飛行竜が急降下し、神殿へ頭から突っ込む。背中のつのに、ミクを抱いてひっついていた私は、勢いで空に飛ばされそうになる。飛行竜は神殿の外壁を崩した。しかし、思ったより、中を壊して進まない。なにかにつっかえているようだ。
「ちッ…結界をはってやがる」
先ほどから仁王立ちで飛行竜に乗っていたカイムは、舌打ちすると飛行竜かジャンプして降りる。下は壁を壊した際にたった煙で見えない。一瞬気後れしたが、私達も慌てて後を追った。奴が神殿を強襲した目的は何だ。人を襲うなら、ダリシェイドを襲ったほうがいい筈なのに。
バリン、とガラスが砕けるような音が鳴る。頭上からガラスが降ってくる――と頭を抱えたが、ガラスはすぅっと私の眼前で消えていく。
『結界が壊されたようだ』
ミクが険しい声をあげる。煙の中の人影を追っていく内に、ひやりとした空気にさらされる。煙が晴れて、ちゃんと内部が見渡せるようになる。白い大理石におおわれた広間まで歩いていたようだ。向かいには巨大な女神の像がおかれている。…大聖堂のような所だろう。像は中央からずれている。傍によれば大きな入り口が開いている。中には階段が見える。この先からカイムの気配がする。私は入り口に足をかけると、ゆっくりと階段を降りていった。
『まさか、ここには…』
「なんですか」
『…神の眼が隠してある場所かもしれん』
「…カイムはそれを狙って?」
こつん、こつんと私の靴音が広々とした空間で響く。しばらく螺旋階段を降りると、先から光が見えた。一気に階段を駆け下りた。この先から、強い力を感じる。現れたのは巨大なレンズ。神の眼。その傍には緑髪の少女。そして――カイム。
「…追ってきたのか、敵わないと知りながら」
「貴方は…!ミクトランのマスターですかっ」
「はい、なんとかしてコイツを倒しましょう」
と言ってみたものの、カイムに勝てる気がしない。…ここは少女の力に期待する他なかった。折角2対1、挟み撃ち出来る状況なのだ。一矢報いてやりたい。見たところ少女は非力そうで、魔法職のような出で立ちだ。私がカイムに突撃して、詠唱の時間を稼いだほうが良さそうだ。カイムに向かってミクを構えて走り出した。つまらなそうな顔のカイムに斬りかかる。しかし全ての攻撃が軽々とかわされた。――今度は。私は構えを変えると、一気にカイムの右肩向かって剣を突いた。待っていたのは肉を裂く感触ではなく、硬いものに、ミクが弾かれた。衝撃音が広間に響く。確かに、右肩に当たった筈なのに。
「なっ…」
『こやつ、体がレンズで出来ている…!?』
「残念!今度はこっちから――」
じり、とカイムが私達を追い詰めようとする。これでは、どうやって倒したら…。困惑で頭が真っ白になっていく。カイムの背の向こう側で神々しい光が放たれたのはその時だった。
「ホーリーランス!」
「ッ!?」
「やった!」
あっ。慌てて口を手で覆い隠す。なんて駄目だったフラグを口に出したしまったのだろうか。でも、少女が放った光の晶術はカイムに直撃した。傷だって…、あると思い込んでいた私は、カイムの体を見て愕然とした。晶術を食らった場所が、ぽっかりと、へこんでいる。それは衝撃からでなく、体の一部分を削ぎとられたような感じだった。しかも、見る見るうちにへこんだ部分が直っていく。その内、カイムは何事も無かったかのように立ち上がった。
「…もういいか?」
カイムが怒りに満ちた目を少女に向けた。足元には晶術の陣を展開している。それを阻止しようと駆け出したが、間に合わなかった。少女も晶術で応戦しようとしたが、すぐに巨大な炎の玉が少女めがけて打ち込まれた。少女の悲鳴がこだまする。それを聞いて、硬直する体。あれだけ強力な晶術をたった数秒で…。倒れる少女の。それを鼻で笑う声。そして――。入り口の騒音に、首を無理に音の方へ向けた。
地下の入り口が崩れて、モンスターがなだれ込んできた。いかにもレベルの高そうな、ドラゴンやキメラ、二足歩行のモンスターまで。駄目押し、とどめ、という言葉が頭に浮かんできた。
「いくら俺様が強いとはいえ、こんな巨大なレンズを運ぶ力はない。飛行竜も首を突っ込むのにも無理があるし、しもべたちを動員したわけだ。神の眼の力をちょっと使っただけでもこんなに来るんだなァ」
まさに絶望している私の横を通って、カイムは高笑いしながら入り口へ足を進めていく。神の眼に直進するモンスターの中を通って、去り際に一言。
「ソーディアンマスター達と一回全力で戦いたいんだよな。だから、今回は見逃してやるよ。あ、でももたもたしてるとモンスターに邪魔だって殺されるかもな」
見逃す。圧倒的な差があった。また高笑いしながら、姿が見えなくなっていく。呆然としている私の横を、モンスターが通って、通って。まさに百鬼夜行のようだ。
『…何をぼうっとしている!…ッあの娘を連れて、ここは逃げろ…!』
「逃げろったって」
『今がモンスターの切れ目ではないか!!』
私だけでは勝ち目がない。ミクも分かっていた。悔しい。でも、逃げて、生きなきゃ。入り口を見ると、確かにモンスターは来ていない。打ち止めのようだ。私は大きく息をはくと、倒れている少女へ走る。少女はボロボロで、いまだに意識を取り戻す気配はない。彼女をおんぶして、入り口へ走る。振り返ると、モンスター達が神の眼を運び始めているのが見えた。…首を振ると、私は階段を早足で登り始めた。
**
強襲された神殿を出た。その時、神殿の天井を突き破り光の柱が立った。待機していた飛行竜がそれに向かって羽ばたきだす。少女を支えながら私は手で顔を覆う。飛び立った飛行竜の風圧で吹き飛ばされそうだ。
『神の眼を持ち出したか…』
「!!」
ミクの言葉に、空を再び見上げる。光の柱は掻き消えていく。カイム、神の眼を取り囲むモンスター達が開けた天井から浮いていくのが見える。飛行モンスター達は神の眼を飛行竜に載せるつもりだ。
「いけません…神の眼を…っ、彼らに渡しては…!」
「お嬢さん…!」
苦しげな呼吸をしながら傍らの少女が叫ぶ。私はそれに視線を落とし、心を痛めることしか出来ない。
「っ…」
「おい!! ナマエ!?」
「リオン君…」
セインガルドから駆けつけたのか、兵士を連れたリオン君が私に向かって走ってきた。私の姿、ボロボロのソーディアンマスターの少女を抱えているのを見て、リオン君は全て分かったのか、くっと悔しそうに顔をゆがませた。
「ごめんなさい、守れなかった…」
「…いや、お前は悪くない」
兵士が少女をセインガルドへ運ぼうとする。その場に残った私達は、ただただ天上を見上げるしかなかった。彼らはどこへ向かうのだろう。彼らの本拠地が分かれば…いや、それでもカイム達に勝てるイメージが湧かない。このままじゃ、この世界は…。私は異世界から来たといっても、今ではこの世界にいる者の一員だ。この世界の行く末を憂いでいた。
飛行竜がダリルシェイドの真上に差し掛かった際、はらはらと何かが大量に舞い落ちていくのが見えた。私達は顔を見合わせた。
「…報告は後だ、ダリルシェイドに行くぞ!」
「はい…!」
**
ダリルシェイド付近まで差し掛かった際、そこかしこの地面に紙が置かれていた。先に歩いていたリオン君がそれを拾い上げる。それを見て、リオン君は顔をこれでもかというくらい、しかめた。私も彼の持つ紙を覗き込んだ。
『新たな天上王、カイム誕生
セインガルドは神の眼を密かにストレイライズ神殿に保管していた。神の眼の技術を使えば貧富の差も瞬く間になくなるだろうというのに、それを隠していた。
天上王は神の眼をセインガルドの魔の手から取り戻した。今しがた見えた光の柱と、しばらく見なかった飛行竜が現れたのがその証。飛行竜は天上王が取り返した。セインガルドは失態を隠すばかりに気をやって、民衆の事を考えていない。
そして、偽りの平穏を守るため駆けつけたソーディアンマスター。かの者達を退けた天上王に敵うものはない。
もはやセインガルドの崩壊は止められないだろう。
セインガルドに反感を持つもの、天上王についていきたい者には、神の眼の祝福を受ける権利がある。
賢い市民諸君なら、どういう行動をとるのが正しいか、よく分かるだろう。
そして、ソーディアンマスター諸君に告ぐ。
天上王は寛大である。諸君らが無様に負けた事を帳消しとして、正々堂々とした決闘を申し込む。
日時は3ヵ月後の 天上にて 全ての決着をつけよう。』
そう紙に書いてあった。おもわず絶句する。こんなものまで用意していたのか…。
『アレにしては賢い判断だな。民衆を味方につけようとするとは』
「…城に向かうぞ」
早足になったリオン君。慌ててふらつく足でそれについていく。恐る恐る彼の表情を窺うと、あせりが見えていた。
街に入ると、街道には紙が散乱していた。怒鳴り声というか、騒がしい声が、城のあたりから聞こえてくる。
「これって本当のことなのか!?答えてくれよ、王様!!」
「この国が侵略されるんじゃないの!?ねえっ!」
「神の眼隠してた事も、飛行竜も奪われてたのも、隠してたのか!!」
まさに大混乱。閉ざされた城門には市民が群がっている。その誰もが不安や怒りを発しながら、あの紙を手に掲げている。私がカイムを止められなかったから、こうなってしまったのか。ただ呆然とその場で立ち止まっていると、一人の男性がこちらに気付いた。その不安定な目に、おもわず体が硬直する。
「客員剣士様…!おい、ソーディアンマスターの客員剣士様だぞ!」
瞬く間に、国に相手にされない民衆達はリオン君に目を向け始める。私も胸に不安を渦巻かせたまま、リオン君の方を向いた。リオン君も戸惑っていた。彼は客員剣士といっても、まだ少年だ。こんな事が起きて、対応できる訳がない。リオン君の方に民衆の波が押し寄せてきた。
「なあ!ソーディアンマスターはカイムって人に負けたのか!?」
「この事は本当なのか!?リオン様!!」
「ちょ…待って下さい!!皆さん、落ち着いてください!!」
「光の柱に、飛行竜が見えたんだよ!この紙の通りじゃないかっ!落ち着いてなんかいられないよ!!」
「…ッ」
リオン君の前に立って、大勢の人の目線を受け止めた。だけど、その血走った目を向けられて、逃げたくなってしまう。どうしたらいい。…本当のことを話したら、それこそ暴動になってしまうんじゃ…。
「待ってください!」
固まっている私たちの背後から、スタン君の声が鳴り響く。民衆達はスタン君に目を向けた。私たちも振り向く。割とボロボロの…真剣な表情をした彼の背後には、先ほど倒した村人達が担架で運ばれている。
「落ち着いてください、…俺も彼らと同じ、ソーディアンマスターです」
「これを見て落ち着いてられるか!説明してもらえんのか!?」
一人が声をあげると、他の民衆の口々に「そうだそうだ!」と乗っかってきた。
スタン君はそれを見て、怖気づきそうになる。目線を落としかけたが、すぐに芯の強い目をのぞかせた。
「……この紙に書いてある事は、事実です」
言った――。その瞬間、この場は静まり返った。重々しい口調だった。少し、間が開いてから民衆がさらにざわめきはじめた。
「なッ…!!そんな…!!じゃあこれから一体どうしたら…」
「ここにいたら死んじまうぞ…!!俺はカイム側につくぞ!!」
「俺の言葉を聴いてください!」
スタン君の叫び声が響き渡る。再び静まり返る。スタン君は息をついた。
「王様方は貴方達を不安にさせない為に全てを秘密にした上で俺達にカイムを倒す事を命じられたんです。そうすれば、みんな、何事も無く平穏に暮らせると思って。…でも俺たちは期待に答えられなかった。すみません。結果的により貴方達の不安を煽ってしまいました」
確かにその気持ちもあって、王様方は不祥事を隠した。
スタン君はこんな風に物を考えることが出来る、優しい、良い人なのだと思った。
「……カイムは周辺の村々を燃やして、大人達をさらっていきました。彼らはカイムによって操られ、俺達と戦わせられたんです。…それに、神殿を襲った際、奴は参拝者の事を考えずに飛行竜を神殿に突っ込ませました。幸い、神殿にいたソーディアンマスターが結界を張ったり、安全な場所にお客さんを誘導できたから、参拝者の中に怪我をした人はいませんでした…」
スタン君の言葉を聴いている人たちの顔はみるみるうちに、興奮が冷めていった。カイムによって襲われた人達を想う顔になっていったのだ。スタン君の言葉が、素直に耳に入っていく。それはリオン君も、私も同じだった。
「こんな、人の事をなんとも思っていない、人の心を踏みにじるような奴に、俺達は負けたくない!お願いします。俺達は必ずカイムを倒します。…だから、もう一回、国を俺達を、信じてほしいんです」
静まり返る人々、互いに顔をあわせている。気持ちが、揺らいでいる。
「…でも、勝てるのか…?ソーディアンマスターが束になっても勝てなかったんだろ…?」
「…ソーディアンマスターの内、二人だけしかカイムとまともに戦っていない。…二人ともマスターになって日が浅い者だ」
不安げな声を出す男に、リオン君が返事をした。…確かに。リオン君達をはじめ、全員でかかれば―…勝てない事も、無い、はず。っていうか彼女も初心者だったのか。
「僕達マスター全員、それにソーディアンの力を合わせれば、勝算はある」
「あぁ!」
リオン君の言葉にスタン君も力強く頷く。私も頷いた。
**
城門の前の民衆は皆納得したような顔になり、私達を城に通してくれた。王に報告をしなければいけない。
謁見の間まで歩く間に、私はスタン君を肘で押した。「何ですか? ナマエさん」と彼は惚けたような顔をする。
「さっきの演説すごかったです!あれで私、自信を取り戻せました。有難うございます。スタン君」
「え?そんな…、俺はただ思ったことを言っただけです。でもそんなに言われるなんて、うれしいなぁ」
照れながら頭をかくスタン君。さすがの主人公ぶりである。カリスマ性も兼ね備えているとは…。
私達の前を歩いていたリオン君が振り返った。
「僕からも礼を言う。…ただの密航者かと思えば、なかなかやるな」
「一言多いよリオン君!…素直じゃないんだから~」
「ふん」
彼のおかげで私達も軽口を叩けるようになったといえよう。
リオン君はすぐ前を向いてしまった。スタン君と顔を合わせて笑いあった。
**
「…民の混乱を抑えてくれて、礼を言う。私からも近々民達へ言葉をかけようと思う」
兵士から伝えられたのか、王は直々にスタン君に礼を言った。膝をつきながら彼は「そんな事ありません!」と大慌てする。
「そなた、セインガルドの兵になる為に密航してきたのだったな」
「あ、はい。すいません…」
「褒美として、兵士となる事を認めたいと思う」
「…えっ!?」
スタンさんがおもわずよろけて、鎧をがちゃんと鳴らす。洒落ではない。
「本当ですか!!…あッ、有難うございます!!」
「そなたのような者が兵士となること、この国の為になろう」
途中、ルーティさんが謁見に参加してきた。あの緑髪の彼女を治療した後なのだろう。そんな彼女はスタンさんが兵士になる事が信じられないようだ。私の隣で有り得ない!という目で前の金髪をじっと見つめている。
「…さて、私もばら撒かれた紙を見せてもらったが、…なにか対策を考えねばならないな。ヤツの約束した、3ヶ月を目安に、だ」
あんなに堂々とみなさんに3ヵ月後決闘だよ!って伝えて明日にでも襲い掛かってきたら、それこそ卑怯極まりない。あいつがここを陥落させても誰の支持も得られないだろう。だが、あいつは人の意思を無視して、体を操れるしなー。
どちらにしても、今出来ることをするまでだ。対策をたてて、ヤツを倒せる程強くなる訓練をする。
「人を操る力については兵から提言してもらったが…。ルーティ殿や ナマエ殿の晶術を使った際、彼らは苦しがった後、気絶した。おそらく支配が解かれたと思われる…。これについて何か分かることはあるだろうか」
ルーティさんが声を発した。
「アトワイトと先程まで話していたんですけど、体内に少しだけレンズが埋め込まれていたと思われます。レンズを埋め込めば人も同様にモンスターになります。…それを使って人を操っていたと」
「強力な晶術使いならあり得るな」
「あの…」
レンズ使い、というか。私はおそるおそる手をあげた。王様は私を見て「おお」と声をあげる。
「そなたは実際にやつと戦ったのだったな」
「はい…。実はあいつ、カイムを晶術で攻撃した所、術を受けた所が、ぽっかりとへこんだんです」
ざわ、と謁見の間にいた人たちがざわめいた。
「…その後、元に戻ったんですけど…。ミクトランが言うには、レンズを体に取り入れていると…」
『晶術がそこにあるレンズに反応して、そのレンズをも術の糧としたのだ』
「…術があたった際、レンズが術に反応したと。…あ、じゃあさ、レンズエネルギーを奪い尽くす晶術とか、広範囲の晶術とかあればいいんじゃないですか?」
『…あるにはある、が…』
「え!?マジで!?」
「騒ぐな!…そのような晶術があるのか?ミクトラン」
そしたらば、カイムもレンズがなくなって、とけ…あれ?消える?…ううん、いいのか?それ。…まぁいいや。こっちは必死なのだ。あれこれ考えてる余裕は無い。
王様、リオン君、その場にいる一同にみつめられる、ミクトラン。彼は暫くして言葉を放った。
『ブラックホール、術の中で最高難度の闇属性晶術。それが、 ナマエの言う条件に当てはまっている』
『なっ…!?なんですって…』
「闇属性…?それに最高難度…って」
『ちなみに術を使えるソーディアンは二つ。シャルティエと、私だ』
「えぇ!?」
…えらいこっちゃ。