナマエで、屋敷にこもりきりで作業しているので、さすがにまずいと思ってこの量にセーブしていた。
 安定は刀剣に太るという概念がないのではないか、と思ったが面倒なので言うのをやめておいている。

 木刀を打ち付ける、小気味よい音がより耳に響いてくる。時折、安定の声で「オラァ!」と乱暴な掛け声が聞こえてくるのは、気のせいではないな、とナマエは理解してきた。

「なんだか安定さん、戦闘となるとあーいう感じなんですよ」
「そうなんだ…。キャラが変わっちゃうのかな…」
「きゃら?」

 小夜の問いかけにあぁ、と審神者は慌てて言葉を付け加える。

「人格が変わるんじゃないかなって」
「そうかもしれないですねぇ。でも、気持ちを高める為にやってるとも言ってましたよ」
「まさかの自主的…!?」

 もしかして、お邪魔したら怒られるかなあ…、とナマエが苦笑しながら弱音を洩らすと、大丈夫ですって、俺達がいますよ!と鯰尾が彼女の背中を軽く叩いた。「わ、頼もしいね」と微笑むナマエ。それを見て笑う鯰尾。二人をじっと見つめる小夜。
 武道場の前についてしまった。まだ手合わせは続いている。「オラァ」も聞こえる。意を決して引き戸の窪みを掴んだナマエは「失礼しまーす…」と小声を発すると共に扉をゆっくり開けた。
 鬼気迫る打ちあいを目に入れたナマエは肩を震わせた後、動きを止めた。二人の振るう木刀が重なりあう度に衝撃が走ってくるような心地に襲われる。ナマエに塞き止められた後ろの二人。鯰尾は「主」と声をかけると、ナマエは反射的に入口から横へ退いた。平然とした顔の小夜が武道場へ入っていった。

「二人とも、三時だよ」

 小夜は二人が距離をとったタイミングで声をかけた。「やっと終わったぁ」加州は構えを解くと、おおげさに深く息をついてみせた。安定は目を見開いたまま小夜の方を向く。二人とも滝のように汗をかいていた。先程まで息が切れていなかったように見えたが、呼吸は荒い。

「え…もう三時?」

 安定も構えていた木刀をおろした。小夜が頷く。汗をふいている加州が安定の分のタオルを投げつけた。安定はそれを難なく受け止めると、まずは額の汗をぬぐった。
 ぴりぴりした空気はあっという間になくなっていた。入り口付近で棒立ちしていたナマエは鯰尾に肩を叩かれ、声をかけてもいいことに気付く。

「二人ともお疲れ様」

 おずおずと声を出す。加州が間髪居れずに「主、あんま見ないで!今俺、すっごい汗かいてるから!」と身を抱きしめながら悲鳴にも近い声をあげた。ナマエは笑みをこぼした。

「そんなぁ、…加州君、かっこよかったよ?」
「あ、主…!」

 加州はナマエの言葉に毎度の如く頬を染めるが、距離をつめようとしない。その場に立ったまま、床を見つめた。別に駆け寄ってくれてもいいのに、とナマエは苦笑した。

「安定君もすごかったよね!」
「ありがとう」

 木刀をもどしにいく安定の背中に声をかける。振り返って優しい笑みを見せた安定につられてナマエも微笑む。この少年が先程オラァを叫んでいた者と同一人物だと誰が信じようものか。

「二人とも、シャワーだけでも浴びてきてもらおっか。居間でおやつ準備して待ってるからね」
「うん!じゃあシャワー浴びてくる!おやつは先に食べてていいから!」

 加州は主の横を通り、風呂まで駆けていった。「早いですねー」と鯰尾が額に手のひらをあてて、加州の後姿を見送る。

「主の前でちゃんとしてない格好でいるのが耐え切れないんだろうね」
「え、そうなの?」
「うん、あいつ着飾らないと落ち着かないの」
「んん…そうか…」

 なんだか、それは悲しいと思った。もっと気兼ねなくしてくれていいのに。
 安定も風呂場へ向おうとする。ゆっくりと彼が扉をくぐったのを見届けると、ナマエと小夜、鯰尾も武道場を後にした。

「安定さん、主がびっくりしてましたよ。「オラオラー!」が外からも聞こえてました」

 鯰尾は「主ったら、本当びくびくしてて」と楽しそうに「オラオラの話」を安定に振る。ナマエはあえてそのことに触れていなかったが、鯰尾が話すだろうな、と薄々予感していた。案の定である。

「あ、そうなんだ。…驚いたの?」
「…うん。いつも穏やかな安定君しか知らなかったから、意外な一面を発見したなーって」
「まあ…、戦うの結構好きだしね」
「だから血沸き肉踊るって言ったんだね」

 あの時は「へ…へえ~そうなんだ!」と言って話を終了させた。その後小一時間くらい「血沸き肉踊るってなんだ!?」と混乱して作業にあまり集中できなかった思い出がナマエの脳裏に浮かぶ。

「なんとなく、その気持ち、分かるな…」

 安定と鯰尾が並んで歩いている後ろにナマエと小夜が歩いているのだが、隣の小夜が深刻な事を言い出した。ナマエはおもわず表情を固くさせた。

「僕も戦うの、…好き、なんだと思う」

 ナマエは衝撃的な言葉が突然出てきて、息をつめて、小夜のことをじっと見てやることしか出来ない。安定と鯰尾は振り返って、二人の様子を見比べた。

「…でも小夜、おやつ食べるのも好きだろ?」

 鯰尾が微笑みを浮かべながら小夜に問いかけた。小夜はうろたえながら鯰尾を見た後、隣で自分を見つめる審神者と目が合った。少しして、耐え切れなかったのか視線をふい、と外すと、下を向いた。

「…それも、好きだと思う」
「そうだよな、俺も好き!…小夜も最初の頃に比べたら、表情も柔らかくなってきたよなあ。…うん、それでいいじゃないですか!」

 鯰尾は笑顔で前を向いた。ナマエは袴を握りしめた。小夜はナマエの様子を窺って、そっとその握りこぶしに、自分の小さな手を上から重ねた。

「…よく分からないけど、こうしたかったから」
「…うん、ありがとう…。……鯰尾君も、ありがと」
「え?俺何かしましたっけ」

 ナマエは鯰尾と小夜に笑いかけた。鯰尾はもう背を向けて、ひらひら手を振っている。それでも審神者は、彼が助け船を出してくれたんだと思った。
 握りしめていた手を解くと、小夜と手を繋いだ。まだ、小夜にはその暖かい視線を受け取ることが出来なかった。
 鯰尾と安定はいつの間にか話をしていた。

「あいつとの手合わせだったから、遠慮せずにやれたかな」
「へえ!そういえば同じ使い手の刀同士、ですよね?手癖とかってやっぱり似ちゃうんですか?」
「結構似てると思う。だから自分と戦っているみたいで、直すべき動作なんかすぐ目に付くなあ」
「それっていいことですね!」
「まあ良い所はそこだけ、だけど。…だって清光ってばすぐ根をあげるし」
「でも最後まで付き合ってくれたじゃないですか!今度は俺とも手合わせしてくださいよ。面白そうだし」
「うん、それはいいね」