助けた一人と一匹

目の前の状況に腰が浮く。手が震える。逃げたい。…なんて情けない。
応急処置として包帯を巻いておいたが、みるみる内に白に赤い血が滲んでいく。ひゅうひゅう苦しげな少年。これが現実。
あきらかに放っておけば死に至るであろう状況。だが、それを今、私だけが打破できる。怖いなんて言ってられない。自分自身に甘えたがる自分なんて投げ出して、苦しんでいる彼を助ける。…今の私なら出来る。
すぐに治しますから、もう少し辛抱してくださいね、と声をかける。お供の狐さんもぼろぼろだ。布団に横たわる彼に寄り添うように丸まっている。
彼のヒビだらけの刀身に霊力注ぎながら手入れ道具をあてる。治れ、治れと願いながらーー。

刀身のヒビが薄れていく。うまくやれてるんだ、やれる、やれる。呪いのように何度も自分にはできる、と心で唱える。そうしなければ、立ち尽くすことしかできなかった自分が今と重なりそうだった。
私はもう、負けない。諦めない。とうの昔に、自分自身に誓っていたのを作業しながら淡々と思い返す。

数時間手入れ部屋で集中していたように思える。刀身は傷がなくなり、磨きがかかった。確認のために彼の身体に巻かれた血だらけの包帯を外すと、最初に見た時の傷は無くなっていた。全ての包帯を外し、血だらけの体を濡れたタオルで清めた。(ついでに、私自身に抵抗があったが、服も脱がして和装の寝間着姿にしておく)狐さんの方も体を拭いてあげると、二人に布団をかぶせてあげた。立ち上がった際少し体がふらつく。加州君達はどうしてるだろうか、と障子を開ける。もう本丸の空はオレンジ色に染まっていた。

「主!」
「うわあ!?」

突然、鯰尾君が視界の端から現れた。終わるのを待っていたのだろうか。

「驚かせちゃいました?すみません…」
「ううん!全然大丈夫だよ」
「そうですか?…鳴狐さん、大丈夫、ですよね?」
「うん、傷はもう治したよ。…でも疲れて寝ちゃってる」
「よかったあ…。有難うございます、主。…主も今日は早く寝て下さいね。疲れてるでしょう」

ほっとした様子から一転、休むよう諭された。彼の手から渡されたタオルで汗の滲んだ額を拭う。…疲れ果てた後のやさしい心遣いに涙が出そうになり、慌てて強く顔を拭った。涙腺緩み過ぎ、私…。鯰尾君に、元気をもらった。

「うん、そうする。ありがとう」
「主!」

頷いてから、どたどたという音に振り返る。廊下から他の子達もやってきたようだ。皆、血相を変えていたが、大丈夫と伝えると、肩を撫で下ろしてくれた。

「初手入れ、お疲れ様」
「うん…」
「あいつの様子は俺たちが交代で見とくからさ、主はもう休んだほうがいいよ」
「ありがとう。…あ、そうそう…晩御飯なら冷蔵庫に入ってるから、あっためてから食べてね」
「主はいいの?」
「今日はうん、大丈夫」

加州君の言葉に甘えて、自室に戻ることにした。みんなに頭を下げた後、自室への帰路の中、自然と考えてしまうのは、鳴狐君の事。何故一人で敵に囲まれていたのだろう。彼の主が単身で挑ませた?いや、そんな事考えられない。考えたくもない。仲間を逃がすための…囮、だったのだろうか。でもそれなら強さが敵の練度に追い付いていないのに、なんで…。
自室の襖を開いて閉めると共に、深いため息。
疲れすぎてるのもあるが、考え過ぎそうで寝付けるかな、と思いながらも持ってきた寝巻きに着替える。しっとり濡れた着物を適当に畳んで洗濯カゴにいれておく。ついでにタオルで汗ばんだ体も拭いて、それもカゴへ。風呂は明日の朝でいいか…。
畳んで置いてある布団を敷きなおすと、布団の重なりへ体を滑り込ませる。
鳴狐君が戦っていた理由には今は目をつぶって、手入れうまくやれたなあ、生きていてよかったなあ~~と今日の出来事を振り返れば、「さすがは俺の主です!」なんて声が聞こえた気がした。うん、幻聴。彼がいたら、そう言ってくれそうな気がしたんだ。ごめんね。ありがとう。うまくやれてるよ。

「今度は、うまくやれてよかったっ…」

口から漏れ出た声は、情けなかった。

**

「おはよう、あるじー」

熟睡していた。いつも起きる時間をはるかにオーバーし、目を覚ました。加州君の声に飛び起きる。

「慌てて起きなくていいよ!疲れてんだから、ゆっくり準備してね」

そこまで慌てているように聞こえたか。襖は依然、閉められており今の私の姿は見えていないのに…!

「加州君、ごめん!急いで準備ーー……鳴狐君の様子はどう?」
「うん、一応大丈夫。手入れのおかげで元気有り余ってるみたいで、……俺たち見て、慌てて服着ようとしてた。安定達が止めてるけど」
「そうなんだ…良かった。でも、そうだね、安静にしてた方がいいから…引き続き止めてもらっていいかな…?」
「ん、りょーかい」

**

加州君が去った後、急いで着物に着替えて、手入れ部屋に駆け込む。そこには皆と、起き上がっているものの膝に布団をかけている鳴狐君と狐さんがいた。

「おはよう。ごめんね…寝坊しました」
「おはよう」

みんな口々に挨拶してくれるのに頷きながら、鳴狐君の傍に正座する。早速、彼に調子はどうかを尋ねる。

「はい!鳴狐は元気が有り余っていると申しております!ありがとうございます。審神者殿!」
「狐さんが喋るのね!?あ、頷いてる…そっか、良かった」

鳴狐君も頷いているので元気が有り余っているようだ。うん、大丈夫そう。

「それで、えっと…何で一人で戦っていたのか…聞いてもいいかな?」
「…うん、構わない」
「鳴狐…」
「自分で話す」
「えぇ、そうですね……」

自分は先の戦場で拾われた刀だとぽつぽつと鳴狐君は話し始めた。顔も分からぬ審神者の力により、顕現した状態で、拾った部隊についていく形で戦場を進んでいった。そんな中、いつもと違う敵『検非違使』が出現し、辛くもそれらを撃退したが、部隊は重傷、中傷者が多数となる。

「いつもと違う強い敵、か…」
「…話には聞いたことはあるけれど、そんなに…。あぁ、ごめんね、話を続けて」

噂程度には聞いていたが、もし遭遇してしまったら、強さ次第では交戦せず、逃げるように伝えた方がいいかもしれない。…話を遮ってしまったのを謝ると、首を振られた。話は続く。

審神者から部隊は撤退を命じられたが、抗戦の様子を見ていたのか今度は時間遡行軍が退路を塞いできた。このままでは誰か折れてしまう。検非違使との戦いも見ているだけだった自分が殿を務めることを部隊に伝えた。他の刀は審神者との面識があるから、誰も欠けてはいけない、とも思ったからだ。ほかの仲間には戸惑われたが、部隊長は鳴狐の言葉に従ってくれた。皆をまとめて、その後、戦場から脱出した…と信じたい。その後は、ご覧の通りである。

「だから、鳴狐君が残って戦ってたんだね…」

戦場の奥深くなのに、まだ顕現したてといっていい強さの彼を放り出した訳ではなかった。そういう審神者がいるのかな…、と、もしそうだったら同じ審神者ながら「怖い」と思っていたが、事情があったのだ。…良かった、とは、とてもじゃないが言えないけれど。

「鳴狐君、頑張ったね」
「でも、…皆、無事に、主のもとに帰れたか分からない」
「……帰れたよ。あの時苦戦していた子は鳴狐君しかいなかった。だから大丈夫だよ」

実際そうだった。だから、他の部隊の子はみんな無事に帰れた。そう思っていないとやりきれない。

「まあ、しばらく、うちで体を休めたらいいよ」
「もう、元気」
「でも安静にしてほしいなあ…」

彼自身これからどうしたいか、元の本丸にもどるのか、それともうちにいてもらっても全然有難いのだが、身の振り方をすぐに聞くのも酷だ。今日はうちで休んでもらおう。

「まずはご飯食べよう!食べれる?」

頷く鳴狐君にうなづいてみせ、立ち上がる。

「早速ご飯作ってくるから!朝ごはん…」
「あ、それなら俺達が作っといたよ」
「…ごめんありがとう…」
「いつも主が作ってくれてるじゃないか、たまにはいいでしょ」

立ち上がったものの、台所からいい匂いがするのに気づく。…気を使わせてしまった、と思ってしまう私の事をもう十分、分かっているのか安定君がフォローをしてくれた。

そういえば昨日、疲れてすぐ寝ちゃったけど、みんなはご飯を食べてくれたのかな。みんなを迎える途中に作った晩御飯は緊急事態により慌ててラップをはって冷蔵庫にしまったまま。それを食べておいてと、昨日は伝えていた。

「みんなはもう朝ごはん食べた?」
「まだですよ。いつも主と食べてるじゃないですか」
「え!ほんと?ごめんねえ…。本当に食べたい時は私を待たなくてもいいからね?…でも有難いね」

鯰尾君の言葉に、そういえばそれがこの本丸のしきたりになってきているなあ、と思い返す。三人で初の食事、カレーを食べたのが最近のように思える。
加州くんが立ち上がって「じゃあ準備してくるね」と台所へ向かう。
鳴狐君も一緒に食べてもらいたい、と頭に浮かんだが、居間に移動してもらうのは心苦しい。

「だったら、ここにご飯を運んでもらってもいい?私も手伝うね」
「そうですね。鳴狐さんに無理させたくないですし。…山姥切さん、一緒に居間のちゃぶ台をここに運びましょうか」
「…あぁ、分かった」
「なんと、何から何まで鳴狐の事を気遣って頂いて…!私めも手伝います!」
「狐さん…!気持ちだけ、有難う!」

いつものわいわいがやがに一人と一匹が加わり、今日も朝が始まるのだった。