※現パロ
※お隣同士
自室の窓へのノック音のあとは、ダイレクトの叫び。少しの間反応しなかったぐらいでこれ。近所迷惑を考えていないのかコイツは…。リオンはそう思いながらも、その叫びが凄まじく悲哀に満ちているので、仕方なく窓を開けた。
「リオン聞いてよお」
顔を見るなり、ぎょっとした。いつもの部屋着姿だというのに、ナマエの泣き顔がくだらない会話の為に呼んだ訳でないのを知る。夕暮れの暖かな光がナマエの目に浮かんだ涙をじんわり照らしていた。
隣の家の窓からリオンを呼んだのも、何かあったからのようだ。
「私の好きな人、死んじゃった」
「は…」
この時リオンは2つのショックを受けていた。1つ目は誰かが死んだこと。2つ目はナマエに好きな人がいたこと。何故2つ目のショックを受けたのかはよくわからなかったが、すすり泣くナマエになんと言葉をかければいいのか。リオンは狼狽えてしまった。
「…ごめん、こんなこと急に言って。…ゲームの話なんだけ」
「ゲームの話?」
ナマエの言葉が言い終わらないうちに聞き返す。そして、窓から詰め寄った。
「うん、ゲームの話。私の推しキャラが死んじゃったんだよお」
真剣に考えようとした自分が馬鹿だったようだ。リオンは静かに窓を閉じる。「薄情者!」と謂われのない言葉を吐かれ、それに反論するため、再度窓を開ける。
「何で僕が悪いように言う。お前のくだらないゲーム話に付き合うつもりはない。大体いつもお前は……」
「でも、凄い悲しいの。慰めてくれないの…?」
普段から窓越しにナマエの話を聞き、呆れながら返事をしていた。ナマエのペースに巻き込まれることが多く、何度も不毛な会話をやめようとしていたが、なんだかんだで押し切られていた。涙目のナマエを見やる。今日もそうなりそうだ。リオンはため息をついた。
「……分かった。話を聞いてやる」
「ありがと、リオン」
ナマエが言うには、そのゲームは最近発売されたもので、発売前から気になっていたキャラが仲間になり、嬉々としてレベル上げに勤しんでいたそうだ。
「パーティのみんなにツンツン、凄い冷たい態度をとっててさ、素直になればいいのに、って思いながらも可愛くて好き。唯一心を許せるのは幼い頃から一緒にいたしゃべる剣と親代わりに接してくれた人で、その人にはデレデレなんだよね」
そのキャラクターの説明をする中で、やっと涙がひいたのか。ずず…と鼻を鳴らす音も少なくなっていた。リオンは思う、そのキャラのどこに惹かれるのかまったく分からん。ナマエの趣味が悪いことに将来を心配しつつ、「はあ」と相槌しておく。
「で、そいつがその、死ぬのか」
「うん…」
ゲームのストーリーや、他のキャラクターまで話が広がる前に、本題に入っておく。また泣くかと思っていたが、ナマエはただ、目を細めるのみ。感傷に浸る余裕が出来たのだろうか。
「その子、途中でパーティのみんなを裏切って死んじゃうんだ」
「…なんというか…壮絶な死に方だな」
「うん……。アッ、ごめんリオン!もしかしてそのゲームやるつもりだった!?ナチュラルにネタばらししちゃった…」
「それは無い、安心しろ」
「あ、そう?…ちょっと残念」
いつもの調子に戻ってきたナマエ。リオンの肩の力が抜けていく。
「で、仲間を裏切って死んで、悲しかった、と」
「うん、そうだね。…なんでこの子が、死ななきゃいけなかったのかなって」
そのキャラクターメインのサイドストーリーにも手をつけていたらしい。キャラクターが裏切った経緯、どう悪事に手を染めていくのかもありありと分かり、さらに精神的ダメージを負ったという。自分で自分の首を絞めにいったな。そう思いながらもリオンは、キャラクターをそこにいる人物のように扱い、死を悼むナマエのことを、そこまで悪くない、と思った。
リオンはゲームや漫画など娯楽となるアイテムに興味を示さず生きてきた。そこに隣の娯楽好き女がずかずかやってきた。人の領分をひょいと踏み越え、あれやこれやと勧め、結果的にゲームや漫画の楽しさを知ることが出来てしまった。隣の家で対戦ゲームをやり、完膚なきまでにナマエを負かしたり(凄い泣かれた)、お小遣いで買った漫画をお互い貸し借りしたこともあった。中学校まではナマエと娯楽に囲まれながら日々を過ごしていた。いい思い出だったと記憶している。高校生になっても相変わらずナマエは漫画やゲームにうつつを抜かしているが、それでいいのだ。ゲームや漫画のキャラクターの行動に感情移入し、一喜一憂するやつ。それがナマエなのだ。
「みんなでラスボス倒したら、…セーブデータがボス倒す前に戻っちゃうかはさておき、レベル200まで育てようとしたのになあ…」
「お前が」
「うん?」
「お前が、そこまでそのキャラクターを想ったら、そいつはうかばれるんじゃないか。……ゲームの中だとしても、真剣に生きたんだろう」
リオンの絞り出した言葉を聞いて、ナマエは1つ、ぽろっと涙をこぼした。
「うん、彼は生きてた。……頑張って生きてたんだよなあ」
橙が紫がかってきた空を見上げるナマエ。その視線を追うように、リオンも空を見た。ナマエを泣かせるくらい、想われるなんて幸せなやつ。うっすら、星が見える。安らかに眠れよ、なんて、らしくない言葉をかけてしまう。
「彼さ、死んじゃうことに後悔がなかったんだって。後悔しないって凄いよね」
正面に視線を戻す。ナマエが指を組んで、窓のふちに腕をついた。後悔の無い死に方なら、良かったんじゃないか。これで未練タラタラで死んでいたらトラウマになっていたかもしれない。後味の悪い想像をするのをやめ、ナマエの言葉に返事をする。
「まあな。お前も後悔のないように生きてみたらどうだ」
「んー?例えば?」
「…心残りの無いように、伝えたいことはすぐに伝えるとか、だろうな」
ぱっと思い浮かんだことが、それだった。ナマエは考えるように上を向く。
「そうだね。…じゃあ、いつも話を聞いてくれてありがとう、リオン!これからもよろしく!」
心からの笑みで感謝を伝えられた。突然のことにリオンの胸がざわつく。呆然としているリオンに、「あかんやつだったか」と羞恥か頬を染め慌てるナマエ。さらにざわつく胸に、思わず自分の胸を殴りたくなるリオン。収まらない胸の音。どうしてだ、なんで、僕が、ナマエに――。
「どうしたのリオン…?うん…?」
「な、何だ!身を乗り出すな!」
様子のおかしいリオンを見て、落ち着きを取り戻したナマエは、リオンをじっと見つめだす。窓から上半身を乗り出し、真っ赤になったリオンを至近距離でしばし観察するや否や、名案とばかりに輝いた顔でこう言ってのけた。
「リオンって推し君によく似てるかも…!性格とかも割と似てるしこれは千年に一度の逸材…!?ねえ、コスプレとか興味ありませんか!?」
「……帰る」
「あーっ!リオンさんちょっと待ってくださいよお!」
今度こそ、窓を閉め、カーテンをとじてナマエをシャットアウトしたリオン。窓に背を向けると深いため息をついた。胸の高鳴りは気のせいだった、と思いたい。
それに、ナマエにキャラクターと性格も似てると言われ「趣味が悪い」のブーメランが自分に返ってきたことに、少しだけ、ほんの少しだけ傷ついたのだった。