放浪者のゆめ⑦

 空達が塵歌壺で庭いじりしている間に、バッグの中の資料とにらめっこしていた。
 みんなで夕食を食べてから、自室にバッグを持って行って、うーんうーんと唸っている。

「何に難航しているんだ」

 放浪者がノックもなく部屋に入ってくるのには慣れた。ベッドの上に資料を広げて悩んでいる様子を見て声をかけてくれた。

「因論派の勉強がてら、無限バッグの資料を見てたんだよ」

 空たちがバッグを必要としない近場だったり町の探索に行っている間、暇な時はよく資料を見ていた。

「稲妻で見つけた資料に「国崩」って人物がいたことがどこかに記載されていたと思うんだけど、見当たらなくって」

 容彩祭でも、神里さんや万葉がそんなことを言っていたような。

「……そう」
「放浪者も心当たりない?」
「心当たりはある」
「あ、本当?良かった。ボケたかなーなんて思ってたから」

 でもどの資料だったかは自分で探すしかないし、モヤモヤは完全に晴れた訳ではない。
 ……もういっそのこと博識な放浪者じきじきに教えてもらった方が早そうだな。諦めの早い男である。

「国崩についてうろ覚えなんだけど、たしか雷電五箇伝を滅ぼそうとしたんだよね?でも一心流は残ってる。不思議だよね」
「あぁ、世話になった者の子孫がいたからな」
「……そんな話あったっけ?まるで放浪者が国崩だった、みたいな言い方だけど…」
「……僕が国崩だと言ったらどうする?」
 
 放浪者が国崩?試すような事を言ってきたが、「国崩の話って、結構前の時代じゃなかった?」とさすがにツッコミをいれる。
 もし放浪者がファデュイ時代に稲妻を衰退させる為に指示されたり、(悲しいことに)私怨でやったとしても不思議ではないが、国崩が登場したのは何百年か前だと記録されていたはずだ。俺の指摘に、面倒そうに口を開く放浪者。

「長生きなんだよ」
「そうなの?」
「人形だから」
「……そうなの?」

 俺が永遠にはてなを浮かべている様子を見て、面倒くさそうにベッドに座ると、靴の部分の装飾を解いていく。靴を脱ぐと、足首に球体関節らしきものがあった。驚きで声が出てこない。
 でも、彼は動いて、皮肉を言って、泣いたこともあったっけ。ありありと人形である証拠を見せられても、どうしても人形には見えない。生きている人間にしか見えないのだ。ファンタジー世界だし、こういうこともあるのかな。

「なんで俺に教えてくれたの?」
「国崩について問うただろう。それ以外に理由があるとでも?」
「じゃあ、俺じゃなくても教えてくれた?」

 その言葉に放浪者は、むっとしながら口をつぐんだ。

「打ち明けてくれてありがとう」
「別に……話の流れだろ。それに、……気味が悪いと思わないのか?」
「いや?それより、きっと勇気を振り絞ってくれたんじゃないかなって思って嬉しいなあって」
「……そんなんじゃない」

 なんだか、秘密(?)を教えてもらって彼に認められたような気持ちになった。
 そういえば、俺も黙っていたことを思い出し「あ!」と声をあげる。あからさまに迷惑そうな顔をされた。慣れって怖いな、なんとも思わなくなったぞ。

「そういえば俺も教えてないことがあった」
「はあ?」
「放浪者の名付け、その場で決めないで、一旦空たちが持ち帰ったよね」
「そういえばそうだったかもな」
「実は俺も放浪者の名付けに参加してて」
「…そんなこと聞いていないぞ」

 放浪者の目がさらに鋭くなった。それをスルーしながら、真相を明かすことにした。

「なんと、俺の案が通ってたんだよなぁ」
「なんだと!?」

 胸倉を掴まれる覚えはないのだが…。いつものことのように受け入れ始めている。

「黙っていたのか」
「言う必要がなかったと思いまして……、最初の方は君のことチラ見するくらいの間柄だったじゃん」

 空にナヒーダの世話役を頼まれるとともに、ナヒーダに「食事を追加で一人分用意してほしいの」と言われたことを思い返す。
 あの頃はナヒーダが食事を放浪者の部屋に届けてたのかな。だから放浪者と顔を合わせることはなかった。
 だけど、台所でレシピ研究してたら、男の子がトレイに乗せた食器をシンクに持ってきて皿を洗っていた。なんだかかぶっている笠や顔に見覚えがあるが、むこうはこっちに興味なさそうだし、声はかけないでおこう…くらいの距離感だった。
 その内、空たちが俺に「ファデュイの執行官から足を洗った子がいてさ、名前を新たに付けてあげたいんだ!」と話してくれた。もしかして台所で皿を洗ってくれてる笠をかぶった子?と言えば、「多分そう」と言われた。多分て。
 台所で待機していたら、いつものように食器を運んでくるのを、チラ見した。いつの間にか服が変わっていたが、相変わらず笠をかぶっている。たしかにファデュイの男の子だった。
 ……おそらく、スメールで悪さをしてたけども、空たちが勝って、ファデュイを辞めることになって、なんやかんやで仲間になってくれたのかな、と想像している。その辺りもその内、話を聞いてみたい。
 俺が提案した名前を名乗り始めてから、ナヒーダがちょくちょく俺と放浪者を仲良くさせようとし始めたのかもしれない。

「空たちに放浪者の名前候補を考えてほしいって頼まれてさ。君の顔をチラ見してたから、なんとなく浮かんだ名前が選ばれてしまっ……これは言うべきじゃなかったね」

 放浪者は黙って俺の服を掴んでいた手を開放した。最後の方は余計なことを話してしまった。悪態をつかれるかなと、恐る恐る放浪者の顔を伺うと、「そうか……」となんとも言えない表情をしている。

「もしかして名前、あんまり気に入ってない……?」
「そういう訳じゃない」
「それなら良かった」

 ほっと胸をなでおろしている間に、放浪者は何やら呟いている。

「ナマエが僕の名前を付けたのか……」

 首を傾げていても、彼はこちらに顔を向けない。
 まあ、国崩についての資料はどこかにあるだろう、ということでベッドに散乱させた資料を片付け始める。稲妻についても改めて勉強になったし、結果オーライである。
 放浪者も、自分の秘密を打ち明けてくれた。満足なことだらけだ。

「明日のお弁当は、なんかいい感じのお弁当にするね!」
「あぁ……」

 心ここにあらずといったような、上の空な返事をされた。
 明日も放浪者は教令院で論文を書くことになっている。ラストスパートだと言っていた。その後も学生として在籍するのかな。……だったら俺も、しばらく彼をサポートするかね。