卵とじ

片手間に本を見ながら、手間取ったりはしたけれど、ケチャップライスはフライパンにこびりつかず、しっとりしたものになった。
そこにふわふわの卵焼きを乗せて、なかなか立派なオムライスは完成した。

「二人して作れば、なんとかなるもんだね」
「そうだね」

二人でうまく作業を分担して、満足のいくものが出来た。
理と協力したらなんだかうまくいくかもな、なんて甘い考えが頭を掠めれば、おもわず首を振る。
自立とはなんだったのか、自分の頭が自分をツッコむ。
理と一緒にいることに甘えてちゃあいけないような気もする。でも甘えたい。やはり相反する思いの苦しみに悶えたくなる。

「これからも、二人で作ればいい」
「……うん、そうだね」

目を細めてオムライスを頬張る理の言葉。優しく甘い響きに嬉しくなって、抗えず、私は素直に頷いてしまった。
これでいいのかな?理がはやく姉離れ(弟離れもある)しないと、なんて焦る私と喜ぶ私、丸く収まる日は来るのだろうか。

**

白い光に向かって背中を向ける理がいた。手を伸ばしても届かない。理はどんどん離れていく。私から離れていく。「行かないで」と泣き叫ぶ声が聞こえた。

それを本能は悪夢だと感じたみたいで、体が強張ったまま目を覚ました。部屋の明かりを寝る時用にと薄暗く温かい色にしていたつもりだったが、鬱蒼とした緑色に変わっていた。わあい、影時間…。額には薄く汗が滲んでいる。このまま目を瞑ったら、また続きの夢を見てしまいそうだ。

「いい夢じゃないかい…」

ねんがんの姉離れだぞ、姉離れ。それなのに私ってば、なんでこんな胸の奥が冷えてるんだか。どう見ても怖くもなんともないのに、恐怖しかなかった。寝起きで少し柔らかな意識の中で冷静に夢の分析をした。

「怖い夢でも見たの?」

叫びそうになる私、ボーダーの服の少年は私を興味深そうに覗き込んできた。

「びっ……くりした!君、いつここに入ってきたの!?」
「さあ?気がついたらここで君を見てた」

初めてまともな返事をしてくれた気がする。それに感動してしまった。
幽霊かもしれない少年。それでも、側に誰かいると頭は認識したのか、緊張した体がほぐれてきた。
起き上がり、少年と同じようにベッドサイドに座る。
少年は口を開いたが、語られた言葉は、いつもみたいに謎のものだった。

「次の満月の夜に、試練が待っている」
「うーん、試練…」
「それでも、側にいてあげてね」
「…誰の?もしかして、理…」
「それまで、安らかにおやすみ。良い夢を」

少年の手で目を塞がれた。
そのまま、意識が闇におちる。

そこから目が醒めるまで、夢は見なかったと思う。熟睡していたのか。それとも、彼と会話したのが夢だったのか…。

なんにせよ、すっきりとした目覚めをしてしまった。
いつもより早いが、着替えて、締めのエプロンを着けて下に降りる。

二階まで降りて、理と鉢合わせた。彼もしっかりエプロンをつけている。

「……えーと、なに、つくろっか?」
「どうでもいい」
「じゃあ、スクランブルエッグにトーストにしよう。たまには洋風で」
「分かった」

肩を並べて階段を降りながら、朝食の算段をするのだった。

そういや、夜にね、なんて話題としてボーダー少年の事を提供しようとしたがやっぱり、やめておいた。
白い目で見られそうだ。…胸にしまっておこう。

✳︎✳︎

「テニス部に入ったんだよ。走り込んだ…走り込んだ記憶しかない…」
「テニス部かあ。じゃあ理緒がキャプテンな感じだったっけ」
「そうそう、理緒ちゃん。気さくで仲良くなれそうだったな」
「てか、タルタロス並みに疲れてない?大丈夫?ナマエ」
「あ、あはは…ありがと。今まで文化部だったからなあ…」

やっと部活に入った帰り道、ゆかりちゃんと一緒になった。私、見るからに疲れているようだ。

「えーそうなの?ちなみに何部?」
「手芸部だよ〜。ミシンはまあまあ得意でね」
「へー!凄いじゃん。手芸部か…。うちには無いよね」
「そうなんだよね。部活のリストに無かったし、運動部しか部員の枠が空いてないダブルパンチ…」
「それなら作ってみれば?同好会なら立ち上げられるみたいだよ」
「本当?でもそこまで行動力ないかも」
「折角得意なのにもったいないよ。余裕があったら立ち上げてみたら?私もたまにのぞくし。…あ、でも課外活動に部活だけで精一杯かもしんないね。私がそんな感じだし」

たしかに。日々、シャドウ退治だけでもハードなのに日常生活を送るだけ私達凄くない?
そんなだし、適度に休息は必要だよなあと考えていた矢先だった。

✳︎✳︎

「大丈夫か」
「大丈夫…だと思う」

タルタロス攻略、テニス部練習、図書委員。やる事が増えていき、私の体にガタがきた。体が重い。だるい。慣れない環境で過ごしていたのもあるのかもしれない。
さすがに学校を休みはしないものの、しばらく放課後からの活動をお休みする事にした。
帰って即寝る生活へ。そのうち部活かなんかでブラブラした後帰ってきた理に部屋を訪ねられる。「帰ってきた、なに食べたい」と聞かれ、プリンやポカリを差し入れされる。

「じゃあおかゆが食べたい」
「ん、作ってくる。出来たら持ってくる」
「至れり尽くせり…ありがとね、理」

私をじっと見つめると、「別に、いい」と一言。…視線がこそばゆい。家ではパジャマ姿でうろついてたりもしてたのに。引っ越しを機に、理との関係性を…と真剣に考えていた私の方が邪念を浮かべるようになってしまった。部屋で二人きりだから?理は弟なのに。二人きりだった時なんていくらでもあるのに!
頭の中をもやもやとさせながら笑顔を作る。理の色素の薄い目に見つめられると、全て見透かされているような心地になる。悪いことを考えている証拠だ。

「…何日かはすぐ寝ることにする。ごめんね、ごはん当番とか…タルタロス探索にも影響出てるよね…」
「別にいい。ナマエは気にしなくていい」
「うん、ありがとう」

へらへら笑っていると、理は扉の前へ移動し、部屋を去っていた。
ベッドから起こしていた体を倒して再び布団の中で丸くなる。

「やだなあ私…やだなあ…」

ごめん、理。素直に慕ってくれてるだけだろうに、変な事考えて…。
目を閉じる。

私はよく堂々巡りする。解決できないのに、考える。理のことを思う。
彼は小さい頃は感情豊かなどこにでもいるような男の子だった。お母さん同士が友達でたまに遊びにきたり遊びにいく男の子。
おままごとに付き合わせたり、一緒にボール遊びしたり、いろんな事した。
お互い一人っ子だから人数が少ないと親も巻き込んで隠れんぼもした。私の親が鬼になって二人で一緒に押入れに隠れた。お互い手を握って、ドキドキした事もあった。そのまま親同士の話が始まり、忘れられた私達は押入れで眠っていたというオチ。
…それからムーンライトブリッジで理のご両親が事故にあってから、彼は笑いも泣きもしなくなった。感情表現が乏しくなった。
ご両親のお葬式の時の参列者の嫌な感じ。理を守りたい一心で一緒に暮らしたいと駄々をこねて、理は私の弟になった。

理は私が守らないと、と思っていた。

小学校からいつも一人で過ごすようになっていた理となるべく一緒にいるようにした。
友達とも一緒にいたかったけれど、理は一緒にいるなら私とだけがいいと言っていた。
中学に入ってから、私は友達も優先するようになった。理だけを優先する訳にはいかなかった。
理は「ごめん!」と言い友達と行く私を何度も見送っていたと思う。

高校からは、理を自立させた方が良いのでは、と思うようになった。このままべったりでいいのか。理は私を見つめる。私はそれにうまく目線を返せない。私達はこれからもずっと一緒なのだろうか。
勝手に巻き込んで、一緒にいようとしたのに、突き放すんだ。自分勝手かもしれない。

「おかゆ」

良かれと思って勝手に自立させねばと考えているけど、理の幸せはなんだろう。私といる事?刷り込みじゃないのか。それに一人で生きていけるようになったら、それが自由で幸せなのでは…。

「起きて」
「!」

至近距離に理がいた。慌てたはずみで思い切り頭突きしてしまった。
お互いうずくまること、しばらく。

「ひえー…めちゃくちゃごめん…」
「痛い」
「私も痛い、ごめん…」

額をさすりながら起き上がる。ベッドの脇の小さな机には湯気が立つおかゆが二つ乗っていた。
卵を加えたのか白身がおかゆにとろけて、薄黄色がかっている。しかも漬物付き。

「あ、タマゴ粥、美味しそう…。ありがとう、理」
「……辛そうな顔だった」
「へ?」
「だから起こした、ごめん」
「あー…ちょっと考え事してたからか。全然悪くない、寧ろありがとうね。よーし、食べよかな。理の手料理食べて復活しなきゃー」

考え事の中心人物を前に、うまく笑えていれば良いなあ…。目線を感じる。理、ごめん。
罪悪感を感じながら、一口。…あ、美味しい。