一般人、運命を探す

しがない町の自警団で働いて、仲間と協力し戦い笑い合う日々は平凡そのものだった。
いつの日からだったかむずむずした気持ちが生じ始めた。正体を考えてみたところ、日常に物足りなさを感じていたようだ。
勿論平和が一番だ。そういう、皆を脅かす危険のある刺激ではなく、俺個人が体験できる面白いなにかを求めたい。なにかとは、何だろう。

自警団の仲間はこう言う。

「闘技場に参加したらいい、あれぁいいぞ。熱く燃えるぞ」

うーん…痛いのはちょっと…。

「刺激に危険はつきものだろ。だったら冒険してみるのはいいんじゃないか?」

確かに俺はこの町付近からさらに足を広げた事はない。他の町を目指し、旅をしても良いかもしれない。

「どうせだしついでに恋人でも見つけて恋愛したらどうだ?お前、縁ないだろ」

ひ、ひどい。まったくもってそうなんだけど!!でも、恋愛か…。

「折角Ω(オメガ)なんだし、旅したら魂の番も見つかるかもね」

首につけた首輪をとん、と指でつつかれる。魂の番。噂程度でしか聞いたことがないが、そんな相手がいたら一瞬でお互い恋に落ちることができる。めちゃくちゃ楽だな、と思ってしまった。真剣に人を好きになるべきだという人には失礼だろうけれど、さっさと自分に変化が起きる点が魅力的だと思った。
誰かを好きになったらどうなるんだろう。経験がない。思い返そうとするも、靄がかかったように何も思い出せない。その現象に首を傾げたくなるが、まあ無いんだ、無いんだな。

よし、旅をしよう!思い立ったが吉日。早々に荷物をまとめると、暇を貰い、旅立つ事にした。
その矢先のことである。
早速道を遮って来たオタオタ相手に剣を振りかぶり、叩きつける。一匹倒した。煙のようにかき消えるを見つめると、もう一匹が体当たりを仕掛けてきた。
威力的に大した事がないのは分かっているので、構わず姿勢を戻そうとした。

体当たりするすんででオタオタは消えた。その代わりにカラン、とナイフが地面に落ちる。
誰かが投げて助けてくれたのだろうか。地面にのナイフを拾いあげると、一人の少年が近づいてくるのが分かった。

「あれ…」

お腹の内側がじくりと熱くなる。少年から目が離せない。見目麗しい黒髪の少年は、会話できるくらいの距離で立ち止まり、手を差し伸べた。
この子が運命なのか?何も考えられない。頭もぼうっとしてくる。俺はその白い手のひらに、自分の手を重ねた。

「あ、ありが…」
「お前の手じゃない、ナイフを返せ」
「はい、すみません」

眉間に皺を寄せられた。結構、乱暴な物言いだ。それに今は目を瞑る。
それより、ちょっと考えればそういう為の手だと気付けただろうに、俺って…。ちょっとした自己嫌悪に陥りながら慌てて重ねた手を勢いよく剥がし、少年の手にナイフを渡す。
少年は俺のように心動いていないようで、まったく顔色ひとつ変えていない。…運命ではないみたい。それでもαなのかもしれない。彼に目が寄せられる。

「お前もここに飛ばされていたとはな…」

ナイフをベルトに差し直す少年。その仕草ひとつひとつに胸が高鳴る。でも相手は子供…。でも格好いい…。

「マリアンもここに来ていないか」
「えっ?えっと、マリアンさん…?人を探してるの?うーん…聞いたこと無いけど」

溜息を吐かれる。そして、白い目で見られ出した。

「…くだらん冗談はやめろ」
「冗談…?君のことも知らないけれど…。君は、俺を知ってるの?」
「ふざけているのか?…今はそれどころじゃ無いんだ!!」
「ええ!?」

首元まで服を掴まれ、怒鳴られる始末。

「なに興奮してんだよ!…本当に知らないんだって!」
「何…?」

手が離れたので距離を取る。
この子、俺の知り合いじゃないと思うんだけどなあ…。

「とりあえず落ち着いてよ、君の名前は」
「…リオン」
「申し訳ないけど、聞いたことが無い。人違いじゃないか?」

俺の言葉に目を見開くリオン君。今度は悲壮な表情になってきた。真正面からそれを受け止めてしまい、なんだか可哀想になってきた。

「だがっ…!お前はナマエじゃないのか?」
「あれ、俺の名前…。なんで知ってるの」
「…もういい、もうお前に用は無い」

ついに、諦めたように置いていかれてしまった。少年が歩を進めた方は町の方だ。
何だったんだろう。嵐は過ぎ去っていったが、真剣に思い返そうとしてみた。
もしかして、小さい頃の友達だったりするかもしれないし、そうだとしたら結構申し訳ない。
…しかし、思い出すってどういう事だっけ?小さい時ってどうしていたんだ?もうちょっと大きい頃でも駄目だった。
靄がかかったようになにも思い出せなかった。なにこれ怖い。自分という存在が急に不確かなものに感じてきた。
もしかして、本当に彼の事を知ってるのに思い出せないのだろうか?

俺も走って町の方へ引き返す事にした。
早歩きで道を行くリオンに向かって声をあげる。

「ちょっと待って!リオン!」
「何だ、もう用は無いと言った!」
「怒るなよ。…頑張って思い出そうとしたんだけど、最近の事しか思い出せなかったんだ。もしかして君の言う通りなのかも…」
「…おい、記憶喪失になった自覚は無いのか」
「いや、この先の町で普通に自警団の一員として働いてただけだと思ってた。…でも、昨日、今日の出来事は鮮明に覚えているのに、その前は全然、思い出せないんだ…」

焦れば焦る程、努力をあざ笑うかのように霞がかっていく意識に頭をおさえた。

「ごめん、君の事、本当に忘れているのかも…」

リオン。その名前すら知らない。思い出せ、と焦る度に身体中の体温が下がっていくのを感じる。それなのに頭だけは熱い。霧の中で白い靄でも探しているような感覚に陥る。

「無理に思い出すな」

渦巻いていく頭の中で少年の声がやけに響いた。彼の方を見ていたが、その声で、彼にちゃんと向き直る事が出来た。

「僕はリオン・マグナス。…すまない、…お前にあたっていた」

やっぱりあたられていたのか。何でイライラしていたのだろう?…まあいいや。

「この先にお前の住んでいた町があるのか」
「うん」
「セインガルドの事も、…シャルも、マリアンも覚えていないのか」
「…うん」
「…確かめたい事がある。町へ戻るぞ」
「え…」

…さも俺がついてくるのが当たり前のような物言いだ。それにおもわず、吹き出すように笑ってしまった。偉そうな子。…どこかのお坊っちゃんなのかもしれない。
振り返るリオン。俺がついて来ず笑っているのを見て、あからさまに顔をしかめた。

「何を笑ってる、案内しろ」
「あぁ、分かったよ」

✳︎✳︎

町へ戻ると、早速戻ってきたのかと言いたげに自警団の仲間の一人がこちらを見つめた。

「どうした?何か忘れ物でもしたの?」
「そんなんじゃないよ。この子についてきただけ」
「おい、子供扱いするな」

速攻でリオンに睨みつけられるが、向かいのウィルは人の良さそうな笑みをみせ、動じていない。

「あはは、早速出会ったこの子が運命だって?」
「うーん…いや、なんか違うっぽいけど…」

あの時のお腹の渇きは気のせいだろう。今リオンの顔を見ても、おっかないけど放っておけない…という感想しか浮かばない。自分の中で変更されている。

「…まぁいい、そこのお前はこいつの仲間か」
「ああ、そうだよ。彼と同じでこの町の自警団の一員さ」
「…幼い頃からこの町に住んでいたのか」
「え…?…うーん…そうだと思うんだけど、そう言われれば、どうだったかな…?…やだな、年でもないのに…」

リオンの過去の事を尋ねる問いに困惑するウィル。ウィルもそうなら、他の人たちも過去の事を思い出せないのだろうか?

「そうか、もう思い出そうとしなくていい」
「…あ、あぁ…」
「ナマエ、行くぞ」
「うん」

落ち着いて話ができる場所はあるか、と聞かれ、気軽に入れそうなカフェを案内する。なんとなしにテラス席に着くと、メニューを手にした。飲み物は頼んでおかないと。

「ここは俺が払うから。リオンはなにが良い?」
「適当に選んでいい」
「じゃあアイスコーヒーでいいね。俺はカフェモカかなあ」
「……」

無言で見つめられている。なんとなく甘いものが飲みたかったんだ。丁度、注文を聞きに来た店員の女の人はリオンをガン見しながら注文をとってくれた。うん、やっぱり顔はカッコいいよね。彼女が去ったのをみて、リオンに質問してみる。

「ねえ、リオンはいろんな時期の記憶があるの?」
「あぁ」
「じゃあ俺とリオンって、どういう関係だったの?友だち?」
「…お前は僕の幼い頃の世話役だった」
「やっぱりお坊っちゃんなんだね…」

思ったことを素直に呟けば、声色を落とした言葉が聞こえる。

「どういう意味だ?」
「…さあ?」
「……僕はセインガルド王国に勤めるようになって、それを追いかけるようにお前も兵士になっていた。ただ、それはお前の住んでいるこの地の話ではない」

セインガルド王国、それも聞いたことがない。スケールが違ってきた。小さな町の自警団どころではない、もっと別の世界のように感じる。

「というと?」
「ここは僕の知らない世界だ。この町も、僕の記憶にはない。何者かによって飛ばされて来たのかもしれん。
「…そうかあ…。うん、信じるよ」

このきちんとした少年の言うことは真面目に聞いておいていいと思った。
記憶の欠損により、ふわふわした心地だからこそ、なにかに縋りたいのもあるのかもしれないけれど。
俺の言葉を聞いた後、リオンは深く目を瞑って、開いた。視線を少し外してから、俺に再び目を合わせる。

「…ふん、だが、僕が知るナマエ、お前はここに住んでいると言う。僕のことも知らない。そして、記憶がここ数日しか確かでないんだな?」
「うん」
「僕がここに飛ばされたのもそれくらい前だ」

丁度飲み物が運ばれてきた。カフェモカのお客様、と呼ばれ、手を軽くあげる。
店員さんがテーブルに置く所から、生クリームが上にトッピングされているのを眺める。美味しそう。
リオンはリオンでアイスコーヒーを前に置かれるも、何故か俺を眺めていた。興味深そうな視線にひしひしと感じる。
感じながらも、ストローで生クリームをかき混ぜ、一口いただく。うん、甘くて美味しい。

「…リオンも飲んでみる?」
「…あぁ、うん」

別にいらない、という反応が返ってくるだろうとタカを括っていたが、予想とは反する素直な返答に、おもわず顔がほころんだ。大人びた態度ばかり見ていたが、年相応な感じも見られる。(キレていたのもまたしかり、か)それにも安心。
リオンの前にカフェモカを置くと、アイスコーヒーにさしてあるストローをカフェモカに突っ込んで飲んでいく。
遠慮もなく半分くらい飲み終えた所で、リオンはカフェモカを突き返し、口を開いた。

「この世界は数日で出来上がったものなのかもしれないな」
「あはは、まさか〜……まさかー…」

深刻な顔。突拍子のない事を言うが、なにも手がかりがない今、その言葉がやけに重く響いた。静まり返るカフェテラス。

「……それはそれとして、マリアンさんって子を探していたね」
「…あぁ」
「大切な人なの?」
「そう、だな…」

頬を赤らめた少年に、顔を近づかせた。
恋とはどんなものかしら。しかも、この少年の恋とは。とても興味深い。

「どんな人?」
「僕も、お前も世話になった人だ。僕の側仕えをしてくれていた」

目を細めたリオンは、その彼女を思い返しているみたいだ。思い返せるものがあるとは、羨ましい。感傷的になりそうだったからか、ついおどけた事を口に出してしまう。

「やっぱりお坊っちゃん」
「だからどうした」

鼻で笑われるも、マイルドな笑い方にみえる。それに気を良くして、俺もつられて笑った。

「ふふ、…優しい人だった?君が大切だっていうならどんな人だったんだろう」
「会って確かめるといい」
「はぐらかされた!」

優雅にオレの質問を躱しつつ、コーヒーにガムシロップとミルクをドバドバ投入していた。