放浪者のゆめ⑩

 俺は今、早朝に開いた知恵の殿堂にて恋愛についての本を探している。恋人(仮)がいる手前、誰かに見つかる訳にはいかない。なので、早朝。
 恋愛とは?好きな相手(仮)には何をすればいいのか……。まさか自分がこういう本を読むことになるなんて想像していなかった。
 何冊かパラパラ開いて読んで、良さげだったものを抱え、研究室に逃げ込んだ。
 そこでは既に放浪者が論文を書く作業をしていた――。

「な、なんでもういるの!?」
「君が朝食を作る音で起きた。いそいそ出ていったのを見届けて朝餉を食べてからここに来ただけだ」

 見届けられていた――。ちなみにみんなの分の朝食はラップをして食卓に置いてある。

「何の本を読むつもりだ?」
「れ、恋愛についての本……。ほら、一か月恋人するんなら、どういうことしたらいいかなって」

 多分目が泳いでいるであろう。視線が合わせられず、ぼそぼそと言い訳するように言葉を並べた。

「君が張り切ってどうする。僕はもう何も考えてすらいないのに」
「ひどい!」
「……分からないんだよ。好ましい相手にどうすればいいか」

 放浪者も視線を逸らしながらそう言ったのに、思わず彼を見つめた。俺が、好ましい相手。そうやって放浪者の口からはっきり言われると、こちらまで照れてしまう。だが、一々照れていては恋人(仮)が務まらないというもの。
 顔が熱くなるのを感じながら平静を装い、提案をしてみた。

「じゃあ一緒に読もう。で、読んだことを実践してみる。どう?」
「……分かった」

 論文や資料を片付けてから、俺が持ってきた本に手を伸ばして恋愛ハウツー本を真剣に読み始める放浪者。なんだかキュンときてしまうものがあるな。ギャップか?
 俺も積んである本を手に取ると「恋愛ド素人のあなたの必読書」という煽るようなタイトルの本を読み始めた。
 向かいあって恋愛についての本を読む恋人……(仮)はたからみたら異様な図かもしれない。
 辛辣なタイトルとは裏腹に中身は優しい文章でこれまたギャップを感じながら目次を流し読む。そして、最初の項目へ――。ステップ1、まずは相手について知ろう!の文章に「あっ」と声をあげた。

「そういえば聞きそびれてた!」
「何だ」

 いかにも集中して読んでいたのを邪魔されて煩わしそうな顔をしている。まあそれはさておき。

「放浪者の稲妻での暮らしについて知りたかったんだ」

 前にそれを聞こうとしたら放浪者が告白されたんだったよなあ。
 放浪者は呆れたように肩を竦めながら「面白いことなんて何もないけど」とはあ、と息を吐いた。

「面白そうだから話を聞く訳じゃないよ。俺が放浪者のことを知りたかったってだけ」

 放浪者にずいずい詰め寄ると、笠を深く被って再度溜息をつかれた。横目で視線を向けられているような気がする。

「じゃあ、僕が話し終わったら、君のことも聞かせてよ」
「もちろん!」

 論文について一瞬頭をよぎったが、まあ、今日はお互いを知って満足してから取り掛かった方がいいかな、と思った。

 放浪者は「僕は摩耗(摩耗が進むと記憶や自我を失うらしい)を防ぐ為に雷電将軍に作られた人形。だが、失敗作だったんだろう、器となれず捨てられた」と言った。だから「雷電将軍」は神の器として将軍の任を負っているのか。でも、あの影さんが放浪者を捨てたりするのか……?と疑問が浮かんだが、今は素直に話を聞くしかない。
 その後、たたら砂に駐在する侍に拾われ、たたら砂に住む人々から生活する術や刀鍛冶について教えられた。人間社会に溶け込めたけれど、人形であるコンプレックスは消えなかったという。そんな自分に特に目をかけてくれた刀鍛冶は、人形であることを否定してくれたけどね、と懐かしむように話は進む。おそらくこの時期が放浪者にとって楽しかった頃なのだろう
 だが、フォンテーヌからやってきた技術者によって全てが狂い始めた。技術者は刀鍛冶の為に晶化骨髄を使用する「御影炉心」を設置。その後、たたら砂に病気が蔓延し始まる。助けを求めに城へ向かった者たちは戻らない。自分も雷電将軍への謁見、支援を頼んだが、ふいにされた。その間、刀鍛冶は装置を停止させようとしたが、技術者に殺された。自分を保護した侍も、責任を問われ上司に斬首された。

「そんな……」
「技術者の正体は、ファデュイのファトゥス、「博士」だった」

 こんなことって。これ以上言葉が出てこない。ファデュイってなんでこんなひどいことが出来るんだ?

「だけどたたら砂に戻った僕は何も知らないで「博士」の言葉を鵜呑みにした。丹羽が逃げたとね」

 その後、装置を停止させ、たたら砂で病に侵された子どもと親しくなり、彼と暮らすようになる。彼の両親はもういなかった。

「ずっと一緒に暮らす、なんて、今となっては馬鹿げた約束をしたんだ」

 自分本位な願いだったな、なんて、先程から放浪者は辛い話を平気そうに話しているが、この先の展開が手に取るように分かる。そう思ったら言葉が口から出ていた。

「放浪者……、辛かったら話さなくたっていいからね?」
「話せと言ったり、話さなくていいと言ったり、随分勝手だな」

 本当だよな……。返す言葉もなく、「ごめん……」とうなだれるのみ。そんな俺に溜息をつくと、胸倉をつかまれた。なんか胸倉掴まれるの慣れてきたわ。

「君が望んだから話をしているんだ。君こそ、僕について話を聞く覚悟はあるのか?」

 放浪者は俺を見つめている。意志の強い目は、話を聞き届けて欲しい、と願っているように見える。だったら俺はそれに応えるのみ。

「覚悟はあるよ」

 放浪者は俺の言葉に満足そうに頷いて、「ならいい」と呟いた。胸倉を掴む手も解放された。放浪者ってば手が早いんだよなあ……。

「大方予想できるだろうが、幸せな話になんかならず、子どもは病で死んだ」
「……うん」
「僕はこれら全てを裏切りだと思って生きてきた。雷神による裏切り、丹羽による裏切り、約束を破った裏切り」
「うん」
「でも雷神以外はそうじゃなかった。博士のせいで起きた悲劇みたいなもんさ」

 だけど、何も知らなかった放浪者は「人間の醜い心」を憎み、ファデュイに入隊。そしてスメールで神になろうとした。おおー、……おお?とあまりの突拍子のなさに思わず聞き返す。

「……神に?」
「あぁ、空やクラクサナリデビに邪魔されて計画は失敗したけどね」

 自分の知らない所で色々あったんだなあ。「はえ~」と圧倒されてしまった。放浪者は俺のそんな反応を見て呆れているようだ。

「君の友人と敵対してたんだぞ?詳しく聞こうとしないのか?」
「でも、今は味方でしょ?……詳しいことは気になるけど、今は喋るのに集中してほしいかな」

 放浪者はむっとした顔をして息を吐く。

「……無惨に敗れ、捕虜となった僕は神の力がまだ残っている内にナヒーダに世界樹の調査を命じられた。……その際、僕は世界樹を通して真実を見た。クラクサナリデビがそう仕向けたんだ。そこでたたら砂での出来事は「博士」が仕組んだと初めて知った」

 ナヒーダ、策士だな、と感心していると、衝撃的な言葉が飛び出した。

「だったら、最初から自分がいなかったら、全てがうまくいったんじゃないか。世界樹の中でそう思った」
「そんなこと……!」
「僕という、奴らにとって興味深い「人形」がいなければ、あんな玩具のようにたたら砂が弄ばれなかったかもしれない。誰も死なずに済んだかもしれない……」

 だけど、世界の理ってやつは残酷でね、と放浪者は自嘲するように笑いながら言葉を続けた。

「たたら砂の皆に拾われなかった。だけど、歴史は変わらなかったし、僕も今、ここに存在している」

 補足のように、クラクサナリデビが僕の記憶を保存していたから、一度目の僕の記憶もある、と付け足した。表情は真剣なものに戻る。

「二度目の生を受けたってことだ」
「もう一度、新たな人生を歩み始めたって感じだね」
「そうとも言えるな」

 なんだか凄い人生を送っているな……。でも、と思ったことを口にする。

「俺は放浪者に会って、仲良くなって……一緒に居れて、良かったと思ってるよ。世界の理とかよく分かんないけど、いなくならなくて良かった」

 無言。
 何だよ!何か言えよ!と思ったら、放浪者は笠をかなり深く被ってしまった。多分、後頭部が丸見えだよ。……その後も沈黙は続く。

「何か言ってほしいんだけど……」
「君はよくそんな小恥ずかしい台詞を言えるな」
「俺もそう思った」

 話題を変えよう!俺は羞恥に襲われながら、あ!と声をあげた。

「そういえば!神の目って何かを願った時に現れるんでしょ?何を願ったかも、良かったら聞いて……いいかな?」
「君が名付けた「放浪者」になる前、死にかけた時にこのまま何も残さず死ねないと思った。何かを残したいと願った」
「潔い!」
「言い渋ると思ったか?」

 あ、笠をずらして、ちょっと顔を見せてくれた。

「まあ、ちょっとね。自分の願いって言いにくいかなって思って」
「別に。……お前は神の目を持っていないのか?」
「え?ないよ?」
「……そうか」

 追及されることはなかった。神の目を持ってない人間は人を回復させることが出来ないとは思うんだけど、そこらへん疑問じゃないのかな。まあいいか。

「それにしたって何か残したいかあ…何にも考えたことなかったな。放浪者は偉いなあ」
「別に、褒めても何も出ないぞ。……人間の生なんて何も残らないと思っていたんだ」

 「裏切られて、人間を憎むようになった。けれど、全部が全部そうじゃなかったと世界樹で知ってから、考え直した」そう、放浪者は小さな声で話す。気恥ずかしいのかもしれない。

「たたら砂の皆は、僕を一人の人間として、家族として優しくしてくれた。あの子も、僕に模した人形を作り大切にしてくれた」

 そう言うと、放浪者は懐の人形を取り出す。柔らかく握られた人形に一粒つけられた涙がきらりと光って見えた。
 一度目の生で優しくしてくれたこと、大切にしてくれたこと。放浪者の中でその温かさはたしかに残っているんだ。

「彼が作ったものとは違うが、同じように作ったつもりだ」
「その子が作った人形を、放浪者が改めて作ったんだね」
「あぁ」

 人形についても知ることが出来た。ちゃんと話し合うのっていいことだなと思った。
 でも、自分の何かを残したい、というのは歴史の中になにか残すという意味合いより、他人の中に自分の存在を残す、という意味合いが強いんじゃないか?だったらもう残っているじゃないか。

「あのさ……放浪者のことは俺の記憶に残ってる。探し回った頃のことや、仲良くなれたかな~って頃のこと。それに放浪者は確かに何かを残していってるよ。ナヒーダや空、パイモン……、スメールのひとたちの中にも」

 はい、またも沈黙。恥ずかしいこと言ってばかりかも!と俯いて顔の前を手で扇ぐ。

「君は人たらしなのか?」
「ええ!?そんなつもりはないけど……」

 放浪者は呆れてしまったようだ。「何も言わないよりマシだろ」と声を絞り出して反論する。

「そういう所が、好ましいと思ったのかな」
「!!」

 俺を見つめている彼の言葉に顔が一気に熱くなる。「そ、そういうの、急に言うなよ……」とさらに俯く俺。先程の放浪者のようだ。

「恋人期間中なんだから別にいいだろ」

 ぐうの音も出ない。うう…と唸るような声を出している俺の顔の火照りが収まるまで、放浪者は待ってくれていた。

「気分は落ち着いた?さあ、今度は君の話を聞かせなよ」
「うーん、どこから話したもんか…」

 今度は俺の番。放浪者に自分の話をした。別の世界からきたこと、そのおかげか回復能力が使えること、でもこの世界にまだ体が馴染めないこと――。
 放浪者は興味深そうに俺の話を聞いてくれた。

――――

「……あれ?歴史が変わったっていうけど、別に俺の記憶は変化してなくない?ファデュイ時代の放浪者のこともちゃんと覚えてるんだけど」
「それは君がこの世界の人間じゃないからだろう」

 そのおかげなの!?と驚いていると、放浪者は息をついて語る。

「旅人もそうだったから」
「そっかあ…」