早朝に起きてしまった。制服、エプロンを装着し、朝ご飯作りに部屋を出ると深いため息をつく。桐条先輩にコロちゃん特訓のこと、どう伝えよう。なんて、悩んでいるのに。
「あぁ、結城か。おはよう」
「おはようございます…」
真田先輩が既に起きていた。ラウンジでプロテインを嗜んでいる。今日から夏期講習。張り切って早くに起きてきたのだろうか。
「コロマルの特訓はどうだった?」
「えっと、あのう…」
「どうした?何かあったのか」
恐る恐る「特訓、しませんでした…」と声を絞り出すと、先輩はプロテインをテーブルに置き、腕を組んだ。
「乗り気だったのに一体どうしたんだ」
「…すみません!」
言葉に詰まる。理が悲しそうにするから、絆されたとは言えない…。
「謝らなくていい。別に責めてる訳じゃない。リーダーにどう説得されたか気になってな」
続けて「俺もタルタロスで特訓した方が良いと思っていたから」と言うので「先輩も?」と驚いた。だったら大型シャドウを倒した時、休むより特訓した方が良いと声をあげて欲しかった。…他人任せなのは自覚している。
「大型シャドウを後4体倒すだけでいいとはいえ、油断出来ない。タルタロスの上を目指すべきだ」
「分かります、その気持ち」
「あぁ、…だが、夏休みくらい、せめてお前たちだけは学生らしく過ごして欲しいとも思っていてな。…あの時、美鶴がリーダーに賛成していたのを見て、何も言えなくなった」
ずっと、お前たちを巻き込んだ事を気にしていたんだろう、と先輩は視線を落とす。
「……理も言ってました。影時間が無くなってからの…平和な日常を大切にして欲しいって」
「全て終わってから、か。…あまり考えた事が無かったな」
先輩方は私たちより前からシャドウを討伐していた。私たち以上に、影時間、シャドウ退治が日常に溶け込んでいるんだろう。それが無くなって、平和な生活に戻ったら…。夏休みは、それを考える良い機会になるかもしれない。
「先輩方は大学受験もありますもんね」
「あいつも俺たちを気遣ってるんだろうな。…だから、結城も気負い過ぎなくていいんじゃないか?」
「…はい」
今でもタルタロスで特訓した方が良いんじゃ、とは思うが、理や真田先輩の言葉を聞いている内に、じわじわと彼らの優しさが伝わってきた。その優しさに甘えても良いのかもしれない。
「そうだ、まだ聞きたい事がある」
「どうしました?」
「…リーダーの強さについてだ!」
くわっと目を見開いた真田先輩に、仰け反ってしまった。強さに憧れる真田先輩ならば、確かに聞きたいだろうな…。
「何故、急にペルソナが強くなった?俺も実践したいんだが、のらりくらりと躱されてな。結城なら知っているんじゃないか?」
エリザベスさんとの特訓のおかげで強くなったはずだが、説明しづらいことこの上ない。詳細な特訓内容を知らない、という事で誤魔化すことにした。申し訳ない、先輩。
「…私も知らないんです。すみません…」
「そうなのか?くそっ、リーダーの奴、必ず秘訣を吐いてもらうぞ…」
苦笑いしながら、「頑張れ、理」と案じていると、扉の開く音、足音が上から聞こえてきた。桐条先輩が階段から降りてくる。
「結城か?昨日の特訓はどうだったんだ」
怖かった気持ちが嘘みたい。今なら正直に話せる気がした。
もりもりご飯を食べる理。向かいで私も食事しながら、桐条先輩にコロちゃんの特訓を夏休み明けから始める事を了承してもらった、と理に共有しておく。
「俺が話すべきだったのに、ごめん」
「謝らなくていいよ。その前に真田先輩と話せたからさ、うまく伝えられたんだ」
「……へえ」
「お?嫉妬した?嫉妬した?」
視線を外して片手で頬杖をつく理。ダイニングテーブルに座っているのは私たちしかいない。小声で煽ってみる。
嫉妬がきっかけで自分の気持ちに気付いただけに、理にもそういう気持ちがあるならば確かめたかった。
「したけど?」
恥ずかしがるかと思いきや、率直な返事が返ってきた。
「へえ~…理も嫉妬するんだね」
ちょっと嬉しい。可愛いやつめ。からから笑っていると、あからさまにため息をつかれる。
「するよ。順平にも、先輩にも…。特に順平とは波長が合ってるから、笑い合ってる所を見ると、嫌だったな」
それぐらいでも、理をイライラさせたり、悩ませたりしていたのか。理と女の子が笑いながら喋る姿なんて見たことなかったけれど、想像したら、私も嫌だなあ…と思う。
だから、これからは大丈夫だと、安心させたくなった。何か上手く言えたら、と思うもすぐに言葉が出ない。そっくりそのまま伝えてみた。
「あの、えっと…これからは、安心してよ」
「ふうん、どう安心させてくれるの?」
理は面白そうに目を細めると、頬杖したまま身を乗り出す。期待、されているな。
「どうって…」
しばらく考えるも、理と何かしら接触する事しか思い浮かばない。羞恥で言えずにいると、にっこりされた。
「い、言わない。…理だってなんとなく察してるでしょ!」
「ふふ」
からかわれている…。理の掌の上で転がされている心地になる。
「もう、とにかく!夏休みは目いっぱい楽しむし、平和になった後のことも考えなきゃね」
慌てながら話題を逸らすと、それに理が頷いた。
「うん、それが良い」
夢を見る様に想像する。シャドウや、無気力症の人もいなくって平和に戻った世界。輝いて見えるけれど、きっと楽しいだけじゃない未来。
「……両親と折り合いつけてるのかな。来年は私たちも受験だし。…課題はあるけど、理となら乗り越えられそうかな?」
ねえ?と理を見る。笑顔を見せてくれた。相槌も打ってくれたのに、返事が無かった事、話を広げてくれなかったのに不満を抱いてしまった。理と過ごす内に色々要求するようになっている。前まではまあいいか、と割り切っていたのに。自覚して、いけないな、と思う。欲張りになってきたのかもしれない。
夏期講習は申し込み制。桐条先輩が夏休み中に寮内のメンバーに声をかけてまわっていたのを覚えている。「全員分申し込んで問題なさそうだな」と言っていたが、順平君は夏期講習に申し込まれていた事を知らなかったようで、さっき、合い鍵で部屋に入った先輩に振り起こされていた。その際、部屋が割と雑多な感じになっていたせいか「強盗に襲われたのか!?しっかりしろ、伊織!!」と揺さぶられていたので、様子をみにきた皆が「えっ?」と戸惑いながら様子を見守っていた。
順平君は5分で支度し、しわくちゃの制服姿で出てきた。それを確認して、2年組で寮を出る。
「お腹空いてんじゃない?トーストくらい食べたら?」
ゆかりちゃんは順平君の為にトーストを焼いたようだ。それを彼の口に突っ込む。トーストを手に持つと、順平君はゆかりちゃんをじっと見つめる。
「何よ?」
「ゆかりッチが優しい…。えッ、なにこれ?俺死ぬ?」
「……悪かったって思って」
ゆかりちゃんがついに順平君に心を開いた!?歴史的瞬間を目にし、ドキドキしていると、風花ちゃんも申し訳なさそうに喋り出す。
「食パンは私の買ったやつなの。ごめんね、順平君。伝えるの忘れてて…」
「えっ?」
話をよく聞くと、ゆかりちゃんと風花ちゃんは桐条先輩から、夏期講習の事を順平君に伝えるよう任せられていたのだが、伝えるのを忘れたそうだ。
「……食パン咥えながら走ろうかな…俺…」
「いいんじゃない?」
「えっと…、頑張れ?」
とばっちりを受けたようなものなのに、これはひどい…。
「順平君、気をしっかり持って」
「ナマエッ~!お前しか救いがいねえ!頼む!向こうの角に回って食パン咥えて走ってきてくれ!」
「うーん、…ちょっと、それは」
「順平、ナマエが困ってるからやめて」
理が私の前を立ちふさがる。順平君ガードをしてくれた。やっぱり頼りになるな、理…。普段なら「おお、ありがとう」で済むやりとりなのに、嬉しいし、ときめいてしまう。理ってばいい子…などと自分の世界に入っていると、突然の悲痛な叫び声に現実に引き戻される。みんなも、声の主である順平君に注目する。
「理、おま、それ、彼女からか!?」
彼の震える指の先は、鞄についた必勝ジャックフロスト君。それに私も口を開き、声なき声をあげた。
「夏休み前はそういうの付けてなかったよね。ってことは、明王杯で貰ったんじゃない?」
「じゃあマネージャーさんの手作りかな?」
憶測が交わされる中、当の本人はこう言ってのけた。
「ううん、彼女」
理以外の全員の驚きの叫びが巌戸台にこだました。勿論、私も叫んでいる。なんて、素直!!
「いつの間に…!?抜け駆けしやがってチクショウ!」
「だったら順平も頑張ればいい」
「うるせー!頑張ってるよ!!」
順平君がぶちまける嫉妬、悲しみに女子組が引いた所で「ね、相手は誰なの?マネージャーの子?」とゆかりちゃんが物珍しそうに理を見つめる。私はその間、額、首、背中、その他もろもろから変な汗が出てきたので、ハンカチで顔の汗を拭いながら、冷静になるよう努めていた。
「ううん、違う」
「じゃあ誰だろう、凄い気になる…。ナマエちゃんは知ってる?」
「ええ!?」
私に視線が集まる。ハンカチを手に、手をぶんぶん振りながら「いや、全然知らない!」と否定する。こんな状況で打ち明けられる勇気はなかった…。
「ナマエも知らねえの?姉馬鹿の理なのに、意外と知らせないんだな」
「…否定できないのが腹立つな」
理、「姉馬鹿」を否定してもいいのよ…。
学校に着くまでの間、理の彼女探し、「同じクラスのこの子だ!」「いや、鳥海先生とか?」「それは無いんじゃ」のやり取りが続き、終始、心の中でひいひい言っていた。
夏期講習中は、講習を希望した生徒がクラスに集まって勉強する。そうそう真面目な子でないと、講習に出てこないだろう。
教室がいっぱいになるまで生徒が詰められたおかげか、理と同じクラスで勉強する、という貴重な体験も出来た。クーラーのきいた教室でコツコツ勉強をするのは、ラウンジ、自室よりも捗る。
後ろの席からだと、順平君が凄い眠たそうにしているのが分かる。あくびが止まらない。「頑張れ」と念を送りたくなるが、その直後、鳥海先生に「だらけたくなるのは分かるけど、ちゃんと勉強しなさいよー」と指摘されていた。
お昼休み、ゆかりちゃんたちと弁当を食べ終えた後、図書室を覗いてみる。机に座って本を読む沙織ちゃんを発見し、良かったと息をついた。私に気付いた沙織ちゃんの笑みを見れて、私も嬉しくて笑う。夏休み中は本の貸し借りが出来ない。図書委員の当番もないのだが、ここで会えるかな、という勘に任せて正解だった。きっと沙織ちゃん、夏期講習も来るだろうなとも予想をしていた。
沙織ちゃんが座っている席の隣に腰かけると、小声で話し合う。
「沙織ちゃん、元気?」
「うん、元気よ。…どうしたの?」
「あ、ううん、夏休みをエンジョイしてるかな~って思って。それなら良かった」
終業式の日、なんだか表情が翳って見えたからなのだが、「なんだか」ぐらいで心配するのも、迷惑がられてしまうだろう。
「ナマエちゃんも元気にしてる?夏休み中、何かあったかしら」
そう言われると、夏休み、色々あった。振り返ると唸りたくなる。影時間の事を知った4月の始業式の頃くらい、いや、それ以上に色濃い生活を送っているかもしれない。理と、結ばれた。
「頬が赤いわ」
沙織ちゃんが自身の頬を指さす。くすっと微笑まれて、さらに顔が熱くなる気配がした。
「今、とっても幸せなのね。良かった」
「た、多分…、うん」
沙織ちゃんの言うように、「今、とっても幸せ」だ。
「そうよね。ナマエちゃんには、「幸せ」になってもらわなきゃ」
幸せ。私は沙織ちゃんの言葉を繰り返した。目の前の机に視線を落とす。これ以上ないくらいに「幸せ」なのを自覚すると、恐れを感じた。私の様子を見て、沙織ちゃんは言葉を続ける。
「暖かなもののはずなのに、何だか、怖いわよね」
「うん…」
いつか私のもとから離れていくんじゃないか、不安になる。こんなに色々上手くいくって、怖いな。そっと沙織ちゃんが腕に手を当ててくれた。暖かい。
「大丈夫よ、きっと。ナマエちゃんにはたくさん支えてくれる子たちがいるもの」
その尊い言葉に、バージンロードを歩いているような感覚に陥った。沙織ちゃんを始め、ゆかりちゃん、風花ちゃんに夏紀、順平君に先輩方が両脇から声をかけてくれて、進んでいくと、最後には理が待ってくれているのだ。私に手を差し伸べてくれる。
目を瞑って、その感覚に浸った後、笑みを湛える沙織ちゃんにお礼を伝える。
「ありがとう。沙織ちゃんも、困ったら私を呼んでね。絶対駆けつけるから」
「ううん、もう助けてもらったわ」
そうだっけ、目を瞬かせている間に、「友達になってくれて、ありがとう」と優しく、ふわっと微笑む沙織ちゃんに目を奪われる。
「…そんなのでいいの?」
沙織ちゃんと友達になって、助かっているのはこちらの方だと思う。話を聞いてもらったり、遊びに行くのに付き合ってくれたり。
最初は私が話しているだけ、遊びに誘うだけだったけれど、受け身だった沙織ちゃんが、「自分の好み」や「こうしたい」「ここに行きたい」を段々伝えてくれるようになって、嬉しかったな。いつの間にか、彼女との思い出を振り返っていた。
「そんなの、って言わないで。とても大切なことなんだから」
「ああっ、ごめんね」
表情を悲し気に曇らせたのを見て慌てて謝るも、すぐに口元が綻んだ。
「ふふっ、冗談よ」
からかわれてばかりだけど、沙織ちゃんにならば、むしろ、嬉しいと思う。
夏期講習の帰りはなんとなしに理と帰るようになった。
どちらともなく校舎の前で待ち合わせて、駅までの並木を歩く前に理が言葉を発する。
「海に行きたい」
この言葉から太陽のように眩しく輝く夏休みが始まったように思う。
「じゃあ、あそこに行こう」
左へ向くと、校舎を沿って、あの海岸へ。理ももう場所を知っている。先に歩いていくかと思えば、二人並んで歩いている事に気付いた。おそらく、理が歩幅を合わせてくれている。私もそれに臆さず、歩くスピードをそのままに歩いていた。そっか、今まではお互いに、自分が傷つかないようにしていたのか。
「幸せだねえ」
沙織ちゃんと交わした話を理にも聞かせてあげたい。「うん、幸せだね」と理も同意する。
「理は、今が幸せすぎて、怖いと思う?」
「…うん、思うよ」
理も怖いって思っていた。
「私がずっと、理の傍にいるから大丈夫!」
絶対喜ぶだろう言葉をかけると、何かを堪えるように喉をひくつかせて、「ありがとう」と笑ってくれた。もしや、うるっときたのだろうか?我ながら良い事を言えた。
直射日光が照りつける海岸に着くと、理は大きな岩にもたれかかった。私もその隣でしゃがみこむ。今度は私が蟹を見つけようか。
大きな石をどかして、何かいないか探していると、理が隣から声を出した。
「俺も海岸がないか、この辺りを歩き回ったことがある」
「そうなの?」
「ナマエが探索結果を話してくれただろ?」
あの時、くたくたになるまで歩いて分寮まで戻ると、丁度ラウンジに理がいた。そのまま愚痴を聞かせるように、海岸を探した事を話していたのを思い出す。「ビーチなんてなかった。でも、小さい岩場の海岸はなんとかあって、まあ良かった」というようなことは伝えていたはず。
「それから、その海岸を探した。まさか学園の奥にあるとは思わなかった」
「そうなんだ…。気になったなら、聞けばよかったのに」
「なんか、変だろ?わざわざ聞くなんて。…それに」
一呼吸置いて、口を開く。
「ナマエと同じ体験をして、同じ事を共有するのが、いいなって」
ささやかな秘密を打ち明けられ、理のいじらしさに胸がきゅうと締め付けられた。姉馬鹿、恋人馬鹿。下から理を見上げると、視線がかち合う。
「もしかして、ここだって答え合わせの為に、「海に行きたい」って聞いてきたの?」
「うん」
そしての、理からの「好きだ」という告白…。想いに向き合うことを避け続けた自分の狡さにのたうち回りたくなる。
「ごめん、すぐに理に向き合えなくて。待たせちゃって、本当にごめんね」
視線を再度ごろごろ転がっている石に向ける。目を合わせられず。謝った私に「どうして?」と気にしていないようなのんびりした声がすぐ返ってきた。
「告白、断られてもよかったんだ。思いを伝えたかっただけで…。それなのに報われて、こうして好きだって言い合えるなんて、……夢みたいだ」
噛み締めるように呟いた理。このまま満足してどこかに消えてしまいそう。「夢じゃないよ」と咄嗟に理の制服の裾を掴んだ。ちりちり、火で身を焦がすような感覚に陥る。
「抱きしめてみて」
海岸に座り込んで腕を広げると、理も向かい合って座って、抱きしめてくれた。理の硬い胸に誘われ、背中にしがみつく。この暖かい感触をずっと覚えていよう。焼き付けるように目を瞑った。
お互い、ここには誰も来ないのを知っている。
抱き寄せられお互いの胸が密着したまま、「上、向いて」と指示される。その言葉に従うと、理が深く口付けてきた。
この前のリベンジだ、と少しだけ思いながら、二人一緒に溶けるような感覚に、ただ身を委ねていた。このまま溶けて、尽きてしまっても構わないな、なんて。蕩ける意識、幸せの絶頂にいると、隕石が落ちてきても平気なくらい無敵だ。こうして、二人で息絶えれるならば。
キスをしている間の息継ぎの仕方が分からず、私の息が続かなくなったことにより、理の背をばしばし叩いて、甘い時間は終了した。理は、腹を抱えて笑う。「ナマエはやっぱり可愛い」と何回も言うので、無言で手のひらを握りしめた。今度は私のリベンジになりそうだ。
私の様子を見かねてか、理が硬くなった手に触れてくる。
「指開いてみて」
握りしめていた力を解くと、私の指の間に理の指が絡んで、恋人つなぎに。初めて、こういう風に手を繋いだのに感動する。指に力を入れたり、緩めたりして、感触を確かめる。
「機嫌治った?」
「ん、治った」
「良かった」
案じられ、ころっと上機嫌になる。まるで子どものようだが、悪い気はしなかった。
「そうだ、誰かに見つかるまで、こうして手をつなぎながら帰ろうよ」
私の提案に、理が顔を緩めて、「分かった」と了承してくれた。先ほどから、私たちが結ばれたことは「夢じゃない」と証明したかった。私が一人にならないように、理がいなくならないように。
**
神社で夏祭りがあるらしい。コロちゃんの散歩に行って、神社に貼られたポスター、真っ赤なのぼりが用意されているのにテンションが上がって、コロちゃんの用が済んだら走って帰る。コロちゃんをラウンジにいた天田君に託して、真っ先に理に伝えた。
「へえ、祭りか。いいね」
「一緒に行こう!」
「うん、勿論」
興奮冷めやらぬ私は、これはデートだ!と確信していた。……寮のみんなも祭りに行く事をこの時は全然考えていなかった。
夕方のラウンジはその話題で持ち切り。その時点でお忍びデートなんてやつは無理。ラウンジのソファで飲み物片手に、みんなで仲良くお祭りを満喫するのも悪くないか、と納得させていると、「一緒に浴衣着ようよ」とゆかりちゃんが話の流れで声をかけてくれた。
「うーん、浴衣かあ…。どうだろ」
これも家から持ってこず、諦めようかなと思っていた矢先、私たちの様子を見つめるアイギスちゃんに目が留まる。
「アイギスちゃんも一緒に行こうよ」
「行きたいでありますが…」
アイギスちゃんは、無表情のまま言葉を詰まらせた。
「そうか、服…、浴衣」
彼女の無垢な目に見つめられ、家に2着、浴衣があった事を思い出す。友達とお祭りに行くのに中学3年に買ってもらった、白地に大ぶりの水色の花柄が入った浴衣。高校生になると、急に大人っぽい物を好みだして、藍色の手毬柄の浴衣を買ったのだ。アイギスちゃんにはどちらが似合うか。
「アイギスちゃん」
「ナマエさん?」
「お祭り、一緒に行こう!」
みんな、突然の事に口をぽかんと開けていた。「アイギスをお祭りに連れてくの?」と風花ちゃんが尋ねてきたので、力強く頷く。その内、順平君が「いーじゃん!」と明るく声をあげる。
「俺もアイちゃんとお祭り行きてぇ!ナマエ、頑張れよ!」
「そうだね、アイギス、外に出たがってたもんね」
ここにいるのは2年組だけではない。少し離れた所で私たちを見守っている3年生。桐条先輩の様子を窺う。こちらを注目してはいるが、考えるように目を伏せたり、腕組みしている訳ではないのに一息ついて、彼女に向かって問いかけた。
「桐条先輩、アイギスちゃん、外に出てもいいですよね?」
「あぁ、特に問題ないと思うが、理事長の許可が必要になるだろう」
「ありがとうございます!今から取ってきます」
「…行動が早いな」
「えぇ!」
さっきまで二人っきりでお祭りだとか考えていたのに。自嘲するような気持ちになるが、今出来る事をこなしておきたかった。
早速、理事長からアイギスちゃんの外出許可をもらった後、私は家に電話する事を決意した。
だけども、決意とは裏腹に、腹の底では覚悟を決めかねているのか、ケータイに手を伸ばしては、戻してを繰り返す。自室にて、ケータイを机に置き、腕組み、顔をしかめていると、ノック音。理が部屋を訪ねてきた。私の隣に座ると、肩をぽんぽんと叩いてくれた。
「理…」
「家に電話するんだね」
「…うん。やってやる!と思ったけど、いざケータイを手にすると、なかなか」
理なんて気にしないでいいから、早く戻ってこい、みたいなことを言われるのかな。どんな言葉が降りかかってくるか、やる前から考えて億劫になってしまう。
「俺がかけようか?」
「理は駄目!……きっと、なんか言われるよ」
「…そうかな?」
気遣ってくれての言葉だろうが、理が傷つくことになる。
「それに前、両親との折り合いもつけないとなって言ったじゃん。今が良いタイミングなのかも」
理は私を真っ直ぐに見つめてくれる。
「なら、頑張れ」
「…うん」
いつかした恋人つなぎで私の手を固く握って、後押ししてくれた。傍で見守ってくれるなら、頑張ろう。
家の電話を選択すると、通話ボタンを押した。
『…ナマエ!…心配してたのよ、今どうしているの』
「こっちで夏休みを楽しんでる。元気だよ」
久々に聞いた母の声。喉が震えそうになりながらも、答えることが出来た。
『帰ってこないのね。…あんたも、…理も』
「……理の事も、心配してるの」
『……理は元気なの?』
母が理の事を聞いてきてから、ペースが崩されっぱなし。視線が下がり、息が乱れていく。そこで、ぎゅうと指を握りしめた理。頷いた理と目を合わせると、気持ちが奮い立たされる。
「…元気、だけど。…あんなに余所に追いやろうとしてたのに、どうして…?」
なんと答えようかと考えているのか、しばらく返事がなかったが、やっと声が聞こえてきた。『月光館学園が理を招いてくれたのが、いいきっかけだって話したでしょう?そりゃ、学園側から生活を補助してもらえるのも正直、魅了だと思ったわよ。でもね、言いにくかったんだけど、…理、あんたにべったりだったから。離れれば成長できるかもって考えてたのよ』
母は『理のご両親が亡くなった地に追いやろうとするなんて、ってあんたは怒ってたけど、今思えば、申し訳ないって思う』とも言う。
私が誤解していただけなのか?もっと彼らの話に耳を傾ければよかった…?
転入の話が舞い込んだ時の言葉が蘇る。
「親の言うことが聞けないの?理は転入するって頷いてくれてるじゃない」
「ナマエもたまに会いにいってやれば、それでいいじゃないか」
それに反発して、「だったら私も理についていく」となし崩しに決めた。
「そんな、ナマエがついていかなくたっていいでしょう…」
「理も一人で成長できるチャンスかもしれないぞ」
「そんなの、分かんないじゃん!二人は理が、大切じゃないの!?」
後悔しても、あの時に戻ることは出来ない。あの時の私に出来た最善が「理についていく」だった。
でも、ここについてきた事は間違いじゃない。だって、ここに来なかったら私は暢気に日常生活を送っていて、理を一人で戦わせることになっていた。…勿論、順平君やゆかりちゃんたちが理を支えてくれるだろうが、私だって、理の傍についていてあげたい。
『あんたが理の事で悩んでるから、気に掛けずに済むよう、理は離れて暮らす、ナマエは家にいる。それが二人の為になると思ってた…。でも、それが押し付けだったんだよね。ごめんね、ナマエ』
お母さんの言葉に、目が潤んでくる。
『私たちも子どもだからって、あんたたちを甘く見てた。説明が足りなかったよね。理にも悪かったって伝えておいて、あの子なら提案したら頷いてくれるって、……うん、軽く考えてたのよ』
「お母さん。……私も、ごめん。二人の話ちゃんと聞かないで、酷いってばっかり言って…」
私だって、お母さん、お父さんを傷つけていた。
「でも、ここに来て良かったんだ」
『…そうなの?』
娘の言葉に沈んでいた声色に変化が生じる。
「うん、理がね、成長したの。友達も出来たし、笑ってくれるようになった。…泣いてもくれた。それが傍で見れたの。嬉しかった」
『そう、理が…』
さすがに特別課外活動部のことは話せないが、色んな人と関わるようになった、親交を深めるようになったことを話す。理が横にいるのに「理がね、理が凄いの」なんて話すのが楽しい。当の本人は、観念したように目を瞑って、顔を赤くしている。つないでいた手も、いつの間にか離されていた。
『そう…良かった。理のこと、誇りに思ってるお姉ちゃんって感じ』
「そりゃあ勿論」
『今度の冬休みは帰っておいで。私も成長した理を見るのが楽しみ。理も色々話してくれるんでしょ?』
「理、お母さんたちに、ここで知り合ったみんなのこと、話せる?」
傍にいる理に早速聞いてみる。理はうん、と頷いた。
『理、そこにいるの?なら代わってちょうだい!』
「お母さんに代わってもいい?」
「うん」
特に躊躇している様子もないし、気軽にケータイを渡した。渡して、電話する前の杞憂は何だったのかと落ち込んだ。怖い怖いと思い込んでいたけれど、向き合ってみると、自分で作り出していたものだったんだ。
「ん、元気。…別にいい、気にしてない。…そう、学校でも、仲のいいやつが出来たんだ」
家ではお母さんに何か聞かれたらぽつぽつ喋る程度だったのに、ここまで喋れるようになった。…仲のいいやつ、順平君や友近君かな。
「…うん、近所の人も良くしてくれる。古本屋のおじいちゃんおばあちゃんとか、いつも菓子パンをポケットに詰めてくる、…うん、そう、いいって言ってるけど、押し込んでくるから、最近は素直に貰ってるかな。…うん、たまにお礼のお土産買って持ってくよ。うん」
文吉おじいちゃん、光子おばあちゃんの事だ。多分、菓子パン貰ってばっかりなら、なにかお返ししなさいよって言われてるんだろうな。
「そうだ、理、お母さんに浴衣のこと伝えといて、2着ともここに送ってほしいって。…後、ワンピースも可愛いの見繕って一緒に送ってほしいな。お願いねー」
用件を伝え忘れ、理に投げる姉(恋人)の図。理が頷く。
「寮のみんなも、気さくに接してくれる。居場所があるんだ。……母さん、後悔してるかもしれないけど、俺はここに来れて嬉しかったよ。ありがとう。……あ、後、ナマエが浴衣を2着送ってほしいんだって、…うん、持ってない友達に貸すみたい。後、ワンピースも何着か可愛いのを一緒に送って、だって」
理に投げて、ちょっと後悔。良い雰囲気をぶち壊してしまった。
**
弾薬がそこら中に落ちている部屋に通される。火薬は入っていないので、問題ないと言っていたが、戦々恐々としていた。だけども、部屋の主にあれ着てこれ着て!とリクエストしている内に慣れていく。慣れって怖いね。
ゆかりちゃん、風花ちゃんの着なくなった夏服、送ってもらったワンピースを代わる代わるアイギスちゃんに着てもらう、2年女子。
「こちらの方が私に似合う、でありますか。ですが、脱ぎ着しやすいのはこちらでした」
似合う服、可愛い服はたくさんあったが、アイギスちゃんは利便性を重視して、私のワンピースを手に取る。良かったと思わずガッツポーズ。
「じゃあ、今度それ着て、他にも服買いに行こっか!」と盛り上がる中、今度はメインのお召し物、浴衣の着せ替えのターンがやってくる。清純派白か、ちょっと大人な紺か。私の見立てでは、アイギスちゃんには白色の浴衣、清純派の方が似合うと思っている。
浴衣一式とワンピースを宅急便で送ってもらった。私たちへの手紙と、ちゃんと野菜食べてる?と野菜や野菜ジュースも詰め込まれており、仕送りだねえ、と理と笑っていた。
ひとまず、紺の浴衣から先に見てみることに。紺色の浴衣を羽織ってもらうと、私たちで着付けていく。帯も白い浴衣用の黄緑色の帯、紺の浴衣用の帯を別々に使えるが、まずは紺色の浴衣の備え付けの深い赤色の帯で結ぶことに。ぎゅうと帯を力いっぱい絞り、後ろで帯を結ぶ為の余裕を作る。
「締め付けられるでありますね」
「苦しくない?」
「いえ、平気であります」
最後に帯を後ろでリボンのように結んで完成。袖を広げ、自分の格好をまじまじと眺めているアイギスちゃん。この部屋に姿見がなかったので大きめの手鏡を持って、彼女が自分を観察できるようにアシスタントのように控える。
「アイギス、綺麗~」
「大人っぽくていいね」
私も満足げに頷く。「記録したであります」という言葉の後は、白地の浴衣を着てもらう。アイギスちゃんの白い肌、金髪と、水色の花柄がとてもうまくマッチングするはずだ。
今着ている浴衣を脱がせる際、帯を緩めて、引っ張る例のアレ(「よいではないか~」「あ~れ~」)を私たちで楽しむも、アイギスちゃんは首を傾げて「この行為は何でありますか?」と聞いてきたのを、誰も説明できなかった。そして、自分を恥じたのだった。
「気になるであります」
「ま、まあまあ。さ、次はこっちの浴衣を着てみよ?」
アイギスちゃんの好奇心を刺激してしまったようだが誤魔化し、私の大本命の浴衣の着付けへ。着付けの順序を覚えたのか、着付けしやすいよう手を広げてくれたり、アイギスちゃん自身も出来る限り手伝ってくれた。完成すると、感嘆のため息をついた。ほら、私の見立て通り。
「こっちの浴衣の方が合ってる!」
「でありますか?」
私の言葉を確認するように手鏡を覗くアイギスちゃん。ゆかりちゃんたちもきゃいきゃいと盛り上がってくれた。
「可愛いよ、アイギス!」
「うん、こっちのが似合ってる!」
「じゃあ、夏祭りはこの浴衣にして、一緒に出掛けようね」
「はい」
折角着付けたのだから、みんなに見せびらかせにいこう、と浴衣姿のアイギスちゃんの手を引いて部屋を出る。
ラウンジにいるメンバー、まずはブラックコーヒーをダイニングテーブルに置いた天田君に「アイギスちゃんの浴衣姿どう?」と話しかけてみる。ぎょっと目を剥かれたが、頬が赤く染まっていく。
「綺麗…じゃないですか?」
「お褒め頂きありがとうであります」
天田君はアイギスちゃんを見つめている。「今のアイギス、いつもより可愛いもんね」とゆかりちゃんが微笑んで見せると、「いや、あの!め、珍しいなって思って」と慌て始めた。目も泳いでいる。アイギスはそんな天田君に頷いてみせた。
「天田さんは、私の体に興味があるようにお見受けします」
「か、体!?」
あらぬ想像が頭の中に浮かび、思わず腕でバツマークを作っていた。
「そう、この対シャドウ特別…」
「あ、そっちね!?なるほどね!?」
対シャドウ特別制圧兵装とは言わせられない。「そ、そっかー、そっちだったんだね!」と風花ちゃんも私に合わせてくれた。「アイギス、ちょっとそれ言うの、やめとこうか?」ゆかりちゃんの笑顔がぎこちない。
「小学生は私のようなロボット…のようなものが好きな生物だと学びました」
「ロボットのようなもの」
「生物」
私、ゆかりちゃんと続くツッコミ。そういえば天田君が仮入寮した当初、アイギスちゃんは小学生との関わり方をインプットしたのでコミュニケーションには問題ありません、と言っていた。これは…天田君、あえて関わらなくて良かったのではないだろうか…。
「天田さん、私の腕を触ってみるであります」
いいのか、と私たちがざわつく中、天田君は「じゃ、じゃあ…」と戸惑いがちに手を伸ばした。超合金かよく分からない素材で出来た腕を触る天田君、「わあ~」と喜んでいる。
「凄い、アイギスさん、本物のロボットみたい!」
天田君、アイギスちゃんに対してどういう解釈をしているんだろう…。さらにざわついてきたが、和やかな雰囲気なので、まあ良しとする。そうか、ロボットも好きよね。フェザーマンも合体ロボット出てくるもんね。
アイギスちゃんの腕を堪能し終え、触った手を何度も握ったり閉じたりしている天田君。
「ありがとうございます、アイギスさん」
「いいえ」
「良かったねえ。そうだ、天田君、夏祭り来るよね?」
「まあ、みなさんと一緒なら行こうかな…って」
「じゃあ、みんなの浴衣姿を楽しみにしててよ」
「そんな!楽しみにするなんて…。順平さんじゃないんだから…」
「ちょ、駄目男代表みたいに言ってねーか?なあ?理」
順平君が、謂われないと思っている言葉に反応して駆けつけてきた。理も引っ張ってきている。理はただただ「さあ」と言うのみ。追撃するように「いや、でも屋久島では私たちの水着品評してましたよね?」と敬語で聞くと「そんなこと…ありますけど」と敬語でしょぼしょぼした言葉が返ってきた。気まずそうに視線をうろうろしていると、アイギスちゃんと目が合う順平君。彼女の姿を見て、飛び上がるように喜んだ。
「ってかアイちゃん可愛い!」
無言でアイギスちゃんを背に隠す女性陣。「何でだよ!」と非難の声があがった。順平君の叫びはお構いなしに、理がつま先立ちして、アイギスをちらっと覗いた後、頷く。
「うん、アイギス、似合ってる。ナマエもアイギスには清純な白が似合うって言ってたよね」
「でしょう?」
胸を張ると、ゆかりちゃんから「なんでナマエが得意げなの」と鋭いご指摘を受けた。
「たしかに、清純だよね。アイギスって」
「清純…というか無垢すぎて突拍子もないことするけどね」
自分の話題になったアイギスちゃん。喋っている人物を見つめることに徹している。
騒ぎを聞きつけたのか、桐条先輩も部屋から出てきて、浴衣姿のアイギスに目を止めた。
「アイギス、似合ってるじゃないか」
「ありがとうございます」
「結局、結城に貸してもらったのか?浴衣なら私も貸してやれたが」
さすがの先輩。何十着と用意がありそうだ。私は勢いよく手を振った。
「そんな!重箱の件もあったので、先輩に頼りきりになるのは良くないなあって思ってたので」
寧ろ、楽な方へ走らなくて良かったと思う。先輩は「そうか」と目を細めていた。
**
女性陣の着付けが終わり、夕方に寮のみんな総出で神社の夏祭りへ向かう。男性陣は私服姿だ。「男気の甚平があったのに」と言えば、「あれ着てくと神輿担がされそうじゃね?」ともっともな意見を頂いた。町内会メンバーと勘違いされて、そのまま神輿を担いで町内一周コースになりそう。真田先輩のその手があったか、と言わんばかりに悔やんでいる姿は見なかったことにしておく。
コロちゃんも意気揚々と歩いている。天田君にリードを引いてもらっていたが、神社に着くとあっという間に大人たちに囲まれてしまった。「元気にしてた?」「久しぶりだな~コロマル」なんて年配の方のアイドルと化している。当然、天田君も巻き込まれており、綿あめ、りんご飴やら貰っている。「コロちゃんをよろしくね」と、託されていた。
やっと解放された天田君、コロちゃんらを迎える寮の面々。
「あの、こんな貰っていいんでしょうか…?」
「いいんじゃない?甘えておきなよ」
両手に甘いものを掲げた天田君。見ていて可愛らしいな。美味しそうだね~、と声をかけると、ずい、と両手を差し出された。
「……ナマエさんに、あげます。僕甘いの苦手なんで」
そんなに物欲しそうに見えたのか。慌てて遠慮しようとしたが、そうでもないらしい。
「えっ!いいの!……でも、りんご飴は食べておいたら?かじったら酸味もあるし丁度いいと思うよ」
「…じゃあ、綿あめをどうぞ」
「ありがとう、天田君」
早速、綿あめを口に含むと、ほのかな甘さが口の中に溶けていく。「美味しい」と声に出していた。綿あめなんて食べたの、いつぶりだろう?熱い視線を感じて横を向けば、アイギスちゃん。
「ふわふわでありますね」
「アイギスちゃんも一口食べる?」
「…では、失礼します」
差し出した綿あめを一口含むと、目をぱちぱちと瞬かせた。「甘い味なのですね」と言うので、「どんな味だと思った?」と聞いてみる。
「雲のような形だったので、無味だと思いました」
「無味かあ」
「綿あめは、美味しいんですね。理解しました」
私の言葉から学習してくれたのだろうか?そう思うと、やはり妹のような可愛らしさが私の胸を打つ。「綿あめ全部食べていいんだよ…?」と悶えながら伝えるも、「いいえ、十分であります」と返されたが。
「ナマエってばアイギスにぞっこんだね」
理がアイギスの横に並ぶ。もう屋台グルメを満喫しているようで、空の容器が片手に積みあがっていた。先ほどから浴衣姿に感想が欲しくて、理の様子をちらちら窺っていたが、気付いているのだろうか。
「だって妹みたいで可愛くって」
「妹ね、じゃあ3人兄弟だ」
「…私たちが、兄弟でありますか?」
アイギスちゃんは私たちの間に挟まれ、交互に顔を見渡す。その度、理と私で、アイギスちゃんに笑いかける。
「なら、なおさら、お二人をお守りしなければなりませんね」
冷たい金属質の手が私の手を握った。向こうでは、理の手を握っているみたい。
「私の「大切」は理さんの傍にいること。理さんの「大切」はナマエさん。二人ともまるっと私がお守りするであります」
あまりの可愛さに口があんぐり開いてしまう。ああ、ああ…声にならない声を漏らした所で、「お守りされちゃう…」とぎゅうと目を瞑った。もしかしてお祭りでドキドキするシチュエーションがあるかと思ったが、まさかアイギスちゃんにときめいてしまうとは。
「3人、仲いいね」
「俺らも…手ぇ繋ぐか?」
「はぁ!?何言ってんの?」
「う、うーん、遠慮しとく…」
それをよそに、ゆかりちゃん、順平君、風花ちゃんの会話は切なかった。天田君は白い目で順平君を見ている。
3人で屋台巡りをしては、アイギスちゃんにも感想を求めている内に、時間は過ぎていく。空はすっかり暗くなり、吊られた提灯の光が辺りを照らしていた。
周りの人が空を見上げている、もうそろそろなのだろう。「アイギスちゃんも空、見てみよう」と促す。みんなの視線の方へ目を向けていると、大輪の火花が夜空を飾った。「わあっ」っと歓声があがる。
「これが、花火でありますか」
景気よくあがる花火をしばし堪能していると、コロちゃんらしき鳴き声が聞こえてくる。
「わ、コロマル、どうしたの?」
天田君が連れたコロちゃんが私たちに向かってきた。とりわけアイギスちゃんに何か訴えるように「ワンワン」言っている。ことあるごとに手を繋いで、人肌程に温まったアイギスちゃんの手がそっと離れていく。コロちゃんの視線に合うようにしゃがみこむと、再度ワンワン喋るコロちゃんに「なるほどであります」と何度か頷いた。
「何て言ってるの?」
「アイギスさん、コロマルの言ってることが分かるんですか?」
「うん、えっと、感覚で分かるみたいで…」
ゆかりちゃんたちと行動していた天田君は風花ちゃんに難しい質問を投げかけていた。
「コロマルさんが言うには、花火を見るのにお勧めのスポットがあるそうです」
「マジで!教えてくれんのか、コロマル」
順平君に返事をするように元気よく「ワン!」と吠えるコロマル。
「ついてくるよう仰っています」
先頭を進むコロちゃん、コロちゃんのリードを持つ天田君に続き、境内を出て、少し歩いて見晴らしの良い高台へとたどり着く。
「神主さんとお祭りを抜け出して、毎年ここで花火を見ていたのですね」
「へえ~、そうなんだ。…コロマルの思い出の場所なんだね」
ゆかりちゃんがコロちゃんを撫でている。
はぐれたフリをしてどこかでイチャイチャし合うなんて、私たちには、らしくない。後ろの方に理と並んで、密かに手をつなぐだけで丁度いい。みんな上を向いて花火を楽しんでいる。理の顔を盗み見ようとしたが、理も考えが同じだったようで、私たちは見つめ合っていた。