時計に目をやり、若様の部屋を訪れる。
「若様、ナマエです」
「入ってくれ」
ここの所ずっと書類の処理に追われている若様。俺に目をとめる暇も無く、机に向き合い、筆を走らせている。若様の傍に座り、この後の予定を読みあげた。
「若様、この後は離島で祭りについて万国商会会長、久利須様と会合があります、そろそろご準備を」
「あぁ、分かった。…それとナマエ」
「はい?」
若様、もとい神里綾人様がやっと筆を止め、俺に目を向ける。なんだか浮かない顔をしているのに、嫌な予感がした。
「八重堂から呼び出しがかかっているようだ。……すぐにここを発つように」
若様から突然予定変更を聞かされることは何度かあった。社奉行に相談や依頼があった際は、若様の家来である俺にも連絡がくる。市民の為に人員を手配したが、つまずく部分でもあったのだろうか…、などと思案する暇もなく、直球に用件を伝えてくれるのがまさに若様。
八重堂ってことはあれか、八重様だな…。押し黙る俺。正直言うと、断りたくて返事をしかねている。
これまで八重様に関わった記憶が走馬灯のように流れていく。娯楽小説の構想に悩んでいる、神里家であった面白い話を聞かせろ。娯楽小説の挿絵を描く画家の為にこの衣装を着ろ指定したポーズを取れ。今度は脱げ、と言われたこともあった。全部娯楽小説の為じゃあないか。…いや、娯楽小説を軽視している訳でないが、俺達社奉行って便利屋じゃないのよ。
「えっと…若様、俺じゃないと駄目なんでしょうか…」
「八重様はナマエを直々に指名しているよ」
「じきじき…いや…ちょっと…」
「つべこべ言わず行きなさい」
「ひどい!」
いつの間に控えていた終末番達が俺の脇を抱え込む。二人がかりで若様の部屋の入口へ引きずられる。このまま屋敷を追い出される…!そう悟った俺はふすまにしがみついた。
「嫌だ!行きたくない!!若様と離島に行く予定だったじゃないですかあ!!なんで今なんですか!?」
「……大切なお話があるようですよ」
「そうやっていつも娯楽小説の為に出動してるじゃないですか!」
「私もナマエと一緒に行けないことを残念に思っているんです」
二人が俺を引きはがすのに苦労している所、もっと強い力で引っ張られ、ふすまとお別れすることになった。ああ、と若様に向け手を伸ばす。いつの間にかたくましい腕に抱きかかえられていた。
「ナマエ、若の命だよ。大人しく八重堂へ行ってくるんだ」
「トーマの裏切り者!!」
相変わらず爽やかだ。トーマにお姫様抱っこされ、もう成す術がない。よよよ…と顔を手のひらで覆う。…ちらっと指の間から若様を覗き見ると、面白そうな笑みを浮かべて手を振っていた。俺が大変な目に合うの楽しんでない若様?
家の人たちに温かい目で見送られる中、お姫様抱っこで家を出て、神里家の門まで運ばれてしまった。優しく地面に降ろされると、覆っていた手のひらをだらりと下げ、これみよがしに深いため息をついてやる。トーマはバツが悪そうな顔をして見せたが、すぐに人の良い笑顔に。
「そうだ!頑張ったらナマエの好物を作って待ってるから、な?」
家司であるトーマの家事力は稲妻一。料理の腕はまさしく天下一品。神里家の献立は一か月前から決まっており、屋敷内に貼りだされている。突拍子の無いことが好きな若様には不評だが、家の者たちはこれを楽しみに仕事をしている所がある。
長い付き合いであるトーマは俺の好物を全て把握している。そのため、献立に組み込まれるのは週に一度あるかないかのペースだった。即座に好きなおかずをリクエストすると、嬉しそうに目を細める。
「あぁ、分かったよ!…いってらっしゃい」
頭を撫でられながらそう言われ、心中まんざらでもない俺。「フ…フン、行ってやらなくもないからな!!」と一昔前の娯楽小説みたいなことを言いながら城下町へ駆けて行った。
**
「今度の八重様の要求は何でしょうね」
「なにかにつけてナマエと話すのが楽しいのかもしれないね。私とあの人は似ているから」
手を振ってナマエを見送ったトーマの背後に、綾人が歩み寄る。主の機嫌が良くないことを察し、トーマは苦笑いを浮かべる。
ナマエをからかって満足そうに目を細める八重宮司の姿が容易に想像できた。
それを思い浮かべたところでトーマは少し、胃が痛くなる。八重は綾人がナマエを取られて面白くないことを知っているのだろうか。
「ナマエが今度はどんな娯楽小説に関わるか、楽しみですね!」
トーマは前向きな話題に話を変えた。
八重堂はあの雷電将軍ですらモデルにするのを躊躇わない。そして、社奉行にも八重の手が伸び、綾人や綾華がモデルとなった小説が刊行されたことがある。その小説は神里家に仕える苦労人の主人公が登場する。主人公は稲妻で起きた厄介ごとを解決する為、振り回される。綾華は主人公を労わる優しいメインヒロインポジションで、綾人はてんてこまいの主人公にさらに面倒事をもたらすトラブルメーカーになっている。これだけ見ると社奉行の威厳を損なう作品では、と問題に思うかもしれない。だが、既に娯楽小説にて雷電将軍を「ポンコツ将軍」として登場させている。将軍が文句を言わないのに、社奉行がクレームを言うのか、という状況を生んでしまった。
稲妻の市民の間では綾華と外を回ることが多いためトーマが主人公のモデルとされているのでは、と噂されているが、その実態は神里家の者ぞ知る。
ちなみに、綾人はその娯楽小説を全巻所持している。
「そうだね。……トーマ」
「はい?」
「抱きあげたとき、ナマエは軽かったかい?」
どう答えるのが正解か分からず「えっと」とトーマは口ごもる。嫉妬されている…気がした。
「それにナマエの頭を撫でるのも自然だったよね。今度コツでも教えてくれないか?」
「み……見ていたんですね……」
「うん」
綾人の顔が直視できない。神里家にお世話になった、幼馴染のよしみで自然に頭を撫でてしまった。トーマはやってしまった、と心の中で頭を抱える。これからナマエの代わりに綾人に同行することになったが、道中、どうなることやら。
**
八重様と編集者、それに作家の三人が書店の前で出迎えてくれた。
「ナマエさん、…何度もすみませんが、私たち八重堂をお助け下さい!!」
このセリフ、何回聞いただろうか。編集者と小説家の女性が頭を下げる隣で、八重宮司様が俺にからんでくる。相変わらず飄々としている方だ。
「神里の童よ、久しぶりじゃのう、元気にしておったか?」
「元気ですけど…」
「何じゃ、その不満そうな顔は。妾に会いたくなかったのか?そんな子に育てた覚えはないのじゃがなあ…。おぉ、シクシク…」
涙を拭っている様にみえるけど、絶対それ悲しくないやつじゃないですか、とツッコむと、「バレたか」と添えられていた指を狐のように組んで目を細める八重様。
「また神里家をモデルにした小説を書かれるんですか?」
「今回はそうとも言えぬが…」
「……本当ですか?」
珍しく言葉を濁す八重様に、一抹の期待を抱く。今回は違う話になるのだろうか。
「…だが、そうも敬遠されると妾も傷つくものじゃ」
「だって…俺が携わっちゃったせいで出来たあの小説、神里家の内情をやわらか〜く世間様に暴露してるもんじゃないですか。罪悪感が半端ないんですよ…」
神里家を裏切っているような罪の意識から、例の小説が刊行されて以来、屋敷に居づらくなった俺のことを慮って欲しいものだ。
「よいではないか。白鷺の姫君の好感度のアップ、もとい社奉行のとっつきにくさを解消できたであろう。あれ以来、民草から相談されることが多くなったのではないか?」
「う…それは…まあ…」
「じゃろう?」
確かに、稲妻の民たちに小説が浸透し、親しげに接してくれるようになった面もある。言いくるめられ、唸る。
だが、若様があまり表に出ない分、彼の得体の知れなさはさらに拡がった気がしないでもない。小説内の若様はかなりの腹黒キャラとして登場している。
そこまで考えて俺の心の中の若様がとても良い笑顔で俺を手招きしだした。あ、怒られるやつだ。
「ですが!画家さんの中で脱がされたことだってトラウマになってるんですよ」
皆さん、俺というモデルを前にして裸であることをあまり気にしていなかったと思うが、俺が羞恥心でいっぱいいっぱいだった。あの時のことは思い出したくない。
「あぁ、ヌードモデルのことか、画家の画力向上の為に必要な犠牲であったなあ」
「やっぱり犠牲なんですね」
「その分、挿絵の技術が上がったことに貢献できたのだ、自分を誇れ、童よ」
……「苦労はしたけど結果的に良かったよね!」という感じに持っていこうとするのが八重様の得意技である。彼女の話術に、こちらが疲れて責める気を失くしていく。苦笑いしながら「八重様って本当に娯楽小説が好きですよね」と伝える。
「当然じゃ、妾は娯楽小説の普及に心血を注いでおるのじゃから」
「はい、とても伝わりました…」
好きなおかず食べたさに今回ものこのこ八重堂までやってきた俺だったが、本当に来てよかったのだろうか。いや、拒否権すらなかった。何させられるんだろう。やはり、気が重い。
「それで、今回のご用件はなんでしょうか?」
「そう焦るな。事務所でゆるりと話そうではないか」
「はい、おねがいしまーす…」
編集者を先頭に八重堂の裏口へ案内され、事務所に通される。靴を脱いで畳に上がった先では、経理の人たちがそろばんをはじきながら帳簿をつけていた。部屋の隅には小説の在庫が入った段ボールが積まれている。その中で、広めの机と座布団が敷かれたスペースに4人で座ると、八重様が本題に入った。
「これを見て欲しい、八重堂の購買層を調査しておるのじゃが…」
編集者が渡した書類を、俺に見せるよう机に置いた。見ると、グラフで購買層の年齢、性別などがまとめてある。こんなデータ俺に見せて大丈夫なのか、とソワソワしていると、八重様の指が購買層の性別比のデータをさす。
「ナマエよ、この情報について思うことはあるか」
「女性の購買層が男性より…まあまあ少ないですね」
「そう。八重堂は男子の客が多いが、女子の客が少ない。これまで男子が主人公の小説が多かったために、「女子の為の小説」があまりなかったのじゃ……そこで、八重堂はこんな計画を始動しておる」
八重様はひと息をつくと、冊子を机に置いた。壮大な計画の気配にさらに緊張しながら表紙の文字を読む。
「『光華容彩祭における女性向け小説即売会についての計画書』……お祭り内でそんなことをするんですか?」
容彩祭は稲妻の「五歌仙」を題材にした伝統のお祭り。今回の祭りは今までのしきたり通りではなく、折角鎖国令も解除したことだからと文化振興を主にした祭りになる予定だ。ちなみに開催日はあと二週間後である。
「そうじゃ、今年の容彩祭は娯楽小説の即売会を開催するであろう?そこで新たな女性読者獲得を目指そうと思っておってな」
提案された案が突拍子のないものではなく安心したが、疑問が湧く。
「それなら俺じゃなくて女性の誰かに協力してもらった方がいいのでは…」
「つれない奴じゃのう…。汝にしか出来ないことがあるというに…」
女性向きの小説を書く上で男の俺が協力できること。格好いい感じのポーズをとって、デッサンをしてもらうのだろうか。……それか、自分の恋愛遍歴を赤裸々に話してネタにしてもらうとか?…まさか、俺が女性向け小説のヒロインの相手役のモデルに…!?想像するだけでプレッシャーで吐きそうになってきた。
「…ちょっと待ってください。…それ、聞くの怖いです……」
「心の準備が出来ぬか?」
「はい、やっぱり帰らせてもらった方が…」
「そうか…では仕方ないな」
八重様は悩ましい溜息をつく。俺が期待に胸躍らせた瞬間だった――。
「実は、神里綾人とナマエの恋愛関係が目玉の小説を制作している。だから汝の協力が不可欠だったのじゃ」
固まる俺。八重様が仰った言葉がまるで理解できない。「わかさまとおれのれんあいしょうせつ?」……ってコト?っていうか今の流れ絶対帰してくれる流れだったよね?
俺の考えを見抜いていたのか、八重様は心底楽しそうにからから笑っている。
「帰すと思ったか?愛いやつめ。ふふ…その呆然としたまぬけ面が見たかったのじゃ」
「……八重様って絶対俺を困らせたいですよね」
「あぁ、そうじゃよ。汝も知っておろう」
「はい、知ってます。帰してくれるわけないのに……甘い考えでした」
俺と若様の恋愛関係が目玉の小説、とは。
八重様は小説作家さんのインスピレーションを湧かせる為に、俺をここに呼んだのだという。
「汝と綾人に関する思い出を語ってもらおうと思うてな」
「あー、ちょっと待って下さい。…その小説を書くにあたって、若様の確認はとって……あ、その笑顔、確認取ってないやつですね」
「じゃからこうして汝に話したであろう?」
「……ちなみに、まだ企画段階ですよね?」
恐る恐る懸念していたことを聞いてみると、八重様は俺にふわりと微笑んだ。
「ばっちり執筆を進めておる」
「事後報告!!」
前回の社奉行ドタバタ小説も、八重様に小説化について伝えることを託され、泣く泣く若様、お嬢様へ俺から話をすることになった。
その時お嬢様は「あらまあ、どうしましょう!」と可愛らしく慌てていらっしゃったが、若様は笑顔で激怒していた。「土下座して出版するのやめてくださいって言っても八重様たちもう書いちゃってたんですもん」と泣きながら二回目の土下座をすることになった。
それから若様が八重様に直談判しに行くのに連れていかれた。側から見るとどちらも笑みを浮かべた和やかなやりとりであったが、会話をよく聴くとかなり険悪な話し合いで、二人とも口達者だなあ、語彙力凄いなあ、あはは…と半ば現実逃避しながら若様の近くに控えていたものだ。
結局話し合いの末、若様が出版前の原稿を確認してOKを出したら小説の印刷へ入ることになった。
そして、協力者たる神里家には、新たな巻が出版されると献本が届くようになった。家のみんなで回し読みをして「まあ…これくらいなら大丈夫だよね…」と各々、己を納得させていた。そういえば献本された小説は最終的に誰の手に渡ったのだろうか。…いや、それはさておき。
「八重様はこの話を若様に持っていって許してもらえるとでも!?」
「今回の娯楽小説には、あやつの許可はいらぬじゃろう」
「ええ…!?」
「まぁ落ち着け、今説明してやろう。……全てのことの始まりは、汝の情報提供により刊行された『社奉行がこんなに忙しいだなんて聞いてない!』が関係しておる」
今まで強制的に携わることになった、内部事情筒抜けの娯楽小説がなぜ、俺と若様の恋愛小説と関係していることになるのだろうか?
「読者アンケートにて、主人公と若君のやりとりを好む女子の声が多かったのじゃ。主人公と綾華の関係がメインであるから、先に述べた二人が関わるシーンは少ないのじゃが、少し二人が話すだけでも男同士の関係に人気が出る。ならばこの関係性をメインにした娯楽小説を作り、女子に向け宣伝すれば、さらに読者が生まれるであろう、と踏んだのじゃ」
「そ、そうなんですね…!?」
巷の女性たちの考えていることはよく分からない。
その小説の主人公は若君に振り回されているだけだぞ。しかも、人が苦労しているのを見てニコニコしている性悪のような設定だぞ!?どうして……。
俺が愕然としているのを見て、八重様がさらに言葉を畳み掛ける。
「そして、今回書き進めている娯楽小説の舞台は社奉行ではなく、とある武家の若き長とその部下にしておる。武家の長は部下の男を密かに恋慕う、切なく甘いラブロマンスになる予定じゃ。じゃからこそ、綾人と汝をモデルにしたと特定は出来ぬであろう?」
「た、たしかに…?」
「綾人に一々報告せぬとも、個人的にナマエに協力して貰えれば万事解決するのじゃ!」と八重様が誇らしげに胸を張った。まあそれなら、若様に黙っててもいいし、八重堂から何を手伝わされかのか若様に問われても、容彩祭の女性向け小説のネタ集めを手伝いました、という返事で大丈夫そう…なのか?
「でも武家の長が、部下に対して片思いしているんですね」
「あぁ、そうじゃ」
「なんとなく、こういうのって、部下が上司に片思いするのかなって思ってました」
「意外じゃろう?どちらにしろ身分違いの恋というやつじゃが」
「大変そう」
「……まあ無事二人は結ばれる予定じゃがな」
「ネタバレされてしまった」
「若き長がじわじわ外堀を固めて部下を我がものに陥落させる予定じゃ」
「なんだか怖いですね」
「モデルたる綾人ならそうすると思うてな」
策略を巡らすのに長けた若様なら、好きな相手ぐらい容易く自分のものにできそうだ。そう思い、俺は呟く。
「たしかに、若様ならそうするだろうな」
「じゃろう~?」
あれ、よく見たら向かいの編集さんと作家さんが上の方を見て青い顔をしているのに気付いた。嫌な予感がする。恐る恐る振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちする若様が居た。
「誰が、外堀を固めて、部下を陥落させると仰いました?」
さっきから会話を聞いていたような発言だ。穏やかな表情なのがさらに怖い。恐ろしさ、驚きやらで息がうまく吸い込めなくなる。
「…な、なっ…なんで若様がこちらに!?」
「……会合が早めに終わったのでお前を迎えに来たのです」
「ちなみに、トーマは…」
「ナマエの好物を作るんだって、張り切って帰りましたよ」
助け船になってくれそうなトーマもいない。
八重様も俺の隣の席から後ろに振り返って若様を確認する。「ああ綾人か、汝とナマエのことを話しておったんじゃ」と事態をややこしくさせようとする。
若様はにこりと微笑みながら俺を、八重様を一瞥し、口を開いた。
「何があったのか、詳しく聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」
編集と作家さんを後ろに下がらせ、八重様が机の向かいに一人移動した。俺の隣に若様が腰を下ろす。八重様がにこやかに事の次第を伝えると、ふむ…と若様は考え込む。若様が即座に抗議するだろうと思っていただけに、冷や汗をかきながら隣の若様を見つめる。若様は俺の視線など見向きもせず、口を開いた。
「社奉行として、容彩祭内の即売会に女性向け小説を置くことを了承しました。…ナマエは作家先生が小説の着想を得るために呼ばれたのですね」
「そういうことじゃ。やはり汝は話が早くて助かる」
若様の言葉に動揺する。俺と若様がモデルとなる登場人物たちの切ないラブロマンス小説の内容を聞かされてもなお、動じない…!?やはり若様は只者ではない。小説内といえど、身近な人物と恋愛関係にされるってかなり気恥ずかしくない?俺の感性がおかしいのか?
混乱しながら若様と八重様のやりとりを見守る。
「綾人、確認しておくが…小説の内容について異議はないのじゃろうな?」
珍しく八重神子様が反論のきっかけを与えてくれた。若様ならここで「待った」をかけてくれるはず。貴重な社奉行の人員を割いてまで協力しなくてもいんじゃない?ってなるもん。若様は即座に返事をした。
「えぇ、構いません」
……聞き間違えたか?
「その言葉、しかと聞き届けたぞ」
「……特に問題がないのでそう返事をしただけです」
え?本当に問題ない?若様を見つめるも、表情が読めない。話が進んでいくのに恐怖を感じ、さすがに声をあげる。
「若様!?異議ありでは!?」
どうして…、どうして当たり前に受け入れているの!?若様はとぼけたように首を傾げる。
「何故です?」
「何故って……は、恥ずかしくないですか?俺たちが恋愛関係になるなんてそんな」
「……『私たちをモデルにした登場人物が恋愛関係になる』だけでしょう。それに、貴方は社奉行を舞台にした小説作りに協力したではありませんか。内情を曝け出した神里家にはもう失うものなどないでしょうに」
「返す言葉もございません!!」
それを言われちゃあ、おしまいだ!でも俺だって、前回はしたくて協力した訳じゃない…けど、既に小説を書き始めてしまった作家さんたちの苦労が…。鳴神大社宮司八重神子様の圧が…。板挟みすぎてつらい。
若様が全然気にしていない様子なのも、俺の心をぐらつかせにくる。俺の気にしすぎ…!?そ、そうだよなあ、創作だし。別に俺たちに何の関係もないよね…!?
「話は終わったか?では、引き続きナマエに協力してもらおうかのう」
こうなりゃヤケだ。全てを諦め、自分を奮い立たせることしかできない。
「折角綾人もおるのじゃ、ナマエ、綾人との馴れ初めついて話してくれぬか?」
若様の前で話すなんて死ぬほど恥ずかしいが、抵抗しても仕方ないので、力なく「わかりました」と頷く。
「馴れ初めって……昔の話ですよね?」
「あぁ、そうじゃ。汝は産まれてからすぐに神里家に顔を出しておったであろう?古くから神里に仕える家柄であったはずじゃ。…あぁ、これは前にも聞いておったな」
「そうですね、お話してましたね。えっと……」
若様の顔色をうかがう。昔の話をするとなると、彼のご両親が存命だった頃、そして亡くなってからのことも話さなければならないからだ。若様は俺の視線に気づくと、察してくれたのだろうか、頷いてみせる。それを確認してから口を開いた。
「……神里家前当主、その奥方様がご健在の時に、神里家に仕え始めました。その頃は若様の遊び相手として過ごしていました。お二人が亡くなってからは、若様が神里家の当主として執務をこなす日々を微力ながらお支えして、今に至ります……」
うーん、短い!
「端折りすぎじゃ!」
「俺もそう思いまーす…」
「綾人の恋愛事情は知らぬのか?」
八重様は食い気味に俺に迫る。軽くのけぞりながら首を振る。
「いやあ、昔から綾華様一筋すぎてどの方にも余所見してませんでしたよ」
「…やはり兄馬鹿か」
あからさまにため息をついた八重様の言葉に「否定はしませんよ」と若様がそっとこぼす。
恋愛といえば、神里家が復興してすぐに見合い話がくるようになったが、若様は全て丁重に断っていた。
ちなみに綾華様への縁談は、彼女の耳に届く前に若様のお力で潰している。まごうことなき兄馬鹿だ。若様は綾華様を大切にしている。
そう思うと、やはり禁断の兄妹愛…!みたいな話の方が女性ウケがいいのではと思ったところで妄想をやめておく。これは特定しやすい。お二人にかなりの迷惑がかかるし、なおかつ若様に処されるやつだ。