ミクとは

 地獄の訓練の休憩中のことだった。ミクが『おい』と珍しく話しかけてきた。何、この熟年夫が妻を呼ぶ感じの「おい」

「なんですか」

 床に突っ伏して無の境地へ向かっている私を現実に引き戻す程の話題なんだろうな。まだ息切れが続いてるんだこっちは。
 今日はリオン君がフリーだという事で一日を私の為に使ってくれている。わぁうれしいな、はは、と普通は喜ぶところ。普通はデートに行くところ。
 しかし仕事が恋人ともいっていいリオン君。やはり、この時間を訓練に使うことにしてしまった。ちくしょう。
 私の憤りを察しているのか、ミクは多少間を置いた後「前から疑問に思っていたのだが」とおずおずと声をかけてきた。

「なんですか。なんで訓練から逃げずに毎回ちゃんと従っているのか、とかですか?」
『違う。……はつねみく、とは何だ。はぐらかさずちゃんと答えろ』
「あぁ…」

 ミクと出会って間もなく、彼をソーディアン初音ミクとして触れ回ってしまった為、その名前が一部の人に定着してしまった。ミクには今までその名の意味をちゃんと説明したことはない。今聞くか、それを。
 水分を取っていたリオン君達もこちらに意識を向けてしまっている。言い逃れの為に適当につけた名前の由来を今ここで説明しろというのか。

「かつて、今より科学技術の発達していた頃のことです。とある科学者は「人」を作り出そうとしていました――」

 科学者は誰にも理解されないまま、一人研究に没頭していました。月日は流れ、ついに試作とも呼べる少女を作り出します。それは機械の乙女でした。永久に生きる事ができる機械。彼女を残して科学者は亡くなりました。科学者を亡くした少女はひとりぼっち。時の流れすら彼女には無いものです。勇気を出して作った仲間も、彼女を置いて、老いていく。彼女はいつも見送る側なのです。

 即興で組み立てたストーリーは驚く程、何かに似ていた。顔色を変えはしなかったが、内心まずいな、と後悔し始めた。
 一区切りつき、視線を落とした私の傍で、ミクはちかちか光った。

『…その、女の名がハツネミク、というのか?』
「そうですね。…その後彼女は歌で感情を表す歌姫となったーとか聞いたことがあってね」
「物語か、僕は聞いたこともないが…」
「えっと!母がよく聞かせてくれ…」

 そこまで言いかかってまた後悔の嵐に襲われた。あ、一応ここでは亡くなってる事になってたっけ――。
 あのリオン君でさえ、「…すまなかった」と謝った。私はこの世界では天涯孤独なのよね、という設定を思い出しながら「いいえ、気にしないで下さい」と言う。嘘を吐きすぎて、いろいろ吐きそうだ。
 いくら生き残る為とはいえ、こういう嘘は…でも…と頭の中で葛藤しているが、保身しか出来ないよ!ごめんね!本当にリオン君といい、クリスさん達といい私を哀れみないでくれて、有難い。
 いつか話せる時が来たら、話そう。そう心に決め、私は悲劇のヒロインを演じ続けたのだった。

「ちなみに初音ミクはツインテール緑髪の美少女だといわれてます。だからミクと最初会った時は愕然としたね。なんだこの失礼な剣はってね」
『この状況でも、そのような事がいえるのだな』

 ミクはフン、と鼻で笑うのだった。