手入れ部屋

 鯰尾の心配は杞憂で終わった。敵に遭遇した山姥切の指示は的確、加州は絶好調の活躍。小夜、安定も鬼の形相で敵を蹂躙していく。今回の戦も無事、大勝利。ほとぼりが冷めたところで、山姥切がおぼつかない手で通信機器を触ろうとしたところだった。通信機から機械音が鳴り出す。突然のこともあるが、教えられていない事態に慌てる山姥切。様子を見ていた鯰尾が「俺に渡してください!」と通信機を代わりに操作すると、審神者の切羽詰まったような声が耳元から聞こえだす。

「もしもし!西の方角に戦ってる子がいると思うんだけど、押されてるみたい、助けてあげて!…あ、…でもうちに中傷の子がいたら……」
「俺たちならまだいけます。西ですね?部隊長に確認し次第、駆け付けてみます」
「ッなら是非!お願いします…!」

 連絡を切ると、真剣な顔をした面子が集まってくる。「主から?どうしたの」という加州の声に応え、先ほどの連絡を皆に伝える鯰尾。

「山姥切さん、向かっても大丈夫でしょうか」
「問題ない、今すぐ西へ向かうぞ」

 主の命に従い、西へ向かう刀剣たち。森の中を入り木々を抜けていく中、小夜が山姥切に回り込まずに正面から行くのか確認をとる。

「あぁ、切羽詰まっているなら小細工する手間も惜しい」
「まあねえ、そいつらが倒されちゃ仕方ないし…」

 確かに、向かっている方向から殺気、血の匂い、さらに近づけば斬りつけられる音も感じられる。木々の隙間から、開けた場所に一振りの刀剣。敵の群れの中、刀を構えているのが見えた。走りながら投石兵を出現させた加州が敵へ向かって岩を放つ。岩は木の上を飛んでいき、上空から固まっていた敵、二体を下敷きにした。

「鳴狐!!救援ですよ!!」
「…戦っていたのはお前だけか?」

 敵陣を斬りこみ、ふらふらのまま刀を構える刀剣を庇うように立ちふさがる刀剣たち。山姥切が改めて戦っていた刀剣を確認する。その刀剣の肩に乗るぼろぼろのきつねが「鳴狐」としきりに負傷した刀剣の名を呼んでいる。刀剣は所々肉が切れ、血が流れ続けている。肩で息をしながら立っていたが、限界なのかその場に蹲った。距離をとりつつも隙を伺っている敵兵、先ほどの投石で二体破壊した為、敵は残り4体。こちらが優勢だ。鯰尾が「俺、この人看てます。後は頼みますね」と鳴狐の止血に入り、残りの4人が一対一で敵を請け負うことになった。

「締めにもうひと暴れといこうか、オラァ!行くぞ!!」
「早く終わらせるよ」

 安定が敵の打刀に斬りこんだのを皮切りに、小夜、加州、山姥切が敵の懐へ飛び込んでいく。
 鯰尾は緊急用の紐や包帯を取り出すと鳴狐の止血の為に使いはじめる。

「…あの、鳴狐さん、ですよね。…一人で戦っていたんですか?」
「…う、ん……」
「他の仲間はどうしたんですか」

 あの多勢に一人で立ち向かうなど、無謀なのは分かっているはず。なのに、どうして。鯰尾はそれが気にかかっていた。黙り込む刀剣の代わりに傍の狐が「…鳴狐がしんがりを務めたのです」と震えた声で語る。

「仲間を逃がすため、かあ…」

 いつかはそういう場面にあうかもしれない。しかし聞いていて心地いいものではなかった。同じ刀派だと、なおさら。鯰尾は苦々しく顔をゆがめた。
 幸い、鳴狐はすぐ審神者による手当を受ければ破壊は免れそうだった。紐で止血し、傷に包帯を巻き終えた鯰尾。顔を上げると、仲間が刀を収め、こちらに歩いてくる。ほっと息をつくと、「すぐに戻りましょうか」と本丸に帰る準備を始めた。

**

 玄関先で審神者が待っていた。ぼろぼろの鳴狐を見て表情を強張らせるも、手入れ部屋に彼を運ぶように他の刀剣に指示をする。山姥切が彼をおぶる。先導する審神者について鯰尾が鳴狐の容体に、襲われた状況を報告した。

「うん、そっか…。ありがとう鯰尾君、みんなも。しばらく休んでいてね」

 部屋の障子を開け、山姥切が彼を布団に寝かせる。審神者は部屋に残り、彼の治療に専念することになった。ぞろぞろと手入れ部屋から刀剣たちが重い雰囲気の中、戦いで汚れた体を清めに湯呑みをしに風呂場へと歩き出す。山姥切は自室に戻ろうとしたが、「山姥切さんも風呂ですよ」と鯰尾に引っ張られ、面倒そうな顔で共に向かうことにした。

「…初の手入れ部屋ですね」
「そうだね、早く良くなるといいけど」

手入れ部屋はこれまで一度も稼働したことがなかった。
というのも、審神者が慎重なので、刀剣の練度を充分に上げてからでないと新しい戦場に挑まない。そのおかげで今の所、軽傷も負った事がない。

「…てか、あの刀、あんまり練度高そうじゃなかったよねー」
「うん…、そういう人を残すのって…」

加州が爪を気にしながら呟いた言葉に、頷く小夜。
鯰尾はぼろ布を引っ張りながら、同じ刀派の彼を想う。…どうして、それなのに残ったんだろう。