君に元気をもらった

 登校してくる生徒がまばらになっている。無気力症になったのか、はたまた、ただ外に出たくないのか。冬の寒さもあいまって、その気持ち、何となく分かる。
 それとも、世界の終わりだなんとかっていうの、みんな気にしてるのかな。
 それでも、私はまだまだ元気なので登校して、幾分か静かな教室で日々を過ごすことにしている。

 同じクラスの有里君も欠かさず学校に来ている。今まであまり接点はなかったけれど、転校した頃より明るくなった彼はなにかと話しかけやすい。
 友達もたまに休んでしまうようになったので、有里君の隣の席でお弁当を食べることもある。みんな、はやし立てる元気がないのを感謝すべきか、寂しいと思うべきか。

「有里君、なんだか疲れてない?」
「…ん?そう見える?」

 放課後、二人で黒板を消す中、声をかけてみた。なんとなく、丸い背中がさらに丸まっている感じがしたから。

「なにか頑張ってるんだね。私には分かるよ」
「ふふ、ミョウジさんにはお見通しだね。そう、ちょっと頑張ってることがあるんだ」
「おっ、なになに?何してるの?」
「……秘密」

 ぎこちない笑顔だ。立ち入れない一線を引かれているな、と思う。そう悟った私は、いいクラスメイトでありたいため、その線を踏み越えることはしない。

「そうか、でも疲れてるなら私の有り余った元気をボンっとあげたいくらいだよ。最近ほぼ帰宅部だし」
「あはは、ありがとう。…部活、まだ集まり悪いんだね」
「…うん」

 部活に入ってワイワイやってたけれども、こちらも冬になって集まりが悪くなってしまった。一人で部活するのはなあと足を運べず、ほぼ帰宅部状態になっている。

 その代わり、私と彼で日直になることが多くなっていた。先生もぽつんぽつんと休む生徒の中から日直を振り分けるのが面倒になったと伺える。今日もダブル日直で、授業後の黒板消しやら、クラスのゴミの片付けだとか一緒にやっている。

 この時間帯、校舎もグラウンドも生徒が誰もいないように感じて怖いんだよねえ、外も結構暗いし、なんて彼に喋った日には、それから一緒に帰るようになってしまったのを思い返す。ありがたいけれど、迷惑ではないだろうか、と再度日直になった際聞いてみた。

「僕も怖いから、ミョウジさんと一緒に帰れて助かる」

 その時の彼の返事、はにかみ笑顔の優しい言葉が胸に沁みた。彼のことがもっと気になってしまった。
 でも、彼の内へ踏み込めない。このままで幸せだから、踏み込まない。
 わざわざ私を女子寮まで送ってから、分寮へ戻っていく有里君。彼の背中を出来るだけ長く見つめて、それで十分だ、と思い込んでいた。

 「教室閉めよっか」とゴミ袋を手にした有里君の言葉に我に返る。教室の鍵閉めは私の担当である。鞄を手に取り、廊下を出て教室の鍵を閉める。ぐるりと手首を回して鍵のかかった音を確認する。
 まるで自分の気持ちに鍵をかけるみたいだ。

 職員室に寄って鍵を返してから、外にあるゴミ捨て場へ。ゴミ捨て場には大小さまざまな袋が積まれている。かがみこんで、小さなゴミの袋を山の中へ置く有里君。丁寧な動作にすぐ見惚れてしまう。いかんいかん、と息をついていると、立ち上がった有里君が背を向けたまま「ミョウジさん」と私を呼んだ。
 やましいことを考えていたのを見透かされたか。ぎょっとしながらも、平静を装い「どうしたの?」と声を返す。

「やっぱり、ミョウジさんの言った通り、ちょっと疲れてるみたい」
「…有里君、しんどい?大丈夫?」

 こちらに振り返った有里君、顔色が悪く見える。思わず側に駆け寄って、「保健室はもう閉まってるかな」などと、どうしたらいいか思案していると、有里君はそっと目を伏せた。

「…あの、ミョウジさん、僕のこと、ぎゅっと抱きしめてくれないか?」
「…うん?……ええっ!?」

 抱きしめることで元気を補充!?ど、どういうことなの、とさらに慌てふためく私。

「ごめん、…ミョウジさんから元気、もらいたくて」

 先程の教室内での発言をあてにしてくれたのだろうか。天然なところはあると思っていたけれど、そこまで有里君て、天然だっけ!?

「い、いいの?」
「うん、ミョウジさんさえ良ければ」

 だけども、有里君の提案は私にとってはラッキーな出来事である。これに乗らない手はない…。

「じゃあ、あの、失礼します…」
「ふふ、敬語だ」
「笑わないでよぉ」

 腕を広げた有里君に、おずおずと抱きついた。意外とがっしりしているのに、心臓が跳ね上がる。
 あったかいし、心地いいけれど、心臓がもたない矛盾。それに、私は何をしているのか。頭の中で混乱しながら、しばらく抱きついたままでいたが、私のことばかりで、有里君のことを考えていなかった。
 人肌で疲れは取れただろうか。彼の肩口に顔を埋めている形で、顔が見れない。どんな表情をしているんだろう。

「有里君、無理、しないでね」
「…うん、ありがとう」
「ひゃ…」

 彼の腕が背中にまわり、さらにぎゅうと抱きしめられた。溶けそうになるぐらい、触れ合った場所が熱い!
 どうしよう、有里君が好きだ、私、有里君に想いを伝えてしまう…!

「有里君…っ!」
「…元気出た。ありがとうミョウジさん」

 そっと体を離され、目を瞬かせる私。急に現実に戻った気分。肌寒い空気がさらに現実だぞと訴えかけてくる。
 …告白するところだった。これこそ、良かったのか悪かったのか。なんだか気が抜けてしまった。

「どういたしまして…」
「じゃあ、帰ろう」

 微笑む有里君の表情が幾分か和らいで見える。本当に元気が出たみたい…?それなら良かった。
 私たちは駅へと向かい、共に歩き出す。それからも彼との関係は変わらないまま。

 雪は溶けていき、草木が芽吹く。春が近づいていくにつれ、みんなの活気が戻っていく。また元の生活に戻れて嬉しいが、彼との冬の学校生活も名残惜しい。
 次の学年になったら、また同じクラスだといいな。3年生になったら、もっと勇気を出してみよう。また、抱きしめてほしいと言うんだ。