いつの間にか戦う理由が変わっていた。
最初は刀として、主に仕える為。刀は主がいてこそ存在出来るものだ。どんな理不尽な理由で戦う事を強いられても、主の為に自身を振るう事こそが自分達の本分であった。
審神者達は歴史修正主義者から歴史を守る為に戦っている。敵もそれぞれ思惑は違うにしろ、歴史を変える為に刀剣の紛い物を呼び出し、従わせている。
もし自分が敵側の人間から呼び出されていたら、迷うことなく呼び出した者を主とし、歴史を変える為に奮闘していたのだろう。
だが、今は違った。鯰尾は今の主を守る為に剣を振るっていた。戦に出て、彼女の脅威を取り除く。彼女が微笑みながら待っていてくれる本丸を守る為に。
最近よく頭をかすめるのは、戦いが終わったらどうなるのか、という事。戦う理由が変わったのを意識し出してから気になってきたのだ。
彼女のほっそりとした手によって、みな刀解されるのだろうか。…それもいいかもしれない。きっと主は自分の為にうんと悲しんでくれる。それを想像すると、自然と、嬉しくなって笑みがこぼれてしまった。
そして、自分で自分にがっかりした。自分らしくない暗い考え方だから。
それもいいけど、審神者の傍にいたい、とも考える。全てが終わったら、現代に帰ってしまうかもしれない。現代に帰らなくたっていいのではないか。自分達で彼女を引き止められないだろうか。
鯰尾は自分のしたい事が思いついたら、それをすぐ実行するような者だった。今まで特に気にならなかった、「審神者は戦いが終わったらどうするのか」という疑問を早速彼女自身にぶつけることにした。きっと困らせてしまうけど、知りたかった。…もし帰るというのなら、引き止めよう。
「なんとかなる、大丈夫」
いつの間にか自分の中に染み付いていた言葉。明るい自分でいる為の常套句を口にしていた。
執務中の彼女の部屋に断りを入れると、障子を開けて、遠慮なく隣に座った。「どうしたの?」と仕事中にも関わらず笑顔を向けてくれる審神者が、鯰尾は好きだ。
鯰尾は思った通りに聞きたいことを伝えた。それを聞いていく内に、審神者は机に広げてある書面に目線を下げていた。
「主?…もしかして聞くべきじゃなかったですか…?」
「ううん、そんなことはないよ。…いつかは皆に伝えるべき事だもんね」
審神者の顔を覗き込んだ鯰尾はうろたえた。困らせる、とは覚悟していたが、ここまで深刻な表情をされるなんて。
その内、決意したような面持ちで審神者は鯰尾を見つめた。手に持っていた筆を、硯の上に置いて、姿勢を正した。膝の上に乗った手は、固く握られている。ああ、やな予感。
彼女はいつも自分を笑顔で受け止めてくれた。だから、今回も笑顔で頷いてくれるんじゃないか、そう期待していたのかもしれない。甘い考えだったと後悔した。
**
自分のした事で兄から、骨喰から、仲間から怒られることは多々あった。
だが、彼女は鯰尾に怒った事は一度もないし、ここまで深刻そうな顔にさせた事は無かった。
昔の事だ。和泉守に対して思った事をつい口に出した。それで怒った彼に拳骨をくらった事がある。怒られても仕方ないだろ、という目を骨喰に向けられる。和泉守は顔を合わせてくれないまま、部屋へ戻って行った。堀川が彼の後を追ったのをぼんやり見送りながら、頭の痛みに首を傾げた。そこまで怒るのか。
「和泉守さんも、過去の事なんか気にしないで適当にやれば、きっと楽ですよ」
審神者がこの事を知ったら、どう思うのだろう。彼女も、顔をしかめるのだろうか。この本丸に来て以来、自分のようにへらへら笑っている顔しか見た事が無かった。ちょっとした興味だった。軽傷にもなったし、手入れをお願いする用もあって、審神者の部屋を訪ねた。
彼女は穏やかに鯰尾を迎えてくれた。「どうしたの?」と聞かれたので、正直に事を話すと、おかしそうに笑われた。
「思った事をすぐ口にするのは、鯰尾のいい所だけど悪い所でもあるね」
「いいのに、悪いって、変じゃないですか」
「そうだねえ…。…思ったことを言って、人を笑顔にすることも出来るけど、人を怒らせたり、悲しませたりすることもできちゃうんだよ、言葉って。難しいねえ」
きっと、人のことを思って考えるようになったら分かるよ。分からないことがあったり、今日みたいなことになっちゃったら、私に聞いてよ。
鯰尾は審神者の言葉に、ただ頷いていた。こうも優しく迎えてくれるとは思っていなかったからだ。
「…まぁ、まずは謝らないとね。和泉守とも仲良くしたいんでしょう?」
「…はい。でもその前に手入れして欲しいです」
「あはは、分かったよ」
それ以来、鯰尾は分からない事があったり、仲間の誰かと喧嘩をしてしまったら、彼女の部屋を訪ねるようになっていた。
審神者はこれからどうしたらいいのか、どうしたいのか、一緒に考えてくれた。
**
「現代に帰るつもりなんだ」
審神者は背を丸め、申し訳無さそうに語った。いつもの覇気などは無かった。
「…ッ俺達と一緒にいて、くれないんですか…?」
「うん…、ごめんね」
ごめんね。頭で言葉が反響する。主の言う事に今まで従ってきたし、これからも従うつもりだった。だから、見捨てられたような心地になるとは思わなかった。鯰尾達のことは、よくしてくれるようにかけあってみるから、という言葉も頭に入らなかった。
「傍に、いたいです」
「…ごめん、きっと貴方達を現代には連れて行けない」
「いや、です」
「鯰尾、…許して」
言葉は人を喜ばせる事も出来る。反対に人を傷つけたり、悲しませる事も出来る。ああ、今まさに彼女を悲しませている。まさか、こうなるなんて。
「主のことが好きなんです」
せめて、何か彼女の心に刻み付けることが出来れば良かった。その為なら悲しませたっていい。
いつもふざけては、主に甘えてばかりいたなあ。鯰尾は今までを思い返していた。走馬灯みたいだ。自分の何かが死に絶えていく。
ついに彼女は自分の膝に視線を向けていた。
「ありがとう、ごめんね」
タイトルは「刀さに版深夜の文字書き60分一本勝負」さんからお借りしました。
素敵なお題ありがとうございました!