嵐来たれり

知り合いとこんな形で再会し、また主を持つとは思っていなかった。目が覚めた安定の目の前には、お前かよ、と言いたげな顔の加州清光が立っていた。「なんか文句でもある?」と口を開いてみる。しゃべる事ができた。自分の唇に触ってみる。不思議だ、自分に体がある。そんな安定をじっと見つめると、加州はそっと呟いた。

「別に、文句はないけど?……お前も来るんだなーって思って」
「あぁ、来たよ」

それから、ぽつぽつ昔の話をしつつ、本丸を案内されることになった。道具を持った小人が手を振る中、鍛刀場から出た。緑溢れる庭、馬の居ない馬小屋、収穫が近い畑など見てまわる。日が眩しい。…なんでもこんな加州でも畑仕事をしているようだ。爪に土入るだのうんぬんと愚痴を言われた。加州は畑にしゃがみこむと、作物の様子を伺いながら「主が言うから仕方ないけどね」と締めくくった。その横顔は楽しげである。鍛錬場もあるようだ。外の案内は終わり、台所のある土間から本丸と称した家屋に上がった。
その際刀剣男士であろう少年が見慣れない道具を引き摺って歩いて来た。

「ああ、新参の方ですね!こんにちは!俺は鯰尾藤四郎といいます」

爽やかな笑顔だ。自己紹介を返すと、安定は「それってなに?」と引き摺ってきた何かを指差す。

「主が未来から持ってきた道具で、掃除機っていうみたいです。これを使えば掃除がはかどるんですよ」
「…そうじ、かあ…」
「なんで『掃除』にいちいちしみじみすんだよ…。ほら次いくぞ。じゃーなー」
「んん…?はい、では」

つい、『沖田くん』に思いをはせていた安定。首を傾げる鯰尾を横目に、加州清光は面倒くさげに安定の手を引いた。
その後は自分達が使う部屋、手入れ部屋などを回って、最後は主の部屋へ。

「うちの審神者様は近侍を交代制にしてんだ。今日の近侍は早速お前だってさ」
「へえ~、そうなんだ。…ね、審神者様ってどんな人なのさ」

これまで自身の主となる審神者の話があまり出ていなかったので、加州清光に聞いてみた。審神者、という語句が出たのに対し、これまでの面倒くさそうな表情を一転、頬を染めて俯かれた。「あぁ、うん…、いい人だよ」と照れくさそうに口をもごもごさせる。その様子を見るに、まぁいい人らしい。

「ふうん、そりゃ良かった。で、男?女?かっこいい?具体的にさ」

廊下を渡りながら質問は続く。

「んー、女の子、かわいい、間違いなく俺を大切にしてくれる。それに…結構のんびり屋だな」
「へえ」

新たな主である審神者は自分も可愛がってくれるのかな、と心の中で呟いた。その一方で沖田君が忘れられない。きっと自分の中の大部分には、これからも沖田君が占めていくのだろう。
加州清光がある襖の前で立ち止まった。襖には板がぶらさがっている。活動中、と書いてある。中から女の子の声がする。

「ここがナマエ様の部屋だ。昼寝中って札になってたら絶対中に入るなよ」
「審神者って昼寝もできるんだ」

昼寝…さすがののんびり屋である。廊下に腰を落とすと、加州清光が「主、新たな刀剣が参りましたー」と障子の向こうに声をかける。
「入っていいよ」という声に加州清光は障子を開いた。加州清光が中に入る。その後に続く。
顔をあげると、主は、刀剣の童と楽しげに折り紙を折っていた。主は安定を確認すると、頷いた。

「私は審神者のミョウジナマエといいます、貴方は?」
「僕は大和守安定、扱いにくいけどよろしくね」
「うん、よろしくお願いします。加州君にも言ってたけど、今日は近侍のお仕事を覚えてもらうね」

主が畳まれた折り紙に息を吹きかけると、ぷくり、と膨らんだ。自信満々にそれを目の前にかざした。

「風船できた~」
「…!!」

童は主が作った風船を心なしかきらきらした目で見る。主は片手でそれを空中へあげては手のひらへ着地させる。童は跳ねる様を追う様に見つめている。表情の乏しいこの童も自分達と同じ刀剣男士だ。安定の目線に気付き、すぐに我に返り表情を正した童。主は彼に向かって控えめに笑いかけた。

「この子は小夜左文字、仲良くね」
「うん」
「あ、そうだ…。鯰尾くん!鯰尾く~~ん!」

主が大声を張り上げて、しばらく。「はいはい何ですか!」と刀剣が入ってきた。先程紹介を受けた少年だ。
安定の隣に鯰尾藤四郎が正座すると、審神者はそれを見計らって口を開いた。

「みんな待ちに待ってたと思うけど、明日、やっと戦に出ようと思う」
「まじですか!」
「大マジ」

やっと戦かぁ、と鯰尾がしみじみと呟く。「もう二人くらい欲しかったけどねえ」と主も呼応するように呟く。
小夜も「戦…」と呟く。その目はごうごうと何かに燃えていた。主はそれを見て、悲しげに微笑んだ。

「…え、今まで戦に出てなかったの?」

安定の言葉に皆の視線が集まる。「そうなんですよ」と隣の鯰尾が声をあげる。

「うちの主は戦嫌いでして」
「俺を大切にしてくれるのはいいけど、刀は振るってもらってこそでしょ?ねえ主」

わあわあと騒ぎ出した両隣の二人。それにおだやかに微笑みながら主は口を開く。

「いや~ほんとはね、六人くらい集まるまで戦に出したくなかったんだけど、皆の決死の説得で4人目の刀剣男士を迎えたら出陣!に譲歩してね」
「心配しなくっても無傷で帰ってくるのにー」

元刀であった付喪神である安定達は、敵を倒せる自信にあふれている。ただの人間である主に分かってもらえないのは、仕方ない。

「言ったな。ケガして返ってきたら泣くからね、審神者、泣くからね」
「…ナマエ様、泣くの?」

小夜がナマエ様の顔を覗き込む。その視線を捉えると、主は真剣に頷いた。

「それはもう泣くね。部屋から出れずに、ご飯も食べれずに泣き続けることだろう」
「本当!?え、俺愛されてる!?」
「またまたご冗談を、毎日三食おやつ付き残さず食べてるくせに」
「ばれたか」
「皆知ってるよ……」
「え、冗談なの?」

沈黙の後。さあ、明日はがんばろう!主が腕を宙についてそう言った。他の刀剣達は意気揚々と部屋を去っていった。加州清光は安定をじと目で見つめていた。主に失礼のないように、ということか。加州清光は相変わらず、気に入られたがりだ。安定はやっぱり過去に思いを馳せてしまう。
…自分達、刀剣男士がやるべきことは分かってはいる。歴史修正主義者から時代を、世界を守るということ。だが、今もあまり現実味が湧かない。…修正主義者達は付喪神を用いて時代を渡り、歴史を変えようとしている。…もしかしたら、彼を救えるかもしれない、とふと思う。
だが、それはいけない事なのだ。そう思わなくてはならない。

「さて、早速だけど…。書類の整理をしようと思ってるんだ」

結論を無理やりつけた所で、主は押入れを開けていた。その中から大きな箱を取り出した。

「報告書を書いたり、不要な書類を捨てたりしようとね。安定君にはひたすら印鑑を押す作業をしてもらうよ」

これ、もう報告文書いてあるやつだから、これに判子を押してくださいね。何十枚かファイルから用紙を取り出し、判子もそのまま安定に差し出す主。予備の作業机を押入れから出し、組み立てた。

「ここでやってくださいね。早速雑務やらせちゃってごめんね~」
「ううん」
「最近になってやっと面倒な書類を片付け始めてね。刀剣男士の手も借りたい状況なのよね。明日出陣するし…。色々と大変な書類もあるけど、気にせずやっちゃって」

そう言うと、主は押入れへ戻っていった。…腰をおろして、何気なしに安定は書類を見る。刀剣男士の様子についての報告書に、何日かの勤務内容書、中には政府からの出陣要請を無視した為の警告文もあった。警告文の割合が多いのは気のせいではない。どれも全て同じような内容の反省文が書いてある。こういう書類の処理を刀剣にやらせている時点で、本当に反省しているのか定かではない。

安定は判子を取り出しながら主に向かって呟いた。

「主は、刀剣達を大切にしているの?」
「お、おう、そうだよ…!?って…あぁ、戦に出てなかったって事が気になってるのかな?」
「うん」
「それはね、最初からそう決めてたんだよ。でも、君たちと会ってからはよりそう思うようになったかな。だって、怖いじゃん」

おもわず主の方へ振り返った。変わらず背中を向け、押入れの中をごそごそ探っている。
彼女もいなくなることが怖いのだ、そう思っておく事にした。直感のように一番にそれが浮かんだから。
安定は姿勢を元に正した。

「怖い、か…」

沖田君に置いていかれた事がついさっきのように思える。刀が主に惹かれるように、刀に情を移す審神者もいるのだ。

「うん。会ってまだ間もないんだけどね。…普通ならすぐ刀を出陣させなきゃいけないんだってさ~結構スパルタよねえ」

事も無げに話を続ける審神者。黙って手を動かしながら話を聞いていた。

「そんなことより、私の方が不思議な事あるんだけど」
「ん、何?」
「君達も審神者を大切にしてくれるよね。どうして?」
「…僕達は刀の付喪神、でしょ?誰かに仕えるのが喜びなんだよ。多分」
「…そっか」

先程から変わらない人懐こい声、先程から変わらないほがらかな声。そして、二人が紙をめくる音だけが部屋に響く。
暫しの沈黙の後、ナマエは急に元気よく声を出した。

「しっかしさあ!戦に出るのが嬉しいってどういう事なの?加州君が言ってたけどさ!私はあれを聞く度に、絶対痛いだろ、怖いだろって思うけど」

段々と声の調子は低くなる。「安定君もそうなの?」と付け足した言葉に、安定は考えた。

「んー…それが刀の本懐だからねえ。僕は戦に出ると、高揚して、血沸き肉踊るけどねえ」
「え?」
「ん?血沸き肉踊るけど?」
「えっ」

審神者がおもわず振り返る。安定も顔を見合わせた。