明日の合宿に持っていくものを広げていると、理が部屋を訪ねてきた。
このところ、夕食後に私の部屋に来てはごろごろとしていくことが多い。おかげでこちらも、今日も来るかな、なんて期待するようになった。恋人になった所でそんなに変化はないと思っていたが、理と一緒にいることの比率が多くなっている。寮のみんなに勘付かれていないといいけれど。ヒヤヒヤした気持ちを抱きながら過ごしているが、まあ大丈夫だろう、と楽観視もしている。大丈夫だろう、とはバレてもまあ大丈夫だろう、という大丈夫だ。この余裕はどこから来るのだろう。なんやかんやでうまくいっている事が多いからか。
断りもなく人のベッドに座る理。広げた荷物を見るや否や、何か言いたそうに視線をうろうろしだすので、「何かあった?」とこちらから声をかけてみた。
「…明王杯って知ってる?」
「高校の運動部の…全国大会だっけ?」
我が女子テニス部の団体戦は予選落ちしたが、個人で理緒が選出されていたはず。部のみんなで応援に行くって言ったけど、日程はいつだったか…、思い出そうとしている間に、理が衝撃的な言葉を放った。
「剣道部として出るんだけど」
「え!?いつ!?」
理は荷物を詰め込んだボストンバックに目を向ける。
「その合宿の最終日」
「うそ!?」
「嘘つくわけないだろ」
口を尖らせる理を見て、思い切り肩を落とす私。
「だよね…。そうなんだ…、応援しにいきたい…。夕方にこっちに戻る予定だけど、それじゃあ遅いよね」
力なく頷く理。俯いて、こんなにも「しょぼん」とした理を見たことがあっただろうか。合宿は休みがあればいつでも出来る。ただ、大会は1回きりだ。
理の晴れ舞台が見れないとは。後ろ髪引かれる思いの中、合宿に行かねばならない。
私のため息だけが響き静まり返る中、床に置いていたケータイが着信音を鳴らす。「びっくりした。…出ていい?」と聞き、理が頷いたのを見て、理緒からの電話をとった。
「もしもし、理緒?」
『ナマエ、聞いてよ!!』
「ど、どうした?」
理緒は激怒している。友近君関連か?身構えながら話を聞くと、どうやら違うよう。
「叶先生が新幹線のチケットを取り忘れた…?」
合宿では、田舎の高校で合同練習を行う。だが、宿は取ったのに新幹線のチケットを取り忘れたそう。渡りに船、…いや、そんなこと言ってる場合ではない。
今から全員の席を予約するの、無理だよねえ…と呟けば『夏休みなんだし、当り前でしょ。もう!あの人って、いつも適当なんだから…!』と返ってきた。顧問の叶先生は確かに適当である。楽しみにしていた合宿を中止にされ、さらには恋敵でもある分、思う所は多々あるだろう。怒るのは無理もない。
『とにかく、合宿は中止だって。今度会ったら、みんなの前で謝ってもらわないと…』
叶先生が謝る、か。いつものゆるく、軽い感じでぺこっと頭を下げる所しか想像できない。
今回は残念だったね、今度は冬休みにでも合宿を計画してもらったら?と提案すると『うん、そうする。ナマエも協力してよね!よし、…じゃあ切るね、おやすみ、ナマエ』「うん、おやすみ」と電話を切った。次の合宿に向け燃える理緒。前向きな形で会話を終えることが出来てよかった。
理の方を振り返ると、「合宿、中止になったの?」とそわそわしている。
「そうなんだよ。残念だけど、仕方ない。…ってことで、明王杯応援しにいくからね!」
「うん、楽しみにしてる」
理がふんわりと笑う。床からベッドの横に移動すると、隣の理に「ていうか」と浮かんだ疑問を尋ねることにした。
「団体戦での出場なの?」
「いや、個人で出るけど…」
えっ、強くない?やはり運動神経のいい奴は違う。「ええ~…」と驚きでのけぞっていると、ふふ、と理は微笑んだ。
「誰かさんと違って、運動神経はいいからね」
「酷い…!でも、まったく言い返せない…」
そのまま仰向けに倒れ、ベッドに沈み込む私。その拍子にベッドの隅に置いていたジャックフロスト人形が跳ねる。テニス部団体戦での忌まわしき記憶が蘇ってきた。思い出したくない、苦い思い出。
「ナマエはそのままでいいんだよ」
「うう…」
落として上げられた。飴と鞭か、と思いつつ、手を伸ばして頭を撫でてくれる理に甘えておく。理の手のひらの感触に身をゆだねながら、大会へ向けてやれることがあるか思い浮かべる。
「応援すると決まったら、色々準備をしないとなあ」
「来てくれるだけで別にいいのに」
「張り切るに決まってるじゃん。私の…弟兼、恋人の晴れ舞台だし」
「恋人」って初めて言えた。横になったまま理を見上げると、頬を染めているのに笑ってしまった。勿論、「弟」と言ったところで悲し気に目を伏せた理もバッチリ抑えている。ごめん。
「まずは…お昼のお弁当を作りたいな」
当日の朝ごはんもそうだが、お昼の弁当も学校に持っていくものよりボリュームを増して、おかずもたくさん用意しよう。卵焼きにミートボール、ちょっと野菜もつけて、おにぎりも色んな種類作ろうか。
「後は…そうだなあ。剣道ちっくなマスコットでも作りたいなあ」
作るとしたら竹刀?頭にかぶる面?…そこまで考えて、剣道部ってモチーフがあまり無くて難しいことに気付く。安易に口に出してみたものの、何を作ろう。
私が黙り込んだのを見て、「無理しないでいいよ」と案じてくれる理。
「うーん、でも、合宿がなくなって手が空いてるし…。それに、可愛いマスコットを鞄につけた理を見てみたい」
「こだわる所、そこ?」
月高生の男子が手作りの可愛いマスコットを鞄につけているのを見たことがある。あきらかにスポーツが得意そうな子で、マネージャーか恋人の手作りかな、と見ていて微笑ましくなったことがある。そんな感じで一見クールな理も可愛いマスコットをつけたら私がグッとくる、そう思った次第だ。
「…理は、手作りのマスコットって、あんまり?」
「そんなことない。嬉しいよ」
「だったら作るしかないね」
「よおし」と掛け声をあげ、ベッドから起き上がった。
張り切りすぎる私は、天田君を誘って、朝からショッピングモールへ向かった。
天田君はこの寮に期間限定でやってきた月光館学園初等部の5年生。夏休み中、家に帰らず寮に一人でいることを危惧して理事長が分寮に連れてきたようだ。理事長、割と良い所もあるんだな。
やってきたのは終業式の日らしい。その日は、…色々すったもんだがあったからまともに挨拶できていなかった。後日改めて挨拶しにいった際、家に帰れない事情もあってか、暗い表情をしていたのが印象的だった。
天田君は、なにかと一人で部屋にこもりきりのことが多かったので、理が明王杯に出ること、マスコットやお弁当を作ることを伝えて「手伝ってほしいなあ」と頼んで付いてきてもらったのだ。
やり口はほぼ泣き落としに近い。「一人でいるのを気遣ってるんですよね?別に大丈夫ですから、構わないでいいですよ」と大人びた言葉で断ろうとする天田君にすがりつくように、どうしたら一緒に来てもらえるか考えた。「そんな!一緒じゃないと困るんだよ!……えっと、実は一人じゃ電車に乗れなくって…」即興で情けない嘘をついたが、私にプライドなどない。それに多分、いつかバレると思う。「大人って汚い…」って言われそうだけど、それだけ天田君と一緒に行きたかったってことで許してほしい。
思いがけず天田君の同情を誘うことになったが、彼の「この人を支えてあげなきゃ」という心を刺激したのか。悩み始めた所を見るに「ついていく」の方に天秤が傾き始めた。
「本当に僕なんかで良いんですか?ゆかりさんや風花さんで良かったんじゃ…」
「天田君だから頼んだんだよ。男の子だし、どんなおかずが好きか、とか聞きたかったんだよね」
「そう、ですか…」
そうやって納得させた。
巌戸台駅の駅では、通学定期を更新しなかったので、切符を購入しようとした。「僕がやります」と天田君が張り切ったので、お金を渡して、切符売り場で二人分切符を買ってもらう。どうやら、天田君は「一人で電車に乗れない」を切符の買い方が分からない、と判断したのかもしれない。
「電車賃くらい自分で出せますよ」
「ううん、私が無理に誘ったんだから。これくらいお金は出させて?」
「分かりました…。ありがとうございます」
「こっちこそ付いてきてくれてありがとう。しっかりしてるね、天田君」
「お礼を言うくらい当り前じゃないですか」
天田君はそう言ってそっぽを向いてしまった。クールだな、と思ったのも束の間。耳が赤いのをまじまじと確認する。
駅のホームに出ると、早速ポートアイランド行のモノレールが到着。乗り込もうとした際、天田君が「ナマエさん」と手を差し出してきた。どうやら、電車を乗る全般が駄目だと思われているらしい。「ありがとう」と、その手を取り、モノレールへ。……これ、バレたら絶対怒られるな。はたから見ると、年の離れた仲のいい姉弟だ。
こうして子ども特有の暖かい小さな手をつないでいると、小学生の頃の理を思い出す。理は小学1年の頃に事故にあった。それから、当分は二人でくっついて、手をつないで登下校していた。
モノレールに揺られること数分。ポートアイランド駅へ降り立つ。そのまま駅の改札へ向かおうとすると、天田君から戸惑いの声があがった。
「あの、手、離してくれませんか…?」
ごく自然に手をつないでいた。目線を逸らしながら指摘してくれたことにより、包み込んでいた手をやっと離す。
「あっ…ごめんね。天田君がいてくれたから安心したよ~ありがとう」
「いいえ…」
どんどん悪事を積み重ねていく大人。いや、まだ高校生だからセーフだ。
改札に切符を通すと、スーパーや手芸屋も入った大型ショッピングモールへ向かうために大通りを歩いていく。天田君の歩幅に合わせて、ゆっくり進む。
「天田君は学校帰り、寄り道したことある?」
こんな誘惑だらけの場所に学校があると、帰りにどこか立ち寄ったり、買い食いしてしまうことも、たまにある。小学生の天田君はどうなんだろう?
「寄り道せず帰ってましたよ。…でも、たまに友達に誘われてワックに行ったかも…」
「へえ~、なかなかワルじゃん。やるね」
「そ、それくらい普通ですよ、フツー」
大人ぶって見せるのが可愛い。他愛のない会話も出来て、誘ってよかったなと密かに思った。
ショッピングモールに着くと、まず手芸屋へ。布が所狭しと積み上げられている中、フェルトのコーナーを発見。何色が必要か。物色する前に、私の後を律儀についてくる天田君に、「手芸屋さん、ぶらぶら見て回っていいよ」と言おうと振り返る。天田君は何かを見つけたようで、じっと見入っている。
「フェザーマン…」
目線の先には、手作りマスコットが展示してあった。「フェザーマン」と言っていたように戦隊ものなのか、レッドからブルーにピンクなど、おそらく全員分揃っている。マスク姿の、顔部分のみが吊られていた。細かい翼の部分も左右対称にカットしてあり、均等に縫えていることからクオリティが高い。ここの店員さんが作ったのだろう。
「天田君、戦隊ものが好きなの?」
「なっ…ち、違いますよ!!……そんな、僕、子どもっぽいのが好きそうに見えますか」
どう答えるのが正解か。どう見てもその戦隊ヒーローが好きそうだけど、そのまま伝えると怒ってしまうかも。小学五年生だと、戦隊ヒーローを好き!なんて素直に言えない、世間や周りからの圧を感じていそうだ。話を逸らす作戦で行こう!
「私は興味あるな。戦隊ヒーローいいよね。格好良いし。正義のヒーロー!」
私も現に、世界を救うヒーローでもある。順平君の「レベルアップ!」のノリにも同調できる。
天田君は、私に冷ややかな目を向けた。
「ナマエさんって、子どもっぽいですよね」
「うっ」
「一人で電車に乗れないし、フェザーマンに興味あるって言うし」
「ううっ」
本当は一人で電車に乗れるけど!?と抗議したくなるのを抑える。
「……でも、いいんじゃないんですか?そういう人もいて」
上手くまとめてもらった。天田君、何だか穏やかな表情に見える。
「高校生の私でも格好いいって思うよ。フェザーマン。日曜朝だったっけ?今度朝ごはん食べながら見てみよかな」
「……つ」
「うん?」
「付き合って、あげなくもないですよ」
素直じゃないなあ。笑みを深めながら、「うん、一緒に見てみよ」と約束した。
フェルトを選んだらカラフルな色合いになった。赤白青黄など1枚ずつフェルトや綿を買うと、モール内のスーパーでお弁当の食材を見に行った。今回は下見だけ。明日、近所のスーパーで安く買うつもりだ。
「お弁当のおかず、何がいいかなあ。天田君、さあご意見を」
「…高校生ぐらいなら、牛肉のワイン煮でしょうか?」
な、何だって?牛肉のワイン煮って言ったか、今。
「…大人すぎない?」
「え?そうでしょうか?」
「…それにワイン、私じゃ絶対買えない」
「あ、そうでしたね…」
天田君、背伸びしすぎでは…?いや、本当に大人な味覚なのだろうか。では、こちらから質問させてもらおう。
「天田君、卵焼きやミートボールは好き?」
「えぇ、好きですけど…」
お次は苦い食べ物について聞いてみる。
「銀杏とかフキノトウは?」
「……す、好きですけど?」
今度は見た目で敬遠しそうなやつ。和食が苦手な子どもって多いよね。
「エビの煮物、田作り、昆布巻き…」
「なんでおせちなんですか。全部いけますよ」
「本当?じゃあ今度作るから食べてみてよ」
「…僕を試してますね?」
「そんなことないよー?天田君、大人な舌なのかなと思ってさ。好きなら全部ぺろりでしょう?」
天田君が悔しそうに口を結んでいる。じゃあ、さっきのは強がりなのかな?意地悪な大人(高校生)である。戦隊ものの悪役のごとく不敵に笑っておく。
それにしても、お弁当を持って行くなら、おせちをいれるような重箱があればいいな。
「ちょっと待って。おせちで思い出した」
「何なんですかもう…。作らなくていいですからね?」
「おかずをいれるでっかい箱がない!」
今度は私が「はあ?」という目を向けられるのだった。鞄に手を突っ込み財布の中身を確認する。最低限のお金しか入れていないので、あと千円しかない。
天田君を連れまわし、念のためにショッピングモールの食器コーナーも確認する。やはり千円で買えるお重箱はなかった。
天田君に切符を買ってもらい、手をつないで電車に揺られ、寮に戻ってきた。「天田君、箱の存在を気付かせてくれてありがとね!」とお礼を言っておく。天田君はそれに頭を下げると「なんだったんだろ…」と自室へ戻っていった。
容れ物、いつものお弁当箱しかない。引っ越す際に家にある重箱なんて持ってくる訳がなく、たくさんおかずの入る容器って何かあっただろうか。
勝手ながら、共有キッチンの戸棚の中を探る。セットになった湯呑みや、お高そうなガラスの皿が積まれている。そして、これまた高そうな重箱が出てきた。備品は自由に使っていいとは入寮規則に書いてあったが…。
「漆に…貝殻かな、これ」
取り出すと、重箱は深い朱色をしており、蓋にはオーロラ色した貝殻が大きく嵌め込まれている。
こんな高そうなものを勝手に持って行って良いのだろうか?躊躇して戸棚に戻そうとした。手に触れるのも恐れ多い。
「懐かしいものを見つけたな」
「こんにちは先輩、丁度良いところに!」
ごそごそ騒がしい音でも立てていたのか、キッチンまでやってきた桐条先輩が私の後ろで目を細めている。やはり、桐条家の持ち物だった。
先輩の言葉に、どういうシチュエーションで使っていたんだろう、と興味が惹かれる。お正月に高級おせち料理が盛り付けられていたとか?桐条家のおせちって、どんな料理が出てくるんだろう…。物珍しさや食欲に負け、聞いてみることにした。
「思い出深いのは中学生だった時だ。その頃からシャドウ殲滅のため、この寮に住んでいたんだが、…ピアノのコンクールに出場することになってな」
お父様は毎日忙しくされているから、今回も来られないと思い込んでいたが、スケジュールを調整して時間を作ってくれた。
ゆっくり語る先輩を見るのは珍しかった。先輩は、思い出を振り返りながら言葉を紡いでいる。
「…それだけでもありがたいのに、お父様は、私に親らしいことをしたいと、お弁当を作って持ってきてくれた」
先輩のお父さんが料理をする姿。失礼ながら、なかなか想像できない。
「屋敷から重箱を持って来て、ここで料理をされたそうだ。…明彦が言っていたよ。なんでも、屋敷のメイドたちに「御当主に料理をさせるわけには」なんて止められて、ここまで来たらしい」
先輩のお父さんって、優しいんだな…。屋久島で、負の遺産、影時間やシャドウに対しての姿勢を見て、誠実な人だと感じていたけど、自分の子にもそんなに愛情を持って接してくれるなんて、まさに理想のお父さん。うちの父にも是非、見習ってもらいたいものだ。
「…料理の見目は悪かったが、お父様の心がこもった味がしたな。…一緒にお弁当を食べることが出来た、それが私の大切な思い出の一つになっている」
「そうなんだ…。先輩のお父様、良い方ですね」
言い終えて、先輩から顔を逸らした。先輩に釣られて、私も「お父様」と言ってしまった。先輩、「ふふ」って笑ってるよ。昔を懐かしんでいるだけだと思おう。
「そういえば、この重箱がどうかしたか?」
茶化さず、本題に戻ってくれた。だが、先程のエピソードを聞いて、軽率に「借りたい」なんて言える訳が無い。
「あの、理が明王杯に出場するので、お弁当を作りたいなと思ってたんです。…これぐらい大きいお弁当箱を探してたんですけど、先輩のお家のもので大切な思い出の品なら…」
「使ってもらって構わないぞ」
「えっ、本当ですか!?」
ありがとうございます!と勢いよく頭を下げた。
「キッチンの中に入っているものは共用で使ってもらって構わない。…それに、似たような話だと思ってな。是非、活用してくれ」
「ありがとうございます…!」
「リーダーも喜ぶんじゃないか?」
「えぇ、だといいなぁ」
重箱を眺める先輩。格好良く、使うペルソナも氷系。恐れ多くて近寄りがたいイメージだったが、やはり失礼ながらも、先輩も人の子なんだ、と温かさを感じる出来事となった。
そして大会前日、下見して目星をつけていた食材を購入。理の作った夕食を食べ終えて、ラウンジからテレビの音が流れる夜、明日の大会の為におかずを作り置きすることにした。
野菜の天ぷら、エビフライ、唐揚げなど揚げ物は味付けなど下準備だけして明日の朝早くから揚げる予定だ。今日は卵焼きやお肉系のおかずを作って、タッパーに保存し冷蔵庫に入れておこうと思う。
まずはミートボール作りから始めるようと、パックに入った挽肉を手に取る。全ての料理を既製品じゃなく、手作りにするつもりだ。理の特別な日だし、時間も有り余っているし、たまにはいいだろう。
挽肉を丸め、ソースと一緒に煮詰める。その間に卵も割って溶いて、卵焼きも作り始めた。時間が有り余っているといっても、一品ずつ丁寧に作ると夜中になってしまう気がした。出来るだけ同時並行で調理あるのみ。
「夜食作りでありますか?」
ひょこっとキッチンを訪ねてきたのは、アイギスちゃん。興味を持ってくれたみたい。
「明日のお昼のお弁当作りだよ。理も食べるから、たくさん作って、置いておこうと思ってね」
「理さんとどこか行かれるのですか?」
「うーんとね、理が出場する剣道の大会があってね。近くの体育館に行くんだ」
剣道部の全国大会、と言って理解してくれるのか分からなかったため、簡単な言葉にしておく。
「剣道の大会…。理さんはお強いのですね」
「そうなんだよ。高校生の中でも一位の強さになっちゃうかも」
「それは、凄いであります」
言葉を理解し、会話をしてくれることに毎回驚きと新鮮さを感じてしまう。
アイギスちゃんは「私も行きたいであります」と手をあげるが、私の顔を見てするすると腕を下ろす。
「そういえば、外に出る為には服が必要でありましたね」
そう、アイギスちゃんはそのままの姿では外に出られない。無表情のままだが、どこか寂しそうに見える。姉心が何とかしてあげたい!と叫び始めた。
こちらで服を買って、カモフラージュ出来たら外に出られるのではないか?その前に、理事長から外出許可をとらないといけないだろうから、それを踏まえた上で彼女に提案してみる。
「是非お願いするであります」
即答だった。そこまでして、理に着いていきたいのだろう。
不思議と理を慕うアイギスちゃんを見ても嫉妬心が芽生えない。無垢な彼女を幼い妹のように見ているからかもしれない。私が一番上の姉で、真ん中、理、末っ子がアイギスちゃん。勝手に家族にしてしまった。
屋久島では、理を含めた男性陣が彼女をナンパ対決だとかくだらないものに巻き込んでいたのを思い出す。爽やかなサマーワンピースを身に付けていたアイギスちゃんは、私から見ても綺麗だった…。
だが、ナンパは百歩譲って許しても、対決にするのは許せない。発覚後、怒りながら理を問い詰めたことを思い出す。
理は目線を落とし、「ごめん、…二人がやれって言ったから」と言う。姉馬鹿ではあるが、理はそんなこと自分からやる子じゃないのは分かっていた。すぐさま言い出しっぺは順平君で、それに乗ったのが先輩、という言質を二人から取る。そして、理を悪の道へ引き摺り込んだ彼らに白い目を向けていた。
今思えば、その時から既に、理に恋愛を絡ませるのが嫌だったんだろうな。
さて、アイギスちゃんは何が似合うか、と彼女の全身を見つめる。スカート姿を想像して、うーんと唸る。足が出る部分が白いことから、白タイツに見えなくもない…?それに、パンツスタイルも似合いそう。でも、着替えが大変かな?上から被るだけだし、ワンピースを着るのが一番楽か。ただ、半袖だとこれも腕が出てしまう。カーディガンが必要だろう。お手本をアイギスちゃんに見せて、意見交換出来るように、ファッション雑誌が欲しくなってきた。
私のお下がりを着てもらうという手もあるが、寮に持ってきた私服は最低限。家に置いてきたワンピースがいくつかあったので、親に連絡すれば…という所で、お下がりの選択肢を諦めた。
まだ両親を許せていない私は、メールで「夏休みは帰らない」ことを連絡した。それから何回か電話がかかってきたが無視し続けたのに、服の連絡をするのは、ばつが悪い。
ゆかりちゃんや風花ちゃんと一緒にポロニアンモールで服選びを手伝ってもらおう。そう決めた。
考え事をしながらも料理を進めていると、アイギスちゃんが「私も手伝うであります」と嬉しいことを言ってくれる。だが、料理未経験者に手伝ってもらうのは、初回は危険かもしれない。何も無い時に手伝ってもらおう。
「今日は大丈夫!また今度手伝ってもらおうかな。ありがとうね、アイギスちゃん」
「分かりました。では、「また今度」とは、いつでしょうか?」
「そうだな…、明日の夕方かな」
今日は理が料理当番だったから明日の夕食作りを手伝ってもらおう。ちょっとした祝賀会になればいいな。
「では、「また今度」と言われた時は「明日の夕方」ということでありますね」
「あっ、時と場合によると思う。伝えるの難しいな…。曖昧だよね、日本語って」
「時と場合による、でありますか。…なるほどな?」
「可愛いこと言うね」
突然の独特な言葉に顔を綻ばせて反応すると、首を傾げられた。
「可愛い、ですか?何か学んだ時はこう言うよう、指示されています」
「もしかして…幾月理事長に?」
「はい」
理事長がアイギスちゃんにそう言うよう伝えているとなると、素直に可愛いと言えなくなる不思議。あの人、なんか苦手なんだよな。外出交渉する際も身構えながら行かないと。アイギスちゃんの為にも、頑張ろう。
**
そして大会当日。早朝から手抜きせずに朝ごはんを出しておいた。ご飯、具だくさんのお味噌汁にサラダ、だし巻き卵、ウインナーの焼いたもの。眠気眼のまま、ハムスターのようにほっぺたを膨らませてご飯を頬張る姿をにこにこしながら見守る。
食べ終わった後、まず学校に寄るのか、制服姿で荷物を抱え、出発しようとする理に声をかけた。
「プレゼントを授けよう」
後ろ手に隠していたものを勢いよく目の前に掲げた。
「ジャックフロスト君の必勝マスコットだよ」
ジャックフロストに「必勝」の刺繍をした旗を持たせたマスコット。理はそれをまじまじと眺めて、ぱっと笑った。
「ありがとう。よく出来てるね」
感心され、胸を張る私。あの後、理が自室に戻ってから、何のマスコットを作るか一人で考えていると、ベッドのジャックフロスト人形が目に入った。クレーンゲームでとってもらったこの子を、理にもマスコットとして身に着けてもらって、お揃い、…みたいな。思わずジャックフロスト君を抱きしめ、ベッドで足をばたばたしてしまう。私の中でその発想はいたく盛り上がった。
「つけたげる」
学生鞄にマスコットを結び付けた。離れて、理の姿を見つめる。ほう、と息を吐いた。
「可愛い…」
「マスコットのことだよね?」
「いや、理も」
「俺もか」
少し悩む仕草を見せてから、「そうか」と頷いて納得した模様。今度こそ玄関を出て「行ってくる」と告げる理に「行ってらっしゃい。試合見に行くからね」と手を振った。扉が閉まった後、再度キッチンへ。
「さて、揚げ物を作ろうかな」
油を加熱し、ぱちぱちと音を鳴らしながら具材を揚げていく。夏場だからかクーラーをつけていても汗がにじむ。揚げ物が済んだら、おにぎり作りへ。ふりかけを数種類使い、見目良くなるように。握り終えたおにぎりをお重に入れる時、隙間にレタスや茹でたブロッコリーなど野菜を詰めておく。揚げ物コーナーも作り、昨日作った卵焼きやミートボールなどもレンジで温めた後にお重に並べる。いつの間にかお重が3段構成になってしまった。……理なら、全部平らげてくれるだろう。
先輩たちが起きてくる前に調理を済まして、お弁当を完成させる事が出来た。心地よい達成感に満たされる。喜んでくれるといいな。
「おはよ…ってもうどっか行くんだ?」
ゆかりちゃんが眠そうに目を擦りながら声をかけてくれた。風花ちゃんも一緒。彼女は私が携えた風呂敷を見て、「お弁当?」と首を傾げた。重箱を風呂敷に包んで抱えている。
起きる時間が朝9時、10時…さらに遅くなったとしても、誰も咎める人はいない。先輩方以外、2年生たちは夏休みを自由気ままに過ごしている。ちなみに桐条先輩は学校があってもなくても、いつも通りの時間帯に起きてくるし、真田先輩もロードワークをする為に早起き。
ちなみに、真田先輩は出来あがったばかりの重箱を見て「リーダーが明王杯に出るんだろう?気合が入っているな」と頷いていた。スポーツに通じているのか、桐条先輩から聞いたのか、明王杯の事をご存じだった。桐条先輩も「ブリリアント」と言ってくれた。ぽっと頬を染める私。
遅れて、ラウンジまで降りてきた順平君も私が手に持つ風呂敷を「おお」と声をあげながら眺めている。
「でっかい風呂敷抱えてんな~」
「お弁当を作ったんだ。理が剣道部の個人で明王杯に出るから、これは応援しに行かないとって」
「そうなんだ、偉いね、ナマエちゃん。それに凄いね結城君も。…でもその量、残らない?」
風花ちゃんのもっともな疑問に首を振る。
「残らないんだよ、それが…」
「そういや理、結構食えるヤツだったわな」
大食いに輪をかけるエピソードをお伝えする。ラーメン屋に行ったあと夕食も食べていた話をしたら、三人にドン引きされてしまった。
「あんな細身でそんな食べれちゃうんだ…。でも、ある意味羨ましい…」
「でしょう!?なんであんな食べて太らないのか…」
ゆかりちゃんの言葉に、風花ちゃんもうんうんと頷いている。やはり女子の共通認識。…といったところで、もうそろそろ剣道の大会が始まる時間になっていた。
「よし、もう行かなくちゃ」
かなり重みを感じるお重を携え、玄関の扉を開ける私。3人とも玄関まで見送ってくれる。
「結城君に頑張れって伝えておいて」
「私もお願いします。…そうだ、結城君に何か料理を贈ろうかな。お菓子とか」
「風花の手料理とか理のやつ、羨ましいッ!…あ、俺も応援のメール送っとくわ」
温かい言葉をもらったはずなのに、風花ちゃんの言葉に背筋が震えた。気のせいか?風花ちゃんの手作りお菓子をもらえるなんて、理ってば幸せ者。頭ではそう思うのに、第六感が生命の危機を察知している。…私、失礼すぎないか?
寮から歩いて港区の体育館へ。剣道の全国大会が始まる時間に館内の席に着くことが出来た。各校の代表がトーナメント形式で優勝の座を争う。参加人数は百名ほど。その中に入っている時点でもう拍手を贈りたいぐらいだ。全国の精鋭の中に名を連ねているんだもの。
無理せず頑張ってほしいな、くらいに思っていると、理と目が合った気がした。こちらは2階席で、あっちは体育館の遠くで装備をつける準備していた。「がんばって」と声に出すけれど、絶対届かないボリュームしか出せない。それでも理は頷いて返してくれた、と思う。そうだ、写メ撮っておこう。理をパシャリ。体育館内をパシャリ。
試合が始まると、どういう応援をすればいいのか分からず、周りの様子を窺うことにした。どうも、サッカーや野球みたいに歓声をあげている人があまりいない。拍手で応援している人が多いので、私もそれに合わせて応援することにした。
理は順調に勝ち進む。試合に勝つ度、段々と応援に熱が入っていく。…といっても、拍手に熱を入れた。そうこうしている内に、ベスト16に入っているのに当の本人より興奮を隠せない。
昼になって、メールで待ち合わせをした場所に理が現れた。なんと、袴姿。見慣れない姿に心が弾んだ。格好良いじゃないか。でも、絶対着替えるのがめんどくさかったからこのまま来たんだろうな。そう分析しながらも駆け寄って「理、凄かったよ!」と高いテンションのまま話しかける。「ありがとう」と理は穏やかに目を細めた。
「可愛いな」
朝に理にかけた言葉が自分にも返ってきた。あまりに威力がある言葉に仰け反ってしまう。
「…か、可愛いって、突然どうした?」
「そのまま思った事を言っただけ」
理が大胆になってきた。攻守逆転という言葉が頭に浮かんだ。いやいや、負けてたまるか!…でも、凄い動揺している自分に頭を抱えたくなる。このまま攻め続けられたら、心臓がいくつあっても足りない状態になりそうだ。私も攻めねば…なんて焦っていると、理の静かな呟きを拾う。
「まさか来てくれるなんて」
「どうして?こんなに準備したのに行かないなんて、ありえないよ」
「ん、そうだね」
座れそうな所がなかったら、とシートも持ってきていたが、体育館近くの3人掛けのベンチが空いていた。先に走っていって席を確保。風呂敷をベンチを真ん中に置いて、こっちこっち、と手招き。理と共に両脇に腰掛けた。「お腹すいたでしょ、早く食べよ」と風呂敷を解いていると、理のふわふわした声が耳に届く。理の声は聴いていて心地いい。結ばれてから、改めて思う。
「応援、見てたよ」
やっぱり気付いてくれていたみたい。自然と顔が綻んでしまう。
「段々コツ掴んで、会場に響くくらいになってたけど。手のひら、痛くない?」
拍手の仕方の変化にも気付いていたとは、やりおる。
「大丈夫。まだ温存してあるよ」
「見せて、…ほら、赤くなってる」
理に手のひらを掴まれ、まじまじと観察される。
「だ、大丈夫だってば」
周りの目を気にしながらも、振りほどく程、嫌という訳ではない。
「それより、ほら、お弁当食べよう。いっぱい作ったんだから」
なんとか言葉をかけ続けて解放してもらったが、「そう?…嬉しいけど、頑張りすぎないでほしい」なんて大会で頑張っている理に、応援してるだけの人間が心配されるのだった。
風呂敷を解いた後の重箱を理が見つめている。
「何だか見たことない重箱だね」
「キッチンの戸棚にあったんだよ。桐条先輩の家の物なんだけど、…値段は怖くて聞いてない」
「確かに、高そうだしね。何百万とか…」
「いやー!やめてー!」
何百万のものを持ち運ぶ恐怖たるや。理は私の反応を面白がっている。微笑みを絶やさない。
「もう…、蓋開けるよ!?」
お重の蓋をこれみよがしに「じゃーん」と言いながら開けると「わ、頑張ったんだね…。美味しそうだ」と期待していた嬉しい言葉が返ってきた。重ねていたお重を崩し、3箱ともベンチの上に広げる。
1つ目の段は、みんな大好きおかずゾーン。卵を4個使って焼いた分厚い卵焼きを一口サイズに切って、断面を向けて並べたものと、ソースが絡んだミートボール、カリカリに揚げたフライドポテトをレタスやミニトマトを詰めつつ盛り付けた。フライドポテトにつけて食べられるよう、ケチャップ、マヨネーズの入った小さい入れ物つき。
2つ目の段は、みんな大好き揚げ物ゾーン。エビフライ、から揚げと、かぼちゃ、ナス、レンコン、ピーマン、しいたけの野菜の天ぷらを出来るだけ見栄え良く並べておいた。こちらもサラダを空いている隙間に入れて彩りをよくしている。
3つ目の段は、みんな大好きおにぎりゾーン。たまごふりかけに菜っ葉のふりかけ、しそのふりかけを使ったカラフルなおにぎりを計9個つくった。私は2個くらいしか食べないだろうから、理に後を任せる。
ウェットティッシュを差し出して手を拭いてもらったら、箸を渡して一緒に「いただきます」。ミートボールや揚げ物を箸でつまみ、おにぎりも片手に持って、ゆっくり食べる。うん、我ながら美味しい。理はその間におにぎりを2個、卵焼きを全体の半分、ポテトを3分の2ほどに減らしていた。このスピード、大食い選手権に出られるんじゃないか?
「美味しい。これだけ作るの大変だっただろ?ありがとう、ナマエ」
優しい言葉をかけながら、ぱっくぱっく口の中に消えていく食べ物たち。照れる間もなく圧倒されてしまう。
それなのに、うちの食費はそこまでかかっていない。もしかして、余所で食べて、うちで食べる分を減らしているんじゃないか?理はそうして、我が家の家計を気遣っているんだと断定した。理よ、食いっぷりに引いてしまってごめん。むしろ「ありがとう」と言うべきだった。
理は私の食べる分を残してくれている。おかずはきっかり半分ずつ食べるようにしているみたいだが、もうお腹いっぱいになってきた。
「理、ありがたいけど、もう全部食べちゃっていいからね。私、これ以上食べれないや」
「そうなの?じゃあ、ありがたく頂くね」
「どーぞどーぞ」
いつもよりは食べれていないと思う。理の食べっぷりを見ていたら、こっちもたくさん食べた気になったみたい。
お重の中身が全て空っぽになっても、休憩時間はまだまだ続く。重箱を片付けながら、理と大会を振り返っていた。試合は3本勝負の中、理が2本先取して勝利することが多く、ハラハラというより、いけいけー!と、勢いづいて応援していた。
「練習頑張ってたんだね。…タルタロスの探索も絶対、力になってるよ」
「うん、動きは結構見切れるようになったかな」
「み、見切るかあ…。凄いね。達人だ」
私はシャドウとの戦いでは薙刀を武器としている。リーチが長いせいか、シャドウにちょっと近づいて、突いたり振りまくれば当たるだろう、という戦法である。敵の動きに合わせて攻撃を避ける力はポンコツといってもいい。それに、ペルソナメインで戦っているのも、動きが鈍い原因になっているだろう。
はあ、と自分の駄目さ加減にため息をついていると、理が私をまじまじ眺めているのに気付いた。「ごめん。私も頑張んないとね」と力なく笑ってみせる。
「いいよ。ナマエはナマエでいい」
「そう?これからシャドウも強くなるだろうし、もうちょっと力付けないと。…最近タルタロス行ってないよね?今日は疲れてるだろうし、明日でも行こうよ」
「……考えてみる」
返事が遅いことから、乗り気でない様子が伺える。どうしたんだろう。
「探索で何かあった?」
「別に何も?…それより、順平からメールがあったんだ。優勝したらラーメン奢ってくれるんだって」
話を逸らすようにメールの画面を見せる理。『理、剣道の全国大会に出るんだって?頑張れよ~!優勝したらはがくれ、何でも奢るぜ!』と表示されている。
今、探索について追及して喧嘩にでもなればこの後の試合に影響が出る。ここは話に乗るのがベストだろう。
「へー!良かったじゃん、これは優勝目指すしかないね?」
ついでに、焚きつけてみた。理って無欲だし、優勝を狙うというより、ベストを尽くす、みたいな考え方だと思っている。スポーツで熱くなる理も見てみたい。食欲に釣られて熱くなるってどうなの、と思うも、それはそれで可愛いからよし。
「うん、優勝したら証人になってよ」
「オッケー!ゆかりちゃんと風花ちゃんも頑張ってねって言ってたよ」
「そっか、なおさら負けられないね」
順調に燃えあがっている。理の言葉にうんうんと頷いた。
風花ちゃんがお菓子を作るかどうかはまだ分からないので伝えないでおく。それに、作ったとしたらサプライズの方が嬉しいだろう。
休憩が終わって、理は選手の待機場所に戻っていった。私も体育館の2階席に戻り、試合が再開されるのを待つ。
さすが、ベスト16に名を連ねる選手。すぐには倒せない。試合が始まるも、一本を取るのが難しくなっていた。その分、緊張感のある試合を味わえるようになる。理が優勢になれば拍手を送り、劣勢になれば手を組んで祈るように試合を見守った。
私の祈りが通じてか、決勝戦まで駒を進めた理。ここまで来たらそのまま優勝を狙ってほしい。
決勝の試合は、かなり長丁場となった。お互い竹刀を交わして牽制しながら相手の隙を突こうとしている。理が動けば、相手も即座に反応し、つばぜり合いになる。
理の相手は早瀬君という。周りで応援している子らの話を聞くに、負けなしのエースなんだとか。燃える展開ではないか。
早瀬君が理の手を捉え、一本をとった。理もお返しとばかりに即座に早瀬君の横腹を叩く。拍手することも忘れるぐらい、試合に見入ってしまった。次に一本を取るのは――。
次の瞬間、体育館内に竹刀の気持ちのいい音が響いた。
優勝したのは早瀬君だった。…惜しかった。でも、理は全力を尽くしたんだから、私が残念がっても仕方ない。
もしかしたら一緒に帰れるかな、と体育館の入り口で理を待っていると、見慣れない人たちと談笑している理が現れた。応援に来ていた剣道部員たちだろうか?男子たちに囲まれている理にひらひらと手を振る。理は彼らに声をかけると、こちらに駆けてきた。
「理、準優勝おめでとう!」
「ありがとう。でもこれじゃ奢ってもらえないな」
真っ先にそれを気にするとは。食い意地のはった理らしいな、なんて笑ってしまう。
「だねえ、でも交渉の余地ありかもね。半額奢ってもらうとかでいけんじゃない?」
「準優勝のメダルをもらったからそれを持って詰め寄ろうかな」
「いいね!私も加勢する!」
順平君は今頃くしゃみをしているかもしれない。
「ってか、メダルもらったんだ、見たい!」
「うん」
鞄を探る理。鞄についたジャックフロスト君マスコットがゆれる。よくやった、マスコット。おかげで理、いい順位につけたぞ。マスコットにもねぎらいの念を送る。そして、気付かれないようにケータイを手にしていた。
「あった、これ…」
ケータイの撮影音が響く。そうです、私がやりました。メダルを取り出したところで、無防備な理の写真が撮れた。画面内の理は、無邪気な笑みを浮かべている。
「保存しとくね。誰にも見せないでおこ」
「……それならいいけど」
「やったね」
怒るかと思いきや、それならいいのか。秘蔵の写真をゲットした。悪い笑い方をしていると、視線を感じて振り向いた。剣道部員たちは先ほどから話しながらではあるが、理を待っているようだ。
「祝勝会でもやるの?」
「多分」
「行ってきなよ。じゃあ今日の夕飯は大丈夫そうだね?」
「…うん」
じゃあね、と理と別れる。その際、部員さんたちにも頭を下げて体育館を去った。
空のお重を手に寮に帰ってきた。ラウンジで迎えてくれた風花ちゃん。「理、準優勝だったよー」と伝えると、「そうなんだ!すごいねえ結城君…」の後に「私、運動苦手だから雲の上の人、って感じがする」なんて感心の言葉が続いていく。
「うん、私もそう思う。同じ物を食べて育ったのに、こんなに運動神経が違うなんて…」
「そんなことないよ。ナマエちゃんもシャドウと戦えるでしょう?ナマエちゃんも凄い」
「ありがとう、風花ちゃん…」
風花ちゃんは私の心の安らぎとなってくれる。だって誰も否定しない。人の良い所探しの天才というべきか。…そのせいで色々あったけれど結果的には丸く収まった。良かったよなあ…なんて、しみじみと振り返ってしまう。
「あ、そうだ…結城君にクッキー作ってみたんだ。良かったらナマエちゃんも食べて?」
「え、いいの!ありがとう~!…でも、私もいいの?」
「うん、最近二人とも仲がいいなあって思って。一緒にいる時にでも食べてもらえたら嬉しいな。味の感想も聞きたいし」
「そうかあ…。ありがとう」
バレている訳じゃないよなあ、と笑顔を作りながら可愛くラッピングされた袋を受け取った。そのまま自室へ戻る。
もし寮のみんなに「私と理は付き合っている」と言ったら、否定されるだろうか。先輩方は眉をひそめるかもしれない。でも、2年のみんなは複雑に思うだろうけども応援してくれるんじゃないか、なんて想像している。私の期待が混じっているので、もっと反応は悪いかもしれない。それでも、みんなになら知られてもいい。それで、この寮内でだけは堂々と、ビクビクしないで過ごして、私たちを分かってもらえたらいいな、なんて、夢を見る。
そんなことを想像しながも、やっぱり怖い、小心者なので、出来る限りバレないように過ごしている現状。
さて、気持ちを切り替えよう。風花ちゃんにもらった袋は外から中身が見えないものだった。どんなクッキーだろう。シンプルにバタークッキーかな、チョコチップクッキーだったりして、なんて想像が膨らむ。明日でも、渡すのが楽しみだ。
その日の夕食は約束通り、キッチンで待機していたアイギスちゃんに手伝ってもらった。
私がフライパンで野菜を炒める様子を見てもらってから、アイギスちゃんにも菜箸を渡し、私の指導の元、野菜をしんなりするまで炒めてもらう。その上にうどんと調味料を投入し、全体にタレが絡んだタイミングで火を止めた。簡単な料理だし、安価な所から、焼きうどんを重宝している。半分ずつお皿によそおうか、という所でアイギスちゃんの能力が発揮された。
「どちらも麺と野菜ほぼ同量入れたであります」
菜箸を使い、野菜は野菜で寄せ、麺は麺を寄せて盛り付けてくれた。斬新な盛り付け方だ。割と食べやすそう、なんて思っていると、アイギスちゃんの発言に焼きうどんの入った皿を見比べる。確かに同じ量に見える。もしかして、目分量じゃなくてそういった機能でもあるのだろうか。聞いてみると、アイギスちゃんはこくりと頷いた。
「えぇ、計算しました」
「アイギスちゃん、凄いね…!」
ケーキを作る時なんかも分量をきちんと計ってくれるんじゃなかろうか。一家に一人、アイギスちゃん…。謎のキャッチコピーが浮かんできた。
「お褒め頂き恐縮であります」
「あ、じゃあじゃあ、かつおぶしも1袋を半量ずつ振りかけてくれるかな?」
「了解であります」
今度はアイギスちゃんの動作をじっと観察。袋を破り、ぱらぱらとかつおぶしを普通に振りかけているように見えるが、二皿を見比べるとやはり同量に見える。かつおぶしのいい香りに、お腹がすいてきた。
「アイギスちゃんのおかげで美味しいご飯が出来たよ!ありがとうね」
「そうでしょうか?お役に立てたなら良かったであります」
ほぼアイギスちゃんのおかげで立派な焼きうどん、二人分が完成した。私の分と、もう一つは理の分ではない。アイギスちゃんの分だ。
料理を作る前に、アイギスちゃんにご飯を食べられるかどうか聞いていた。なんでも、ご飯をエネルギー変換できるような仕組みはないが、食事は出来るみたい。味覚も感知できるそう。それならば、と二人分作ることにした。
「理さんの分でなく、私に、ですか?……食料の無駄ではないでしょうか?」
「無駄じゃないよ?」
食事をしなくても生きていける。アイギスちゃんにとってはそうかもしれないが、すぐに否定しておきたかった。
「折角手伝ってくれたんだもん、一緒に食べようよ」
「……分かりました」
合理的じゃない、と納得していないだろうけど、私が言うから従ってくれたのかもしれない。ダイニングテーブルに焼きうどんを置いて、二人並んで座った。箸と、食べやすいようだったらフォークを用意したが、私の食べる姿を真似て、アイギスちゃんはすぐに箸の持ち方をマスターした。
「毒見する場面ではお役に立てると思うのですが、……本当にいいのでありますか?」
「そんなこと、そうそうないからね!?どうぞどうぞ、アイギスちゃんのおかげで美味しく出来たからさ。食べよ」
「私は人間ではないのに、ナマエさんは、不思議な方ですね」
私には高機能な人間のようにしか見えないけれど。
「食べるのに理由がなくたっていいんだよ。一緒に食べると美味しいよ」
「…そうなんですね」
うまいうまい、と言いながら焼きうどんをすする。アイギスちゃんも箸を進めながらも、時折、私に視線を向けていた。
**
それからのこと。理に風花ちゃんのクッキーを渡し、一緒に食べようとしたが、自分だけで食べると頑なに首を振るので「まさか…」と面倒くさいことを自覚しながらもまた嫉妬しそうになる私。それに、観念したように理は袋の封を開けて見せた。
そうして、二人して泣きながらクッキーを食べたり、順平君に大会のメダルを首にかけて詰め寄ったりしながら数日過ごすも、タルタロスへ行く日はなかった。
「そろそろ満月だけど、大丈夫…?」
「うん」
理は頑なにタルタロスへ行こうとしない。
深夜になって、影時間に入るも、今日もタルタロスを遠目から眺めるのみ。そして、その頭上に浮かぶ真ん丸に近づいた月を見上げた。
満月の日が訪れた。シャドウの反応があった陸軍基地へ向かう一同。なかなかタルタロスに行けていないから腕が鈍っていないか心配だったが、その心配が吹っ飛ぶような事が起きた。
現れた2体の大型シャドウを理だけで倒してしまった。この前見た時と違う強そうなペルソナで、すごい技を使って、瞬殺。理以外みんな、出る幕なしで終わった。
「もしかして、エリザベスさんとの話ってこれだったの…?」
「…うん、ペルソナのパワーアップ」
あの1時間の間に、精神と時の部屋にでも入っていたのだろうか。
「さすがです!リーダー!」
「これなら、後4体も怖くないね」
口々にみんなから褒められる理を見て、私も鼻が高い。だが、どこか危うさを感じてしまう。みんなと少し離れた所で、理の様子を観察していると、とんでもない事を言い出した。
「先輩、みんなも、夏休みの間はタルタロスに行かなくていいかな?しばらく体を休ませた方がいいと思うんだけど」
みんな、悩む素振りを見せるも、桐条先輩が「リーダーがそう言うなら構わんが」と言ったのを皮切りに、「理さんに従うであります」「まあ、いいんじゃね?」「そだね。大型シャドウ倒せば、それで影時間もなくなるし」と口々に賛成していく。
…いいのだろうか?理に任せれば、次のシャドウも手強くないだろうけど、私たちも力をつけた方がいいと思うんだけどなあ…。複雑な気持ちを抱えながらも、全員が全員賛成していることに口をはさむ勇気がなく、黙り込んだまま基地を後にした。