メメントモリ

 帰った後、部屋で浴衣から寝間着に着替えた。祭りの余韻に浸ってベッドに寝っ転がっていると、電話がかかってくる。ケータイを手に取ると、理からだった。部屋に来ればいいのに、私が着替えてるかもしれないからと、配慮してくれたのだろう。
「理だ、どうした?」
『神社では色々話せなかったなと思って』
 そうだねえ、と返しながら、脳裏にあるのは「そういえば私の浴衣姿どうだったんだ!?」である。だが、それをそのまま聞くのに気が引けた。『ナマエに気さくに接してもらえて、アイギス、きっと喜んでたよ』、『3人で手を繋いで歩いたの、夏休みの思い出になったな』と嬉しそうに話す理に、浴衣の感想が気になって半分上の空で相槌を打っていると、『そうだ、ナマエの浴衣って去年買ってたやつだったよね』との言葉。きた!とケータイを持つ手に力が入る。
「そう、友達とお祭り行くのに、中学の時の浴衣が子どもっぽいんじゃないかなって思って、急いで買ってきたの」
 そう思い込んでたけど、アイギスちゃんの浴衣姿を見てそんなことなかったな、と考え直せた。また着る機会があればあっちも着てみたい。アイギスちゃんの似合いっぷりには敵わないだろうけれど。
『ナマエの浴衣姿、綺麗だったよ。また見たいくらい』
 その一言で、ベッドを転がりたくなるくらい、嬉しくも恥ずかしい気持ちになる。私は「そっかあ」と何度か呟いた。理の小さな笑い声がくすぐったい。
『ずっと言えなかったから、伝えられてよかった』
「そうだよね。みんながいる前でタイミングを見計らって言うのも難しいよね…。ありがと、理」
『ううん、…あ、そういえば』
「うん?」
 ポートアイランド駅の映画館で映画祭がある、と言うので、「一緒に行こう!」と叫んでいた。少しして、隣の部屋の迷惑だったかも、と声をひそめる私。今度こそ二人きりでお出かけしたい。初日から行こうよ、と提案すると「…ああ、うん」と少し気のない返事をされた。
「理?」
「ううん、いいよ、行こう」

**

 映画祭はテーマに沿った映画を何本も続けて見ることが出来る。映画好きにはたまらないイベントなのだが、私たちは1本目で出てきてしまった。初日からホラー特集だった。理が言葉を詰まらせた理由はこれだったか。理はそんなに怖がっていない。私が映画に体を硬くさせ、恐怖シーンの度に震えていたのを見て、「外、出よっか」と声をかけてくれた。映画館から出て、魂が戻ってきたような感覚に深く息をついた。外の暑さが心地いいくらい。キンキンに冷えた中で映画を見ていて、終始呆然としていたように思う。
「いけると思ったけど、駄目だった…」
「ごめん、そんなに苦手だとは思わなかった」
「初日はホラーだって知ってたなら言ってくれたら…嬉しかったな…」
 近くのベンチに座ると、理が「ごめん」ともう一回言う。
「もしかしたら、俺を頼りにしてもらえるかなって…思って」
 どういう意味が理解するのに時間がかかった。私は理の可愛らしい発言に吹き出し、笑い出す。顔を赤くしてため息をつく理。言って後悔しているな。
「キャーって理に抱き着けばよかったね、ごめんごめん」
「……」
 さらには、むくれる始末。理に甘えるなんて、考える余裕が無かったが、次はそうしよう。
「ちょっと休んだらもう一回映画にチャレンジしてみてもいい?」
「無理しなくいいよ」
「えー、理が守ってくれるんでしょう?」
 言葉の真意を汲み取ってくれたようで、「…分かった」とほのかに笑みをみせた。なんだかんだで楽しいデートになりそうだ。
「しっかし、理は平気なんだね、ホラー」
 隣の席で理の様子を窺って、平然とスプラッタなシーンを見ているので凄いな…と、震えながらもひそかに感心していた。
「まあ、そんなに怖くはないな」
「凄いなあ。…そういや理ってどんな映画が好きなの?」
 家で一緒に生活していた頃、金曜日のお茶の間で映画を見ていたが、「理の好きな映画のジャンルは何?」なんて聞いた事なかった。
 家族の見たい映画に付き合ったり、逆に付き合わせたりしてきたが、理はいつも付き合う役に徹していた。
 親と一緒にレンタルショップへ行ってDVDを借りる時だって、理は自分の借りたいものを持ってこない子だった。借りなくていいの?と聞いても頷くだけ。
 だから、好きなものを聞いても困らせるって分かっていたから聞かなかったもしれない。
「俺は別にいいよ」
「好きな映画、ない?」
 考え込んだ理をはらはら見守っていると、その内、困ったように笑った。
「ナマエが好きなものを知ってるから、いい」
「私?」
 私の好きなものにすり替わってしまった。それでいいのか、理、と思いつつも何だか嬉しくなる。
 少しして、妙案が思い浮かぶ。「じゃあ私の好きな映画のタイトルは何でしょう?」と聞くと、脳内にあった言葉をそのまま答える理。「おー!正解!」拍手を送ると、次の問題へ。正解を積み重ねていく理に躍起になって、問題の難度をあげていく。「私の好きなお出かけ先は?」と質問した際、言葉に詰まったのに、やっと「勝った…!」みたいな気持ちになるが、何も勝利していない。そうか、中学校ぐらいから一緒に遊びに行かなくなったから、知らなかったんだろうな。今まで出した問題は家族で過ごしていた経験を元に難なく答えられていたのか。
「…正解は?」
 好きなお出かけ先の答えを求めてくる、理。でも、あえて答えてあげない。
「これからお出かけを重ねたら分かるから、今は言いません。…理もその内、好きなジャンルの映画、見つかるよ。だって音楽は好きでしょう?」
 首に引っ掛けたイヤホン、プレイヤーを眺める。
 理のプレイヤーに入った曲を聞かせてもらった事がある。意外にも軽快な音楽を好んでいるようで、力強い女性ボーカルの声、ラップも入ったりして格好良い曲ばかりだった。
「…うん」
「さ、そろそろ映画館に戻ろうか。次は密着しながら見ようね」
「…ん、任せて」

 ホラー映画をその後2本見て、夕方頃寮に戻ってきた。
 理の腕に腕を絡め、寄りかかっていたら案外平気だった。「映画の内容は現実じゃないしなあ」と冷静になれたし、理の温度が伝わって安心して、うとうとしていた場面も。
 貰ってきた映画祭のチラシをラウンジにいた子らに見せる。その中にいたアイギスちゃんは私の方に顔を向けた。さあ、来い。準備は整っている。
「あの、映画祭…」
「よし、行こう」
「早いって。……ナマエは本当、アイギスに甘々だね」
「え?駄目?」
 理が「ううん、駄目じゃあないけど」と首を振る。含みのある言い方に、まさかアイギスちゃんに嫉妬か、と思い浮かんでニヤリとしてしまった。後で聞いてみよう。
「丁度買ってきたワンピースもあるし、着ていこうよ」
 お母さんに送ってもらった白いシャツワンピース、それに黒のカーディガンを合わせたアイギスちゃんと2年女子組でポロニアンモールに繰り出したことがある。
 アイギスちゃんの好奇心からあちこち寄り道しながらも、彼女が脱ぎ着しやすいカーキ色のロングTシャツのワンピースをみんなでカンパしあって購入。帰りは「小豆あらい」であんみつを食べて帰る、普通の高校生のお出かけを経験してもらった。
 それはさておき、アイギスちゃんは映画祭のスケジュールの中の「日本、いや世界最強の忍者が駆ける映画特集!」を指さす。
「世界最強の忍者を今後の参考に見てみたいであります」
 世界最強、の言葉に、少し離れたソファから見守っていた真田先輩がぴくりと反応する。
「ほお…」
 先輩が食いついた…と内心思いながら、「あっ」と隣に書いてある文字を読み上げた。
「特撮ヒーロー特集も同日開催だ」
「…へえ」
 今度は天田君がぴくりと反応する。その場にいるメンバーが天田君に目を向ける。
「な、何ですか!」
「一緒に行こうよ。フェザーマンに大分はまってきたし、私、見てみたいな~」
「…ナマエさんがそう言うなら、付いていかなくもないです」
 日曜朝は早起きしてラウンジに向かうことにしている。2月頃から始まって、もう半分くらい話が過ぎていたが、天田君の解説を聞きながらフェザーマンを見て、半年の空白を埋める程のストーリーの理解が出来た。たまに天田君、熱くなりすぎて解説実況をしだす時もあるがニヤ…と笑っていると、はっとしてすぐ止めてしまう。楽しそうだったのに、どうして。
「じゃあ行くのは結城君とアイギス、ナマエと天田君って感じだね」
 ゆかりちゃんの言葉に「俺も?」と理が目を瞬かせる。
「だって、一人は保護者が必要でしょ?」
「私が理さんの保護者でありますね?」
「いや、違うと思う」
 確かに、軽率に一緒に行こうとアイギスちゃん、天田君を誘ってしまったが、どちらも誰かついていた方が良い。分身したい、と思うような出来事になるとは。
「じゃあこの日は4人で行こっか」
「であります」
 理は項垂れながら、「分かった」とこぼす。観念したようだ。

 ちなみに、後で部屋にやってきた理に、アイギスちゃんに私がべったりしていた時のことを問いただすと、やはりアイギスちゃんに嫉妬していたようだ。「どうどう」といった具合に、部屋にいる間ずっと手を握ったり、頭を撫でてやった。

**

 映画祭が忍者と特撮特集の日。アイギスちゃんの服を見立ててから、4人で映画館へ出かけた。買ってきたカーキのワンピースと白いサマーニットのボレロを着たアイギスちゃん、モデルさんかな?アイギスちゃん可愛いなあと道中にまにましていると、理に後ろから服を引っ張られた。
「微笑ましいけど、ちょっと交代」
 天田君と並んで歩いていた理が前へ、私が後ろへ移動させられる。
 横の天田君も私の服を引っ張り、内緒話を話すように口に手を添えた。それを見て、天田君の方へ耳を傾ける。
「理さん、なんかちょっと怒ってます?大丈夫でしょうか?」
「…多分、私のせいだから大丈夫」
「えっと…それのどこが大丈夫なんですか…?」
 映画館へ着くと、理とアイギスちゃんが「最強の忍者特集」私と天田君が「特撮特集」のシアターへ。ひとまず1本見終わったら、続けて見るか相談の為、一旦、各シアターを出て合流することに決めた。

 ちょっと昔の特撮、怪獣と戦う超人の映画を見た。歴代の超人たちも主人公に力を貸す役で出演した、まさにお祭り映画。ファンにはたまらないだろうな。怪獣と超人が戦うシーンでは、実際に街のセットを作り、それを撮影時に爆破・破壊しているという。天田君が興奮冷めやらぬ勢いで語っている。そういう目線で見ると、街が破壊されるシーンなんて、爽快だったろうな。
 別のシアターから理とアイギスが出てきた。
「最強とは、忍者なのでありますね」
 ほう…と映画の余韻に浸るように胸に手をあてるアイギスちゃん。熱く語っている最中の天田君は、それに異を唱える。
「エイトだって最強ですよ。そもそも巨大化するんだから、忍者なんて目じゃないですよ」
「巨大化…詳しくお聞かせいただけますか?」
 二人の間で特撮会合が開かれようとしている。理は「俺たち、ロビーで休憩してるね」と二人に声をかけるので、ついていくことにした。廊下を抜け、開けた空間の隅の席に腰かける。シアターへの入場を待つ人が座れるよう、かなり座るスペースがあるのでありがたい。
「忍者、どうだった?」
「役者がスタントなしで演じてて、かなり見ごたえあったよ。ワイヤーに吊るされての空中格闘シーンも凄かった」
「いいねえ、アクションも見てて爽快そう」
「そっちはどうだったの?」
「ザ・王道のヒーロー映画だったよ」
 安心して見れるし、大団円っていいよね、と伝えておく。映画を見終わった後の天田君のマシンガントークが凄かったのも伝えておく。
「やっぱり好きなんだね。戦隊ヒーローも含め、特撮全般」
 この後、二人とも続けて映画を見るなら私たちも付き合わないとね、と話をしていると、「お二人とも」とアイギスちゃん、天田君が、話し終えたのか、こちらにやってきた。
「私、次は特撮特集を見たいであります」
「アイギスちゃんも特撮ヒーローに興味を持ったようだね?」
 頷くアイギスちゃん。
「はい、興味深いです。3分だけ巨大化して活動出来るといいつつ実際の時間は様々だったり、後は、戦隊ヒーローの場合、変身する際、隙があるというのに、敵の動きが止まるようなので、何か技を発しているんだとみました。…参考になりそうであります」
 理と顔を見合わせた。それはお約束である。「アイギスさんの指摘が鋭くて、脱線した話になっちゃいました」と天田君も苦笑いしている。でも、思い切り好きな話が出来て楽しそう。頬を緩めていると、「天田」と理が声をかける。
「はい?」
「特撮、見るんだろう?アイギスを見守ってほしい。終わるまでナマエとここで待ってるから、好きなだけ見ておいで」
「えっ」
「そうですか?分かりました。じゃあ僕らで見てきます」
「よろしくお願いします、天田さん」
 私も…あれっ…と戸惑っている間に、「そろそろ休憩時間が終わりますし、行ってきますね」とシアターの方に戻っていく二人。
「理」
 非難するように理を睨みつけるも、途端に眉を下げ、申し訳なさそうな表情をされる。
「二人きりになりたかった。…駄目?」
 背後からコロちゃんのごとく、わんこの「クウン」という可愛らしい声が聞こえたような気がする。理に甘えられて言葉に詰まった。
「ううっ…駄目じゃ…ないけど…」
「良かった」
 何回も言うが、私は、理にとことん弱い。
「でも2時間…もしかしたら4時間、暇だよね。何する?ポロニアンモールでも回ろうか?」
 立ち上がりかけた私の手をつかみ、制止する理。そのまま、席へ腰を落とす。
「ちょっと疲れたから、ここで休んでていい?」
「えっ、大丈夫?」
 いつもの無表情と比較し、少しだけしんどそうな表情をしている。「何か買ってこようか?スポーツドリンクとか…」と心配しだすも、首を横に振られる。
「座ってたら平気。…ね、音楽あるから、二人で聞かない?」
 首からぶら下がるイヤホンを「ほら」と片耳分差し出された。人目がある分、躊躇してしまう。でも、弱った理の頼みを断れない。
 おずおず、イヤホンを手に取ってみる。二人寄り添い、理のイヤホンからいつもの曲を聴く。
 思えば、こうやって、くっついて曲を聴きながら電車に揺られ、巌戸台まで越してきたんだっけ。懐かしいな…、なんて思い出に浸っていると、理が目を瞑っていることに気付く。私も目を瞑りながら聞こうかな。

**

 2本続けて、4時間分の映画を見終わったところで、天田、アイギスは理たちの待っている映画館のロビーへ戻る。並んで座った二人を見て、天田は声をあげようとしたが、アイギスがそれを制止した。
「アイギスさん?」
「お二人とも、寝ていらっしゃいます」
 傍に近づくと、天田はアイギスの言葉に二人をまじまじと見つめる。寄り添いながら目を瞑っているのに、「なんだか、仲良いですね」と呟いていた。
「理さんの「大切」はナマエさんでありますから」
「大切?」
「えぇ」
 アイギスは二人を見てゆっくり目を細めた。
その後、「しばらく二人をそっとしておきましょう」と言うアイギスだったが、外はもう赤らみ、夕方になっている。天田は「起こすべきではないでしょうか…?」と困惑していると、理が目を開いた。
「あ、起きた」
「起きてしまったものはしょうがないでありますね」
 理は、二人を一瞥してから、自身の肩に寄りかかるナマエに目を向け、しばらくそのままでいた。天田曰く、それは幸せそうにナマエを見つめていたそうだ。

**

 蝉が地面に落ちていた。
 足元の蝉をよけて、前へ進む。夏もそろそろ終わりなのかな、と理に話しかけた。
「そうだね」
 まさに、心ここにあらず。何かに思いを馳せているのを見て、「何しんみりしてんの」と横っ腹を小突いてやる。
「秋にはもう影時間のことも解決してるでしょ?私はそれが楽しみ」
 後は、修学旅行もあるし、小豆あらいでは季節限定スイーツ…お芋とかカボチャのパフェなんかも出てるだろうな、なんて呟けば、理は笑みを湛えて私を見守っていた。なんだか、一緒に楽しんでくれない感じ。
 夏休みの最終日に、二人で巌戸台、ポートアイランドを散歩をしていた。
 まずは神社を覗いてみたが、今日は誰もいない。
 コロちゃんの散歩の際、天田君を伴うようにしていた。寮から神社へ行って帰るコースなのだが、舞子ちゃんに何度か会っている。コロちゃんを介した二人の様子を、目を細めて親のように見守っていた。
 ただ、あれ以来、神木さんの姿を見ていない。「ピンクのワニ」制作秘話、いつか聞けるといいな。とある友人がきっかけで書き始めたと言っていたが、どんな人なんだろう。
 それから、ムーンライトブリッジを渡る際、また事故のことを思い返していた。そうすることで、理を守る為に頑張らないと、と自分を奮い立てる。楽しい夏休みももう終わり。明日からタルタロスでの訓練も再開するから、万全な状態で挑もう。日差しが照りつけているけれど、涼しい潮風が流れて、秋になりつつある。
 真田先輩が気になっていたペルソナが強くなった秘訣を、私も何気なく聞いてみたことがある。その際、珍しく理が狼狽えて、言葉にするか迷っていたので、こちらが悪い事をしているみたいな気持ちになって、「冗談だ」と質問を流した。
 そんなに言えないことなのだろうか。理だけ複数種類のペルソナを使える、特別な力が関係しているのかな、などと自己完結しつつも、納得出来ない気持ちが残っている。
 ブリッジを渡り終え、ポートアイランドに着くと、ポロニアンモールをうろつく。
 ゲームセンターの前で、ジャックフロスト君を取ってもらったねと振り返る。私が何千円と投入しても取れなかったジャックフロスト君。場所取り係として連れてきた理に試しにやらせたところ、2、3回で余裕でゲットしてしまった。私の苦労とは。嬉しいけれど、複雑な気持ちになった。
 リベンジに可愛いぬいぐるみがないか、店内をうろついてが、特にビビッとくるものはなかった。
 じゃあ、どうせだし、プリクラしていかない?と冗談半分で聞いてみると、意外にも素直に応じてくれた。機械の中、真っ白な撮影ブースでプリクラを撮ることに。
 撮影を終え、落書きコーナーに移るも、ナマエに任せる、と理が落書きを放棄した。私は首をひねりながら、ひたすらスタンプを散らしたり、理に猫耳、ひげをつけたりしていた。何か文字を書いても良かったのだが、何と書けばいいのか分からない。「二人はなかよし☆」「ずっと一緒?」言葉のセンスが良いのか悪いのか分からないが、恥ずかしくて書けない。だったら相合傘?……さらに恥ずかしくて書けない。そうこうしている間に落書きする時間が終わってしまった。
 取り出し口から落ちてきたプリクラを見つめる。理の方が顔が良いような気がして、もしかしたら理って、美少年?と顔をじっと見つめてしまった。でも、理は理にしか見えない。
 理も理で、目元を緩めながらプリクラを見つめている。満足したんだろうと思う。
 その後は、休憩に喫茶店シャガールへ。歩き通しだった為、アイスコーヒーを飲みながらゆっくりしていたが、もうホットを飲んでもいい時期かもしれない。
 ポロニアンモールを抜け、門が閉まっている学校の前を通る。あまり所縁の無い、大きな天文台を眺めながら元来た道を戻る。
 最後に商店街まで行き、「本の虫」に顔を出しておく。いつの間に用意したのか、菓子折りを手にする理。だが、「理ちゃん…そんな気を遣わなくていいよ、わしたちの仲じゃろ?」「いいの、いいのよ理ちゃん。気持ちだけ受け取っておくわ」と頑なに受け取ることを拒否されてしまう。私も「どうぞ受け取ってください」の加勢に入り、押しに押してなんとか受け取ってもらえた。だが、お返しとばかりに大量の菓子パンを貰ってしまった。このまま、どこかうろつく訳にもいかないしと、分寮へ真っ直ぐ帰る。
 長い散歩を終えた。

 寝間着に着替えてから、明日から始まる学校の準備。仕舞ってあった冬服制服を取り出したり、鞄、筆記用具、教科書とノートを用意して、目覚ましのセットもし直す。夏休み中、いつも起きている時間より遅くに起きて、だらだらしていたから、生活リズムを戻さないと。
 準備し終わって、さあ寝ようという所でケータイに電話がかかってくる。理からだった。
「どうしたの?」
『今寝る所?』
「え?うん、そうだけど」
『今から、そっち行ってもいい?』
「えっ…あ、うん、いい、けど」
『ありがとう、じゃあ今行くね』
 電話が切れて、固まる私。急に何か察知した私は、心臓の音がだんだん早く鳴るのに、何を想像しているんだ!と自制を試みる。頬を軽く叩いている内にノック音。理がやってきた。パーカーでも羽織った方が良かったか、と後悔しつつ、扉を開ける。
「こんばんは」
「…理、どうしたの?」
 理も寝間着姿だ。私を避けて、するっと部屋に入ると、ベッドに座る。また変な想像で心臓が跳ね上がる。
「…ここで寝ていい?」
「え!?」
 よからぬ想像がさらに進行。固まる私を見て、くすくす笑う理。ただ、心なしか元気がないように見える。理は目を伏せ、小さく口を開く。
「……添い寝してもらうだけ。駄目?」
 なんだ、添い寝か…。ほっと息をついてから、「理、ちょっと元気ない?」と聞いてみる。疲れているからこんなことを言い出したのかもしれない。
「ん、最近ちょっと寝れなくて」
「…何か、不安?」
 んー…と呟きながら理は首を傾げる。
「何でだろうね」
 原因が分からないとなると、余計に心配になる。私もベッドに座って、理を見つめる。理は、上の方を見て、口を開く。
「……昔はよく一緒に寝てたよね」
「うん、そうだったね」
 小学校1、2年の頃の話だ。まだ二人一緒の部屋で過ごしていた頃。私のベッドの反対側に理のベッドも用意されていたが、いつの間にか一緒のベッドで寝ていたのを覚えている。眠れなかったであろう理が、私の布団に入ってきていたんだと思う。朝方起こしに来た母が、二人くっついて寝ているのを見て、バシバシ写真を撮っていた。「二人とも可愛い!」なんて言っていた。その写真は我が家のアルバムに挟まっていることだろう。
 あの頃は理のご両親の事故もあった、影時間のことも、もう知っていただろうし、眠れなかったのは無理もない。
「一緒に寝ると、ぐっすり眠れてたなって」
 あの頃を思い返したのか、ふにゃりと顔を緩めた理を見て、胸が締め付けられる。
「そうだったんだ。…うん、一緒に寝よっか」
 安心させるように笑ってみせると「ありがとう」と笑い返してくれた。
 理に、ベッドに入って、布団をかぶるよう伝えると、部屋の電気を消す。そうして、私もベッドへ上がり、布団の中へ入る。なんとなく向かい合ってしまった。仰向けになろうかな、と考えていた所、理が「もう少し傍に寄ってほしい」と言うではないか。さっきまで理を気遣っていたのに、急に意識しだしてドキドキしてきた。言葉に従い、理との距離を詰める。もはや、目と鼻の先。理は私の肩を片手で抱く。私は、理の胸に手をおいた。
「これで寝れる?」
 あまりの密着度合いに、理が眠れるか心配になる。結ばれた今と、子どもの頃では訳が違うと思うけれど。
「うん、だから、このままで…」
 そう言うならば、従うしかない。私が逆に眠れなくなりそうだが、仕方ない。
 目を瞑ると、シャンプーの香りがするのに気付いた。胸の中が暖かくて、かえって暑いくらい。でも心地いい。手のひらから伝わる、心臓が忙しなく動く様に、ほっとする。理も緊張しているのに、私と同じだ、と安心しているのもあるが、何だろう、理が傍に居ることが嬉しいのかな。

**

 起きて、「うーん」と唸りたくなった。何だか幸せな夢を見ていた。理が恋人になるような…、と意識しかけて、首を振る。恋人になって幸せって何だ。やめよう、これは夢だ。隣に誰もいないのを見て、寂しく思うのも、夢のせい。
 クローゼットにかけてあった制服を見つめて、夢の続きを見ているような気持ちになった。スカートを身につけて、長袖のシャツに袖を通しながら、見た夢を思い出そうとするも、断片的にしか拾えない。思い出さない方が良いのでは?と思いつつも、「海岸、理と仲がいい、手を繋いだ」なんて呟いている自分に呆れる。
 黒い制服を羽織り、ボタンを留め、上からリボンを結んで、月高生の完成。ポールハンガーからエプロンを取ると、部屋を出た。
 ラウンジに降りて、キッチンで朝食を作る。冷蔵庫を開け、食材を取り出し、弁当箱を2つ用意した所で手を止めた。今日は卒業式だから、お弁当はいらないか。ボケてるのかな、と思いながら戸棚に弁当箱をしまう。
 簡単な朝ごはんを作っている最中も、夢の重要人物がいつ来るか考えただけで胸がいやに騒ぐ。意識しすぎである。
 いつもなら手伝いにやってくるはずだが、今日はダイニングに私が二人分の食事を用意した所で降りてきた。身構えそうになるが、いつも通り挨拶する理に、慌てて「おはよう」を返す。
 理に「私たち付き合ってないよね」と確認したくなるが、そんなことやれる訳もなく、やった所で「は?」と侮蔑の目を受けそうだ。でも、この確認が無ければ夢か現実か、混同しそうになる。
 理はなかなか席に着かない。テーブルの上の食事を見て、目線を落としてみせるのに、やっと気付いた。
「どうした?」
「今、食欲なくて、食べれないと思う。…作ってもらったのに、ごめん」
「そっか、…大丈夫?」
「うん」
 作ったご飯、どうしようかな、ラップをして昼に食べようかなあ…と考えていると、アイギスちゃんが静かに階段から降りてきた。こちらに視線を感じたので手を振ってみる。
「おはよう、アイギスちゃん」
「お、おはようございます…」
 ぺこりと頭を下げるアイギスちゃん。その表情は浮かない。落ち込んでいるように見えた。学生服のまま、ラウンジを通って外に出ていこうとするので、思わず声をかけてしまう。
「そのまま行くの?…ご飯食べなくて大丈夫?」
 食事をせずに学校へ向かうアイギスちゃんが心配になった。
 先ほどからアイギスちゃん、と呼んでいるものの、そこまで話したことが無い。いつからこの寮に来た子なのかも、あまり記憶が無い。分寮のみんなに聞いても同じような反応だった。こんな可愛い子を放っておくなんて順平君の審美眼も落ちたものだ。
 彼女は、私や理を見つめていることが多い。もしかしたら友達になれるんじゃ…と期待して近づこうものなら、何故か逃げられたり、余所余所しい態度をとられてしまう。今回も「大丈夫です」と逃げられちゃうかな、と思っていた。
「えっ…ご飯…ですか?」
 扉の前で振り返った彼女は、驚いている。今までにない反応に、畳みかけるように言葉を続ける。
「お腹空いてないのかなって、そうだ、朝ごはん食べてかない?今作ったんだけど、弟が食欲ないみたいで…。もし良かったら一緒に食べようよ」
 理も頷いている。それを見て、アイギスちゃんは考え込むと、しばらくして私たちの元へ歩んできた。
「いいんですか…?」
「折角作ったんだし、食べてもらった方がいいよ」
 急いでキッチンから割り箸を持って来て、彼女に渡すと、席に座るよう促す。その言葉に従ってはくれたが、割り箸を持ったまま朝ごはんを眺めるアイギスちゃん。少しして、意を決したように、「いただきます」と言ってくれた。割り箸をバキっと折ると(割り箸を割る時に聞いた事のない音だった)卵焼きを割いて、口に運ぶ。食べてくれた、と小躍りしそうになっていると、アイギスちゃんが震えだす。
「美味しい…」
 そう、一言呟くと、きれいな涙を膝に落とした。
 人にご飯を食べてもらい、泣かれることがあるだろうか。私は今あった。
「あ、アイギスちゃん、お腹痛くなかったか!?不味かったらぺってしていいからね!?」
「今、美味しいって言ってただろ。聞こえなかったの?」
 取り乱していると、理から冷静なツッコミを頂く。私のご飯が美味しくて泣いた、なんてことが起きるなんて想定していなかった。
「……私のご飯、そんなに美味しい?」
「…はい、美味しいです。何だか、懐かしい気持ちになりました」
 もしかして、おばあちゃんの味にそっくり…?アイギスちゃんの過去について想像が広がってしまう。想像が広がりすぎて、「外国人一家の中、おばあちゃんは日本人で、よく日本料理を食べさせてもらっていた。おばあちゃんの影響で日本に留学しにきたシャイなクォーター美少女アイギスちゃん」という所までで終わらせておく。あることないこと盛り込みすぎた。
「アイギスちゃん、たんとお食べ…」
「何でナマエまで泣きそうになってるんだ…」
 ナマエも朝ごはん食べたら、と言われ、私もアイギスちゃんの隣の席で食事をとることにした。
 涙を拭って、朝ごはんを完食してもらうと、「ありがとうございます」と頭を下げるアイギスちゃん。「洗い物、手伝います」と言ってくれるが理が「いいよ、大丈夫」と首を振った。
「…じゃあ私、先に行って待っていますね」
 玄関でもう一度頭を下げて、学校へと向かっていった。
 二人分の食器の洗い物をする私、拭く理。私はうきうきと食器についた泡を洗い流す。
「やった、友達確定じゃん」
「良かったね」
「でも、「待ってる」って、学校で待っててくれるってことかな」
 それに理からの返事はなかった。まあいいか、いつもの事だし。
 洗い物を終えて、学校へ。私が先に扉を開けて、理に通ってもらう。そして、傍にいた理の手を繋いでいた。繋いでいた?
「ご、ごめん!?」
 指を解いて勢いよく理から離れた。理は、「一体何が起きたのか」と言わんばかりのぽかんとした顔をしている。しかも恋人つなぎとは、私は何をやっているのか。
 変な夢を見たせいだ。すぐに責任転換するも、あんな夢について説明できるわけがなく、私はただ、「理と手を繋ぐ夢を見てね…」と断片を伝えることしか出来ない。理とイチャイチャしていたなんて絶対言えない。
「そっか」
 理の顔が見れず、一人で「あはは…」と苦笑い。駅へ着いて、モノレールの中でも自己嫌悪に陥っていたが、学校に降り立つと、鬱々とした気持ちも吹き飛ぶ。
 満開の桜並木が迎えてくれた。
「始業式以来だね」
 並んで歩いていた理に声をかけるも返事がない。聞こえなかったのだろうか。
 爽やかな風が並木道を吹き抜ける。卒業式に相応しい景色になった。体の奥からこみ上げるものがある。なんだか感慨深い。
 この一年で理は表情豊かになった。港区での生活が合っていたんだろう。部活や同好会、学校の外に至るまで幅広い交友関係を築いていたと噂で聞いた。
 私も私でこっちに来たおかげで、風花ちゃん、ゆかりちゃんたちや理緒と仲良くなれた。…時には別れもあったけど、元気にしてるって手紙も貰ったし、嬉しい限り。この手紙は宝物だなあ。
「卒業式が終わったら春休みだねえ」
「うん」
「受験の年だけど、そこまで頑張らずにのんびりやっていこうね。今の成績の調子なら、まあ大丈夫でしょ」
「うん……そうだね」
「理?」
 さっきから必死に絞り出すように返事しているように聞こえて、振り返った。あれ?どうして理より先に歩いているんだろう。いつもだったら、ちょっと先に歩いているのは理なのに。
 隣に来るまで待っていると、顔色が悪く、さらには首元に汗を滲ませているのに気付いた。「しんどい?」と聞けば、力なく首を横に振られる。
「そう…?体に気をつけなよ。まあ、私が言えることじゃないけど…」
「うん」
「明日一日、寝てた方がいいんじゃ、……っていうか、帰ろう、ね、寮まで戻ろう、理…」
 段々、自分でも焦っているのを自覚していた。普通の風邪じゃない、何か違うような気がして、不安になっていく。最後にはすがりつくように理に迫っていたが、彼はゆっくりと歩みだす。
「うん…。ありがとう、ナマエ」
 理は、そっと笑った。このまま儚く消えてしまいそうな、透き通った笑みだった。それを見て、ちくりと胸が痛む。自分でも変だと思うが、何か思い出しそうで、でも思い出したくないような気持ちになった。
「理。ねえ、理……」
 理は校舎へ向かって歩いていく。振り返ってくれない。私は立ち止まったまま、理の背中を見送った。