森には狼たちがすんでいるよ

※第三者視点

近くの森には狼が住んでるから、入っちゃだめよ。
お母さんに手を引かれて、近所に買い出しにいったときの言葉だ。
見慣れない柔らかな雰囲気の男の人も、たくさんの食べ物を袋に抱えていた。
すれ違う時、お母さんに挨拶をしていた。知り合いの人?と聞くと、えぇ、といって何も言わなかった。他にもなにかしゃべってくれると思ったけど、それだけ。
しばらくして、狼のことを伝えられたから、頷いてみせた。

今度はひとりでおつかいに行ったとき、またあの男の人を見つけた。
気のよさそうな人で、パン屋のおばちゃんとなにかしゃべっている。
パン屋のおばちゃんは長話が好きな人だから、つかまると長い間話を聞いてばかりになる。
あの人も、聞き役になっているんだろうな、と眺めていると、
「あっ」とわたしをみて男の人は声をあげた。

「ルーティさんとこの子と一緒に遊ぶんだった。ごめんね、待たせてるみたい」

そんな約束していない。男の人は私へ向かってかけてきた。驚く私に聞こえるよう、体をかがめて「ごめんね」と町の入口の方を指さした。私をだしに切り上げたようだ。
入口まで歩く間、「この前ルーティさんと買い物してた子だね」と話しかけてきたので、無言で縦に振った。知らない人と話しちゃダメって言っていたけれど、この人は知っている人でいいのだろうか。

「急いで戻らないとといけなかったから助かったよ、あのおばちゃん、良い人なんだけどね」
「……あなた、この町の人…?お母さんの知り合いなんだよね?」
「うん、ルーティさんとは知り合い。この近くに住んでる人だよ」

おとうさん以外に、大人の男の人と話したことがない私は、この男の人と話すのが気恥ずかしかった。でも、自分が誇らしくもあった。こんな体験してるのは孤児院の中で私だけだろう。
町の入り口までついた時、お兄さんは膝に手をやり、私と目線を合わせた。

「これから買い物だよね。…パン屋に用があるなら、遊んだけど、急な用事で帰っちゃったって言ってもらえると嬉しいなあ~」
「…がんばる」
「ありがとう」

お兄さんの優しい笑顔に、顔が熱くなる。思わずうつむいてしまった。お兄さんは「そうだ」と紙袋を探ると、「手を出して」と包まれたチョコレートを3個ほど私の手のひらにのせてくれた。
感触を確かめるように、手を握ったり開いたりしていると、お兄さんは「じゃあね」と言葉を残して町を出ていった。振り返ることなく、町の傍の森の中へ入っていった。チョコレートの包みをスカートのポケットに入れる。なんだか夢みたい。ほわほわした気持ちで商店街へ戻ると、やっぱりパン屋のおばちゃんに呼ばれてしまった。
あの兄ちゃんはどうしたの?と聞かれたので、急な用事で帰った、とたどたどしい言葉で伝える。困ったわねえ、とおばちゃんが頬に手をやる。

「あの子、手紙を忘れていったみたいなんだ…。どうしたもんかねえ」

ため息をつきながら、パン屋のカウンターにおかれた白い封筒を見つめるおばちゃん。

「私、とどける!」
「住んでる所を知ってるのかい?」
「うん!」

森に入っていくのが見えた。だったら、すぐ近くにお家があるはず。お母さんの「狼がすんでいる」という言葉が浮かぶが、首を振ってかき消した。おばちゃんは私の様子に不思議そうに首をかたげるも、「じゃあ頼んだよ」と封筒を私に渡してくれた。
童謡を歌いながら町を出て、お兄さんのように森へ入っていく。あたりに家らしきものはない。でも、すぐどこかにあるはず、と森の奥へと進んでいった。
しばらく進んでも、同じような景色ばかり。木と木の間を真っ直ぐに進んでいるのに、何もない。森の中に響くカラスの声にびっくりして、しりもちをついてしまった。泣いてしまう。涙をこらえながらポケットの中のチョコレートを1つ、包から取り出した。口の中に放り込んで、勇気を出して進む。
良い匂いがした、気がする。シチューを煮ているような匂い。駆けだすと、森の中にぽつんと建った家を見つけた。物語で見たような、おそろしい魔女の家ではない。素朴なレンガ作りの家。きっとここがお兄さんの家だ。玄関まで近寄り、ノックしようと手を伸ばしたら、「帰れ」とお兄さんの声でない、低い声が玄関からした。「きゃ…」と悲鳴をあげて玄関からはなれる。

「え、何か言った?エミリオ…」

今度は部屋の中からくぐもった、お兄さんの声。開け放たれた窓には後ろを向いたお兄さんの姿。キッチンなのか、ここからシチューの香りが漂っている。

「別に、それより料理はまだか?」
「いんや?まだ煮込まないと…って、やだ、料理中だよ?腰に手ぇあてないでよ」

窓の向こうから目が離せない。お兄さんの隣に、別の男の人がきた。(さっき「帰れ」といった人と同じ声だ)男の人は、お兄さんにぴったりくっつくと、腰に手をあてる。

「もうワガママだなあ、エミリオってば…ん、…あっ…」

お兄さんの首筋をなめる、男の人。きれいな人だった。お兄さんの耳に舌を這わせながら、わたしを見ていた。目を細めている。怖い、けど、なんで怖いのか、よく分からない。自分は今どんな顔をしているのかも分からない。真っ赤なのか真っ青なのか…。涙がとまらない。泣きながら、封筒を置いてその場から逃げだした。
どうやって入口まで戻ったのかわからないが、泣きながら森から出たときには日が暮れていた。
私の名前を呼ぶ声。お母さんが町まで探しに来てくれていた。

「もう、どこ行ってたの!…心配させないで!」

お母さんに抱きしめられた。頭を撫でられ、目を閉じる。
お母さんのやさしさが胸の芯まで染みる。やっと現実に戻ってきたような気がした。
森で見たすべては夢のような…いや、悪夢のように思えた。

私はお母さんにも、お父さんにも、兄弟の子にも森に行ったことを言えなかった。

***

「え?女の子が家まで来てた?」
「あぁ、追い返しておいた。手紙を渡したかったようだったが…」
「え?追い返した…?あー!それ、パン屋で忘れたルーティさんからの手紙じゃん」

キッチンで色々な後片付けをした後、やっとシチューを食卓にならべることができた。エミリオがつまんでいる白い封筒(少し土にまみれているのが気になる)を確認すると、エミリオはどうしてるかお母さんのごとく(実際もうお母さんだが)近況を尋ねるものだった。たまにルーティさんと町で会っては手紙をもらって、それに対してのエミリオの返事を渡す、郵便配達員みたいなことをしている。

「あの子かな、いつ来たんだろ?…まさか、真っただ中に訪ねてきてないよね…!?」

即、最悪の想定が浮かぶ。見られたとしたら、俺、もうあの町にいけない…!エミリオに確認すると「お前がシチューのレシピ本を熟読してた時に来ていた、問題ないだろ」と興味なさそうな返事をされた。

「そっか…ならよかった。…でも女の子を追い返しちゃダメだろ」

胸をなでおろす。シチューに舌鼓をうつエミリオに苦言を呈しておいた。

「小さな恋敵だろうと思って、……お前を気にしてここまで手紙を届けに来たんだろ」
「ええ…?そうか?」
「分からんなら、いい」

エミリオは意地悪く笑った。なんだかんだで愛おしい。これが惚れた弱みか。

その後、また町におりて買い物をしているとあの女の子に再会した。手紙のお礼を言おうとしたら、真っ赤な顔で全速力で逃げられたので、エミリオを問いただすことに決めた。