ここに居続けるのは申し訳ないし、早く元の世界に戻らないと、と気持ちを新たにしていた。もしかしたら、もう一度あの砂浜にいけば帰れるヒントがあるかもしれない。それでも駄目だったら、自分で帰る手段を探し続けよう。
ドロドロとしていた汚れを落としてさっぱりした体は考えもクリアになった気さえする。爽やかなレモン色の、フリルをふんだんにあしらったブラウスに、パニエがくっついたボリュームのある紺色のスカートを身につけ脱衣所から出た。その際に最初に見たメイドさんが傍に控えており、大袈裟なくらいビックリしてしまった。メイドさんは私の様子に微笑んでみせると、「驚かせてごめんさい、お部屋にご案内いたしますね」と先導する。階段を上り、二階の部屋へ案内されると、先にドアを開けて、中に入るよう促された。そろそろと足を踏み出し、部屋の中に入る。綺麗な部屋だ。白い壁には汚れひとつなく、水色を基調としたベッドは飛び込んだら気持ち良さそうなくらいふかふかして見える。向かいの窓を開けたら、あの薔薇の庭が見渡せるのだろう。木目調のクローゼットの前にメイドさんが足を進める。
「お着替えはクローゼットに用意しております。パジャマ、下着などはその下の引き出しに用意してあります。他にも何かご入用でしたらお声かけください」
「なにからなにまで…!ありがとうございます」
メイドさんが確認するように、クローゼットと引き出しを開いてみせる。クローゼットには今着ているものと似たようなフリルのついた服やワンピースが6着ほど入っている。その下の引き出しには、綺麗に畳まれた白いパジャマ、下着が備え付けられている。わざわざ用意してくれたのだろうか?いや、そんな短時間でそれは無いか。客室にはそういう備えもあるのかもしれない。お金持ちって、凄い。
「ご要望があれば、私達メイドにお申し付けくださいね。私はマリアンと申します。以後よろしくお願い致します」
マリアンさんの微笑み、頭を下げる所作を見つめながら、凄まじい世界に来た事を再認識する。恵まれすぎている。リオンさんに見つけてもらって本当にラッキーだった。
「こちらこそよろしくお願いします!…あの、ヒューゴ様にこれからの事をお聞きしようと思うのですが、またお部屋を訪ねてもよろしいでしょうか…?」
「申し訳ございません…。ヒューゴ様は急用ですでに屋敷を発っておりまして、しばらくは戻らないと伺っております」
「そうなんですね…!」
大企業の総帥、というリオンさんの言葉が蘇る。忙しい毎日を送っている事が分かった。帰ってくる日数が分からないとなると、しばらくどうしよう。海岸までの道で戦う訓練でもしようか。それに海岸も探索したい。この世界の勉強もした方が帰るヒントが分かるかもしれない。少し考えただけで、やる事が積み上がっていく。一回、リオンさん達に相談してみてもいいかもしれない。
「あの、ではリオンさんは…」
「リオン様でしたら自室に戻られております。丁度この部屋を出てすぐ左手の部屋がリオン様のお部屋です」
「ありがとうございます。ちょっと訪ねてみようと思います」
マリアンさんに頭を下げた後、彼の部屋を向かおうとした背中に、彼女の声がかかる。
「あの!もし、お出かけされるようでしたらリオン様にお声をかけた方がいいと思います。しばらく休暇を頂いていらっしゃるので、きっと快く引き受けて下さいます」
「そうなんですね…、頼めるなら、頼んでみようかなと思います。教えて頂いてありがとうございます」
快く引き受けてもらえるのだろうか…。あまりうまく想像できないが、マリアンさんの提案を受け止めることにした。
「いえ、すみません、足をお止めしてしまいましたね」
「いえいえ、…そういえば、マリアンさんって、リオンさんと仲良さそうにお話しされてましたよね。…きっと優しい方なんでしょうね、リオンさん」
マリアンさんを見つめていたリオンさんの柔らかな表情を思い出し、自然と笑みを浮かべていた。初対面の人にはぶっきらぼうだが、メイドさんに心を開いている様子に、慣れ親しんだ人にはとことん懐くようなイメージを受けた。私にもそう接してくれるようになったら嬉しい。
「えぇ…!そうなんです。本当に優しい子なんです。仲良くして頂けると、私も嬉しいです」
「はい、善処します」
小さい頃からお世話をしているのだろうか。「優しい子」という慈しむような言葉に、少し違和感を感じたが、心底嬉しそうに微笑むマリアンさんを前に、頷く以外の選択肢はなかった。
マリアンさんと共に部屋を出て、持ち場に戻った彼女を見送った後、左手の部屋をノックした。
「あの、私です。お話があるんですけど、今よろしいですか?」
「…入れ」
言葉遣いにデジャヴを感じてしまった。失礼しまーす、と彼の部屋の扉をくぐる。シンプルな部屋だ。必要な家具を置いているだけで、後は殺風景である。部屋を見回した後、神妙な顔でベッドに腰掛けているリオンさんと目が合う。傍らにはシャルティエさんが立てかけられている。
「リオンさん達のお陰でここでお世話になる事が出来ました。改めてありがとうございます」
まずはお礼を伝えておいた。それに「別にいい。用件はなんだ」とクールなリオンさん。
「はい、実はいくつか相談したい事がありまして…、えっと、ヒューゴ様がしばらく戻られないようなので、仕事をする前に、元の世界に帰る為に行動したいなと思ったんです。いつまでもお世話になる訳にもいかないので…」
「もう出て行く訳じゃないだろうな」
「暫くは御厄介になろうと思ってますよ!本当に申し訳ないんですけど。…その為に海岸を探索したいので、何か地図があればありがたいのと、それとこの世界の歴史資料みたいなのがある場所など教えて頂けますか、それから…」
その後も長々と、モンスターを倒して力をつけたい、あ、だったら装備屋さんはどこだろう。それにお金どうしよう、と広がっていく話。だらだらと言葉を続けていたら、「話をまとめてから来い」と顔をしかめられた。た、たしかに。一人でうんうん唸っていても、手間を掛けさせるだけだ。
『まあまあ!でもここまで考えられるようになってて良かったよ。落ち込んでないかなあって坊ちゃんと一緒に心配してたからさ』
「僕は心配していない」
「あはは、ばっさりですね」
軽く笑って、彼の反応に言葉を返すと、シャルティエさんがうーんと唸りだした。彼の方に視線を向ける。
『…なんというか、君、打たれ強いね…。きっと僕だったら泣きそうになってるだろうに』
「そうですか?拾っていただいてなんとかなりそうだなって思ったら気持ち的にも余裕が出てきました」
そっか、とシャルティエさんはしみじみとした声をあげる。…彼らと出会った時は何が何だかパニック状態で、見知らぬ世界や、私を不審者のように扱う彼が怖くて泣いてしまった。でも、落ち着いてからは彼の言葉や態度に、自分の感情を左右される必要がないと思った。彼は彼で発しているものを、面倒な所は躱しつつも私なりに受け止めるのみ。
「それにマリアンさんと話してる時のリオンさんを見て、シャルティエさんの仰ってたように優しい人なんだって分かりましたから、大丈夫です!」
マリアンさんの笑顔を思い返しながら言葉を続けると、顔を逸らされた。
「それは、マリアンだけだ」
「え〜っ、そうなんですね…」
返答に困り、曖昧に言葉を返すことしか出来なかった。仲良くなれるかもしれないけど、あまり誰かと馴れ合いたくないのかもしれない。会って一日目という事もあるのだろう。一定の距離を置かれている。彼の気持ちを無視して「仲良くしてくださいよォ!」と襟元を掴んでも、なんとかなるものではない。
『もう、坊ちゃん!…ごめんね、素直じゃなくて』
「いやいや…シャルティエさんが謝らなくても!…一旦話を整理してからまた伺いますね。すみません」
会話も途切れた事で自室に戻ろうとした際、シャルティエさんに呼び止められる。
『ここで考えたらいいよ!ついでにお喋りもしよう!今まで坊ちゃんだけが話し相手だったからさ、君の話も聞きたいんだ』
「いいんですか?」
リオンさんに顔を向けると、「仕方ない」とため息をつかれた。どこか寛大な所がある。リオンさんが部屋の隅に置かれた机と椅子を指差す。椅子に座れという事だろう。ドアの前から移動して、シンプルな木の椅子をベッドの方に向けて、座った。
『まずは詳しい自己紹介からしようか!』
シャルティエさんの本体(?)の丸いパーツの部分がちかちかと光る。まるで感情を表しているようだ。嬉しそうで何よりである。
ほとんどシャルティエさんが喋ってくれた事により、彼らを知ることが出来た。
まずは、リオンさんの紹介。彼はセインガルド王国の客員剣士。ここ、ダリルシェイドという都市にあるオベロン社のヒューゴ様の屋敷で暮らしながら、お城へ登城し、日夜お国の為に働いているようだ。
「はい、客員剣士って何するんですか?」
先生に質問する生徒のごとく手を挙げると、シャルティエさんに促され業務を淡々と述べてくれた。主に近場のモンスター退治、王国の業務、執務の手伝いに、まれに犯罪者逮捕や、モンスターに襲われた人の救助を行なっているそうだ。そして紹介は個人的なプロフィールに進み、歳は16(やっぱり同じくらい)で好きな食べ物は…と続けようとしたシャルティエさんの声を「シャル!」とリオンさんが遮る。
「もしかしてお菓子ですか?プリンとかケーキとか美味しいですよね」
火に油を注ぐかもしれないが聞いてみると、「僕はそんなお子様みたいな味覚じゃない!」と怒りだしたので、もしかしなくともビンゴかもしれない。16[#「16」は縦中横]てまだまだ子供だと思うけれど、これは言わないでおく。「ごめんなさい」と笑いながら謝っておいた。嫌いな食べ物も怒られそうだから割愛しておくね、とシャルティエさんが発した所で、リオンさんの紹介は終了。ピーマンみたいな苦い野菜だと予想しておく。
続いてシャルティエさんの紹介ですね、と言うと『え?僕?』と戸惑われてしまった。何か変な事を言ってしまっただろうか。リオンさんは「いいだろう、話してやれ」と私に乗ってくれた。『じゃあ…』とおずおずと語りだしたシャルティエさん。時ははるか昔に遡ってしまった。天地戦争と呼ばれる戦争にて、兵器として作られたシャルティエさん。役目を果たし、見事味方をした地上軍を勝利に導き、戦争が終わった後はお役御免で眠っていた後、現在はリオンさんの手に渡ったという。
「シャルティエさんて、兵器なんですね。ふつうに喋ってくれる気さくな剣の人…って言い方がアレですけど。全然そんな風に見えないです」
『…うん、ありがとう!僕ら『ソーディアン』を使いこなせるのは、君や坊ちゃんみたいに僕らの声が聞こえる『ソーディアンマスター』。君達は僕に埋め込まれたコアクリスタル…、この丸いとこね、そこを使って晶術っていう魔法が使えるんだ。それが兵器って言われる所以かな』
魔法といえばお伽話のようで、でも兵器といえば近代的でもある。それより、シャルティエさんのように感情豊かな「人」が「兵器」の中に入っているとなると、きっと当時は複雑な気持ちになっていただろうな、と思いを馳せる。今は戦争は無いみたいだし、気心の知れた使い手と巡り会えて、よかった。
「へえ…、私も魔法が使えるのか…」
「簡単には使いこなせないだろう。使い手とソーディアンの息を合わせる必要がある」
「そうなんですね。シャルティエさんて、リオンさんが小さい頃から一緒だったんでしょう?なら息ピッタリじゃないですか。いいですね〜そういうのって。仲がいいのも納得ですよ」
『でしょ〜?君も僕らと仲良くしてね!』
「あはは、出来ればお願いしたいですね」
リオンさん次第だろうけど楽観的に構えておく。シャルティエさんはなんとか私とリオンさんを仲良くさせたいのか、興奮気味に言葉を続けた。
『じゃあさ!仲良くするんだったら、敬語もなしにしようよ。ご覧の通り坊ちゃんや僕はふつうに話しているし。助けてもらったからーって思って僕らに遠慮してるならの話だけど』
「本当ですか?先輩たるリオンさんさえ良ければ…」
「別に構わん」
「じゃあお言葉に甘えて…、改めてよろしくね、リオン君、シャルティエさん」
「…リオン君、ね」
リオン君の「君」に反応したのだろうか。表情はいつものように引き締まったものであるが、怒っている訳では無さそうだ。
「同い年くらいだから、なんとなくリオン君かなと思って」
「ふん、呼び方ぐらい勝手にしろ」
『坊ちゃんの言う事は大体照れ隠しだから大丈夫!うんうん、なんだかいい感じ…!』
シャルティエさんが不敵に笑っている。「何を笑っている、シャル」とリオン君が怪訝そうに傍らのシャルティエを見やる。私は私で、彼の提案が無かったら一生、敬語の「さん」付けだったろうなあ、と思うのであった。
『じゃあ次は君の話を聞かせてよ』
「はい」
先程、ヒューゴさんの前で話した通りの場所で育った。友達と一緒に学校で勉強していた。学校が終わると家に帰って、母の料理を手伝って、一緒にご飯を食べて、タブレットでゲームしたり、小説を見て一日を終える。平和な日々だった。
『そっかあ』
「みんな心配してるだろうし、なんとしても帰らないと」
「…そうか」
「えぇ!」
待っている人がいる。帰る決意を固くしていると、リオン君の表情が少しだけ和らいだように見えた。
「…で、ヒューゴ様が戻られるまで予定を立てたいという話だったな」
「そうだったね!明日、一日目はひとまず海岸に行きたいんだよね。何か手がかりがあるかもしれない。…マリアンさんからリオン君もしばらく休みだって伺ったから、出来れば一緒についてきてもらいたいなあ〜と…いかがでしょう」
「…分かった」
「おおっ、ありがとう」
要望がスムーズに通ってしまった。てっきり断られるかと思っていたので、驚きながらもお礼を言う。
「二日目はね、街の案内をしてもらえたらありがたいです。その際に装備屋や資料館の場所を知れればいいなと」
「あぁ」
「肯定してくれてる?ありがと。後は自由にやろうと思ってるので、二日間お願いします」
「…金銭の稼ぎ方はいいのか」
「あぁ、そうだね。もしかして教えてくれるの?」
「二日目の案内の際に教えておく。それと、三日目から剣術についても教えてやる、覚悟しておけ」
「本当?リオン君、ありがとう!!」
「ヒューゴ様に面倒を見る様命じられたからな」
ふん、とそっぽを向かれる。命じられたから至れり尽くせりなのか。でも、こういう風な相談には命令関係なしに、乗ってくれる子なんじゃないかな。
「そうじゃなかったとしても、シャルティエさんと相談に乗ってくれたと思うよ。ありがとうね」
思った事を伝えておくと、面食らった顔をされてしまった。
「何故そう思う…」
「え?シャルティエさんが相談してもいいよ〜って言ってくれたし、なんだかんだで面倒見良さそうだと思ったから?」
『坊ちゃん、褒められてますよ!』
シャルティエさんの弾む声とは反対に、リオン君は不服そうな冷たい声をあげる。それは、私や自分にも言い聞かせているように思えた。
「…命令だからお前を連れてきた、それ以外に理由はない」
「リオン君はそう思っているかもしれないけど、私は、それ以外の優しさを感じたよ。それでいいじゃない」
優しい所はあった。ハンカチやマントを渡してくれた。命令だったとしても、ここに来るか選ぶ権利を与えてくれた。例えそれが、見るに耐えなかったからとか憐れみを含んでいても、私は、彼に優しい所があると思った。はっきり伝えておくと、未知の生物でも見ているような目をされてしまった。呆れられたかもしれない。