秘め事

どうしてこうなっちゃったんだろうなあ。
後悔するのがクセになっていた。後悔しても仕方ない、もう戻れないというのに振り返ってはああすれば良かった、と心の中で呟いてしまう。審神者としてまだ未熟だから刀剣達にケガをさせてしまう。もっといい指示をだせたはずなのに。
後悔をしても、ちゃんと反省をして次は繰り返さないように、より良い結果を出せるように。一人、ぐずぐずと泣いている所に、そうやって助言してくれたのは、三日月さんだった。穏やかな顔のまま、私の傍に座って、私に言い聞かせてくれた。
「自分をいじめすぎても良い事はない。自分の為になるような考え方をするのがいい。共に進んでいこう、主よ」
人の身になって人生経験もしたことがないだろうに、ゆったりとした口調で的確なアドバイスをくれる。子供にするように頭も撫でてくれた。今度はその労わりに泣き出していた。繰り返し、繰り返し幼い頃からマイナスの考え方をしていた私は、刷り込みのようにその考え方にすがっていた。三日月さんの言葉は今までの考え方を壊してくれた。
「どうしてそんなに人の事に詳しいのですか?」
たまに私の部屋を訪ねては、私から弱音を引き出して、「よいよい」と頷く、いわばカウンセラーのような存在になっていた三日月さん。
今日もお互い、机越しにお茶を啜りながら悩みを完結させ、後は他愛のない話に切り替わる所だった。疑問に思っていたことが、口について出ていた。「ふむ」と少しだけ考えるように間をあけて、三日月さんは口を開いた。
「年の功ではないか?最初に言ったろう?じじいのようなものだ、と。それだけ長い間、人の営みを見てきたのだよ」
「な、なるほど…」
「何せ、人間の生を何度も見送ってきたからなあ」
三日月さんは切なげに微笑んだ。あ、と気付いた時には穏やかに言葉を続けられていた。
「最初の内は思考も青い。だが人との関わりによってであろう、考え方も固まってくるのだ。顔つきもそれは精悍になっていく者もいた。だが、年を取るにつれて容姿も変わっていく。ますます覇気を増していく者もいたが、…ある者は弱さ、孤独、苦しみに泣き叫びながら死んでいく。あぁ、勿論大往生の者もいたがな。俺はそれらを全て看取ってきた」
人の成長、終わりを繰り返し見送る。自分だけ残される。それは、どんな気持ちだったのだろう。「三日月さん」と呟くことしか出来なかった。
「ああ、主は俺を案じているのだな。そのような顔にさせてしまってすまない」
三日月さんは目を細めた。私の顔に手を伸ばした。輪郭を沿うように撫でてくれる。いつもだったら顔が熱くなって、きっと綺麗な彼と目線だって合わせられないだろうに、合わされた視線を逸らす事はできなかった。
「…だがな、俺はそなたの事も、今までのように看取るのは嫌なんだなあ」
主が立派に成長していくのを見ていると、置いていかれたくなくなってきてなあ。ずっと見ていたくてなあ。
三日月さんは表情をあまり変えない。今も穏やかに笑っている。
私は何か言葉をかけるべきだった。
だが、頭は何も思いついてくれない。何を言ってあげればいいんだろう。いつも彼がしてくれる事を返す番だというのに。分かっていたのに。
「…あっはっは、年寄りの戯言だと思って、聞き流してくれ」
固まっている私の頬から手を離すと、肩をぽん、ぽんと叩いた。三日月さんは自分で話を終わらせた。あの発言は冗談だ、というように。
その言葉にほっとしてしまった自分が嫌になる。そっか冗談なら、いいんだ。――いいのか?三日月さんの告白を終わらせようとする気持ちと、それに疑問を投げかける気持ちが心にあった。
だが、話は他愛のないものに戻っていく。口を開く隙なんて与えてくれなかった。三日月さんは優しいから。
やれ、鶴が今日も短刀を泣かせていた。やれ、燭台切はなにかと世話を焼いてくれる。今日も、こんな事があってな…。日常に戻っていく。その日は相槌をうつことしかできなかった。
それからも、変わらず三日月さんは私の部屋を訪ねてくれた。穏やかな顔で私を案じて、弱音を聞いてくれる。
それなのに、私はあの時の事を追及できなかった。…しなかったのだ。相変わらず優しい三日月さんに甘えることしか、しなかったのだ。たまにあの時の事を思い返しては、勇気を出せば、ちゃんとした言葉に出来なくとも何か言えたのでは?という自問自答をしていた。
だが、変わらぬ日々を過ごしていく内に、言わなくたって別段たいした事はなかったのだろうな、という気持ちが心を占めていく。三日月さんは変わらない姿で変わらない笑顔を私にくれるから。だから、都合よく忘れ去ろうとしていた。
そして、戦は終結間近になっていた。
「ここまで進んでこられたのも、三日月さんのおかげです」
「なに、全ては主が自分で歩んできたからだろう」
「そんなこと、三日月さんがいなかったら、きっと途中で…いやあ、どうだったかな」
「そうか、そうか」
「三日月さんには、本当に感謝しても、しきれないです。…本当に有難うございました」
「時に、主」
「はい?」
「この状況、分かっているのだろう?」
私達は手と手を繋いで、どこかへ歩いていた。ここは本丸ではない。道には桜の木々が咲いている。桜並木を歩いていた。花びらが視界を舞う。
私は三日月さんの問いかけに頷いていた。…やっぱりかあ、どうしてこうなっちゃったんだろうなあ。私が、ちゃんと彼と話していれば、違っていたのかなあ。後悔先に立たず、か。私は三日月さんとの思い出を思い返して、自然と笑っていた。そっと彼に身を寄せた。三日月さんはそれを見て、嬉しそうに微笑む。後悔、でもない気持ちも感じている事に気付いた。
「あの時からずっと、言葉をかけられなくてごめんなさい」
三日月さんは歩みを止めずに私の言葉を待つ。
「今思えばね、私も三日月さんと別れたくなかった。貴方を一人残すのも嫌だった。だから、こうしてくれたこと、結構嬉しいかもしれません」
ありがとうございます、と顔を見上げれば。
「そうか」
ならば、良かったのだなあ。三日月さんはしみじみと呟いていた。

タイトルは「刀さに版深夜の文字書き60分一本勝負」さんからお借りしました。
素敵なお題ありがとうございました!