町をまわる

 カーテンの隙間からちらちらと日差しがのぞく。ベッドから起き上がった。すっきりした目覚めに、思わず顔もほころぶ。体をうんと伸ばして息をついた。ベッドのそばの時計を見るに早めの時間に起きたみたい。窓から小鳥のさえずりが聞こえる。庭の木に止まっているんだろう。思い切って窓を開けると、涼しげな風が入ってきた。庭の薔薇も見下ろす事ができ、目を楽しませてくれる。しばらく庭を眺めていると、リオン君が視界に入ってきた。
「リオン君、シャルティエさんおはよー!」
 声を上げて手を振ると、驚いた顔で見上げられた。依然手を振ったまま彼を眺めるも、お返しはなく、睨まれる始末である。代わりにシャルティエさんが声を張った。
『おはよう?!そうだ、坊ちゃんが剣の稽古をするから下に降りて見学したら?』
「なっ!」
「本当?是非そうさせてもらうね!」
 彼の言葉に甘えて、すぐに着替えて庭へ急ぐ。その間「許可した覚えはないぞ」とリオン君の苛立った声が聞こえる。
 朝食の準備をしているマリアンさん、メイドさんたちに挨拶をして屋敷から出た。屋敷を曲がって庭へ歩くと、既に稽古を始めているリオン君がいた。仮想の敵と戦っているのだろうか。右手にはシャルティエさん、左手にはナイフを握り、鮮やかな剣技を披露している。まったくこちらに意識を向けることなく、集中しているのが見て取れる。庭の木のそばに腰掛けると、彼の鍛錬を見続けた。
 マリアンさんが「朝ごはんよ」と庭へ呼びに来てくれた。彼の剣技に見入ってしまったからか時間の感覚が分からなかった。リオン君はマリアンさんの持ってきてくれたタオルで薄い汗を拭う。きっと毎日の習慣なんだろうな。
 一緒にダイニングへ向かうと、用意された朝食に早速手をつけた。食事を進めながら、リオン君から今日の街案内についての予定を淡々と告げられる。朝食を食べてしばらくしたら家を出る。ルートも指定してくれて、昼頃には案内が終わる予定らしい。それならば、と提案を持ちかけてみた。
「お昼をどこかで一緒に食べない?きっと換金したらなにかしら奢れると思うからさ」
「断る」
「ばっさり!」
『決断早すぎですよ、坊ちゃん!』
 拾ってもらった日から与えられてばかりだったから、せめて何か返せたらと考えていた。即決で断られてしまったが、潔く散った事でダメージはそこまで無い。
「あら、ご一緒にお昼を食べられても良いと思いますよ」
「…いらん噂を立てられたくない」
『恋人同士だってみんな思いそうですもんね』
 マリアンさんも応援してくれたが、比較的マイルドな言葉で理由を話してくれて納得した。そこにシャルティエさんが火に油を注ぐ。リオン君がシャルティエさんを凄い顔で睨んでいる。か細い声で『すみません』が聞こえた。
 リオン君は顔が良い。みんな玉砕しそうだけども言い寄ってきそうな子がたくさんいそうだ。一緒に街を歩くのも難易度が高かったんだろうな。その中で二人きりで食事するのはさらに親密に思われそう。なら、食べ物を持って帰って屋敷で一緒に食べるのが良いかもしれない。
「じゃあ何か買ってこようかなあ、…テイクアウトできるご飯物とか…それかおやつとか。屋敷で一緒に食べようよ」
 リオン君が「おやつ」の言葉に目を見開くも、すぐに顔を背けた。なんというか、分かりやすい反応をされた。確信したので「うん、おやつにするね!」と決定しておく。「僕は何も言ってないぞ」と言われるも、目が語っていたじゃないか。
「それは良いですね!お茶もお出ししますわ」
「マリアンさん、ありがとうございます!」
「ぐ…!」
 何がいいかな。シュークリーム?それか、もっと欲張ってケーキ?案内の際はお菓子屋さんがあるか目を光らせよう。
 食事を終え、歯を磨いて、身支度を整えた後玄関に向かう。既にリオン君が待っていた。私の姿を確認すると、無言で玄関から出て行く。後を追いながら声をかけた。
「待たせちゃった?」
「いや」
「そう、なら良かった。用意してくれたレンズも持ってきたよー、換金するのが楽しみだ」
「そうか」
 言葉の少ない会話をぽつぽつと続けると、とある建物からにっこり顔のお姉さんが出てきた。「あれがオベロン社の換金所だ」とリオン君。『換金した後で顔が緩んでいるんでしょうね』とシャルティエさんが解説してくれた。なるほど。ここがヒューゴさんが総裁を務める大企業。各地にも死者が点在しているようで、ここが本社らしい。……まだ何もしていないけど私も社員なのだろうか。
 まずはレンズを換金してからお店をまわることを朝食の席で伝えられていた。お金が無いのにお店を見ても仕方ない、二度手間になる、との合理的な考えに頷くことしか出来なかった。
 建物の中に入ると、窓口の女性の元に歩み寄り「換金をお願いできますか?」と麻袋のレンズも窓口に差し出した。女性の言葉にただ頷くのみ。なんやかんやでリオン君が言った通り500ガルド近くのお金と換金できた。
「懐がほくほく」
『良かったね!次は武器屋さんへ行こう』
 シャルティエさんに導かれ、次は武器屋に入る。並んだ武器におののきながらもリオン君から簡単な説明を受けた。
「今はナイフだが、レイピアくらい細身の剣でモンスターと戦ってもいいかもしれんな。リーチが長い分隙が生まれやすいが、初心者向けの武器だ」
「そうだねえ。……折角リオン君が大切にしてきたナイフを貰ったんだし、しばらくはこの子と頑張っていきたいな」
 鞘にしまったナイフを今も腰にさしている。鞘をなんとなしに撫でてみた。リオン君がそっぽを向く。照れているのだろうか。
「…そうか」
『坊ちゃん、良かったですね?!』
 続いて防具屋さん。革で作られた軽装の装備、重厚な鎧の装備など並べられている。
「攻撃を受けた時に役立ちそうだね」
「まあな。盾も置いてあるが、買っておいて損はないんじゃないか」
「いいね!盾!」
 リオン君に勧められるまま防具を整えていく。小さな盾と道具をしまえるポーチを購入し、次は道具屋へ。そこでは驚きの技術を目の当たりにする。なんと、グミで体力が回復できるようだ。それと、ホーリィボトルなるものは瓶の中身を撒くとモンスターに遭遇しなくなるらしい。ありがたい!これらも買いながらも、お金は十分余らせておく。道具屋を出たところで日差しの眩しさに目を細めた。屋敷を出た時より日差しが強い。きっと時間も経ってるんだろう。
「次は城の資料室へ案内する」
「お城!…でも、入っちゃっても大丈夫なの?」
「それは問題ない。一般市民に室内を開放してある」
 甲冑を着た兵士が警備をする中、正門から城へ入る。おごそかな雰囲気に気圧されながらも、リオン君についていく。左のほうへ進むと、すぐに大きな木の扉が目に入った。分厚さもあるそれをリオン君は難なく開いたが、受け止めた私は「おもっ」とつぶやかずにはいられなかった。室内を見渡すと、所狭しと本が収納された本棚だらけ。勉強用の机が所々置いてあるが、そこにも本が積んである。それに長いこと締め切ったままなのか、埃くさい。試しに歴史の本を探そうとするも、ぱっと見た感じ、どこにあるのか分からない。ここから必要な本を探して、読み終わるのはいつになるのだろう……。
「資料室は過去の歴史や王政、モンスターの図鑑など、娯楽小説以外は全て置いてある。本の分類ごとに分かれていると思うが…」
 リオン君もあまり来た事がなかったのか、あたりを見回して、顔をしかめた。私と同じ事を考えたのだろう。棚にはなにも印されていないし、背表紙のタイトルから帰るヒントとなる本を探すのも、一苦労だろう。
「ありがとうリオン君、…まあなんとか分かるでしょう」
「…僕の助けが必要なら明日が最後だぞ」
「あ、じゃあ…お昼とおやつ食べてゆっくりした後、資料室を把握するの手伝ってもらってもいい…?」
「あぁ、分かった」
「ありがとうー!」
「資料室で騒ぐな。一応司書もいたはずだが…」
 「見当たらないね」と相槌をうって、本棚の奥を進むと、カウンターに座るおじいさんを発見。目をつぶって、うつらうつらと体を揺らしている。居眠りをしてる?たしかに窓からさしこむ穏やかな光とポカポカ陽気にやられる気持ちもわかる。
「資料の持ち出しは厳禁のはずだぞ。これでは警備がザルじゃないか…」
「まあまあ、今は人がいないし、いいじゃない?」
『そうそう、そもそも利用する人があんまりいないんじゃないんですか?』
 怒りからか震えだすリオン君をなだめる二人。「次に来た時も寝ていたら叩き起こしてやる…」と不穏な言葉を吐くリオン君。おじいちゃん司書になんとご無体な…。
 城を出ると、「案内は終わった、帰るぞ」と元の道を戻ろうとするリオン君。思わずマントを引っ張って足を止めることに成功。ただ、やはり怒られた。
「マントを引っ張るな!用があるなら口で言え!」
「ごめん、お菓子屋さんを探したいんだ」
「お前一人で探せ。一人で屋敷へ帰れるだろ。必要な場所の案内は終わった。僕は帰る」
「リオン君の好きそうなものが買いたいんだよ!お菓子屋さん選びに付き合って欲しいんだけどなあ…」
「何でもいい!」
「えー、でも……」
 私はかたくなにマントを離さない。その結果、二人で道の真ん中で立ち往生。通行人の目が私たちに向けられる。それでも本気で抵抗しない所にリオン君の優しさを感じた。あれ?私の優しさのハードル、低すぎ…?ふとつよい視線を感じ、その方向を向いてみた。
「あれは…マリアンさん?」
 すぐ建物の壁へ身を隠してしまったが、食材を手に持って輝いた表情でこちらを伺っていたような…。リオン君も気付いたようで、気が抜けた私から逃れると、彼女に声をかけに行ってしまった。ここで待つ事にしよう。彼も壁で見えなくなってから少し経った。マリアンさんがリオン君に連れられこちらに歩いてくる。悪いことでもしたかのように、申し訳なさそうに肩を落としている。
「ごめんなさい!丁度買い物をしていたら、あなたたちが目に入ってしまって…!二人とも仲良くしてるか気になって見てしまったの」
 リオン君と顔を合わせた。仲良く…出来ていただろうか。「二人とも楽しそうで良かったわ」と続けて言われた。出来てたみたい。「はい」と、言葉のままに頷く私。リオン君は無言だが、ふと何か思いついたのか、表情を明るくさせながら口を開いた。
「そうだ、マリアンさえ良かったら一緒に街を回らないか?」
 さりげなく彼女の荷物を持とうとするリオン君。「大丈夫よ」「いいんだ」のやりとりが暫く続いたが、マリアンさんが折れた。この対応の差よ、と思いながらも、リオン君の提案に大賛成。
「私からも是非ともお願いします!マリアンさんのオススメスポットがあれば教えてもらいたいです!ついでにオススメのお菓子屋さんも…!」
「オススメのスポット…。そうね、ちょっとついてきてくれる?」
 マリアンさんが歩き出し、それに続いた。道中、マリアンさんの荷物を持つリオン君を笑顔で見つめる。「ニヤニヤするな」と言われたが、ニヤニヤしない方が難しい。
 「ついたわ、オススメの場所」とマリアンさんが足を止めた所は東の港だった。船着場もあり、行き交う船が物珍しい。マリアンさんは私に向かって微笑むと、手招きした。見ると、ジェラート屋さんが店を開いていた。移動できるようなパラソル付きの屋台。ケースの中には色鮮やかなジェラートが並んでいる。
「美味しそう!」
「そうね。お昼前だけど、どうかしら?」
「全然いけます。リオン君は?」
「……別に、僕は」
「マリアンさんも食べるの乗り気じゃんか。悲しませてもいいの?」
 マリアンさんに聞こえないように耳打ちすると、腕組みをしたリオン君は軽くため息をついた。
「仕方ない、分かった」
『良かったですね!坊ちゃん!』
「別に僕は、頼まれたから仕方なく…」
「三人一緒だし楽しく食べれるね!」
「…ふん」
 もごもごと喋る様子が全然仕方なく見えない。マリアンさんをふと見ると、リオン君を見つめていた。彼を見る目は、眩しそうにも、切なげにも感じられる。マリアンさんはどんな気持ちでリオン君を見ているのだろう。気になったが、ジェラートを注文しないと、と頭に浮かんだ気持ちに、すぐにかき消された。彼らにどの味にするか尋ねることにした。
「マリアンさんは何がいいですか?」
「私もいいの?」
「えぇ!みなさんお世話になってるんですから!せめてもののお礼ですよ!」
「なら、お願いするわ、ありがとう!ほらリオン様も」
「何で僕が。……分かったよ、……ありがとう」
 とても小さな「ありがとう」。マリアンさんの力に驚きながらも、嬉しくて思わずはにかんでしまった。ケースの前でマリアンさんとはしゃぎながらジェラートを見比べる。リオン君も後ろから背伸びをしてケースを覗いていた。リオン君はチョコレート、マリアンさんはストロベリー、私はバニラに決めた。店員さんに注文し、お金を出す。お金を出した瞬間、地に足がついた気持ちになれた。この世界の一員になれたような心地。それに、少しだけど彼らの恩に報いることも出来た。それがとても嬉しい。港のベンチにマリアンさんを挟んで三人で座る。
「美味しい」
「ですね、マリアンさんの行きつけなんですか?」
「えぇ、休みの日にたまに食べているの」
 ジェラートが舌触りが良くて美味しい。さすがマリアンさんのオススメ。リオン君がジェラートに夢中になるのもよく分かる。
 マリアンさんの髪が時折強く吹く風に沿って流れていく。港と海は同じ潮風が流れるけれど、雰囲気が違うように感じた。海はあたたかな砂を踏みしめていける。足元には貝殻や、ヤドカリなどの生き物が生きている証を残しており、命が輝いているように感じられた。一方で港は頻繁に人が行き交って活気はあるけれど、寂しさも感じられる。この港から船に乗ったり、帰ってきたり、人々の別れや出会いを彷彿とさせた。どちらも輝く海がどこまでも続いているのに、こうも感じ方が違うなんて。
『坊ちゃん、良かったですね。誰かと一緒だと楽しいですね』
 シャルティエさんから優しい言葉をかけられたリオン君。目線がシャルティエさんに向くも返事はなかった。
「リオン君照れてる?シャルティエさんも嬉しそうで良かった」
「あなた…シャルティエの声が聞こえるの?」
 マリアンさんが私の言葉に目を瞬かせている。マリアンさんはシャルティエさんの声が聞こえないのだろうか。「はい」と戸惑いながら答える。
「ソーディアンの声は誰しも聞こえる訳じゃない。最初に言ったろ」
「あ…そうだったね」
「羨ましいわ、私も彼と会話してみたいのよね。リオン様にお仕えする前の事を聞きたい」
「喜んで通訳しますよ」
『それはいいね!』
「お前たち…!」
 ノリノリの私とシャルティエさんを憎々しげに睨みつけるリオン君。絞り出した声からして怒りも多分、抑えめである。マリアンさんは私たちを交互に見比べると、くすくすと笑いだした。
「シャルティエにもリオン様以外のお友達ができたのね」
『……うん、そうだね』
「それも喜ばしいわ、…改めて二人をよろしくね」
 聞こえているんじゃないか、と錯覚しそうになるくらい、彼とマリアンさんは自然に会話していた。そして、私に向けられた屈託のない笑み。お姉さんが弟たちを案じるような言葉。それらを向けられて、頷かない人はいないだろう。力強く頷くと、マリアンさんもゆっくりと頷いた。
 会話の合間にジェラートを食べ終えていた。みんなで頃合いを見てベンチから立ち上がると、屋敷へ戻って昼食をとる事にした。「リオン君がこの後お城の資料室で本探しも手伝ってくれるんです」とマリアンさんへのポイントもアップしておく。嬉しそうに笑うマリアンさんに「仕方なくさ」と伝えながらも、リオン君の表情は柔らかい。