爪跡

一期一振が残した爪跡の影響は大きかった。これは事件である。
一期一振は綺麗な顔をほのかに赤く染めながら話しかけてきた。

「失礼を承知でお聞きしたい事があります」

じゃあ聞かないでいいのでは、と思った。そういう女である、私という審神者は。
部屋から出た途端、待ち伏せをされていた。一応、貴方の弟さんが近侍なんだけどなあ。ことあるごとに彼は私の前に現れている。

「主には、恋人などおりますか?」

照れくさそうに聞かれた。残念ながらいない。目線をどこに合わせればいいのか分からないままに答えていた。年齢イコール彼氏いない歴である私は、イケメンが苦手だった。勿論、一期一振もその一角である。
何だ、このイケメン特有の恋バナの始め方は。私の話はたった今終了した。だから、これから彼自身の恋愛遍歴、自慢話でも聞かされるのでは、と危惧した。刀 なのに。一期一振の元主はあの豊臣秀吉。普段はさわやかで真面目な青年である彼だって、裏の顔があるのかもしれない。イケメンに恨みでもあるのか、という くらい私は恐怖している。

「そうなのですか…。良かった」

えっ、とこぼしていた。おもわず見ていて良いのか分からなくなる顔を凝視。彼は、まるで心底安心したかのような顔をしている。おもわず勘違いしそうになるが、いやいやいや、と頭で奢る自分を叩き潰しておく。
その際に、「良くない。私は恋人が欲しい」という解が生まれた。どうしてこうなった。

「いや、良くないよー…。この戦いが終わったら就職も大変だろうし、一緒に働いてくれる恋人でもいたらよかったんだろうけど」

えっ、と一期一振がこぼしていた。私は何か間違ったことを言っただろうか。イケメンに「えっ」と戸惑われた事に、居たたまれない気持ちが胸を占めていく。満足にコミニュケーションすら取れないのか私は。
こういう時に橋渡しをしてくれる粟田口の短刀君たちがいればいいのだが、今に限って、彼らは居ない。

「働く男が好みでございますか」
「そりゃそうだね」
「…他に、主の好みはありますか?」
「え、いや…私を好きになってくれる人なら、だれでも」

受身すぎる。これでは現代の婚活戦争で生きていけないと友人が深刻そうな顔で語っていたのを思いだす。そりゃ、まあ私の代わりによく働いてくれる亭主はほしいが。
自分が傍にいていい感じの人を見つけなさい、とも語られる。結局はフィーリングではないか。だとすれば、イケメンの傍にいると落ち着かないので、イケメンは無理かもしれない。

「では、主…!」
「あぁ、でも一期さんみたいなカッコいい人はきっと無理そうだなあ。あはは」
「無理!?」
「一期さん!?」

一期は血を吐きそうな勢いで叫んだ後、廊下に伏せた。おもわず私もしゃがみこむ。一期は、死にそうな顔で私を見上げる。ひい、重傷より酷い傷を負わせた…!?

「私では、無理ですか…?貴方の伴侶となりえないのですか…」
「何を言ってるんだ、しっかり」
「いち兄!!」
「あ、前田君達!いいところに」

私の腕を震える手で掴む。その手をいいのかなあと思いつつももう一方の手で握り返した。その際に藤四郎兄弟が駆けつけてきた。私と同様にしゃがみこむと、心配そうに顔色を窺う。

「大丈夫?いち兄…」
「やはり今の段階では無茶だったんですよ、いち兄」
「主ってばほんと、卑屈だから…」
「え?」
「いや、なんでもないです」

なんだかよく分からない会話だ。だが、あえて踏み込まない。嫌がられるのが怖い。その中でも鯰尾が不穏な言葉を放った。視線を向けると慌てて手をふられた。
その内、なんだなんだ、と本丸にいた刀剣が集まってきた。ただでさえ少人数のイケメンでもキツイのに、集まるんじゃない。慌てて、いまだに突っ伏して震えている一期を部屋に返そうとする。短刀でもイケメンの部類に入る薬研に一期を頼もうとした。

「とにかく、…薬研君、部屋に連れて行ってあげて」
「いやあ…。その必要はないぜ、大将」

一期が立った。私の手を握りながら。それを、手袋をした両手で重ねながら。顔は真っ赤になっている。これ、まずいのでは。

「私は、主のことが好きです…!どうか私の思いを受け取ってくれませぬか…?」

「おめでとう」祝福の言葉が、「やっとか」ひやかしの声が周囲から聞こえてくる。頭が真っ白になりながらも、なんとなく頷いてしまった。

ツイッター企画、「刀さに版深夜の文字書き60分一本勝負」様よりお相手一期一振で、「爪痕」のお題を使わせいただきました。ありがとうございました!