海岸探索

「何にも収穫がなかったね…。付き合わせてごめんね…」
「とんだ無駄足だったな」
 一言で説明がついてしまった。張り切って始めた海岸探索は何の成果もあげることが出来ずに終わった。強いて言えばこの貝殻綺麗だなあとか、暖かい日差しが気持ちいいだとか、それだけ。もはや感想である。北の探索から戻ってきたリオン君に縋り付くも、やはり成果はなく、探索の最後の方は、私の右往左往を冷たい目で見守られてしまった。
 レジャーシートを広げ、だいぶ遅くなった昼食を摂ることにした。バスケットから取り出したサンドウィッチを手に持つ。ご飯を食べて元気を出そう。つんとした潮風、ぽかぽか陽気、波の奏でるリズムといった心地よい要素も私の傷心を癒してくれる。雰囲気を楽しもうとするも、隣から圧を感じ、即、心が凹んでいく。先程の棘のある言葉や眉間のしわからリオン君がかなり不機嫌なのを感じ取れた。
『元気出して、きっと手がかりはあるよ!』
「シャルティエさん、…ありがとうございます」
 励ましの言葉に、シートの上に置かれたシャルティエさんに向かって笑みを作る。シャルティエさんもちかちかと返事をするように光ってくれた。
 しょげた気持ちを振り払うようにサンドウィッチにかぶりついた。レタスがシャキシャキと噛むたびに音を鳴らす。ハムの塩気のある味も舌を楽しませてくれる。舌鼓を打っていると、お腹が膨れて元気になってきた。余裕も出てきて、リオン君にマリアンさんのことを聞きたくなった。イライラの原因である私がこの状況を打破したいのもある。
「マリアンさんて、いい人だよね」
「……」
 無言。「友達」と言われたことを思い返したのか、さらに眉間のしわが深くなった。
「何か言って、リオン君…!」
『坊ちゃんてば、マリアンに言われた事をそんなに気にしてるんですか?』
「気にしてない」
 シャルティエさんの言葉に眉をつり上げるリオン君。彼の怒りを抑えるようにマリアンさんが喋っていた事を伝える。
「マリアンさん、リオン君の事を気にかけてたよ。いいね!リオン君の事誰よりも理解してくれてる感じがした」
 それを聞いて、リオン君はむすっとしていた顔をするすると元の無表情に戻し、目線を落とした。
 心許せる誰かが傍にいるのはとても良いことだ。私もリオン君とあれぐらい仲良くなれるのかなあと思い浮かべたことが頭をよぎる。先程まで私のせいで機嫌を損ねていたリオン君が胸に巣食っているせいか、仲が良いイメージをしてみるも今度は不自然に思えてしまう。でもそれは会って間もないから仕方ないことだと思う。マリアンさんとリオン君は長い時間をかけて、今のように心を通わせるようになった。私も時間をかけて仲良くできたらいい。
 私の言葉に何か思うところがあったのか、やっぱり答えたくないのかだんまりなままのリオン君に再度話しかける。
「そういやリオン君、どうしてあの時海岸にいたの?海を見るのが好きなの?」
 あの時通りがかったのがリオン君でなかったら、私は一体どうしていたのか…。あのまま寝ていたのだろうか。あの時の私を客観的に見てみたら、「大丈夫か」と本気で心配したくなる。
「別に。ただ、レンズ片のうわさを聞いて見回りに来ただけだ」
「レンズ片のうわさ?」
『最近海に大きなレンズが浮いているのを見た人がいるんだって』
「両腕を広げたぐらいの大きさだとかで、城の兵を何度も派遣させたが、結局そんなものはなかった」
「ふうん」
 返事があったのにホッとしつつ「それくらい大きいと、凄いお金になりそうだね」と素直に感想を伝えると、「それだけじゃない」とリオン君は首を振った。
「魔物がレンズを取り込んでさらに凶暴になる可能性もある」
「そっか…。じゃあ噂だったとしても、見回る必要があったんだね」
『坊ちゃんったら自分で確認しないと気が済まないからねえ』
「ふん、今日も海岸中歩き回って無かったんだ。噂が本当だったとしてもダリルシェイド周辺には打ち上げられていないだろう」
 リオン君の言葉に納得しつつ、そんな大きく危険なレンズならば、噂が嘘だったらいいのになあとそっと願っておいた。どこかに流れ着いていたらと思うと、恐ろしい。
「食べ終わったら帰るぞ」
「うん」
 一緒に入っていたナフキンで口を拭うリオン君。きちんとした所作も絵になるし、元は貴族の生まれなのかな、と想像した。だったら、どうして彼がヒューゴさんの下で働くに至ったのか気になった。家から出て働いているのだろうか。でも、小さい頃からマリアンさんが側にいたって事は?……少し考えた所で、あまり詮索するのはやめようと思った。
 私の腕を鍛えるためか、モンスターを退治しながら帰り、家に着く頃には夕方になっていた。へとへとながらも、マリアンさんにバスケットを返す為に彼女を探そうとする。リオン君が「マリアンなら夕飯を作っているだろう」と言い残し部屋に去っていた。確かに、台所からいい匂いが漂っている。
「マリアンさん、いらっしゃいますか?」
 見ると、メイドさんが数人、鍋の前やまな板に向かって調理をしていた。メイドさん達は私に気づき「おかえりなさいませ」と深々とお辞儀をする。その中にいたマリアンさんが私に駆け寄った。
「お昼ご飯ありがとうございました。美味しく頂きました!」
「いいえ、それは良かったです。リオン様もお帰りになったのですね」
「はい、部屋に戻ってましたよ」
 他のメイドさんの前だからだろう。朝の親しみやすい口調では無かったが、彼女の笑みにこちらもつられて目を細める。
「そうそう、リオン君に道すがら剣の腕を鍛えてもらったんです。とても為になりました」
「それは良かったです!でも、きっとお疲れでしょう?浴室の用意もしてあるので、よろしければ疲れを落としてくださいね」
「ありがとうございます!」
 折角だし、お言葉に甘えてシャワーを浴びさせてもらおう。脱衣所へ向かうと、既に着替えがかごに入れてある…。至れり尽くせり、この言葉が頭に浮かんだ。
 「夕食の用意が出来たわ」、とマリアンさんの弾んだ声がダイニングから聞こえた。シャワーを終え、部屋へ戻ろうとしたが、そのままダイニングへ向かう。他のメイドさんは帰ったのか、部屋にはマリアンさんとリオン君と私の三人しかいない。食事が置かれているのはリオン君の前とその向かいの席だ。料理の傍に手の平サイズの麻袋が置かれている。まま膨らんでいる事から、中に物が入っているのが見て取れた。マリアンさんに椅子を引いてもらい、席に着く。早速、好奇心のまま麻袋を手にとった。
「何これ?」
「今日集めたレンズが入っている。明日換金する方法を教えてやるから持ってくるんだな」
 紐を引っ張り中を覗くと、言葉の通りレンズの欠片が入っていた。袋の中で輝くレンズに顔を寄せる。私が頑張ってモンスターを倒した成果である。そうだ、成果はあったんだ。胸に温かいものがこみ上げる。
「ありがとう!明日はダリルシェイドの街案内をお願いしてたね。よろしくお願いします」
 リオン君へ向けた顔を再びレンズの方に戻した。換金するとどのくらいの額になるだろうか。何か買い物ができるといいな。疑問や想像がどんどん膨らむが、一旦ストップする。折角作ってもらった料理が冷めてしまう。「いただきます」と手を合わせて食事に手を付ける。リオン君もスプーンを手に取り、コーンスープの入ったお皿を手元に引き寄せた。私もパンをちぎって口に含む。咀嚼した後、疑問に思ったことをリオン君に直接聞いてみることにした。
「これだけのレンズだといくらぐらいに換金できそう?」
「…500ガルドはあるんじゃないか」
「500ガルド」
 おもわず言葉を反芻する。聞いておいてなんだが、価値がわからない。りんご何個分だろう…、と遠い目になってしまった。マリアンさんがいる手間、そもそもの質問をする勇気はない。薄切りのりんごが添えられたフルーツサラダを口に運ぶ。
「リオン君てさ、休暇っていつまでなの?」
「明後日までだ。それまでに僕への用事は済ませておけよ」
「はーい。休みの後も剣の鍛錬ってしてくれるんだったっけ…?」
「あぁ」
「わ、忙しいのにありがとう」
「ふん」
 表情に変化はない。当たり前だと思っているんだろう。「そんな事より食事に手をつけろ」と指摘され、「そうだね」と夕食を再開した。自分の言ったことに二言はないといった感じ。本当に律儀な少年だ。