小夜左文字がきて、本丸には三名の刀剣男士が集まった。審神者・ナマエは新たなステージへ歩き出す。
「畑を作ります」
朝食を作って刀剣達と一緒に大きなちゃぶ台を囲んでの食事中、ナマエは突拍子もなくこう言い出した。鯰尾と小夜は「畑…」と箸を持ちながら実感が無さげに呟いた。基本的に主に従順な加州は顔色を変えた。
「え~!畑仕事って汚れるじゃん…」
「そうきたか。…そうか、嫌なら無理しないでいいよ」
「べ、別に嫌って訳じゃないからね?」
ナマエは加州の女子力に恐れおののきながら、無理を強いるつもりはない事を告げる。その言葉に彼女に嫌われるかもしれないと勘違いした加州は、慌てて声をあげた。
「…じゃあ三人とも手伝ってくれるかな?」
「いいですよ!人の身になると面白い事いっぱいだ」
鯰尾は楽しげに、小夜は無表情で、加州が苦渋の色を浮かべながら頷く。それを確認した後ナマエは「これ食べたら早速畑にいこうか」と微笑んだ。
「…折角、主とおそろで爪デコったのになあ」
「俺も忘れないで!でも加州さん、剥がれたら塗りなおせばいいって、言ってたじゃないですか」
「そうだね、また一緒に塗ろうよ」
加州の呟きを耳ざとく聞きつけた鯰尾は自らの爪に塗られた赤色を眺めた後、主に視線を向ける。ナマエは頷く。「また、一緒に…」と繰り返した加州。かみしめるように「うん」と頷いてみせた。加州はこうして主に惚れ直す。頬を染め、もじもじとしながら言葉を紡ぐ。
「じゃあ俺、がんばる」
「私もがんばる」
「俺も俺もー」
小夜はそんな三人をじっと眺めていた。その視線に先程から気付いていたナマエは、「そうだ、小夜君はどんな野菜が食べたい?」と声をかけた。小夜は戸惑いながら「分からない」と答えた。
「あぁ、そうか、呼び出してすぐだもんね。ごめんね」
「……何を植えるの?」
「!えっとね、よく使う玉ねぎとじゃがいも、キャベツに大根を植える予定。それと栄養価の高いトマトかな!」
小夜が質問をしてくれて喜ぶ審神者。嬉しそうに語りだした後、トマトはね、赤くてみずみずしくて美味しいんだよ!とナマエが笑顔でトマトを説明した。彼らの時代にはトマトはなかったかもしれないから。
小夜はなんとなくトマトを思い浮かべてみた。…柿の赤い版が浮かんだ。みずみずしいといえば、小夜には柿だった。
**
四人が畑に出る。手付かずの畑にクワを持ったナマエが手に持っていた風呂敷を広げた。野菜が描かれた小さな袋が置いてある。刀剣達は物珍しそうにそれを見つめる。
トマトが描かれた袋を見つけた小夜は、想像したように柿と大体同じ感じのトマトに驚いた。
「…主、これ収穫できるのって、いつ頃になんの?」
「え、時間かかるんですか?」
加州は、麦藁帽子を深くかぶって袋をしげしげ眺めている。憂鬱そうに目を細めながらナマエに質問をなげかけた。それに鯰尾が首を傾げる。
「ふつーなら何ヶ月かかかると思うけど」
「ああ…そう言うと思っていたよ」
ナマエがその質問を待っていたかのように不敵に笑い出した。三人は不思議そうにナマエを見つめる。
「2205年は農作技術も進歩していてね、虫のつかない、短期間で実をたくさんつける野菜が手軽に作れるようになってるんだ。これで初心者も自給自足可能なんだよ!」
「へえ、そうなんですね~」
「あれ、驚かないの」
「いや、なんかもう初日の電化製品の時点で驚きすぎて、今度はわあすごいなーってぐらいで」
昨日、審神者は3人の前で掃除機を使ってみせたが、驚きが薄かった。この時点で驚き慣れていた、ということか。
「…そうか」
こっちの方が結構すごい気がするんだけどなあ、と残念そうに呟いた審神者だった。驚けばよかった、と後悔する加州。おろおろ。
「うん、この説明書通りやれば、もりもり野菜が作れるから、早速植えてこうね」
「あきらかにテンションが落ちましたね、主」
「そんなことないよ…!こんな広い庭に畑があって、作物を作れるとなると、結構ワクワクはしてるよ」
「わくわく…」
俺はわくわくできない。加州は「わくわく…」ともう一回呟いた。「ほ、本当に嫌なら見てるだけでいいんだよ?」と審神者が加州の表情を窺う。加州は硬い表情なのに笑おうと努めているのが、誰の目で見ても明らかだった。そっと首を横に振ってみせた加州に審神者はおもわず「加州君…」と口を覆った。息子を戦地に送るような心持ちだ。
「加州さんそんなこわがんなくっても。土いじり楽しみましょうよ~」
「お、おう…」
「がんばろう加州君」
小夜は思い思いの表情をする三人を眺めながらも、トマトの袋をぎゅうと両手で握った。
「…さあて、まずは…おっ、じゃあトマトを植えてみよっか」
こくりと頷いた小夜に微笑んで見せると、「じゃあ小夜くん、袋を破ってみんなに種を配ろう」と、早速トマトを植えることに。
「う、土、いじっちゃう感じ?」
「加州君、頑張ったら…美味しいご飯を作ってあげるからね」
3人ともしゃがみ、小夜の小さい手から種を受け取ると、小さいスコップを持ち、説明書通り土を掘った後、種を植えた。手が土につくと、加州は「ううう」と唸り声をあげる。土に触っている間中ずっとだ。手つきもぎこちない。加州君ファイト!と心の中で応援しながらもナマエは種を植えることに集中し始めた。後の二人は加州の事を放置し、黙々と作業している。
**
「ううう爪の間に土入ったぁ…」
「あはは…、台所で洗ったらいいよ」
「うん…行ってくる…」
涙目の加州に声をかけた後、ナマエは用意してあった長方形の鉢植えに畑で採った土を入れ始めた。小夜が近くで屈んでその作業を見つめる。ちなみに鯰尾は泥団子作りにすっかり夢中になっている。仕事を終えたのに土をいじっていた鯰尾に、審神者が泥団子とかあったなあ、と呟いたのがきっかけ。さらに、審神者に「がんばれば輝くほどつるつるに作れるよ」と焚きつけられ、輝く泥団子作りを試行錯誤しているようだ。先程まで小夜はそれを見ていたが、主が何かし出したのでそちらへ移動したのだ。
「小夜君も手伝ってくれる?」
「うん…」
小夜がもっと近くによる。ナマエは懐から野菜のものと同じような袋を取り出した。首を傾げる小夜に笑いかける。
「折角だから花も育てようと思ってね。花は出来てからの…」
「……」
ばっちり袋に描かれている花とやらが見えている。ナマエは「ぎゃあ」と声をあげた後、「見なかったことにしようね」と袋を後ろに隠した。
「でも」
「わああ!…で、でもよく分かんなかったよね…?」
「…うん」
実際、小夜は花の色らしきものが桃色、白色だった事しか分かっていない。ナマエの言葉に静かに頷いた。「よかった」と声をあげたナマエは目を細めた。
「…このお花はね、野菜みたいに改良してなくってね、長い時間が経ったあとに咲くんだって」
「長い、時間」
「うん。すぐに咲かないんだって。…だから、咲いた頃にはみんなどうなってるかな、って。…私も、成長できてるかなあ、ってね」
「……」
「そんでもって、小夜君と植えた事を思い出すんだよ」
小夜に笑いかける。加州君も鯰尾君もいないから、二人だけの思い出だね。小夜は「思い出」と呟いた。
ナマエは見えないように後ろ向きになって袋から種を取りだす。袋を再び懐にしまうと、一緒に植えてくれるかな?と手の平の種を差し出した。
ゆっくり頷いた小夜。「よかった」と呟いた審神者は、小夜の手のひらに種を渡す。黙って、一緒に鉢植えに種を植えた。
何かをおもってか、鉢植えをながい事見つめた後、ナマエは「よいしょ」と立ち上がった。それに合わせて小夜も立ち上がる。
「…さて、手を洗った後は水やりもしなくちゃね」
うん、と伸びをした後、後ろから鯰尾が声をあげる。
「主~~!すごいのできた!!」
「鯰尾君?ついに?」
「…?」
「つるつる泥団子ができたかもしれない、一緒に見に行こう?」
何気なく小夜はナマエに手を握られた。驚いたものの、振りほどく事は出来なかった。同じように土塗れになった手を見つめながら、小夜達は鯰尾の方へ駆け出した。