戦場にて

 戦に出る前の朝、初めて山姥切を部隊長に任命した。頷いてみせる山姥切に鯰尾が「困ったら俺達に頼るんですよ!」と声高らかに胸を張った。先程から先輩面をしている鯰尾。山姥切は鯰尾の眩しい笑顔におもわず布を顔の方に引っ張て下げる。そうしてから再度ぎこちなく頷いた。加州は審神者の傍で彼女の顔を見つめながら不服そうな顔をしている。ナマエは加州の目線に気づかなかった。山姥切と鯰尾を見て微笑みながら、いつものように部隊長に通信機器を渡す。なんだこれは、と首を傾げた山姥切に、簡単に操作を説明し、分からなかったら鯰尾に聞くようにと伝える。

「必ず帰るときは連絡すること、中傷を負ったら迷わず帰還する事、絶対に無事に帰ってきて。それと…失礼するね」
 力強く念を押すナマエに山姥切は目を見張った。ただただ押され気味に頷いていると、突然ナマエに手を握られる。
「あー!ずるっ……」

 鯰尾が声をあげようとしたが、加州が鯰尾の尻尾のように揺れる髪を引っ張った。山姥切からそっと手を離すと、彼の手の平に赤いお守りがのっていた。

「一度だけ君たちが破壊されるのを阻止するお守り。山姥切君に渡しておくけれど、誰か無理しそうだったら、迷わずその人に渡すように、お願いね」
「あ、ああ…すまない」
「あはは、謝らないで」

 お守りから心地よい霊力が流れるのを感じた。迷いながらもズボンのポケットにお守りを入れる山姥切。審神者の傍にいた加州はため息をついていた。

「加州君?どうしたの」

 加州が不機嫌そうなのに気付いた審神者は、すぐに加州に話しかける。

「…主、無理してない?」
「え?なんで?」
「お守り自分で作ったんだよね。かなり霊力使ったんじゃないの…顔色悪い」

 加州の指摘に、皆が不安そうに審神者の顔をみつめた。

「そうだよ。主、大丈夫?」

 安定も彼女の体調に気付いていたのか、案じてみせる。

「…ありがとう安定君。う~んまあ、ちょっとは疲れた、けど…。大丈夫だよ!心配しないで」
 不安を打ち消すように笑ってみせる審神者。だが、加州はみるみる不安を募らせていた。加州にはやはり、無理をしているようにみえた。
「主が無理するくらいなら、これからはお守りなんて作らないでいいよ」

 加州の言葉に審神者が首を振る。

「それは嫌。…私にできることはこれくらいだから、これからも作るつもり」
「なんで…主が倒れたらやだし、悲しいよ」
「私だって貴方たちが折れたら悲しい」

 ナマエは目を伏せた。「貴方たちに代わりはいないからね」その言葉に加州は息をつめ、震えた。

「…主……」
「霊力は日ごとに回復していくし私の方は大丈夫だから。…納得してくれたかな、加州君」
「…うん…。主、これからお守りつくるなら俺達に言ってね。無理は絶対しないで」
「うん、分かった」

 加州が嬉しそうにはにかんでいる。ナマエはにっこり笑ってみせた。

「さあ、無事に帰ってきてね。……頼んだよ」

**

「二人のラブストーリーでも見てるような感じでしたね」
「ラブ?…それはともかく、不服そうだね。でも仕方ないと思うよ」

 進軍中。鯰尾は口を尖らせ愚痴を言う。それを諫める安定。安定は加州の過去に思いをはせる。

「清光は折れたことがあるから」

 折れたことがあるから、あんなにも主に愛してほしがって、自分より主を大切にする。御守りを作ったならば、こういういざこざが起こるのも、また必然。鯰尾はそれを聞くとあからさまに顔を曇らせた。

「……そんな事言うなんて、卑怯じゃないですか」
「そう?」
「許すしかないじゃないですか…」
「許すって…、君には許すも何もないんじゃ」
「俺だって主に「貴方の代わりなんていないよ」って言われたかったですもん!」
「「貴方たち」だったと思うけど」

 安定はふうと息をついた。何故彼らは今の主にそんなに傾倒できるんだろう。自分は、沖田君が一番で、今の主が一番とは…。そこまで考えてから安定は、目を瞬かせた。それでも、自分は彼女の心配をしていた。自分も、彼女が倒れるんじゃないかって程無理をするんだったらお守りなんていらないと思った。戦で折れるときは折れる。それでも、面と向かって「代わりはいない」と言ってほしかった――?
 分からない。自分は沖田君の刀なのに。あんな、脆くて、ガラスみたいな女の子の主に。胸を押さえる。

「でも加州さん、なんだかんだいって、折れそうになったら「お守り」がほしいはずなんですよ。俺も戦で折れたら、って考えたんですけど、いやだって思ったんです。折れずに主とずっと一緒にいたいって思ったんです。そりゃあ主には無理してほしくないですけど…って安定さん?」

 鯰尾は鯰尾で加州の立場を想像してみていた。折れた過去があるなら、なおさら折れたくないんじゃないかな。過去は振り返らないけど、もしも過去を覚えていたなら。鯰尾は思い出そうとするたび、脳裏に浮かぶ色が怖くて、できるだけ過去は振り返らないことにしていた。本当は前向きなどではないのは自覚している。
 進んでいく山姥切達の後を追っていたら、安定が隣に居ない事に気付く。振り返るとかなり後ろにいる安定にお~い、と呼びかけた。今の所敵の気配がないから良いものの、大丈夫だろうか、鯰尾は息をついた。