有里君に夢をみて何が悪い!

 お昼休みに有里君がそっと教室を出ていったのを後目に、ねえとゆかりに話を振った。

「有里君て王子様って感じだよね」
「うーん、なんとなく、言おうとしてることは分かるよ」

 ゆかりに同意を求める…いや、同意がもらえなくても語ることに意味がある。私がそう語ると、ゆかりは苦笑いしながら頷いてくれた。彼女の手にはいちご牛乳のパック。ピンク好きだよなあ。いや、それより今日の昼、それで済ませる訳じゃないだろうな。じと目で見つめていたら「文句ある?」とむっとされた。こちらも負けじと「ご飯も食べなよ」と伝えておく。

「サンドウィッチもあるってば。も~…お母さんじゃないんだから」

 ため息をつきながら鞄からコンビニのサンドウィッチをとりだす。それを見て頷くとともに、「心配なんだよ。てかお母さんじゃないからね」と釘をさしておく。

「まったく、……話を戻すよ」
「あ、戻すのね」

 ゆかりがサンドウィッチの包みをはがすのを見届けながら、有里君の空席を確認し、再度熱い思いを語る。

「転校当初から優しそうでかっこいいな~って思ってたら、本当にそれでさ。期待を裏切らないよねえ……」
「まあ、第一印象と実際のキャラって違うことって多いもんね。その点彼って、見た目通りというか」
「そうそう見た目通りぽわーっとしてるけど、そうだな…、覚えてる?有里君が金欠で白米だけ食べて震えてた日。私がお弁当のおかずをあげた時にふわって笑う所、めっちゃ可愛かったんだよね。(ゆかりは笑いながら相槌をうっている)でも男子と絡んでる時はさ、高校生らしいからからした笑い方じゃんね。「あははっ」て感じで、ドラマで見るような爽やかなさぁ。(ゆかりは苦笑いしはじめた)そのうえ陸上部では我が校のエースでしょ?有里君でCM1本撮れるんじゃない…?トラックを走り終わった後、アイスボックスから炭酸飲料を取り出すんだよ。そして喉を鳴らしながら炭酸を飲む。……三〇矢サイダーとかぴったしじゃない?(ゆかりは白い目でサンドウィッチをもそもそ食べている)なんだその目は。……そういやおかずのお礼にコーヒーおごってもらった時があったなぁ。ポロニアンモールのシャガールでバイトし始めたからって。制服姿も勿論かっこよかった。蝶ネクタイに、ベスト、あとエプロン?前掛け?……とにかくかっこよかった。お客さんとして接してくれたけど、コーヒーを運んできてくれた時、「あの時はありがとう」ってこっそり呟かれてね。そんでにっこり微笑まれて私は幸せ者だよ…(ゆかりが私の後ろの方を見ている)」

 ゆかりは遠い目をしているのか。完全に聞く気をなくしてしまったようだ。先ほども言ったように、同意がもらえなくても語ることに意味がある。
 彼の席がいまだ空いていることを確認する。戻ってくるの遅いな、と思いつつも、有里君についての話を再開する。

「その後シャガールのコーヒーチケットももらってね。嬉しくってチケット使い終わった後も通い続けてるんだよ。接客してくれる時は足をついて、……ここもキュンとするでしょ?で、ちょっとだけ話してくれるし。本当、チケットまでくれるなんて太っ腹だよね。大抵の女子は有里君にここで落ちちゃうだろうな……。あぁ、もしかしてシャガールの差し金……営業かもしれないけど。でも、とにかくあの時は嬉しかったなあ」

 ゆかりがなおも後ろの方を信じられないと言わんばかりにげっそりした表情で見ているので、ふと振り返ってみた。
 語っていた本人がいた。

「うわーーッ!?」

 思わず立ち上がって驚く私。突然の有里君との対峙。ビニール袋を提げている。おそらく購買から戻ってきていたのだろう。

「わ、びっくりした」
「……いや、全然びっくりしてない感じだよ?有里君」

 私の叫びに、口を丸く開くのみの有里君。ここにも胸がキュンキュンしてしまう。普段ポーカーフェイスな有里君がそっと微笑んだりして、表情が変わる瞬間も好きだが、薄い反応も彼らしくて良い。
 なんて、有里君語りを心の中で続けている場合ではない。

「そ、そうだ、どこまで聞いて……」
「シャガールの話のあたりかな。他にも話してたの?聞きたかったな……」
「うう、そうかあ…。でもこの話を聞こうと思うなんて、有里君は鬼かな!?」
「だって、僕の事、褒めてくれるんでしょ?」
「ひええ……、ご本人を前だと私が耐えられないよ」
「そう?」

 ゆかり、助けてくれ、と振り返ると、彼女は忽然と姿を消していた。「何でぇー!」と情けない姿を晒してばかりの私に、有里君は相変わらずの自分のペースでこちらをじっと見つめている。いつもなら「少し照れちゃうな」と頭をかいてしまいそうな所だが、今は針の筵である。

「そういえば話の中で気になった所があったんだけど」
「掘り下げないで~」
「掘り下げます」
「そんなあ~」

 要望はぴしゃりとはねつけられた。よよよ……と崩れ落ちてしまいそう。有里君は少し間をおいて、なんとなく悲し気な表情で口を開いた。

「コーヒーチケットをあげたのは営業なんかじゃないよ?そう思われて、ちょっとショックだったな」
「……ごめん」
「あぁ、謝ってほしい訳じゃないよ。こっちこそごめんね、責めるような言い方して」

 やっぱり優しい有里君。言葉の節々からあふれ出るマイナスイオン。有里君がきらきらして見えてきたな。

「……僕が君にチケットを渡したのは、なんというか、えっと、……君にまたお店に来てほしくって」
「うぐうっ」

 そのお言葉に胸にダメージを受けた。勿論キュンキュンキュン!ときてのダメージだ。心配そうに眉を下げる有里君。勝手にダメージを受けているだけなのに、心配をかけてしまって申し訳ない。

「大丈夫?」
「あッ、大丈夫です。……優しいね、有里君」
「え、そうかな……?」
「そうだよ、優しさは有里君で出来てるよ」

 言っていてよく分からなくなってきた。そのせいもあってか、有里君はうーんと悩んだまま。すみません、私のせいです。
 その内、有里君はぽつりぽつりと言葉をつむぎはじめた。

「んー……自分の為に行動しただけだから、優しいって訳じゃないと思う。多分」
「そうなの?」
「うん」

 頷く有里君。自分の為に私にチケットをくれたのだろうか?それってどういう意味だろう。考えている間に、「そうだ、プリン食べる?」と有里君がビニール袋をさしだしてきた。

「えっプリン!」
「君が購買のプリンが好きだってこの間、言ってたから」
「覚えていてくれたの?……有里君、ありがとう!」

 有里君はやっぱり優しい。私のお礼に、有里君は口角を少しあげている。
 机にプリン2つ、おにぎり5個(きっと有里君の今日のお昼だろう)を広げて、お昼を一緒に食べてくれる感じに。ゆかりがどこへ行ったか気になったが、交友関係の広い彼女の事だから、他のクラスの子らに混ぜてもらっているだろう。そう納得させると、おにぎりに手を伸ばした有里君に「あっ!」と声をあげた。

「有里君もおかず食べなよ!……そうだ、プリンのお返しに私のお弁当のおかず、ちょっとあげる。あぁ、プリン分の価値にはならないだろうけど…!」

 私の言葉に「ううん」と首を振る有里君。思わず有里君を見つめてしまう。

「そんなことない」
「いやいや……」

 いつになく頑固だなあ。だけど、冷凍食品や野菜もあるけれど、ささっと作ったおかずも含んでいるし、プリンに釣り合うだろうか?

「十分お返しだよ。もらっていいなら、是非欲しいな」

 思わず、感嘆のため息をつきたくなった。私の疑念を吹き飛ばそうと、喜んでもらおうと、有里君はいつも嬉しい言葉をくれる。

「もー褒め上手だなあ。じゃあミートボールと、ブロッコリーと……、だし巻き卵でいいかな」
「美味しそう、ありがとう」

 だし巻き卵を選んだのは、手作りおかずの中で一番うまく出来たからだ。
 お弁当の蓋にピックをさしたおかずを並べ、有里君に差し出した。

「じゃあ改めて、いただきまーす」
「いただきます」

 有里君は頬を膨らませておにぎりを食べる合間におかずを食べてくれて、「おいしい」と伝えてくれる。そういえば、最初におかずをあげた時も「おいしい」って言ってくれったっけ。そんなに接点がなかった頃でもそう言ってくれたんだし、ほら、やっぱり優しいじゃないか。

 有里君と同じようなタイミングでお弁当を食べ終えたことにびっくりしながら、次はデザートのプリンを舌鼓。購買のプリン、パンと同じように学校内で手作りみたいなんだよね。とろっとして、やわらかな甘みが美味しい。……なんとなく、有里君を彷彿とさせるな、なんて恥ずかしい妄想もしながら食べ終え、「ごちそうさま」を二人でした。
 美味しかったよ、ありがとうを言い合った後に「そういえばさ」と有里君が声の大きさと目線を落として話しかけてきた。続く言葉を待っていると、少しして、有里君が口を開いた。

「君は、僕のこと……やっぱり、なんでもない」
「有里君?えっ何、気になる!」

 言葉を濁すわ、何を喋ろうとしたのか教えてくれないわ、気になりすぎりて食いついてしまう。そんな私に、有里君は珍しく頬を染め、こう言った。

「……また今度、シャガールに来たら教えてあげる」
「勿論行きますとも!わあ楽しみだなあ~」

 何を話してくれるんだろう。満面の笑みの私とは対照的に、有里君は硬い表情で、ぎゅうと手を握りしめていた。