「と、とにかく、お二人を支えて今に至るんです…」
「もっと詳細に話せぬのか?」
呆れ顔の八重様だが、彼女の後ろに控える編集長の中野さん、作家の聡美さんが熱心にメモを取ろうとしていることに気を取られて、うまいこと話せない。そんな俺を見兼ねてか、ふう、と息をついた後、若様が喋り出す。
「私がナマエの代わりにお伝えしましょう。…ナマエは幼かった綾華のわがままをよく叶えてくれましたよね。例えば、たくさん花かんむりを作りたいと言っていた綾華のために、白狐野中の花を摘んできて、貴方の父君と母君にこっぴどく怒られていましたのを目にしました。綾華はとても喜んで、叱責からナマエを庇っていましたが、浪人もうろつく中で無茶をして…そこは昔から変わっていないかもしれませんね」
「そんなこともありましたね…子供だった頃はやたらと張り切りすぎて…あはは…」
二人がメモを取ってる!そう意識すると顔が熱くなる。
現在の神里家の話について喋らされていた時も八重様に質問責めされないと答えることが出来ないくらいだったのだ。
自分や、あまつさえ若様の過去の話を自由に話せと言われても、前回以上に話しにくいことこの上ない。
「そういえば昔のナマエは、私によくちょっかいをかけてきましたよね」
「えっと!?」
「ほう?」
隣の若様はいい笑顔を俺に向ける。八重様が興味深そうに目を細めた。
「当主に就くため勉学に励む私に、羽子板や凧揚げを持ってきて遊びの道へ誘惑したでしょう?」
「……お供に任命された俺が若様の勉強に付き添うのが退屈で遊び道具を持ってきたやつですね…」
そういえばそうだった…。子供の頃の俺は分別がなく、若様の部下である心構えなんて持ち合わせていなかった。
「休憩時間に城下町まで連れていかれ、同年代の子供たちと遊び回りました」
「民について見聞を広めるのは良いことかなって思って!」
勿論、俺が遊びたいのもあった。でも、若様にも勉学や剣術の稽古ばかりでなく、遊ぶことの楽しさを知って欲しかった…とも思っていたはずだ。
「ナマエは本当にお人よしで、泣き虫で…。自分が遊びに連れてきたくせに、ベーゴマ遊びが弱くて、負け続けるとよく泣いていましたね。負けず嫌いと言いますか…」
過去の古傷が蘇る…。初心者の若様にも負ける程、ベーゴマ遊びが弱かった。酒屋の裏手で、日本酒作りで使われていたであろう樽の上を決闘場とし、コマのように紐を巻いたベーゴマを投げて、ぶつけ合う。ベーゴマが樽の外へ弾かれると負け、というやつだ。負けたら勝った相手にベーゴマを取られる決まりがあって、負け続け、よく手持ちのベーゴマが無くなっては泣き、近所の子らに同情され返してもらっていた。負け続けてはいたが、負けん気だけは強く、何度も挑戦しては泣くやつをやっていたなあ。
それもメモに取られて、羞恥心でこの場から逃げ出したくなる。
「若様…その話は、もう、ね…ご勘弁を…」
「八重様に協力するのでしょう。我慢なさい」
「はい…」
肩を落とす俺。それを見て八重様は上品に笑う。
「やはりそなたらは見ていて飽きぬ。巷の女子の気持ち、妾にも分かってきたぞ」
「そうですか…」
「それは良かったですね」
とても楽しそうな八重様を前に、二人とも、あ、そうですか…、と答えるのみ。
「……あの頃の私はナマエが与えてくれる楽しさを無邪気に享受するのみでした」
若様の声のトーンが低くなる。この後の話は…。はっとして、隣の若様を見つめる。
「両親が亡くなってからは神里家を存続させるため、がむしゃらに執務をこなす日々でした。神里家に未来はない、と離れていく家来も少なくはなかったのに、ナマエや、ナマエの家族は私や綾華を支え、優しく見守ってくれました」
「若様…」
若様は手を組んで、苦労していた頃を噛み締めるように語る。
「ただ、お家の存続の為にと、息付く暇もなく仕事や勉学に打ち込んできた。あの頃の私には余裕がなかったのです。そんな私を察してか、ナマエから遊びの誘いはなくなり、ナマエとの距離が遠ざかってしまったのでしょうね」
「ええ…?そんなことないと思うんですけど…。俺たち割と仲いいじゃないですか…?」
他の奉行の主従関係を見ていると、彼らよりは若様は気さくに接してくれているし、俺も少しは気軽に接していると思っていた。(ここで気軽に接して良いのか自問自答したくなった)
「昔より距離を感じます」
「まあ上司と部下ですからね?」
少しだけ、言葉に棘を感じる。若様が拗ねているように見えるのは気のせいだろうか。まあ…いいか…。
努力する若様のお姿を見て、俺も部下としての心構えを持つようになった。若様を支えられるように、と真面目に座学、剣術に励み、執務の手伝いを行うようになったきっかけでもある。
八重様は後ろの二人をちらと見て、頷く彼女らを確認してからこちらに向き直る。
「ふむ、そなたらの事が分かってきた。よく話してくれたな」
「じゃあ…」
これで開放される…と思いきや、八重様は狐のように目を細めた。あ、駄目そう。今までの経験からまだ帰してくれないやつだ。
「丁度八重堂専属の絵師も呼んでおってのう、二人には表紙や挿絵のために指定したポーズをとってもらうぞ」
「…えっと」
それからはもう、恥ずかしすぎて、あまり思い出したくない。若様と密着するポーズを指定され、それを長い間キープしていた。俺の心臓の音、届いてたんじゃないかな?冷や汗、出てたんじゃないかな?顔、赤くなりすぎてないかな?
それから壁ドンやら顎クイやらを若様からされた。綾華様が持っていた少女漫画で見たやつだ!と履修していたおかげか、ポーズについて理解していた。……何だか複雑な気持ちになる。あれを実際にやられるなんて、想像もしていなかった。
若様の端正な顔を直視出来ず、顔を逸らしたくなることも多々あったが、八重様から「顔を逸らすな!」「もっと密着せい!」と叱咤を受け、なんとかポーズを維持。そして、絵師さんも一通り書き終え、満足したのか、俺たちはやっと密着から開放された。
しかし、即座に八重様から新たな任務を受ける。
「明日は二人で離島をまわってもらう」
八重様から紙を貰う。そこに書かれた店をまわってもらい、小説の構想のために逢い引きのような真似をせよ、とのこと。
「な…まだあるんですか!?それに若様には予定が…」
「…丁度明日は空いています。そうでしたよね?ナマエ」
若様の予定を思い出し、愕然とした。たしかに、祭りのために忙しくしていた若様を案じ、明日は休暇にしていた…。謀ったかのようなタイミングの良さが怖い…。
もしかして、と疑念の芽が生まれる。若様も女性向き小説の企画に一枚噛んでいないだろうか…。だが、即座にその可能性を否定した。若様へのメリットが無さすぎる。寧ろ部下とイチャコラさせられ、デメリットだらけでは?
「ナマエ?」
若様に名前を呼ばれ、我に返る。前を歩く若様から離れた所でとろとろ歩いていたからだ。若様の斜め後ろに駆け寄った。
ひとまず八重様から「今日のところは帰るといい」と開放され、帰路を辿っていたところだった。
若様に明日のことについて、一応確認をとってみる。
「若様は、貴重な休みを使って、で、デートのふりなんかしちゃって大丈夫なんですか?」
否定してくれれば、八重堂までひとっ走りするのに。顔を覗き込めば、若様は涼しい表情。それに「あ…」と心の中で思った。何も問題がなさそう。若様は真っ直ぐ前を見据えて歩きながらこう言った。
「八重様に恩を売るのも大切だからね」
「そうですけど…」
「ナマエは嫌かい?」
今日は若様と接しすぎて、こちらに向けられた視線に目を合わせることが上手く出来なかった。
「嫌ではないですけど、困惑しかないですね」
「そうか」
こころなしか楽しそうな声。やっぱり困ってる俺を見て楽しんでるやつ…。八重様感…。
そういえば、と気になったことを問うてみる。
「あの、若様、俺とそんなに距離を感じますか…?」
「お前とトーマとの距離よりかは遠いかな」
「ええ…比べる対象……」
同僚同士と、上司と部下の関係性を比べられても…と思いながら、ちらと若様の表情を盗み見る。視線を読まれてか、ふわりと微笑まれ、慌てて地面を見つめた。
「少しだけ、昔のような笑いあえる関係に戻りたい、と思った。……私の我儘だね」
切ない言葉に、思わず顔を上げて若様と向き合う。
「そんな、我儘なんて…」
「そうかい?なら、とある若者から面白い遊びを教えてもらったんだ。ナマエも今度一緒にどうだい?」
「遊び、ですか?」
「相撲のようにオニカブト同士を戦わせる遊びだよ」
脳裏にベーゴマが浮かび、また羞恥心が呼び覚まされる。「今、ベーゴマのことを思い浮かべただろう」と軽やかな声がかかる。見透かされて、慌てて「大丈夫です!是非ともご一緒させて下さい!」と声をあげた。
若様はゆるりと笑っている。はあ、なんだか今日、俺だけ振り回されてないか…?
「そうだ、八重様にはお伝えしていないけれど、小さい頃に約束したことがあったろう?」
「え?すみません、覚えてないかもしれません…」
「「俺は将来も綾人様とずっとずっと一緒だからね、約束だよ」と言ってくれたではありませんか」
なんだその結婚の申し込みみたいな言葉…。もしかしたら言っていたかもしれない。だが、覚えていない!それが申し訳なくて「そんなこと言ってましたっけ?」と、とぼけてみせると、「冗談だよ」と若様はからから笑った。なんだ、やっぱり冗談か。
「若様って、本当に俺をからかうのが好きですね…。覚えてなかったの、申し訳ないなって思ったのに」
「では、今も誓ってくれますか?」
立ち止まった若様がこちらに向き直り、俺を直視する。驚きで目を瞬かせながらも、頷いた。
「え?まあそりゃ、部下なんで、ずっと一緒にはいますよ?」
「ふふ、そうですか。ありがとう」
若様はまた歩み出した。少し遅れて、若様の背を追う。何故だろう?胸がきゅうと締め付けられた。それになんだろう、この雰囲気。八重堂のせいで、あてられたような、甘くて、熱い…。話題を変えようと、「あー、今日の夕飯楽しみだなあ!」と独り言のような言葉を喋る。わざとらしかったかもしれない。
屋敷に帰り、早速食堂へ向かってトーマの作った俺の好物フルコースを食べた。勿論、美味しかった。でも、今日一日色々ありすぎたせいか、ずっと胸がいっぱいで…、いつもなら全部ペロリと食べられるのに、やっとのことで食べ終えることができた。
「ナマエ、どうしたんだい?食べるペースがいつもより遅かったけど…、そんなに大変だったのか?」
家司であるトーマの目は誤魔化せない。おぼんをもってやってきたトーマに向けて、首を横に振る。若様とのあんなことやこんなことを言える訳がない。トーマは「何があったのか深くは聞かないけど、無理しないでくれよ」と気を遣ってくれた。その優しさがじんわり染み入る。
いつもは各々がお勝手に食器を持っていく決まりなのに、トーマが俺の食べ終わった食器を重ねだす。「いいよ、持ってくよ」と言えば「今日は甘えてくれ」と言ってくれた。
「じゃあ、ありがとうトーマ。あ、そうだ…。明日は若様と離島の視察に行くことになったんだ。食事の場ですまないけど共有しておくね」
「そうなのか?ナマエが「若様が働き詰めだし、休み取らせなきゃ!」って張り切って仕事して勝ち取った休みだったのに」
「そ、そうだけど。色々ありまして…」
「これも深く聞いたら野暮なやつだね」
「うん…ごめん」
トーマよ、すまん。言えないけど、俺は明日、若様と(ふりだけど)デートしに行く。