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 日陰になっている縁側で猫のニャーちゃんが寝ている。いいなあ。猫になりたい…。
「主?どうかした?」
「ううん!なんでもない」
 凝視しすぎていたのか、声をかけられ、慌てて種を撒く作業に戻る。

 汗をながして土を耕す。野菜は日々、ぽこぽこと出来るので毎日収穫は欠かせない。私も刀剣達と一緒に野菜を収穫し、採り終えた後は新たに種をまき、ホースで水を撒いている。野菜がすぐ出来る技術、近代的になったのは分かるが、収穫もなんとか、機械とか科学の力で自動的にやってくれないものか、とものぐさな私は思う。でも、そしたらいよいよ動く機会すらなくなる。仕方ない。たまには肉体労働もいいよね。
 毎回のごとく「収穫めんどくさい、まあ仕方ないか」という自問自答を繰り返し、気分を切り替えた所で腰をあげた。ぽかぽか陽気の中作業をしていたから、うっすらと額に汗がにじんでいる。首にかけていたタオルを土で汚れている手でも構わず握り、汗をぬぐう。
 柴犬のワンちゃんが私を気遣うように駆け寄ってきた。手で触ってやりたいけど、ワンちゃんが土で汚れるのは躊躇われる。しゃがみこんで、汚れていない腕のあたりで頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めるワンちゃん。ニャーちゃんよりか、しっかりした毛の感触を堪能していると、頭上に影ができた。思わず顔をあげる。
「ワンちゃんもきたんだね」
 屈んだ光忠がワンちゃんを撫でた。あまりに嬉しかったのか、さらに尻尾をふり、狂喜乱舞。転がってお腹を見せ、ゴロンゴロンと右へ左へ回転し続ける。
 だが、ここは畑の中、当然、ワンちゃんは土まみれになる。
「あっ…どうしよう」
 戸惑う光忠に大丈夫だ、と声をかける。目一杯息を吸って、彼を呼んだ。
「長谷部ーっ!!」
「どうされましたか!?」
 呼び終わったと同時に畑へ駆けつける長谷部。どういう反射神経をしているのかは分からないが、便利だから、良し。
「ワンちゃんがゴロンゴロンして土塗れになっちゃってね。申し訳ないけど、ちょっとお風呂場に行って洗ってきてほしい」
「かしこまりました」
 長谷部が土塗れのワンちゃんを軽々と持ち上げる。私が抱っこするとかなりの重量感だけども、愛のなせる技か。ワンちゃんはワンちゃんで長谷部に一番懐いているからか、長谷部の胸にすり寄って、とても嬉しそう。
 そういえばニャーちゃんも長谷部をヒエラルキーの頂点に置いていたはず。やっぱり生き物係を任命しただけのことがある。自分たちの世話をしてくれる長谷部が一番なのね。
「ごめんね、長谷部君」
「ふん、別に構わん」
 長谷部も柔らかくなったもんだ。笑みを浮かべながら、驚きの速さでお風呂場へ駆けていく長谷部を見届けた。
「長谷部君、速いね…。そうだ、主、そっちの種まきは終わった?」
「うん、…あー腰いたい」
「大丈夫かい?」
「おう」
 そう、我が本丸に、燭台切光忠がやってきていた。ジャージ姿だが、ジャージがそこそこカッコいいのに加え、刀剣男士ってやつは大体イケメンなので、どこぞのスポーツジムのインストラクターのお兄さんみたい。同じジャージでも長谷部とは大違いである。
 光忠は最近やってきた刀だ。一言で説明するとかっこよさにこだわる家庭的なお兄さん。致命的に台所要員のいなかったこの本丸の待望のお兄さん。
 これまでやってきた子らに料理の手ほどきをしてきたが、こんなに料理にのめり込む者は初めてだった。しかも、楽しそうに料理をすること。まさに理想の助っ人である。
 ちなみに刀剣のお料理事情を更新すると、まんばちゃんも流石、堀川の兄弟といったところ。彼もまた、ガッツリ、カロリードカーンな男の料理のスペシャリストだった。細身のくせしてこってり料理が大好き、みんなの中で一番の大食らいである。なので、たまにお腹が空いてこっそり夜食を作ることがある。良い匂いにつられ、深夜飯(大体ラーメン)のおこぼれをもらう審神者。そして、私だけが太っていくのだった。こんなの絶対おかしい。おかしすぎる。
 安定には本丸で刃物を持たせてはいけない、という結論に至った。武器類を持たせたらスイッチが入っちゃうのかな。「よくこんなの作れたな」という言葉しか出ないスプラッタな料理が完成。料理を作る際中、作った後でもみんなを震えあがらせた。食べるのを躊躇していると、「主、どう?美味しい?」と料理の間の記憶をなくしているのか天使の微笑みを見せる安定。それを見たら、美味しく頂くしかないでしょう…。
 長谷部に関しては、教えたことはすぐ習得するし、そつなく料理をこなせる。私の為におやつもほぼ毎日、作ってくれる。(さらに太る審神者)たまにニャーちゃんやワンちゃん用のご飯も手作りしている。
 …こう聞くだけなら万能だが、根底では「料理は食べられれば良い」と思っている節があり、私や光忠が疲れた時のピンチヒッターとしようとしたが、やめておくことにした。やはり、次点は堀川、まんばちゃんである。
 理由として、長谷部が料理を作った際、こんなことがあったからだ。
 私が風邪で寝込んだ際、うどんを作ってもらったことがある。弱っているところに優しい味のうどんが身に染みたのだが、他の仲間には兵糧丸を出していたという。即、苦情を受けた。普通の料理を作るより、手がかかるような気がしたが気のせいだろうか?
 光忠について話を戻す。光忠は、初の太刀で貴重な戦力であるが、私と交代制で台所に立ってもらっている。台所と戦場の往復、結構働き詰めかもしれない。とある日、一緒に休もうか、といっても彼は困ったような爽やか笑顔で「一緒に?…ありがとう、気にしないで、僕は大丈夫だから」と返した。
 イケメン。イケメンすぎて、数多の燭台切光忠が数多の審神者を陥落させていると風の噂で聞く。色んな意味で恐ろしい。
 今日は彼と一緒に野菜を収穫している。作業中も度々私を気遣ってくれた。野菜を積んだ籠を持ってもらったり、日焼けしちゃうから帽子をかぶらなきゃ、とどこからともなく麦わら帽子を取り出してかぶせてくれた。凄まじくスパダリっぷりを発揮してくれる。このタオルもどこからともなく取り出し、「汗かいてる。拭ってあげるね」と汗をぬぐってもらったもの。
 普通に重い荷物を持つものだと思っているし、そんなに日差しも気にしてなかったが、ありがたい。なんだかお姫様のように扱ってもらえて、おお…と感心してしまった。
 そういえば加州も鯰尾も鳴狐も堀川もまんばちゃんも安定もこういう事をしてくれたような。…あれ?全員男前じゃない?特に気遣ってくれる男前だと感じてしまうのは、彼が体格のいいイケメンだからだろうか。ありがたいもんだ。
  長谷部に関しては、もうよく分かんないくらい気遣うからよく分からない域までいっているので、上記で挙げていない。
「主、もう水撒きだけだし、一人で大丈夫そうだから休憩してていいよ」
「いいのかい」
「うん、無理しないで休んでいて、疲れたでしょう?」
 そう言ってくれたので素直に休憩させてもらう。どっこいしょと縁側に座る。隣のニャーちゃんは薄目を開けてこちらを見たが、興味を失ったのか目を瞑って、再度寝る構えである。長谷部だったら、起きて擦り寄ってたかもしれない。ちょっと悔しさを感じつつも、お腹を撫でておくと、薄らゴロゴロ音が聞こえた。
 さて、収穫した野菜を使った今日の献立を考えるか。出来れば毎日違った味付けのものを食べたい。だけども、自分一人ではまったく豊富なレシピなど思い浮かばないものだ。そこでタブレットの出番である。料理自慢の審神者たちが日々、料理レシピを投稿しているアプリが入っているのだ。タブレットは執務室に置いていたはずだが、作業している光忠を置いて部屋に戻るのも気が引けたので後で調べることにした。
 日陰で少し涼しい中、ぷらぷら足を振る。早く終わらないかなあなんて考えていた所にタイミングよく堀川と加州が縁側を通りかかる。二人ともニャーちゃんを撫でた後、私に向き直った。
「主さん、休憩中ですか?」
「さぼってないです。光忠のお言葉に甘えてるだけです」
「…主ってばほんと、堀川を怖がってんねー」
 堀川が「そういう存在は一人でも必要ですしね」なんて笑顔で言っている。堀川というやつは怒っていても一見穏やかそうに見えるから厄介だ。要は笑顔でもキレているのかキレていないのか分からないのである。それを実感してからは、笑っていても含みのある言い方であれば全てヒェッとなるのである。…そういう時、私がちょっとよからぬ事を考えているのは自覚している。
 険悪な雰囲気を感じたのか、ニャーちゃんは起き上がり、欠伸をしながら何処かへ逃げていく。待って!私を置いて行かないで!手を伸ばそうとするも、堀川の追撃が続く。
「どれくらい休憩したんですか?」
「時間がわかんないのでなんとも…」
「かなりの頻度でそう言うから、みんなで腕時計を買ってあげたじゃないですか、あれはどうしてるんですか?一、二回付けてるの見てからそれっきりのような」
「神棚に飾ってるけど…」
「何で!?」
「はじめてみんなからプレゼントもらったからねえ」
 マジです。みんなからのプレゼントってご利益ありそうじゃん…?そういう思いで、鍛刀運、その他諸々の運を上げるために祀ってある。後、一回外したら無くしちゃいそうで怖いし、うっかりそのままお風呂入りそうだったし、なんて理由もある。二人から怪訝な顔をされ地味にショックだった審神者である。
「本当に神棚にあるんですか?」
「本当だってば」
「主、水撒き終わったよ。堀川君に清光君も手合わせお疲れ様、…どうしたの?」
 丁度揉め始めた所に光忠が野菜いっぱいのカゴを抱えて縁側に歩み寄る。「かくかくしかじか」と彼に事の説明をする。ちょっと情けない気持ちになった。新しい刀が来るとちょっとは格好つけようと思うのだが、どうも難しいというか、諦めるのが早い。すぐにボロを出してしまう。まあ、仕方ないね!
「だったら主の部屋を見せてもらったらいいんじゃないかな?」
「すみません、十五分くらい待ってもらってもいいですか」
「また散らかしたの?汚部屋なの?」
「えっ?おべや?」
「あー…、燭台切は知らないか…」
 折角の提案も、部屋の状況が状況だけに、大変な気配を察知。かっこいいお兄さんにも引かれちゃうよ?っ!とりあえず言い訳。
「…部屋がかなり散らかってるんだよね。うん、掃除しても一、二週間後には色々と隅に積み上がっていくというか…だからこそ、みんなに贈ってもらった腕時計がどこかいったら嫌だし、大切だから、絶対目につく散らからない神棚にあげているんだよ…」
「なんか、いい話っぽくなってる…」
「主…!そうだったんだね…!」
「清光君がまたおちかけてる」
 勢いのまま話しだしたら、本当にいい話っぽくなって、自分でも感動してきた。
「主ってば、いい子だね。でもね、僕らみたいに腕時計も使ってくれないと悲しいと思う。神棚にあげるより、つけてあげて」
「光忠…」
「それと、やっぱり部屋は綺麗しなきゃ!一緒に掃除しよう?」
「うん!そうする!」
 やさしい光忠に胸がトゥクンとする。この感情は何だろう?考えなしに頷いてしまう何かがある。
「うんうん、掃除し終わったらご褒美に、長谷部君に内緒でおやつ食べちゃおっか」
「うん!」
 この胸の温かさ…。…これは、お母さんみ…?
「何だか光忠さん、主さんの扱いになれてる感じだね」
「なに、堀川、嫉妬してんの?」
「それは清光君の話でしょ?」
「…もうちょっと優しくしてあげたら?主の事、割と好きでしょ?」
「…どうだろう」

 十分ほど待ってもらってから、三人を部屋に招いた。どうしようもないので片付けを途中であきらめた次第である。光忠が若干顔を引きつらせていたが、もう仕方ないのだ。
 神棚の方に目線を向けると、言い訳し難い量の埃が時計に積もっていた。…ジャンプして神棚に時計を置いた過去の私を恨むしかない。
「……かなり埃が積もってるね」
「すまんかった。でもたまに眺めてるよ!拝んでるよ!」
 どう見ても言い訳だ。堀川が笑顔を向けてくる。う、うわあ…これだよ、これ!
「そういうとこですよ、主さん」
「えー!?何!?なんかすまんかった!!」
「主ってば本当にフラグ折ってくよね?」
 加州がため息をつきながら首を横に振った。フラグを立てた覚えはない。というか、何のフラグだ。褒めてもらえるフラグか?
 そして、光忠の指揮のもと、部屋の掃除を行うことになった。渋々ながらも、なんやかんやで付き合ってくれる加州と堀川。彼らはそこら中にある書類を整理していく。「この書類、早く提出してよ」「期限切れてません?これ?」と、ありがたいけども辛いお言葉付き。あとで夕飯のおかずのリクエストでも聞こうと思う。
 背の高い光忠は、神棚の埃を取ってくれている。時計も綺麗に拭いて、私の腕にはめてくれた。ありがとう、光忠。光忠にも好きな食べ物があるか聞いてみよう。私は私で、頑張って仕事を片付けています。
 ただ、ちょっと前に私が言ったことを振り返って欲しい。そう、「掃除しても一、二週間後に部屋は元に戻る」……今回も、そういうことである。