海から来たりて

 まどろんでいた。暖かな日差しにさらされて、塩っぽい香りが鼻を通る。頭の下は柔らかく、眠るのに丁度良い。なんていいお昼寝日和。時折聞こえる心地よい音と呼応するように自分の体も揺られていく。
『あっ!大変ですよ坊ちゃん!人が倒れてます!』
 うつらうつらしていると男性の声がした。倒れている人って誰だろう?見知らぬ声だった為に、埋没しそうになっていた意識を頑張って呼びおこす事にした。その内、それに反応した別の年若い男性の声も聞こえてくる。
「…帰るか」
『ええッ!?そんな!!女の子ですよ!?』
「なるほど、男だったら助けないのか」
『いえ、そういう意味じゃ…』
 大変な女の子がいるようだ。誰だろう。他人事のように思っていたが、いやな予感に意識が急速に浮上。もしかして、私の事じゃあ…。
「ないよね…?」
『あっ!!起きましたよ!』
 大の字、仰向けから上半身を起こすと、比例するように男性の声があがる。
 まさかなあ、と恐る恐る目を開ける。雲一つない青空と、日光を反射しているのかきらきら光る、海が広がっていた。驚き、目を瞬かせる。心地よい音は寄せては返す、波の音だったのか。私は波打ち際に横たわっていたようだ。お気に入りの白いワンピースは波がこちらにくるたびに海水の中で揺れている。大きく伸ばした足に履いたサンダルは海水でベタベタした触感だし、髪も塩水によりキシキシ悲鳴をあげている。どう見ても大惨事である。
 顔を上げれば、一人の見目麗しい少年が離れてこちらを見ている。険しい表情である。
『こっち見ましたよ!坊ちゃん』
「ちっ」
 舌打ちをしたのが少年。もう一人の声は聞こえるのに、不思議なことに周りには他に誰もいない。私は舌打ちされた事に焦りを感じながら辺りを見回す。知らない海岸にいる。…夢だと思った。そう思うほかに海辺で昼寝していた心当たりなんてない。
 …ひどい夢だ。なんで怪しい人扱いをされないといけないんだ。少年に「なんだこいつ」と言いたげな率直な目を向けられ、思わず目を逸らしてしまった。夢なんだからもうちょっと私にとって都合のいいものでも良かったはず…。せめて「大丈夫?」と心配して声をかけてくれるとか…。心の中でそう思う間にも、二人(?)は揉めていた。亡命とか、罪人とか、アクアヴェイルがどうとか、身に覚えのない言葉だらけ。
 仕方ないので立ち上がり、ここから去ることにした。立ち上がる際、ぐじゅ、とサンダルから海水が染みでる。おもわず顔をしかめた。
『ちょ、どっか行くみたいですよ!?』
「なら勝手に行かせてやればいい。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ」
 ひどい言葉が聞こえている。夢だ。すべて夢だ。夢だから少年が誰かと喋っていても、異国風の白タイツの王子様みたいな服を着ていても、さして問題がない。むしろ夢であるように。これが夢じゃなかったら、発狂する自信があった。
 だが、私をあざ笑うように砂浜を歩く足にはしっかりとした感覚を残し、足を踏みだす度に砂に塗れ汚れていく。暖かな日差しは髪を乾かし、キシキシからパサパサへ変えていく。泣きそうになるくらい、どこに行けばいいのかも、わからない。
「夢じゃないのかな…?いや、夢であってほしい、ほんとに、神様おねがい」
 道はどんどん緑豊かに。途中、ちょっと大きめのスズメや、謎の緑色の生物を見る度にビビってダッシュしながら、道沿いに進む。泣きたい。途方に暮れていた。何故私がこんな目に。夢よ、早く覚めろ。
 海岸から遠ざかるように歩いたのが何時間にも感じられる。絶望から生じる疲労感。町がみえるというのに、やっぱり異国風のお城を有する城下町で足がすくんだ。乾いた笑みを浮かべながら、恐る恐る「夢といえば」の常套手段、頬をつねってみる。とどめと言わんばかりに痛みが頬をひろがっていく。
「夢じゃない…」
 草むらに座り込んだ。もう立ち上がる元気がなかった。
「おい」
 あの少年の声がした。振り返ると、心底めんどくさそうな表情の彼が仁王立ちしていた。ついてきていたのか。
「やはりお前はアクアヴェイルから流されてきたのか?答えろ」
『坊ちゃん、聞き方!』
「う…」
 抑えきれず、泣き出していた。この子の詰問めいた聞き方のせいでもある。
 ぎょっとした少年はみるみる内に眉を下げ、困惑した表情になったと思えば、口の悪い言葉を吐きつける。
「…っ何故泣く!こっちは聞いているだけだというのに!!」
『ああ、もう、何で考えてあげられないのかなぁ…。こんなの見たら、彼女に色々あって流されたに決まってるじゃないですか…』
「~~クソッ、これだから女は…」
『坊ちゃん!!そういう言い方、良くないですよ!!…もう、こういう時は黙って落ち着くまで傍にいてあげなきゃあ』
 少年は私をあきらかに持て余していて泣く、それに対しての何者かの声が正論すぎてさらに泣く。
 まさに天の声、に甘えて落ち着くまで泣くことにした。…少年は声に従って、仕方なさそうに同じようにしゃがみこんで傍にいてくれた。
 その内、「これでも使え」と純白のハンカチをさしだしてくれた少年。これしか涙を拭うものはない。何も持っていない私は、「ずみまぜん」と鼻声でハンカチを受け取る。花のようないい香りのするそれで涙を拭った。
 涙は枯れ果て、落ち着けば「ほら、早くなんか言え」と言わんばかりの視線にさらされ、おずおずと、まずお礼から口にすることにした。
「あの、ありがとうございます」
「御託は言い、どうして海岸に流されていた」
 少年につられて私も立ち上がる。やはり、海岸で寝ている体を見たら、どこかから流されてきた、と思うだろうな。だが、流されてきた訳ではない、と思う。だって、気づいたら海岸で寝ていたし…。知らない世界だし…。
「流されていた…というか、信じてもらえるかわかんないですけど…」
 身振り手振りを使いながら、自分はこの世界の人間でないこと、気が付いたら海岸で寝ていたことを伝える。
「…狂っているのか」
「狂ってないと思いたいんですけどね!」
 案の定、少年は怪訝な目で私を見始める。天の声もカバーしきれないのか、『この子、記憶が混乱してるんじゃないんですかね…』と言われるザマ。
「本当ですってばあ…」
 話が噛み合わない、私の言っている事を信用してくれない歯がゆさ。でも、無理もないよなあ、こんな話、信じろっていう方が難しい。どうしよう、これ以上話すべきではない…?無難な落とし所をつけた方がいいのか、それさえも判断出来ず、崖に追い詰められているような感覚に震えた。その場で自爆かはるか底へ飛び込むかくらいの意識である。
『坊ちゃん、この子をお城に連れて行きます?どうしましょう、記憶が混乱してるとなると、どこに預けた方がいいのやら…』
「!…お城に預ける…ですか」
 天の声の現実的な言葉がビンタのように胸に響く。これ夢じゃないの?という甘えすら許されない。これからどうしよう。不安が身体中を駆け巡る。知らない世界、一人きり、生きていけるのだろうか。途方も無い感覚に、告げられた言葉をぽつりぽつりと繰り返すことしか出来ない。
「…おい、今なんて言った」
『ええっ!!まさか…!?[#「!?」は縦中横]』
「え?…お城?えっ?えっ?何!?[#「!?」は縦中横]」
 唐突に少年が剣を抜いた。命の危険を感じ、後ずさろうとするも、少年に腕を強く握られ、動きを封じられる。
「この女、シャルの声が聞こえる…?」
『き、君、ソーディアンマスターの素質があるのかい?』
「嘘、剣が喋ってる…?てかソーディアンってなんですか…?」
 なんと、少年の眼前に掲げられた剣からあの声が聞こえている。驚きながら返事をすると、少年はみるみる内に目を見開かす。剣も息を詰めているようだ。
 その内、少年から解放され、恐怖、驚きで使い物にならなくなってきた足を必死に動かし、彼らからのろのろと距離を取る。
「…素質のあるものは、連れてこいと言っていたな…。だが…」
『ううん…言わんとしてる事は分かります。でも…』
 引き続き私自身をいぶかしむ様な態度を取られる。そして置いてけぼり。握られていたせいでじんじんと痛む腕。それらが合わさり、この少年たちから逃げ出したくなった。恐怖で目が潤んでくる。
『あっ…怖がらせちゃったね!…ごめんね』
「……」
 どこから見ているのか、私の様子を察して、剣の紳士は案ずるように声をかけてくれた。優しい人だ。人という表現でいいのか分からないが、会話も出来て、きっと感情があるならば、そう思いたかった。
『僕はシャルティエ、僕を持っている彼はリオンっていうんだ、君の名前は?』
「私は…」
 自己紹介をされ、こちらも名を名乗ると、『うん、よろしくね』と挨拶される。私も慌てて頭を下げ返事をした。
 お互い話し合うことが出来る。話せるのなら、分かり合う事も出来るかもしれない。そう思うと、少しだけ落ち着く事が出来た。改めて、目を覚ましたらここにいたこと、行くあてがないこと、それらの事実を確認する様に、シャルティエさん達に伝える。その間、リオンさんは無言を貫いている。
『落ち着いて話してくれてありがとう。記憶が混乱してるなんて言ってごめんね…。君の状況は分かったよ。…僕も坊ちゃんも、君の助けになりたいと思ってる』
「っ、ありがとうございます…!」
 そっぽを向くリオンさんはあまり協力してくれなさそうだが、シャルティエさんの言葉に勇気付けられた。
「…行くあてがないと言うのなら、ついてくるか?」
「えっ」
 先程から黙っていたリオンさん、唐突に口を開いたと思えば、視線を外しながら発した言葉に耳を疑う。
「お前をこの先の街におられる、ヒューゴ様の所に連れて行こうと思う」
『坊ちゃん…』
「えっと、ヒューゴ様、とは…」
 息をついた後、リオンさんは説明してくれた。
「大企業の総帥だ。お前の様にソーディアン…シャルの声が聞こえる者を探していた。彼に協力するなら、相応の見返りはあるだろう」
 シャルとは、シャルティエさんの事だろう。彼の声が聞こえる人がなかなかいない事が理解できる。
『そうですね、当分は住居や、金銭の提供をしてくれるんじゃないかな…。僕たちもヒューゴ様の部下だから、会おうと思えばいつでも相談に乗れるし、いいかもしれませんね』
「それは心強いです…!でも協力ってどういう事をするんでしょうか、お仕事ですよね?」
「ヒューゴ様をお守りする用心棒であったり、お前の才能を分析しデータを取られるかもしれん。…だが、強制はしない、好きに決めろ」
 私達が会話している間に考えていてくれたのかな。最後には、自由に選択していいと言われ、さらに予想外で狼狽える。…意外と優しいのかもしれない。いや、こんな状況だからそう思いたいのかも。
 声が聞こえるからといって用心棒が出来るのかは、さておき、援助して頂けるなら、一目会ってお話しさせて欲しいと思った。困ったことがあれば相談していいと言ってくれたし、彼の考えに身を委ねることにした。
「ありがとうございます、リオンさん。是非お願いします!ヒューゴ様のところに案内して頂けますか?」
「分かった、連れて行ってやる。…これを羽織っておけ」
 彼は鎖骨あたりの宝石のような留め具を外すと、薄桃色のマントを外し、私に投げた。海水でびちゃびちゃな私を気遣ってくれたのだろうか。遠慮なく彼のマントを肩から羽織り、頭を下げる。
「ありがとうございます…!ハンカチと一緒に洗ってお返ししますね」
「別にいい。少しでもマシな格好で連れて行きたかっただけだ」
「あはは」
 何を笑っている、というような目線。彼がそう思っていようとも、前向きに言葉を取ることにした。
『…坊ちゃんてば、言い方がキツイけど、気にしないでね…』
「大丈夫です!ありがとうございます、シャルティエさん」
「何を打ち解けている、早く行くぞ」
「はいっ!」

***

「可愛いのに痛い!」
「渡した武器があるだろう」
「ひのきの棒じゃ無理です!」
 私達はセインガルド王国のダリルシェイドという都市に向かっているらしい。その間なんと、モンスターを倒しつつ進んでいっている。道中逃げていた雀や緑の生物がそれだった。中世のような世界観でも、やはりファンタジーだ。ほんのたまに、やっぱり夢なら覚めろと頬をつねってみるも、得られたのはヒリヒリする痛みと、リオンさんの生暖かい目線だけ。
「あぁやっと倒した…」
 モンスターから逃げるのでなく、倒すようリオンさんから命じられた。拒否権は無いし、件の『用心棒』の為にもと、渡された棒切れで応戦し、やっとのことで雀を倒し終わった。ちょっと休憩しようとその場に座り込もうとしたが、リオンさんはすたすた歩いていく。それを見て、慌てて立ち上がろうとした。
『ちょっと坊ちゃん、この子が疲れてますよ、休みましょうよ~』
「…仕方ない」
「すみません、リオンさん」
 足を止めたリオンさんを確認すると、丁度よく近くにあった岩にもたれかかる。額の汗を手の甲で拭う。
「…あの、リオンさんってヒューゴ様の用心棒なんですか?」
「いや…」
 剣であるシャルティエさんを持っているならばと興味本位で聞いてみるが、彼の口数は少ない。じゃあ何のお仕事をしているんだろう、と聞く前に、彼の言葉を補う様にシャルティエさんが声を上げる。
『坊ちゃんはね、今向かっているセインガルド王国に仕えてる剣士さんなんだよ!』
「おおっ!凄い!あれ?でもヒューゴ様にも仕えてるんですか?」
『ええとね、客員剣士っていう立場で、国とオベロン社…あ、ヒューゴ様の会社ね。その双方の橋渡しをしてるんだ』
 客員教授みたいなものか。なんとなく納得すると、年若い彼が立派な仕事に就いているように見えて、思った事を口にする。
「凄い!だからお強いんですね…」
 先程から私一人で必死に戦っていたが、リオンさんは私が怪我する一歩手前で手助けしてくれる。それを見極めて手を出せるのは、やはり優れた剣士だからなのだろう。
『うん、坊ちゃんは凄いよ!…でも坊ちゃん、さっきからどうして全力で戦わないんです?』
「…戦う術ぐらい身につけないと話にならないだろ」
 ぶっきらぼうにシャルティエさんの質問に答える。私はそれを聞いて、うーんと唸る。
「…えっと、プラスに解釈すると、私が戦う力を得られるよう心配してくれてるって事ですかね」
『うん、それでいいとおもう!』
「お前たち…」
 口ではこう言っているが、私の事を完全に放っておけないように思えた。心の中で、彼をツンデレという事にしておく。比率は九対一くらい。
『坊ちゃんてば、普段はこんなだけど本当は優しい子なんだ。仲良くしてあげてね』
「あ、はい!リオンさんさえ良ければ…」
「シャル!黙ってろ!」
 私は構わないが彼はどう思うか。彼の様子を伺うように発言すれば、案の定、リオンさんは怒ってしまった。顔を背けた際に覗き見てしまったが、顔が赤かった。思春期の子供と世話好きな親みたいだ、なんて思ってしまう。シャルティエさんとリオンさんは本当に仲が良い。
「さぁもういくぞ。ダリルシェイドまで後少しだ」
 咳払いをしながらリオンさんはさっさと行ってしまった。私も遅れながらそれを追いかけた。

***

「ここがヒューゴ様の屋敷だ」
「お、おっきー…」
 周りの民家と比べ、大きさといい、漂う格の違いを感じる。今からここに入って、シャルティエさんの声が聞こえる事を伝えて、出来る事があれば手伝い、ここで暮らしていく為の手立てを援助してもらわなければならない。緊張してきた、頑張ろう…。
 しかし、何だか入りづらい。玄関で立ち往生してしまう。ああ、庭に薔薇が咲いて綺麗…。
「ほら、早く入れ」
「いや、あの、こんな豪邸に入るのは恐れ多いような…」
「引きずるぞ」
『坊ちゃん!』
「分かりましたよう!」
 意を決して玄関から屋敷の中へ入っていく。
「失礼しまーす…」
「リオン様、お帰りなさいませ、お客人もご一緒ですか?ようこそいらっしゃいました」
 いかにもなメイドさんが駆けてきた。姿勢良く立ち止まり、私達を交互に眺める。メイドさんが控えるのに不自然さを感じない内装にも感心してしまう。やはり豪邸は豪華であった。
「お、おじゃましてます」
「あらリオン様のお友達かしら?」
 私が彼と同年代くらいだからか、メイドさんは表情を明るくさせながら尋ねてきた。
「断じて違う」
「あはは」
 気持ちのいい真っ向否定に思わず笑ってしまった。それにメイドさんも目を細めてくれた。笑ってくれると私も嬉しい。
 いや、それよりも本題を伝えなければ。メイドさんに向き直る。
「あの、すみません、ヒューゴ様に御目通り願いたいのですが…」
 メイドさんが口を開きかけた時に、リオンさんが喋りだす。
「…面会の予定は無いが、僕から話をつけておくよ。下がっていてくれ」
 それを聞き届け、メイドさんが「かしこまりました」と頭を下げる。リオンさんが気さくに喋っている。手を振っている。何だか感動した。仲が良い人がいて何より。彼から人間味を感じ、ほんの少しだけども身近な存在に思えた。
 そのままヒューゴさんの部屋へ歩を進めるリオンさんについていく。とある部屋の前で足を止めた。…うーん、と唸りたくなる。部屋の前からでも分かる。なんというか空気が…。
「ピリピリしてる気がするんですが」
『そうですね…。やっぱり』
「やっぱりなんですね」
 小声で話してしまう。シャルティエさんの掛け合いもあり、リオンさんにタイムをもらった。威圧感のある部屋だから、と勝手に嫌な予感にさいなまれる。少しでも不安から意識を逸らし、気持ちを落ち着かせる。
「ひっひっふー…行けます!」
「…行くぞ」
 リオン君が部屋のドアを三回ノックする。
「リオン・マグナスです。お忙しい中、失礼します。ソーディアンマスターの素質がある者を連れて参りました。謁見して頂けますか」
 中から「入れ」と、低い声が聞こえた。
「失礼します」
 ドアを開ければ、中には髭を生やしたダンディなおじ様が重厚な椅子からこちらを見据えていた。彼の前には大きな机、その上に書類が積まれている。執務室のような部屋だ。本棚も多い。一礼しながら中に入ると、リオンさんがこちらを向いた。何か言うよう促している。元よりそのつもりだ。
「あ、の…初めまして」
 緊張から言葉が詰まりながら挨拶する。表情からは何も伺えない。ただ、キレ者なんだろうな、という事だけは彼のまとう雰囲気から感じ取れた。名乗った後に、倒れていた所に彼らに見つけてもらったことから、シャルティエさんの声が聞こえる旨を伝えた。海辺で寝ていた、というのは省いておく。
「私に出来る事があるならば、ご協力させて頂けたらと思ってます。あの、実はどこか住める所を探していまして…」
「君の出身は?」
「は…」
「行き倒れていたにしろ、素性ははっきりさせておかないと、こちらも怪しい人物に仕事を任せる事は難しいと思っていてね」
 この世界に私の居場所は無いとはっきり言われたような気分になった。狼狽えながらも考える。やっぱり正直に言って駄目だったら、リオンさん達に他の生きる手段を教えてもらおう…。それこそ、お城で預かってもらうなり仕事するなり…。半ば諦めながら事情を説明する。
「……この世界の出身でないと言ったら、やっぱり変ですよね…。気がついたら海に打ち上げられていました」
「ほう、君の言う世界とはどんな所だったんだい?」
 おかしい事を言って笑われているような気がした。きっと気のせいだ。目や頭が熱くなる。冷静になれ。本当の事を言うだけでいいんだから。
「…こんなお伽話のような世界じゃなくて、金属の建物がそびえ立っているような所でした。でも、緑豊かな場所もあったり…。他には戦争があったりして、ちょっと物騒だったかな。私には縁が無かったけれど。…後は、実は海なんて書物でしか見た事が無かったです。昔はあったんだよって親に言われて、ビックリしました。そんな場所に、私も立っていたので、もしかしてタイムスリップでもしてるのかもしれませんね」
 思い返しながら話すと、涙が目尻に溜まっていく。今すぐにでも帰りたい。時折固く目をつむり、涙がこぼれないように耐えた。静まり返った部屋で、私の弱々しい声がやけに響く。
「そう、か…」
 全て伝え終えた後のヒューゴさんの呟きに肩が震えた。
「すまないね、脅すような言い方をしてしまって」
 やさしい笑みを向けられた。シャルティエさんも、私もおもわず「えっ」と戸惑いの言葉を漏らす。リオンさんも、息を呑んでいる。
「行く当てが無いのだろう?だったらここに住むといい」
「ほ、本当ですか…!?」
 厳しい態度だったのは、私を試す為だったのだろうか。それよりも、突然の施しに藁にもすがる思いで「お願いします!ありがとうございます!」と何度も頭を下げる。
「あぁ、ゆっくりしていくといい。まずは体を休めなさい。君の仕事のことはそれから考えよう、いいね?」
「はいっ!」
「リオンも、ご苦労だった。彼女は我が社に貢献してくれるだろう」
「……勿体無い御言葉です」
「まずは汚れた体を清めるといい、部屋も用意しておこう」
 ヒューゴさんはそう言うと、机に置いてあったベルを鳴らす。すぐに「お呼びでしょうか」と先程のメイドさんの声が扉の向こうから聞こえてきた。
「メイド長、言伝がある。こちらへ来るように」
 失礼します、とドアを静かに開けたメイドさんが私の横を通る。ヒューゴさんの斜め後ろに控えると、彼の言葉を聞く。小さな声で、こちらからでは聞こえない。
「…かしこまりました。ではシャワー室へご案内致します、どうぞこちらへ」
「あ、はい…」
 メイドさんはヒューゴさんの言葉を聞いてから扉へ戻ると、ドアを開けて私を待っている。リオンさんにもお礼を言いたい…、と思いながら振り返るも、彼はこちらを見ていない。そのまま部屋に残るようで、部屋を出る際に、三人に向けて頭を下げた。
「ありがとうございました…!」
 メイドさんに促される部屋を出る。やはり長く感じる廊下を通って、シャワー室へ案内された。
「まずはシャワーで汚れを落としていただきます。着替えは後でこちらに置いておきますね」
 マント、握りしめていたハンカチ、着ていたワンピースなどを編みかごに畳んで入れておいた。畳んでも洗濯してくれるだろうから意味がないのは分かっている。
 シャワー室に入って海水と砂をお湯で洗い流す。蜂蜜色のシャンプーは、甘い花のようないい香りがした。シャワーから出ると、用意してあったタオルで体をふく。ふかふか、包み込んでくれるような優しい感触だ。編みかごに畳まれた着替えは見るからにひらひらしてどこぞのお嬢様のようだ。いいのかな、と思いながらも袖を通すほかない。
 ふと、開いていた洗濯機の中を覗く。先程まで着ていた衣服が入ってないのに首を捻った。別の場所で洗っているのだろうか。