長鳴神社には忠犬がいる。
舞子ちゃんいるかなあと神社へ訪れた際、天田君が可愛いわんちゃんと鳥居の脇で戯れていた。頭を撫でたり、顔の横のふかふかを堪能するように触っている。
「天田君、こんにちは」
「ナマエさん」
天田君は頬を赤くして、「恥ずかしい所をお見せしちゃいましたね」と言われるも、どこが恥ずかしい所なのか分からず首を傾げた。
「だって、この子…コロマルと遊ぶなんて、…子どもっぽいでしょ?」
「そんな事ないよ。私も触りたいし!…いいかな?わんちゃん」
コロマルと呼ばれたわんこは、白い体。神社にいたこともあり、神聖な生き物感が漂う。暫しわんちゃんと見つめ合っていると、公園からか、舞子ちゃんが駆けてきた。「お姉ちゃんだ!」「舞子ちゃん、こんにちは」と挨拶を交わすと、舞子ちゃんはわんちゃんにまっしぐら。
「この子、コロちゃんっていうんだ!可愛いね!」
天田君がコロちゃんに構ってるのをじっと眺めていたのだろう。でも声をかけられずにいたのかな。舞子ちゃんって、割と大胆だから自分から話しかけそうなのに、ちょっと年上の天田君に遠慮したのだろうか。
「うん、可愛いよね。私もコロちゃんって呼ぼ」
舞子ちゃんにわしゃわしゃ撫でられても嫌な顔ひとつせず、大人しい子。
「でも、コロちゃんどうして一人なの?」
「あ…」
舞子ちゃんの純粋な質問に、天田君が声をもらした。
「天田君知ってるの?」
「えぇ、まあ…」
天田君は何か知っているようだが、歯切れが悪い。無理に聞いちゃ悪いな、としゃがんで、コロちゃんと視線を合わせる。「どこから来たの?」と声に出さず視線で聞いてみると、「ワン!」と鳴いた。聞いておいてなんだが、さすがに何と言ったのか分からない。毛並みもいいし、ちゃんとしつけもされていることから、どこかの家の迷い犬なのかもしれない。
「この子、一人ぼっちなのかなあ…」
舞子ん家、来る?と舞子ちゃんもコロちゃんをじいっと見つめる。「クーン」と可愛らしく鳴くと、鳥居をくぐって、神社の中に入っていった。
「嫌なのかなあ?」
3人でコロちゃんの後を追いかける。今度は賽銭箱の横に陣取るコロちゃん。お座りのポーズのまま、その場を動こうとしない。
「ここから動かないぞって言ってるみたい」
コロちゃんを放っておくことも出来ず、かといって何が出来るのかも分からない。立ちすくんでいると私の名を呼ぶ、聞き覚えのある声がした。
「あら?乾ちゃんに、ナマエちゃん?」
「光子おばあちゃん…」
商店街の「本の虫」にて文吉おじいちゃんと共に店主を務めているおばあちゃん。天田君とも知り合いだったのか。顔が広い。
「本の虫」に通っては、お菓子、飲み物、菓子パンを持って帰る理を見て、お礼を言いに訪ねたのが知り合ったきっかけだった。いつも弟がお世話になっています、と伝えるも、「理ちゃんのお姉さんか!」と感激してくれて、私も菓子パンを貰って帰ってきてしまった。理、ご夫妻にかなり気に入られている様子。
「奇遇ねえ。コロちゃんのご飯をあげにきたのだけど、…一緒にあげてみる?」
おばあちゃんが手にしていた餌の袋を見て、そわそわしていた舞子ちゃん。おばあちゃんが舞子ちゃんに微笑みかけると、「いいの?あげてみたい!」とぴょんぴょんジャンプしながら喜んだ。さながら孫を可愛がるおばあちゃんのようだ。
おばあちゃんに懐いているのか、彼女の傍をくるくる回るコロちゃん。新聞紙を地面に置くと、ドッグフードの小袋を舞子ちゃんに渡す。舞子ちゃんが袋を破って、新聞紙の上にぱらぱらドッグフードの粒を落としていくと、コロちゃんが勢いよく食いついた。
「コロちゃん、いっぱい食べなー」
舞子ちゃんが楽しそうにコロちゃんの食べっぷりを見ている。私の隣でにこにこしていた光子おばあちゃんは、こちらに向き直ると眉を下げ、先ほどから黙り込んでいる天田君に小さく声をかけた。
「乾ちゃん?どうしたの、何かあった?」
「いいえ…」
「コロちゃんがどうして一人でいるか聞いたから、だよね」
私の言葉に項垂れる天田君。
「事情があるなら、無理に聞こうとしないから。大丈夫だよ、天田君」
気にはなるが、そうまでして聞きたいとは思わない。天田君が言うのを躊躇うなら、秘密にしてくれて構わない。
「乾ちゃん、私からナマエちゃんに伝えてもいいかしら?」
「おばあちゃん、いいよ!全然気にしてないから…」
慌てて手を振るも、天田君が「お願いします」と頭を下げてしまった。それを見届け、おばあちゃんは語りだす。
「……コロちゃんの飼い主さんは、この神社の神主さんでねえ…。ちょっと前に事故で亡くなったの」
神社にいたのは、亡くなった神主さんとの思い出の地だから。それを知ってからだと、コロちゃんを見る目が変わってしまう。
「古くからここに住んでる人たちは、コロちゃんと神主さんの事を知っているの。引き取ろうとする人もいたんだけど、コロちゃん、ここに居たいって言ってるみたいで」
普段とってもいい子なのに、連れて帰ろうと抱っこしようとしても、逃げちゃうのよね。人の心を分かってるのかしら。小さな背を丸め、コロちゃんを見つめる光子おばあちゃん。
「ご飯は欠かさずあげるようにしているけど、コロマルちゃんにとって本当にこれで良いのかしら…、なんて、ごめんね。こんなことまで喋っちゃって…」
「ううん…。どうすれば一番良いのかって、分からないよね…」
そりゃあ思い出の場所にいたいよな…。大切な人が居なくなるって、辛い。私だったら折れてしまいそうなのに、コロちゃんは強く生きている。
ご飯を食べ終わって満足したコロちゃんが私たちの傍へ寄ってきた。しゃがみこんで、頭を撫でる。舞子ちゃんも話を聞いていたみたいで、沈んだ表情をしていた。
「舞子、今度コロちゃんのご飯持ってくる」
「私もそうする…。うん、また会いに来るね」
コロちゃんは快活に「ワン!」と吠えた。僕は元気だよ、大丈夫って言っているみたい。都合よく解釈しすぎだとは思うけど、そう願わずにはいられない。
「あらあら、コロちゃん嬉しそうねえ」
光子おばあちゃんがうん、うん、と頷いた。
天田君と神社からの帰ろうとする際、舞子ちゃんに腕を引っ張られる。
「わ、どうしたの?舞子ちゃん」
「あの子、誰?どこの子?」
天田君に聞こえないよう、こっそり話しかけてきた。事態を理解した私も、こそこそ話で応える。
「天田乾君って言う子だよ。月光館学園の小学5年生」
「ふ、ふーん…。どうして一緒に帰るの?」
「うーんとね、近くに住んでるから。……頑張れ、舞子ちゃん、応援するぞ」
「……っそんなんじゃないもん!!」
舞子ちゃんは真っ赤になると、走り去っていった。否定されてしまったが、これは…。私も含め、舞子ちゃんの恋愛色も強くなっていたとは。舞子ちゃんの背中を眺めながら、天田君がこちらへ歩いてきた。
「どうしたんですか?あの子」
「舞子ちゃんっていうんだけど。…いい子だよ」
「はあ…」
天田君はよく分からなそうな声を漏らした。二人で帰路についていると、天田君は私の方を見上げて、こう聞いてきた。
「ナマエさんは、コロマルのこと、可哀想って思いますか?」
またも難しい質問に、うーんと唸りながら、私の解釈を絞り出す。
「飼い主さんが亡くなったって聞いた時はそう思ったよ。でも、今は、強く生きていて凄いな、頑張ってるなって思う」
コロちゃんに感じたのは「可哀想」だけじゃなかった。それからの生き方によって、受け取り方が変わったのは伝えておく。
この回答に対してどう思ったのか。天田君はそれきり黙り込んでしまった。
夕飯を食べお腹が満たされた状態で机に向かう。自室のカーペットに座って、夏休みの課題に取り組んでいた。小さな机の向かいに座るのは理。歴史は教科書やノートを見て進めれば解答を埋められるのだが、戦国時代の問題がやけに多い。半分以上を占めているのではなかろうか。伊達家を崇拝している小野先生が作った独自の問題もあるので、分からない所もあった。昔の大河ドラマについて答えられる訳が無い。理に泣きつくと、教えてもらえた。よく分かるな、と感心しっぱなし。
「理も伊達家の回し者なの?」
「そんなことはないけど…、先生が授業で言ってたの、覚えてた」
「えー、本当?」
理のクラスで言っていて、うちのクラスで話していないのでは、と小野先生を疑いたくなったが、どのクラスでも何回でも楽しそうに語っていたんだろうな…と容易に想像出来てしまった。私が忘れ去っているだけか。
私が机に突っ伏したことにより、理も机に向かっていた体を寛げた。そういえば、とコロちゃんの話を休憩がてら話すことにした。
「ってことがあってさ…」
「…そう」
飼い主の神主さんが亡くなっても神社に居続けている、なんて話をしていいか迷い、神社の看板犬コロちゃんを紹介するだけに留める。天田君、舞子ちゃんと一緒にコロちゃんを撫でてきた。光子おばあちゃんにも会って餌をあげてきたんだよ、って。私の話に無言で相槌をうつ理。ふわふわもふもふしたコロちゃんを思い返しながら上を向いた。
「コロちゃん可愛かったなあ。理にも見せたかった」
「じゃあ、今度一緒に見に行って良い?」
「勿論」
きっとコロちゃんはずっと、神社で待っているだろう。そう考えたら急に目頭が熱くなった。「眠くなってきた」と呟きながら、指で目を擦る。
「寝たら?」
「まだ7時くらいじゃん。夕飯食べたばっかりだし、今寝たら夜中起きちゃいそう」
理の言葉に笑いながら首を振る。軽く返事をしたが、理が部屋にいるのに、寝るってどうなんだろう。意識してしまうな。想像して、頬に手を当てた。ちょっと熱いかも。
関連するように、恥ずかしい記憶も蘇る。保健室のキス以降、あれ以上のスキンシップをしていない。理が触れるだけのキスだったから、調子に乗ったせいで、「それならこっちだって」と煽ってしまったことが昔のように思える。「よしよし、忘れていいぞ」「忘れられるのは悲しいなあ…いつ来るんだろう」と相反した2つの気持ちが私の心の中でバトルをしている。恥ずかしいから、いいんだけど、でも、寂しいな。
影時間になり、シャドウの反応が町中で発見された。作戦室に駆け付けた課外活動部のメンバーは神社に出動することになった。理がいつもの面子の中にいないのに、辺りを見渡す。
「リーダーは先行して神社に向かったよ」
先輩たちは理を止めたそうだが、それを突っぱねて一人で出ていったようだ。強くなったのを過信しすぎていないか?理の勝手な行動に焦燥感に駆られながら、私たちも神社に向かうのだった。
駆けつけた頃には、既にシャドウを倒し終えていた。黒いもやが境内の地面に溶けていく。それを見届け、理は銃を腰のホルダーに戻した。
「理!先に一人で行くなんて…ってコロちゃん…!?」
理を叱咤する間もなく、足元にいた白い犬に注目した。その犬は、コロちゃんだった。影時間でも象徴化していないのに驚いたが、理曰く、コロちゃんはペルソナを出して戦っていたそう。その援護をしてシャドウを倒し終えたそうだ。「犬がペルソナ!?」とみんな驚く。無理もない。
「この子、神社を守るようにシャドウと戦ってた」
理の言葉にコロちゃんに視線を向ける。誇らしげに「ワン!」と一声鳴くコロちゃん。その健気な姿に、思わず彼を抱きしめてしまった。
「…無事でよかった」
私だけ感激していたようで、コロちゃんを抱擁から解放したタイミングで真田先輩が「…そいつはコロというのか?」と説明を求めてきた。慌てながらコロちゃんについて話す。
「えっと、この子はコロマルといって…」
今度は、飼い主さんの事も隠さず喋った。コロちゃんは飼い主さんとの思い出の神社を守ったんです、と締め括ると、風花ちゃんが涙ぐみ、順平君は空を仰いでいた。
感動的な空気が流れた所で、コロちゃんを連れ、寮のラウンジに戻ることに。コロちゃんを一匹で影時間に置いておく訳にはいかない。ただ、飼い主さんとの大切な神社から離れないかも、と危惧していたが、意外にも自分から進んでついてきてくれた。なんでも、「助けてくれた恩を返したい」からお供します、ということらしい。桃太郎が浮かぶ。
何故、犬の言葉が分かるのかというと、アイギスちゃんが翻訳してくれた。万能すぎないか?アイギスちゃんの翻訳に呼応するように、ワフ、と鳴くコロちゃん。道中、真田先輩と順平君がしきりにコロちゃんを褒めていた。コロちゃんのガッツにいたく感銘を受けたようだ。
ラウンジに着くと、「コロマルと一緒に戦ってもいいんじゃないか?」という話になる。桐条先輩(彼女も浮かない顔をしている)以外の女性陣はこんな可愛いコロちゃんを戦わせるなんて、と口に出して抗議していたが、当の本人は「「承知した。俺の力が生かせるのなら、共に戦わせてほしい」と言っているであります」と言うではないか。…コロちゃん、自分の事を「俺」っていうんだ。
いや、そんなことより、コロちゃんがそう望むならば叶えてあげた方がいいのかな…、と迷いが生じた。だが、入ったばかりで大型シャドウと戦わせるなんて無茶だ。理がいたとしても、もしもの場合もある。
「コロちゃんをシャドウと十分戦えるようにタルタロスで訓練しないと」
私の発言に「確かに、実戦経験は積んでおいて損はない」「うーん、そうだよね…」「俺もレベルアップしといた方がいいかもなあ」と良い雰囲気に。タルタロスに行くのを再開するきっかけになるかもしれない。手ごたえを感じていると、「だったら」と理が声を出していた。嫌な予感がする。
「俺がコロマルをタルタロスに連れて行って訓練させます」
障壁となるのは、やはり理。
「だ、だったら私もついていきます!」
出遅れて、私も声をあげた。少しして、桐条先輩が深い息をつく。呆れられたようだ。
「では手始めに、二人には次の影時間にコロマルの訓練に行ってもらおう。…リーダーが一人で突っ走らないよう、監督役を頼んだぞ、結城」
「はい」
コロちゃんも無事、理も無傷で結果オーライだったおかげか、先輩にあまり咎められなかった。部屋へ戻る間際に「こういう事、もうやめてよ」と伝えておいたが、心配だ。
**
「なんでコロマルが分寮に?」
天田君にとっては朝起きてきたらコロちゃんがうちにいたことになる。驚くのは無理もない。
「夜中に神社で説得したり色々あってね。是非うちに住みたいとコロちゃんが」
「いいえ、住みたい、ではなく、共にたたか…」
「あっ、アイギス!理がこけた!」
「理さん!」
私の声に合わせて、ラウンジに倒れてくれた理。ありがとう。アイギスに「大丈夫でありますか?」と心配されるのを横目に、天田君に「ということなので、よろしくね」と誤魔化しておく。
「心境の変化でもあったんでしょうか」
「そ、そうだね…」
「分かりました。これからよろしくな、コロマル」
コロマルが来て嬉しそう。あんなに思い入れのあった場所を離れるくらいなのに、追及しないでいてくれるのがありがたかった。そういえば、あんなロボな見た目のアイギスちゃんを興味津々に眺めている時もあるが、私たちに聞いたりしない。物わかりの良い子のように振舞っているのに、ごめん、と言いたくなった。
理が神社に行きたいと言うのでついていくことにした。リードにつないだコロちゃんと一緒に歩き出す。光子おばあちゃんに会ったらコロちゃんのこと伝えておかないと。それに、コロちゃんが戦いで怪我をしないように思い入れのある神社でお祈りしておきたかった。コロちゃんはおのずと神社へ進んでいく。元気すぎて、先へ先へと引っ張られる私。
振り返ると、理は後ろから私の様子を面白そうに眺めていた。ゆったり歩く足取りに余裕を感じる。コロちゃんに「神社が楽しみなのはいいけど、元気すぎるぞ~!」と声をかけるも、言葉を聞く気が無いのか、私を力強く引っ張ったまま。どうしても小走りになってしまう。
「ちょ、コロちゃ…理が引っ張ってえ!!」
軽く笑いながら駆けてくると、リードを持つ係りを代わってくれた。すると、コロちゃんをうまく御しているのか、歩く速さが収まり、普通の散歩になった。
「どうしてだ、コロちゃん…」
私たちの方が付き合いが長いはずなのに、どうして…。アイギスちゃんがいれば訳が分かったかもしれない。
神社と一緒になった公園。見知らぬ青年が舞子ちゃんと一緒にいた。ベンチに座ってノートを眺めている。
「主人公はピンクのワニ?えー!可愛いね!」
「そうだね。可愛いけれど…おや?」
「あっ、お姉ちゃんたち…とコロちゃん!」
二人は私たちに気付く。舞子ちゃんがベンチから降りて、こちらに駆け寄ってきた。コロちゃんをわしゃわしゃと顔から頭まで撫でていく。
「コロちゃん、お姉ちゃんたちのお家で飼ってるの?」
「うん、そうなったの」
「え~!良かったね、コロちゃん!」
良かったのかな、ご恩返しについてきてくれた形だけども、出来るだけ寂しくないようにしたい。
舞子ちゃんに「このお兄ちゃんとね、お話を読んでいたの」と手を引かれ、ベンチへ誘われる。青年は立ち上がって、私たちに笑いかけた。
「僕は神木秋成。君は、…結城君だね?」
理は無言に頷いた。友人とでも会ったように目を細めている。
「理を知ってるんですね」
「あぁ、舞子ちゃんから聞いていてね。君が彼のお姉さん」
「はい、ナマエといいます。こっちはコロちゃんです」
意外にも初対面らしい。理ってば、人見知りしなくなったのだろうか。穏やかな笑みを湛えた神木さんに、私も釣られてはにかんだ。
「お兄ちゃん、話の続きを聞かせて?二人も聞いてみてよ。ピンクのワニが出てくるんだ!」
「ピンクのワニ?」
「可愛いでしょ?」
舞子ちゃんの言葉に首を傾げていると、神木さんは「参ったな」と恥ずかしそうに頭を掻いた。
「この話はね、とある友人と触れ合う内に「何か残したい」と思って作ってみたんだ。…自分で言うのも恥ずかしいが」
「へえ、いいじゃないですか。小説ですか?」
「短い話だから、短編小説というべきか。彼女が興味を示してくれたから童話なのかもしれない。でも、些細な括りに入れなくてもいいとは思っているよ」
ほうほう、と頷いてしまう。短いお話なのか。私も舞子ちゃんの言っていた「ピンクのワニ」というワードに興味を引かれている。なんとなく、楽し気で可愛い話のような気がした。
「話聞きたいです。ねえ、理」
理もゆっくり頷く。
「そうだね。君たちにも一緒に聞いてもらおう。2番目、3番目の読者になってくれるかな?」
「是非お願いします」と頷くと、神木さんはノートを開き、語りだした。ピンク色のワニは一人ぼっちだった、と話が始まる。私が想像したようなきらきらしたものでない、「死」に対しての話に聞き入ってしまった。
奇異な色から、一人ぼっちのピンクのワニ。小鳥と友達になるも、誤って小鳥を食べてしまう。ワニは泣いて泣いて泣いて、死んでしまう。ワニの涙は池となり、動物たちの憩いの場となるが、池がワニの涙で出来たことを誰も知らない。
神木さんが話し終えると、そっと舞子ちゃんが俯いた。
「なんだか、寂しいね」
「そうだね…」
ピンクのワニのこと、池のことを知らずに、他の動物たちは生きていく。たしかに寂しい。あまりに報われない。誰か一匹でもワニの事を覚えている動物がいれば、なんて想像してしまう。
「解釈は任せる。でも、僕はこれで良かったって思う。そうだろう?」
神木さんは、理に目を向けている。理は、「あぁ」と頷いた。二人の間に通じ合うものがあるのかもしれない。
神木さんの言葉を聞いて、私も下を向いてしまう。無意識ながらも「こうだったらよかったのに」と、神木さんが書いた話にいちゃもんを付けてしまった。自分を恥じて、神木さんに顔を向けられない。
「解釈は色々あっていいんだ。読んだ人間が生と死について考えるきっかけになれば、僕も報われる」
私の気持ちを見抜いているのか、神木さんの言葉に、そろそろと様子を窺うように顔を上げた。神木さんが幸せそうに微笑んでいるのに、目を見張る。
「生と死、ですか」
「難しいよね。でも、いつかは誰しもが「死」を迎える。遅かれ早かれね」
「…そうですね」
どうして神木さんは、この話を書くに至ったんだろう。何もかも悟ったように晴れ晴れとした表情を見せていた。
「きっと、人が生きることって、意味があるんだよ」
「誰も覚えていないのに、ですか…?」
「あぁ、彼は意図せずとも、動物たちの憩いの池を残した。意味はあったんだよ。…ふふ、納得してない顔だね」
不服な表情が顔に出ていたみたい。かなり失礼すぎる。「ごめんなさい」と深々と頭を下げた。
「いいんだよ。そうやって考えるのがいいんだ。それが君の心を癒すきっかけになることを祈っている」
「神木」
不思議な言葉に「?」を浮かべていると、理が声をあげた。いきなりの馴れ馴れしい呼び方。私の方が理に向かって声をあげたいくらい。
「ごめんよ。……君の大切な人なんだね」
神木さんの静かな言葉に、理がしっかり頷く。私は二人を交互に見つめる。通じ合っている。そしてこの会話は何?
謎の雰囲気を中和して欲しい、と舞子ちゃんに助けを求めようとするも、理の傍にいるコロちゃんと遊んでいた。
「そろそろおいとましようかな」
またも私の戸惑いを察知したのか、ベンチから腰を上げ、帰ろうとする神木さん。そんなことない、と言わんばかりに慌てて話しかける。
「私たち、ここの近くに住んでるんです。神木さんも近所に住んでるんですか?」
「いいや、住んでいるというより、入院していたんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、もう自由の身だよ」
入院していたように見えないけれど、そうなのか。「退院おめでとうございます」と言いかけたが口を噤んだ。いきいきとお話を聞かせてくれた神木さんにはもう必要のない言葉かもしれない。
「またここに来るので、その時は創作秘話を聞かせてほしいです」
「…そうだね、ありがとう」
神木さんは目を細めた。
「さよなら」
神木さんを見送ると、光子おばあちゃんが入れ替わりでやってきた。リードを持つ理を見て、驚いたように口に手を当てている。コロちゃん、光子おばあちゃんが来て嬉しそう。尻尾をぶんぶん振っている。
「おばあちゃん、こんにちは。…あのね、コロちゃん、うちで預かることにして…」
コロちゃんを可愛がっていただけに、落ち込んでしまうかも、と思っていたが、彼女は目を細めて、「よかったねえ、コロちゃん、よかったわねえ」と何度も頷いた。
「必要とされる場所が見つかったのね」
「ワン!」
コロちゃんの返事に満足そうに、おばあちゃんは再度頷いた。
「おばあちゃん、勝手にごめんね…?」
「どうして?ナマエちゃんと理ちゃんについてきてくれたんでしょう?…良かったわあ」
コロちゃんを可愛がってあげてね、と伝えられ、二人して顔を見合わせてから、「はい」と頷いた。
「それならこのドッグフード、理ちゃんたちに預けようかしら」
「そうだ、舞子もたくさんコロちゃんのご飯持って来てたんだ!…持って帰って食べさせてあげて?」
二人とも帰り際に、大量のドッグフード、おやつを託してくれた。貰った荷物全てを抱えながらリードを引く理の図。
「大丈夫?理…」
「平気。それより、お参りするんだろ」
「ああ…うん」
急いで本殿へ向かい、お賽銭を入れて、しっかりとコロちゃんの無事を願う。神主さんもきっと見守ってくれるはずだ。
お参りが済んで、せめてリードぐらいは代わらないと、と恐る恐る理からリードを受け取る。もう落ち着いたようで、ゆっくり歩を進めてくれた。最初のダッシュは、神社へ行くのが楽しみすぎたせいだったのか。
帰り道、ピンクのワニの話を振り返る。
「ピンクのワニ、子供の頃聞いたら泣いてただろうな。ワニに感情移入しすぎて」
「もしこうだったら、って何か思った?」
「うーん、他の動物の一匹でもワニのことを覚えてあげたら…とは思ったかな。…もちろん、神木さんが頑張って作ったお話なんだから、そのままが一番なんだけど。でも、こう、もっとハッピーエンドを欲してしまう…」
幸せな話が好きだ。報われない話は悲しい。世間の固定観念にとらわれているけれど、素直にそう感じてしまう。
「でも、現実はそうはいかないことが多い。生きて、死ぬって、そういうことだと思う」
理の言葉に「うん…」と返事をする。悲しいけれど、事実ではある。
「でも、お話くらい…と思ったけど、そうだね。私たち読者がピンクのワニを憶えていてあげることが一番、ワニの為になるんじゃないかな…なーんて」
なんか、恥ずかしいね。らしくない、と付け足せば、理は「ううん」と首を振った。
「そうなるのっていいね。それが人の生きた証になる」
笑わずに肯定してくれた。たまに深い事をぽろっと喋る理。
「ありがと…。理ってば、神木さんとも通じ合ってたし、ちゃんと考えてるんだね」
「そんなことはないよ」
生と死について考える。きっと良い事なのに、足取りが重くなってきた。
「ナマエ?」
距離が離れていったことから、理が振り返る。慌てて駆けだしたら、ジョギングでもするのかと勘違いしたのだろう。理に追いついても、止まることなく、コロちゃんと寮までずっと走ることになった。
影時間になり、理と共に寮から出る。武器を持って、コロちゃん連れていざタルタロスへ。うん、鬼退治みたいになってきた。
リードを引いて、東の方向へ向かったのはいいが、いつもタルタロスへ向かう道ではないのに気付く。このまま歩いたら神社に向かうぞ。抗議すると、「遠回りしようと思って、神社も見たいだろうし」と返ってきた。まあ、それも一理あるか…、と理の言葉に納得し、歩みを進める。神社へ着くと、コロちゃんはご機嫌な様子で辺りをぐるぐる回る。影時間だからと、リードを外してコロちゃんのしたいようにさせる。神社や公園内を嬉しそうに駆けまわるコロちゃんを見て、心がほっこりした。既にベンチに座ってコロちゃんの様子をのんびり眺めている理。その横に座ると、釘を刺しておく。
「この後タルタロスへ向かうんだよね?」
「まあ」
「戦うんだよね?」
「……タルタロスの前を通って帰る、訓練を…」
「散歩じゃんか!」
夏休み何度目かのツッコミ。エリザベスさんの言葉が蘇る。「そう言えばそうなる」なんて言っている理に、あからさまに肩を落とした。
「タルタロスで訓練するって言ったじゃん。……屋久島じゃ戦うのにノリノリだったのに、どうしたの?」
どうしてそうも戦いを避けるのか。「大型シャドウ、もう6体しかいないのか」なんて言ってたのに。そう呟けば、「でも、影時間っていつか終わるだろ?」と至極真っ当なことを言い出され、困惑してしまった。戦うのが楽しかったんじゃないの。私も、理と同じことを思っていただけに、急に悟ったようなことを言われて、勝手に、理に置いていかれたような心地になる。
「戦いとか関係なく、みんなと夏休みを楽しみたいと思ったんだ。…夏休みが終わったら、ちゃんと、元に戻るから」
「やけに夏休みにこだわるね。…来年の夏休みは今年より遊べないだろうし、分かるけど」
来年は受験の年。毎日のんびり、遊び三昧という訳にはいかないだろう。でも、自由な時間がある時期だからこそ、強くなるべきだと思う。
「俺がみんなを守るから」
それなのに、私がわがままを言っているみたい。駄々をこねる子どもを諭すような優しい声色だった。
「一気に強くなったからみんなを守る、なんて自己犠牲じゃない?そういうの、嫌だ。…私だって理を守りたいのに」
謎の特訓により理が格段に強くなったのも、「頼もしいな」と素直に受け止めればいいのに、変に焦る要因になっていた。タルタロスに行けないのが歯がゆい。理が遠い存在になる。どんどん先へ行って、追いつけなくなる。そんな気持ちを抱えていた。
感情を露にした私に、理は「ごめん」とだけ告げる。理は悲し気に微笑んでいた。
「あ…」
言い過ぎたか。そんな表情にさせた後悔から「ごめん…私も、悪かった」と反射的に謝ってしまう。
いつの間にか、コロちゃんが傍に来ていた。耳を下げて、「クウン」と悲し気に鳴いている。彼らを悲しませたのは私のせい。コロちゃんを安心させるように笑みを作ると、頭を撫でてやる。
「……変に焦って、駄目だね。夏休みを楽しむ余裕を持った方がいいよね」
「ナマエは悪くない。ごめん、全部俺のわがままのせいで…」
「いいの」
今度はもう片方の手で理の頭を撫でた。理は、視線を落とす。
「きっと大丈夫だよね。あと4体倒せば影時間も終わって、平和な日々に戻るんだから…」
戦いを楽しんでいた自分に、心配性な自分に言い聞かせるように何度も繰り返した。また欠けては満ちていく、影時間の禍々しい月を見上げて。