※爪跡の続き
頷いてしまったことにより、人生初の恋愛に足を踏み入れてしまった。恋愛沼。
しかし、相手は自分が顕現させた刀である。私を愛するように、無意識にすりこみでもしていたのだろうか。
いや、でもイケメン怖い…。眺めるだけで十分です…。なんで私なんだよ…。
今日も私は逃げている。それを自覚するとため息をつきたくなる。
「主」
「ひゃい」
「上の空でどうされました?」
当の本人は、猫背で作業する私の後ろで正座待機。あれ以来爽やかな笑顔を絶やさない。それに、どことなく嬉しそうだが、自惚れたくはないのでその件に関しては思考停止しておく。
丁度報告書を作成する際に考え事のスパイラルにはまってしまったようだ。あくまで考えるだけなので、解決に向けての建設的な対策などには至っていない。もうちょっと自分のために思案しようぜ、とは思うけど、一度頷いてしまったものを覆えそうとするなんて、さすがにひどいものはある。
貴方のことを考えていましたと言ったら、プラスの方に捉えられてしまうかもしれない。面倒なので言葉を濁して仕事に逃げる。
そういえば、一期はあれ以来、近侍の座に収まってしまった。周りの刀が「ドーゾドーゾ」と遠慮して一期のみ立候補する形になってしまったからだ。
常時側にいればイケメンに慣れるかも…なんて遠い目で事の次第を見守っていたが、イケメンってやつは、慣れない。次元も違うくらいのイケメンは、マジで慣れない。見られていると思うと、気が張ってしまう。自意識過剰乙なのだが、近付くといい匂いするし、微笑まれるだけでそれをおかずにご飯は食べれそうだ。有り難みを感じる。
そう、有り難み。拝みたくなる。(神様だし)これは一種のビジネス…?と最近思うようになった。やっぱり、刀剣って審神者をいい気分にさせる為に存在しているのかもしれない。ホストクラブのように、いい気持ちにさせてもらったお礼にお金でも払った方がいいのでは?
自分でも正直マズいな〜と思う方向に、居た堪れない感情の行き場をシフトしている気がする。
一期の気持ちなんて、分からない。口で好きだと言われても、裏に何かあるのでは、と思わざるを得ない。一期自身思い込んでいるだけかもしれないし。…一期の顔面がイケメンでなければ、こんな事思わなかったんだろうなあ。
「一期さん」
「はい!」
「どうして私の事、…好きなんですか」
めんどくさい事を聞いてみた。まったく私には理解できない。
彼は即答した。
「頑張り屋な所が好きです」
「は…」
「男士との触れ合いが苦手なのは承知しております。それでも私達を戦で傷つけまいと思っておられる。苦手なりに私達と接して、対等に扱ってくださる。そういう風に日々、頑張っておられる所が好きです」
「……そんなこと」
そんなキラキラした言葉を私に向けないでくれ。褒められて泣きそうになってきた。すまない、一期。この主、クソである。さっきまで一期をホストだと思いこもうかなんて考えていた。あ、あれ?これがホスト?
「自己評価を低く見積もっておられるのが不思議なのです。貴方は私達の自慢の主です。そのままの貴方で自信を持ってもいいのです」
イケメンに自己承認してもらえた…。こんな人生あるだろうか。浄化され、蒸発ものの私の魂。
「主、書類に涙が落ちてしまいます」
「…泣いてないです」
「では、私のわがままだと思って頂いて構いません」
涙腺が刺激されれば、何気なく胸に抱き寄せられた。手慣れてる〜〜。いい匂いすぎて死ぬ〜〜。暖かい腕の中、居たたまれなさに身じろぎしてしまう。
「一期さんの好みって、酷いもんですね…」
「そんな簡単にご自分を卑下されんで下さい」
「なんでそんなに優しいんですか」
「主のことが好きだからですな」
「こんなにイケメンなのに…」
「この顔は、お嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど綺麗すぎて落ち着かないんです!!」
「慣れてください。私と一緒にいて、慣れてください」
「甘い、甘すぎるう…」
イケメンちくしょう、イケメンちくしょうと唸る。その内、頭を撫でられる。子供をあやしているみたい。ぎこちない手つきだとは思うけど。
この問答を続けると、もれなく私が砂糖を吐くことになる。諦めて硬い胸におとなしく収まる。
…落ち着いてみると、一期の胸の鼓動がかなり早く感じる。密着している状況。…彼も彼で緊張しているのか。…私だけではないんだな。
そんな事を考えていたら、段々と彼の温度や心音が心地よくなってきた。
…一期も頑張っているのか。勝手にイケメンで豊臣秀吉の刀だからチャラそうって思ってごめんよ。ごめんよ、一期。
心で謝罪したところで、気が少しは楽になったのか、なんだか、うとうとしてきた。
「主、好きです…。主も私を…」
「……ねむい」
「主?…主、どうされました?」
「…ねていい?」
「えぇ、どうぞ」
「このまま…で…」
✳︎✳︎
私と毎日を共に過ごして気が張っていたのか、主は気絶するように、私の胸で眠ってしまった。
「いけめん」、私の中で呪詛となっている言葉だ。主は「いけめん」が苦手なのも重々承知している。
弟達に応援してもらいここまで漕ぎ着けた。けれども、貴方は私の気持ちを疑っておいででいる。
それでも貴方が好きです。貴方は信じていないかもしれんでしょうが、愛しております。
初めて会った日の事が、まだ焼きついている。
弟達と一緒になって主が「念願のお兄さんだ!」と大喜びしていた。
乱や、秋田に抱きつかれ、その内全員に揉みくちゃにされる主。
弟達が嬉しいことが嬉しいみたい。心からの笑顔でそれらを受け入れていた。
私が主に傅いた時、やっと我に返り、真っ赤になって、私に向かって頑張って笑いかけてくれた。
ぎこちなかったな、と今でも思い返すたびに笑みを浮かべてしまう。
弟達に向けている明るい笑顔を私にも向けて欲しいとも、思った。
だからこそ、今日はここまで進展できてよかった。まさか、主を抱きしめられる日が来るとは。突然の触れ合いに緊張しかないが、主は安心して私に身を委ねておられる…?
「自惚れてもよろしいでしょうか、主…」
✳︎✳︎
目がさめると、一期の顔が目にはいった。寝る前の事を思い出すと、羞恥で顔があつくなっていく。
「お目覚めでしょうか」
「すみません、寝てました」
寝る前と同じ姿勢。すなわち抱きしめられたまま。なんとなしに腕から解放されると、自分のものか分からなくなった体温の体にそっと触れた。
「…えと、しんどくなかったですか?この体勢のままずっと?」
「ええ、…主が、そうご所望されていたので」
「ごめんなさい…!!」
「何故土下座するのです!…私にとっては俄然…役得でした!」
なんとまあ素直な言葉…!笑顔の眩しいことよ。
「ううっ……重くなかった?」
「いえ、全く、小鳥のように軽かったです」
「それはそれで怖いね!」
「そうですか?」
刀剣の筋力はかなりヤバいのだろうか。握り潰される可能性も否めないな…と戦々恐々してきたところで、一期の方が丁寧に謝りだした。
「私こそ、貴方の許可なく、お体に触れて…申し訳ございませんでした」
「え、…全然、大丈夫だよ」
「!!では、これからも触れてもよろしいという…」
「事ではありませんねーー!心臓がもたない。特に今日の出来事は真正面から豪速球を素手で受けた衝撃くらいつよいからね!!」
「さ、左様ですか…」
例えが分かるようで分からない…、といったように複雑な顔をされた。
上手いこと言ったつもりだが理解されず、ちょっとしょぼん。
「でも、一期さんもこういう時は緊張してるって思ったらちょっと気は楽になった、かな」
「だって、私には貴方だけですから…」
照れたように視線を畳に向ける一期。胸を押さえたくなった。緊急搬送されそう。
こういう雰囲気をなんとかする言葉も浮かばず、お互いだんまりした。
そんな中で意を決して、心から出てきた言葉を呟いた。
「…ごめんね一期さん、付き合ってる…?のに、なんというか、私…」
「いいのです。…いつか分かって頂けるのなら」
「…うん、がんばってみる…」
珍しく前向きな気持ちになれた。表情を明るくさせ、みるみる内に後ろに桜を咲かせる一期。
「主…!」
「うおっ危ない!」
「危ない!?」
さりげなく抱きしめようとしてきた一期を回避した。行き場のない手をわなわな震えながら見つめる。
「今日はここまででお願いします!…心臓がいくつあっても足りません」
涙目で微笑み、頷く一期であった。
なんとワンコみを感じる男であろうか。ちょっとキュンとしてしまった。
ホストではなく、ワンコかもしれない。