「ナマエ、ちょっと練習に付き合ってよ」
自室でゴロゴロしていると理が声をかけてきた。寸分の狂いもなく再現された自室の扉を開けると、理の姿。その先はクラブだった。
なにを言っているのか分からないが、とんでもない夢に招かれた私たち。
自室を照らす蛍光灯の明かりから一転、ほの暗く、派手なサウンドの鳴り響くクラブは異世界といっても良い。
理が柔らかな笑みを浮かべているのに私もつられて笑う。差し出された手のひらを迷わず掴むと、夜の世界へ。
思うように踊れる体は、薙刀を振るう時より軽く感じる。理と並んで動きを合わせるのは心地いい。…戦うよりかは健康的かも。
上手く踊れると楽しいし、謎のお客さんももりあがって喜んでくれるのがいい。(最初の頃、難易度の高い動きに挑戦して失敗ばかりしてた時の真顔っぷりが懐かしい)
みんなとのダンス、エリPさんの言葉が不穏ながらも穏やかな日々。戦いの一休みにはもってこいか。でも、この夢、覚めたら全部忘れてしまう。はっちゃけるにはもってこい。だが、寂しい。
「理とずっと踊ってたいよ」
兄弟だからか、シンクロした動きを取るのがみんなとよりも苦労しない。
その言葉と同時に目配せ。理は目を細めてこちらを見守ってくれていた。汗が頬を伝っていた。暗い中で光るそれに目を奪われた。
「俺も、ずっとナマエと踊りたい」
素直な言葉が嬉しい。応えるように馬鹿みたいに笑顔になってる私。
「素直な理はいいね!最初っからそうしてればよかったのに!」
「みんなとの出会いで成長できたんだよ」
「まあ、そうだよねえ、みんなと出会えたから今の理も、私もあるんだよね」
普段気恥ずかしくて出来ないであろう会話も出来るという事か。
「そうだね。ナマエ、ありがとう」
私が疲れた頃合いを見て、理が動きを止めた。
「なに、改まって。みんなも呼んでこようか?」
「それは恥ずかしいかな」
「今だって恥ずかしい事言ってるじゃんか、私たち」
脚を伸ばしてフロアに座り込む。理も隣に座った。こちらを見つめている、視線を感じる。
「エリPさんに見られたらどうなることやら…あ、でも、全部見られてるのか」
エリPさんにお姉様と呼ばれた出会い、理と知り合いな様子から、まさか彼女!?と思い叫んだ初対面を思い返す。
彼女からはPは、プロデュースしているパフォーマーにそんな不埒な事はしませんと返された。
理からはやんわりと否定された。
「いいんじゃない?茶化されても構わないよ、俺は」
余裕のある理を横目にみた後、埃一つない床を眺めた。
「ふうん、…まあみんな全部忘れちゃうなら別にいいんだけどさ」
言っておいて寂しくなる私。視線を下にー下にー。
「忘れないかもしれないじゃないか」
「…そういや、エリPさんがそう言ってるだけだったっけ。……理?」
理の返事がないのに理の方に顔を向けると、真剣な顔で私を見ているのが嫌でもわかった。
「…それとも、忘れてしまうのならナマエのこと、好きって言ってもいいの?」
「…この夢の事覚えてたらどうするつもり」
「起きたら抱きしめに行く」
「う、ううん…ちょっとタイム」
倫理観、背徳感がぐるんぐるんと頭の中を駆け巡っていく。しかしその内、夢だからか緩い、私も割と好きだしいいのでは?という気持ちもマウントを取りに来た。
突如登場した緩い思いも頭の線路を爆走しだした所で、論理感、背徳感が脱線していた。
「わ、割と、嬉しい…かも…」
言葉を発してから間があいた。恐ろしい間だ。冗談でーす!なんて酷い言葉で自分を守りたくなったが、言ってしまったものは仕方ないし、夢だし。夢だと、思いたいし。
「良かった」
「あ…」
「今、抱きしめても?」
「…って抱きしめておいてその言葉は無いよねー!」
思い切り抱きしめられている。
「幸せ、こうしてナマエを抱きしめられるなんて」
「そうですか」
「夢じゃないといいなあ」
「…ん、そうだね」
数十秒前の自分を殴りに行くスタイル。
「起きたら、今度はキスしにいこ」
「うええ!?」
青い恋人のように笑いあう私たち。それもあった世界。
夢は覚えていないことが多い。
**
泣き腫らした瞼を擦る。いつのまにか眠っていたようだ。
今何時だろう?と現実的な思考が浮かんで来たのに思わず笑った。
何日も食べていないお腹もぎゅるぎゅる自然な反応を私に示してくれる。
備え付きの洗面台の鏡はひどい顔の私を写していた。だってひどい以外に当てはまらない、これは。これにも苦笑い。
蛇口をひねり、冷水をすくって顔を洗う。
「ナマエさん!?」
アイギスの声に懐かしさを感じた。人間的な感情に満ち溢れてるなあと今更ながら実感する。
その辺にあったタオルで顔を拭うと扉の鍵を開けることができた。
「…おはよう、ございます」
「うん、おはよう」
「……穏やかな顔、…良かった」
「何だか夢見が良かったみたい」
そのおかげか、こうして誰かと会うことができた。不思議なくらい、本当に穏やか。
泣きわめいていたのが嘘みたい。
「私も。…私も今朝、いい夢を見た気がします」
「どんな夢?」
「…あまり覚えていませんが、…それでもいい夢でした」
アイギスが思い返すように視線を上にやるのを見て、私も天井の向こうの空を見つめる。
「…それにしても、お腹すいたあ」
「それは…!良かった…!ゆかりさんも起こして来ますね!」
「えっ、そんな悪いよ。自分で作るよ」
「無理しないで、私たちに甘えて下さい!」
隣の部屋の扉を叩くアイギスを目を細めて眺めた。