審神者がこの本丸に住まう全刀剣を呼び出した。神妙な面持ちで正座する審神者に嫌な予感がする古参の刀剣達。今までもその予感は大体当たっていた。
「ちょっと書類提出サボってたら最悪本丸解体するって政府からキレられました!まだ審神者やめたくないのでたすけてくださいお願いします」
頭を下げる審神者。堀川国広が勢いよく立ち上がりハリセンをどこからか取り出した。審神者めがけて振るわんばかりの腕を隣にいた鯰尾藤四郎が必死に止める。
「堪えてください!!堀川さん!いくら言っても聞く耳持たなかったからって本気ではたくのはあんまりですよ!」
「今度という今度は主さんを甘やかしちゃいけないよ…。離すんだ、鯰尾君…!」
審神者は「ごめんて」の一点張りである。相変わらずいつも通りの真剣そうで何も考えていない顔である。「そんなことより解体ってマジで言ってんの」と加州清光が冷静に話を戻そうとする。
「みたいだね。今回ばかりはマジギレのようで、本気っぽい」
「……たすけてってどうすればいいの?」
呆れたように肩をすくめる大和守安定に、「書類整理手伝って」とすかさず言葉をはさむ審神者。
「紙の山が部屋に埋まってるから、提出用のを探すのと、…報告文を考えるのと、ハンコを押したりとか色々」
「オーケー、…一応、期限ってあるよね?」
燭台切光忠の言葉に、審神者は頷いた。
「うん。今日中に三ヶ月くらい放置してた報告とか戦績を提出したいんだけどー…」
「無理じゃない?」
即答する加州清光。審神者は落ち着き払ったまま、横に首を振った。
「いや、無理だと思うから無理になるんだ…。やればできる子の集まりだと私は信じている」
これはひどい…。この本丸にいる全刀剣が思ったことであろう。
「この長谷部にお任せください!!必ずや主のお役に立ちましょう!!」
「ありがたい」
いや、ただ一人はそうは思っていなかった。主の言葉を、へし切長谷部だけは鵜呑みにしていた。唐突に張り切り出すくらいには、主の役に立てるのがうれしい、主に頼られるのがうれしいのだ。嬉々として役割分担を仕切りだした。
ちなみに審神者にそこら辺のことを任せようものなら、みんな好きなことを好きなようにすればいいんだよ、と悟られるのみ。まとまらないのが関の山だ。
燭台切光忠、鯰尾藤四郎、堀川国広、山姥切国広は記憶を頼りに三ヶ月分の戦績を記していく担当に。元々そこまで出陣する方でないので、いつ頃に戦に出たか、記憶には残りやすい。
審神者も親のような…母のような存在のいるこちらのグループに入れられ、こってり絞られるコースへ。
唯一の救いは山姥切国広か。「まんばちゃん、いざとなったら助けてね」と泣きつこうとするも、「主さん、兄弟から離れて」と間に割って入られた。山姥切国広はどうしたらいいのか、うろたえている。堀川国広は「今日は主さんに厳しく接するんだよ。いいね?」と念押しした。「明日からは優しくしてね…」と審神者は消え入りそうな声を絞り出す。
審神者だってこれでも、怒られそうにない長谷部達のいる方がいいな!と希望したし、へし切長谷部も審神者をお叱りコースから守りたかったが、堀川国広の静かな怒りをこめた笑みの前に押し黙るほかなかった。やっぱり、堀川国広は怒ると怖い。
へし切長谷部、加州清光、大和守安定、鳴狐、薬研藤四郎は審神者の部屋の書類の束から本丸での生活の経過報告、戦績の報告書類を発掘する作業に。発掘した戦績関連の書類は一方のチームに届けつつ、本丸での経過報告書類を発掘した場合、刀剣達で書類を完成させる。
本来コツコツと書類を作成するものだったが、三ヶ月も溜めると鬼のような量の作業が待っている。
というか、何故三ヶ月も貯められたのか。審神者曰く、お咎めはもちろんあったが、こんのすけにお揚げをあげて黙らせていたらしい。
「大将は大胆なお人だな」
薬研藤四郎は白い歯を見せて笑った。憧れの薬研藤四郎からの言葉に審神者は照れる。褒め言葉だと素直に受け取れるところが適当な審神者たる所以。
さすがに薬研藤四郎ほど豪胆でない刀剣たちは、主による政府への口利きがあったという事実に目を背けたかった。
「これが表に出たら、本当にこの本丸は解体されるんじゃないか?」
「まんば殿、それは言わないでおきましょう」
鳴狐ともども、口の部分に人差し指をあてたお供の狐。慌てて山姥切国広は口を噤んだ。
「そろそろ作業を始めましょうか。主さん」
暗黒微笑を浮かべる堀川国広。力なく、儚げに頷く審神者。この一声で刀たちの作業が始まった。
戦績記録組
机に置いた落書き用紙を囲って、戦に出た日を簡単な戦果を添えながら書いていく。
その間、審神者は、いつもごろごろしていた執務室がピリピリしているのに苦痛を感じていた。早く帰りたいなと思った。
審神者の気持ちをよそに、刀剣たちは着々と最近の戦績を埋めていく。順調に完成までいくかと思いきや、やはり二週間前あたりになるとどうだったっけ、となる一同。
審神者が早々に匙を投げた。
「…もう適当でいいんじゃない」
「だめですよ。そんないい加減じゃあ。最悪、解体ですよ?主さん責任とれますか?僕らもどうなるんです?露頭に迷いますよ。まだ僕、兼さんにも会ってないのに…」
マシンガンのように、次々と審神者を戒める堀川国広。言葉の物理攻撃を受け、ダウン寸前の審神者。ふらつく審神者を思わず受け止めてしまった山姥切国広。
「しっかりしろ!主!」
「ぐふ…、すまんなあ、まんばちゃん…」
ぐたり、と体の力を抜き、事切れる審神者。
「主!?」
審神者を腕に抱きながら。山姥切国広は審神者の表情を伺う。燭台切光忠も色んな意味で心配し始めた。
審神者は安らかな表情で、親指を上に立てていた。
「はいはい?茶番はそれまで!主、起きて」
鯰尾藤四郎の言葉に渋々起き上がる審神者。
「主さん、作業中にふざけないでくださいね。兄弟も!主さんを心配しなくても大丈夫だから」
まんばちゃんの腕の中は心地良かった。この作業の苦しみも癒してくれたよ、と伝えたくなった審神者は、そういう雰囲気じゃないことを察した。
「ごめん、ごめんよ。…カネサンにも会わせられずごめん。金色背景なんてもう見れないよ私…」
謝罪に次ぐ謝罪。先程のジャブにも謝っておく審神者。
「光忠さんで運を使い果たしちゃったかもしれませんもんね」
鯰尾藤四郎の何気ない言葉に、刀剣たちの視線が燭台切光忠に向けられる。
「えっ…なんか…ごめんね」
眉を下げ、困ったように笑う燭台切光忠。彼を庇うように審神者が声をあげた。
「何で光忠が謝るのさ!助かってるよ!?料理してくれるし!…堀川、もうあまり期待しないでくれ…。私の腕もそうだけども、やっぱりそういう物欲のせいで出てこないかもしれないし…」
「僕のせいですか?」
小首を傾げる堀川国広。審神者はそれを見るやいなや、首を振った。
「いいえ、鍛刀場のせいです」
「頑なに自分の責任を放棄するスタイルですね」
そういうやつなのだ。今の審神者って奴は。
書類探し組
「はあ~一日ずつ報告とか馬鹿なの?」
「確かにそう思うけど、それをやらない主の方がお馬鹿だと思う」
「それな」
「お前ら、無駄口をたたく暇があるなら手を動かせ!」
「はいはい」
執務室にて、バリバリ書類を探すへし切長谷部、のんびり書類を整理し、運ぶ薬研藤四郎、鳴狐。そして、報告書類に記入していく加州清光に大和守安定。完全に事務作業に入っている刀剣達。
机に向かう二人は、審神者の言うとおりに経過報告書類に「異常なし」「いつも通り」など適当な事を書きつづけ、判子を押す作業の中、ある記入項目に悩みはじめた。
それは「鍛刀に使用した資源」。ご丁寧に、各資源の数値を書く欄が用意されている。
「さすがに鍛刀に使った資源の数は覚えてないわ」
「カネサンチャレンジしてた時、たまにあったからね」
「政府って、資源の減りも管理してんのな。嘘かいたらバレるかな」
「怠慢は許さんぞ…」
「うわッ」
う~ん、と唸る二人。その項目をとばしながらも、作業していくペースが落ちていく。
そこにへし切長谷部が現れた。悪い子はいねがのなまはげのごとく二人の間に顔をだしてきた。加州清光は驚いた訳ではなく、「出たよ…」という意味で声をあげた。
「なんだよ、そっちこそ書類発掘の手ぇ止めていいの?」
「ふん、仕事の配分を見て間に合いそうだから手を止められただけだ。お前たち、手こずっているのか」
「資源の欄に困ってるんだよ」
長谷部の横柄な態度に慣れた刀剣たち。今では、素直に助けを求めることも出来る。
「…ちょっと待て、整理している間に過去の提出済み書類を見つけたんだが、これを見ろ」
あきらかにやる気のない文字が書かれた経過報告書類を差し出すへし切長谷部。返却されたのだろうか。はたまたそれも忘れていたのか。
そこにはいつも通り、「異常なし」という言葉の中、鍛刀についても記入されていた。資源の欄の、数値を書くことを想定した空いたスペースを無視し、「大体オール500くらい」などと上から書き殴られている。
「主が鍛刀される際は資源をそれぞれ500ずつつぎ込むことが多い。それに一日挑戦するなら一回のみ鍛刀される。ここ最近の総資源の量が上限と変わらないことから、資源の補給に合うようなスピードで鍛刀されている。一日、資源は各1440回復するから、毎日一回は鍛刀していると書いても嘘にはならんだろう」
「うわ、そうだったんだ」
「なんか怖い」
加州清光と大和守安定が素直な感想を口にした。
「教えてやったのにその言いぐさはなんだ」
むっとする長谷部。審神者の前以外は大体むっとしている。
「お三方、今いいかい?」
薬研藤四郎が鳴狐を連れて三人の方へやってきた。書類を一枚顔のあたりにひらひらと掲げている。
「薬研か、その書類がどうかしたのか?」
「大将の名前が書いてあった」
言葉をいい終わらない内に、へし切長谷部が勢いよく書類に顔を近づけ、書類を奪い取った。名前を書く欄に、見慣れない人名が書かれている。
衝撃で何歩か後ずさるへし切長谷部。加州清光、大和守安定は審神者の書類の管理がずさんすぎる、と険しい顔をした。プライバシーもあったものではない。
「おい、どうした?俺っちはその書類をどうしたらいいのか聞きにきたんだが…」
薬研藤四郎は刀剣たちの態度に眉をひそめる。審神者の名前に頓着していない証拠だ。加州清光が声を落として、こう言った。
「主の名前を知ったらなんか出来ちゃうんじゃないの?…俺ら、一応付喪神なんだしさ」
重々しい言葉に、ごくりと喉を鳴らす書類整理一行。
そんなことも知らずに戦績組の方は、記憶を振り絞り、一か月前までの戦績を埋める。
しかし、ここでどん詰まり。鯰尾藤四郎がぐるぐると紙の淵にとぐろをまく物体のらくがきをしながら、「もう大体でいいですよね」と甘いささやき。そうだ、そうだ、その意気だ。審神者が同調。
「一ヶ月前のを参考に二、三ヶ月前のも大体そんな感じにしたらいいんですよ」
「うーん…。鯰尾君が言うなら…」
「あれっ、私だったらダメだったのに」
堀川国広の言葉に、審神者寂しい…といじける審神者。それを無視し、てきぱき四人で協力し、戦績を埋めていく。
「審神者、いらなくね?」と審神者はそれを見て思った。
「戦績を決めるのが完了したら書類整理組を待ちつつ、そっちにも決めた日にちを伝えようね」
「経過報告書類とも口裏合わせとかないといけないもんね」
審神者、蚊帳の外。審神者、寂しい。
書類整理を完全に中断した五人。沈黙を破ったへし切長谷部は不穏な言葉を口にした。
「主念願の神隠しもいける…?」
「神隠し!?主が望んでるの…?」
驚く大和守安定に、へし切長谷部が静かに頷いた。
「あぁ、近侍中に何度も「あ~~仕事したくない楽して生きたい~だれか楽して暮らせる世界へ連れてっておくれ~」と仰っていた」
一同が静まり返る。審神者の部屋の書類の山が一部崩れる音がした。
「長谷部の真似のクオリティ低すぎ…」
「うるさい!…神隠しさえ出来れば、主に仇なすものもいない世界に連れていける」
「…まあ曲解すればそうだけど」
加州清光は消極的なのか、言葉を濁す。
「長谷部は昔っから突っ走るからな」
薬研藤四郎はへし切長谷部の昔馴染みだけあって、彼の性格を把握している。「ちゃんと大将の気持ちを案じてやれよ」と言葉をかけた。「分かっている」と頷くも、鳴狐のお供の狐が複雑そうに言葉をこぼす。
「神隠しをされたらば、主様は本当に喜ぶのでしょうか?」
「うーん、どうだろうね」
鳴狐と大和守安定は首をひねる。加州清光は黙りこくっている。薬研藤四郎は「大事にさせちまったなあ」と息をついた。
他の刀の協力を得られそうにない。へし切長谷部は「俺だけでもやりとげてみせる」と目に力を込め、決心を固めたが、すぐに動きを止めた。へし切長谷部に注目する刀剣一同。
「どうやったら神隠しをやれるんだ…?」
やれることは知っているけども、やり方が分からない。へし切長谷部はショックで膝から崩れ落ちた。
「…確かに!」
「それは盲点だった」
「分からんな」
「うん、知らない」
この場にいる五人も神隠しの方法が分からない。神隠し、実現不可。
「三条のとこの刀ならいけそうだけどね」
「レア度高い奴らだろ?無理でしょ…」
大和守安定の思いつきの言葉に、へし切長谷部は顔をぱっと輝かせた。しかし、加州清光がこれまで審神者の鍛刀を思い返し、首を振ったことにより、再度絶望に満ちるへし切長谷部。
「……くっ…なんてことだ…」
打ちのめされている所に審神者がやってきた。へし切長谷部の姿を見て、瞬きを何回かする審神者。額に腕を当てた姿は、一見、調子が悪そうにも見える。「長谷部、頭痛いの?」と声をかけた。
「あ、主!!いえ、大丈夫です!!」
「そう?じゃあ出陣した日をまとめた紙を置いとくね。報告書類に「出陣もした」とか適当にちょい足ししといて。で、戦績関連の書類は?」
「申し訳ございません!今探します!!」
「いいんだよ、じゃ、待ってるね…」
慌てて紙を後ろ手に隠したつもりであるが、審神者は特に追及はしなかった。重い足取りで居間へ戻っていった。
「…この名は俺っち達だけが心に留めておくか」
「まあねえ…堀川達が知ったら大変な事になるのは目に見えるし」
皆が思い浮かべるのは、「お叱りコース、さらに倍」。
「各自、神隠しする方法を探るように」
そんな中での長谷部の言葉に「はあ?」「えー?」と次々に非難の声があがる。
「僕はパス」
「俺もパス」
「俺っちも賛同しかねる」
「鳴狐を巻き込まないで頂きたい!」
鳴狐の場合は彼のセコムがへし切長谷部に牙を向いた。
「……裏切者め」
全てを呪うように憎々しげなへし切長谷部。最初から協力する気はなかったけど…と顔を合わせる加州清光と大和守安定だった。
その後、なんとか書類を完成させた刀剣達はこんのすけに分厚い書類を託した。「油揚げに釣られないように」と堀川国広に忠告されたこんのすけ。「申し訳ございませんでした…」と、よろよろと風呂敷に包まれた大量の書類を背に去っていった。その背中はいつもより少しだけ小さく見えた。
「こんのすけ、すまん…。今度謝罪の油揚げをあげよう…」
「そのついでにまたサボらないでくださいねー?」
鯰尾藤四郎の鋭い指摘にしずしずと頭を下げる審神者。
「はい…はい…申し訳ございません」
「まあまあ、いっぱい頑張ったからみんな疲れたよね。おいしいご飯を作るから、元気を出してね」
さすがに審神者がかわいそうだと思った燭台切光忠。審神者は手を合わせ、燭台切光忠に拝み始めた。
「ありがとう、ありがとう…。光忠ママ」
「ママじゃないよ?」
へし切長谷部はこっそり、あの書類を自室の戸棚に隠そうとしたところ、彼の動向を監視していた薬研藤四郎に見咎められ、あえなく審神者警察(加州清光、鯰尾藤四郎、堀川国広)に御用となった。審神者の名前が書かれた書類について、薬研から審神者警察へ話がいっていた。一時間説教コースを受けたのはへし切長谷部であった。
後日、審神者の名前が書かれた書類は、整理した結果、不要とした書類とともに焼き芋を焼く焚火の薪として使われた。青空へ紙だったものの煙が登っていく。
縁側で「焼き芋おいしいね」とほくほくの焼き芋を食べながら笑う審神者。刀剣たちに己の名が知れたことを、審神者は知ることはなかった。