私の腹の音がなったことにより、今がお昼であることを知る。時計も十二時くらいだ。まさに腹時計である。リオン君に鼻で笑われる。
助っ人が加わると整頓のペースも早い。昨日の作業量を午前中に仕上げる事が出来た。お昼休憩をとってから午後の作業をスタートさせれば、おやつどきには全ての本棚の整理が終わるだろう。
「そうだね、そろそろお昼ご飯にしようか」
「私は何も言ってませんよ…!」
司書さんにも穏やかな笑みを浮かべられてしまった。彼は杖をついて立ち上がると、食堂へ向かう事を私達に告げた。
「一時間程休憩したらまた手伝ってくれるかい?」
「大丈夫です!分かりました」
「ありがとう、君らも休憩するんだよ」
「はい」
先に資料室から出ると、司書さんに扉を開けてあげた。手を振る司書さんに手を振り返し、私達も城内を歩き始めた。
「……昼休みに持ち場を離れるとは呑気なもんだな」
「資料が持ち出されるってこと?仕方ないじゃん。それに、それだけセインガルドが平和って事じゃない?リオン君のおかげだね〜」
「どうしてそうなる…まったく」
リオン君についていくと、そのまま外にに出ていってしまう。どこへ向かうのだろうか。城門を曲がり、城の庭に入っていく。ここも薔薇が咲き誇っているなあなんて眺めていると、リオン君が忽然と姿を消した。そんなによそ見をしているつもりはなかったのに、どこへ行ったのか。辺りを見回すと、ガサガサと音がしたので足元の方を見た。リオン君が近くの生垣に、しゃがみながら潜り込んでいた。戸惑っていると、生垣の向こうから「ついてこい」と声がかかる。そうか、ついていこう。生垣をくぐっていくと、ひらけた空間がひろがっていた。中央には木が一本そびえ立っている。秘密基地のような空間に、思わず感嘆の声をあげてしまった。高い生垣の向こうからではこの場所の存在に気付けない。知っている人の少ない穴場なのだろう。
リオン君が木陰に座る。私も隣に座ると、鞄から風呂敷を取り出し、膝に広げる。中には木目調のワッパとナフキンが入っていた。ワッパの蓋を外すと、ころころとした三角おにぎりが目に入る。持ち手となる下の部分には海苔がまかれている。
「おいしそうだね」
「お前は手伝わなかったんだな」
「そうなの、作って頂いちゃって。さすが、分かるんだね〜」
「全部整った形だからな」
確かに、全てのおにぎりの形が同じ様に見える。私も手伝っていたら、形の違うおにぎりになっていただろう。こんな可愛い三角には作れないと思う。
リオン君がおにぎりを一つとった所で、私も手に取ると「いただきます」と一口かぶりつく。白米の中に具がはいっている。塩気のある鮭の味がした。
「おいしい!リオン君何味だった?私鮭味ー」
「……梅」
もごもご口を動かし、咀嚼し飲み込んだあ後に返事をしてくれた。
「へえ〜いいね、美味しそう。屋敷の冷蔵庫の中には色んな材料が入ってあるんだね」
「よくメイド達が買い出しに行くからな」
「そうなんだね、昨日もマリアンさんとばったり会ったもんね」
メイドさん達も頑張ってるんだなあと感じた。私もオベロン社のために働けていないけど、資料室の整理で頑張った気になっている。でも、そう思ってもいいよね、と納得しておく。
ワッパの中には後二つおにぎりが入っている。それぞれ違う味なのかな。一つ目を食べ終え、再び膝の上のおにぎりに手を伸ばす。リオン君も同時に食べ終えたのか、伸ばされた手に触れてしまった。
「ああ、ごめんね。どっちがいい?」
「お前が先に決めろ」
「いいの?えーどうしよっかな」
左のおにぎりか右のおにぎりか迷いながらも、左を選んだ。その後リオン君が手を伸ばし残った一個をとっていく。今度はタラコだ、おいしいねえ、などと喋っている中、ずっと黙っていたシャルティエさんが突然声を出した。
『……すっごい青春感溢れてるじゃないですか…!』
「へ?そうですか?」
『そうだよ!見ててこっちが照れてきちゃった。僕、邪魔してない?』
「いやいやいや…シャルティエさんがいてこそのリオン君じゃないですか」
冷静にツッコもうとする私。彼との間に甘酸っぱい雰囲気を感じたであろうシャルティエさんは『いやーディムロスとアトワイトを思い出すね』と言葉にしている。とある男女の話だろうか。
『二人して偶然を装って逢瀬を重ねてて、たまに見かけては砂糖吐くかと思ったもん』
「甘い雰囲気だったんですか?」
『そりゃもう、お互いが片思いなのは誰が見ても分かってたからね〜。それを本人達は知らずだから、焦れったかったなあ』
「へえ」
お互いに片思いしている事が周りからはバレていて、皆早くくっつけと思っていた。本人達も慕う相手の一挙手一投足にやきもきしたり期待していて、大変そう。でも周りの人も二人を見かけるたびにハラハラドキドキしていたに違いない。どっちも大変だろうなあ、と他人事だからと苦笑いしてしまう。
『ま、いつの間にか恋人同士になって、ホッとしたんだけどね』
「そりゃあ良かったですね」
みんなの苦労が報われて良かった。天地戦争時代の話だろうか。
「……ディムロスとアトワイトは、シャルと同じく、人格をコアクリスタルに投射し作られたソーディアンだ。天地戦争を終結させた英雄とされている。その話はソーディアンになる前の話なんだろ」
リオン君はおにぎりを食べ終え、例のごとく風呂敷に入っていたナフキンで口を上品に拭いている。会話が終わるタイミングで解説をしてくれる。なんという壮大な話。口が開いたまま塞がらない。今より昔の技術が進歩しすぎではないか。頭の混乱が治ったところで話を進める。
「人格を投射、ですか…。えっと、元は人間だったって事ですか?」
『まあ、そうなるのかな。人間だったシャルティエの記憶、人格を投射して作られたのが僕だからね』
「その後の人間のシャルティエさんは……?」
嫌な予感がしたが、リオン君はきっぱりと否定した。
「投射した後も人間のシャルティエは健在していた。オリジナルをコピーしたという事なんだろう。当時はソーディアンマスターのシャルティエ少佐がソーディアン・シャルティエ……、シャルを使って戦っていた」
「そうだったんですか…」
考えている事がツーカーという事なのだろう。自分の考えが相手の考えそのまま…。自分が二人存在しているのって、すごく大変そうだ。…どういう感じで大変かは思い浮かばないけれど、自分が二人いて、その内の一人が剣だったら、と想像する。私はシャルティエさんの方を案じてしまう。……自由に動ける自分をどんな気持ちで眺めていたんだろう。
『なあに、しんみりしちゃってるのさ!ソーディアンになったおかげで、坊ちゃんという素晴らしい使い手に出会えたんだ。僕は幸せものだよ』
強がりではない、軽やかで優しい声色に目を細めた。「そうですよね、良かった」と頷く。幼い頃からリオン君を見てきたシャルティエさん。今まで見た中でも、彼らはお互いに心を許している。きっと誰よりも絆が深いのだろう。リオン君も当然だと言わんばかりに口を引き締めるのが微笑ましい。リオン君には寄り添う事の出来る人達がいる。それが素直に羨ましいと思った。リオン君に頼りにしてもらいたい、と想像してみるも、やはりイメージが湧かない。それどころか、いつか帰る前提の人間なのだから、長い間一緒にいる事も叶わないだろう。…多分。
勝手にしんみりした所で、私もおにぎりを食べ終えた。自分の短剣の手入れを始めているリオン君をぼうっと眺める。その内、訝しげな視線を向けられ、慌てて周りを囲う生垣の方に目を向けた。よく整えられているなあ、などと感想を思い浮かべることを自分に課す。肩を落としているのに気付き、背筋を伸ばす。何だか落ち着かない。そっと息をつく。
「ころころ表情を変えて、変な奴」
「……見てた?」
リオン君はいつしか手入れの手を止め、私を見つめていた。そわそわしている所を観察されていたようだ。羞恥を感じ、顔をしかめた私にリオン君は口を尖らせる。
「お前だって僕を見ていただろ」
「まあ、それは確かに…」
『さっきの話で何か思う所でもあった?』
シャルティエさんの言葉に、うっと胸を突かれる。「マリアンさんといい、シャルティエさんといい、リオン君は信頼できる人が周りにいて羨ましいな〜いいな〜」とは言えず、うーん、うーんと唸るのみ。
「いつになくはっきりしないな」
『でも、何か思う所はあったみたいですね』
「うう、うーん、リオン君は素敵な人たちと巡り会えてるんだなって思っただけです。本当にそれだけです」
言葉をなるべく綺麗にしてみた。リオン君は無表情のまま黙り込んだ。戦々恐々と返事を待っていると、リオン君は何かが納得がいかなかったのか、じと目になってしまった。思わず身構える。
「…それでどうしてお前が挙動不審になる?」
「酷い言いようだね!」
でもまあ、リオン君の言うことはもっともである。きっと、私はこの世界にいる事を楽しみ始めているんだと思う。リオン君やシャルティエさん達と仲良くなっても、元の場所に帰る予定だから、別れが惜しい。でも、帰らないといけない。
「元の場所に帰る前提で頑張ってるけどさ、帰っちゃったら今まで頑張った事とか、こうして仲良くした事もパッと消えちゃうような気がして」
返事がないのをいいことに、喋り続ける。リオン君がどんな表情をしているのか見られない。
「私が帰ったら時々、あんな奴がいたなあって思い出して欲しいな〜なんて」
「帰れる前提で話をするとは、本当にお前はお気楽だな」
人を傷つけるつもりのない皮肉が返ってきた。それに安心したのか体の力が抜け、気の抜けた笑みが勝手に溢れてくる。
「あはは、資料室を調べ尽くしたら、何かしらヒントはあると思うしね」
もしも、どう足掻いても帰れなかった場合。今まで考えてこなかったし、考えようとしなかったのかもしれないけど、もしそうなったら、この世界で生きていく為に努力するつもりだ。
「もし帰れなかったら、その時もまたリオン君たちに泣きつかせて欲しい。…本当に申し訳ないけど、また色々相談してもいい…?」
「……別にそれぐらい構わん。せいぜい元の世界に戻れるよう頑張るんだな」
励ましてくれた、と受け取っておく。息を深く、ゆっくり吐く事が出来た。
「ありがとう、リオン君」
リオン君は私が欲しい分だけ優しくしてくれる。たくさん貰うとどんな顔をしていいのか分からない。だから、少しだけでいいのだ。リオン君が困った時は私も優しく出来たらいいな。助けてあげられるといいな。満たされるような気持ちに、はにかみ続ける。
リオン君は懐を探ると、懐中時計を取り出した。時計の針を見つめた後、立ち上がる。
「戻るぞ」
「もう一時間経った?」
「あぁ」
颯爽と生垣へ向かうとしゃがみこむリオン君。またもぐるのか…と呟けば、「煩わしい奴らがいないに越したことはない」と言葉が返ってきた。そ、そうだね〜と返事をしそうになった時ふいに女性たちの声が生垣の向こうから響く。足音や話し声が遠ざかって、少ししてから生垣をかき分けていった。慎重である。私も葉っぱをかいくぐり、元の道へ戻る。
リオンくんについていきながら資料室へ戻ると、既に司書さんが席についていた。にこやかな表情で私たちを迎える。
「おかえりなさい」
「ただいまです!早速作業を開始しますか!」
「このままやれば二時か三時には終わるだろう」
「そうだね!いやーリオン君がきてくれて本当に良かった。進みも早いよ…!」
思った事を口にすれば、リオン君が眉間をきゅっと寄せた。褒められた時は、必ず不機嫌そうな顔をするのが分かってきた。たった数日でここまで理解ができるようになれたのも嬉しい。
「ありがとう、リオン様。こんな資料室の整理を長い時間手伝っていただいて」
「仕方なくやっただけだ。褒められる筋合いはない」
さらに表情を険しくさせ、そっぽを向くリオン君。でも、顔は赤くなっている。その事に気付いたら「ああ照れてるんだな」と分かるが、彼の人となりを誤解をさせたくないので「こうみえて照れてるんですよ」と口を添えておく。即、睨まれた。司書さんは笑いながら「ああ、分かっておるよ」と頷く。
「みんな集まって資料室を良くしようとしてくれてありがたいね。これも全部、お嬢さんのおかげだよ。ありがとう」
不意打ちの賞賛に素っ頓狂な声をあげてしまった。急激に顔が熱くなってくる。
「あ、いや、そんな、私は…。こちらこそありがとうございます…!」
手をぶんぶんと振り続けた後に、頭を下げる。そして、リオン君からツッコミが入った。
「何故礼に礼を返す」
「いや~、ありがとうって言われると、ありがとうって返したく…ならない?」
「ならんな」
「そうか…そんなに変かなあ…」
「別に、変だとは言ってないだろ」
私の勝手な思い込みだが、傷つかないようにフォローしてくれたようだ。普段言い慣れていないのか、声色がうわずっている。慣れないなりの優しさが心に染み入る。
「リオン君、ありがとう」
「…あぁ」
また「ありがとう」と言ってしまった。リオン君は呆れた顔で口を開きかけたが、ぐっと飲み込む。きっとツッコミするのを抑えてくれたのだ。固く目を伏せるリオン君。ひたすらにこにこする私。司書さんは私たちの様子を目を細めて見守っていた。
「さあ、もうひと頑張りですね!作業開始しましょうか!」
棚の整理はあと少し。もくもくと本を整理していく。リオン君も最後の棚から分類にあった本をいれていき、ついには私達が二人で最後の本棚に本を並び終えた。
「まだ終わっていない。次はあの山積みの本をそれぞれの分類の本棚に入れていくんだろ」
達成感で腕をうん、と伸ばしていると、リオン君に叱咤された。ゆるんだ顔でもしていたのだろうか。
「あぁ、そうだったね。先に棚ごとに分類を貼ってかない?その方が整理しやすいでしょ」
「厚紙でもあるのか?」
私が不敵な笑みでカバンからスケッチブックを取り出した。リオン君は思い当たりのない顔をしていたが、思い出したのか、突然目を見開いた。
「どうしてお前がそれを」
「マリアンさんからお借りしたの!余ったページがあるから、リオン君には悪いけど破って使わせてもらおうと思ってさ」
「そうか、マリアンが…」
「絵も健在だよ」
スケッチブックをめくって、彼に見えるように胸の前で掲げた。シャルティエさんのスケッチのページ。リオン君の腰から感嘆の声があがった。
『うわ、これあの時のですか!?結局見せてくれなかったやつ!上手じゃないですか坊ちゃん!』
「シャルティエさんに見せてなかったの!?」
「う、うるさい!別にいいだろ、子供の頃に書いた下手な絵だ」
『そうそう、坊ちゃんたら下手だからっていって見せてくれなかったんだよね』
うまいのに、彼からすると下手なのか…。私の画力とはなんだったのか…。軽く落ち込みながらも、彼の頑張りに対して感じた事を口にする。
「リオン君は小さい頃から頑張ってたんだねえ、凄いなあ」
『そりゃあ、僕のマスターだからね!…でも、本当に懐かしいな。見れて良かった』
賞賛の言葉に誇らしそうな言葉。今度はリオン君が居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
「シャルティエさん、後で鑑賞会しましょうね。さ、分類ごとの目印を作りましょうか。司書さんも手伝ってください〜!」
司書さんの大きなテーブルに集まると、見本となるように、まず私がやってみせることにした。はさみで白紙のページを切り分ける。長方形にした後は紙の一番下に「自然・化学」とペンで書き、文字の面がまっすぐになるように、長方形に折りたたんだ。ここがポイントで、棚を上から見上げる形になるから、斜めの面だと見辛いだろうなと考えての案である。
「テープでとめて、本棚に乗せたら完成!」
背伸びして、棚の上に分類の目印を乗せる。十分、分類の文字が見える。司書さん、リオン君の反応を待つ。
「安っぽいな」
開口一番、リオン君の容赦のない一言に「だよね〜」と返してしまった。
「さすがに立派なものは用意できないからね…」
立派なものだと、金属に印字された札だろうか。うん、用意できる気がしない。司書さんが私を気遣う言葉をかけてくれる。
「分かりやすければそれで十分だよ。これを作っていけばいいね?」
「はい!」
目印の作成、もとい工作を始める。リオン君のはさみを持つ手がたどたどしいのに、少しハラハラしたが、分類を書いた字は達筆であった。司書さんも同様に字が上手く、私の描いた字が浮く事に気づいたのは全て作り終えて本棚に置いたあとだった。手作り感がプラスされて、親しみやすくなった…、ということにしておこう。
そして、本棚に分類のあった本を入れる段階へ。工作前の、本を運んだり収納する終わり頃に、司書さんが本の山をある程度、分類ごとにわけてくれていた。リオン君が本を運んで、私が本を整頓して、あっという間に本の山が減っていく。そして、最後の一冊を本棚にさしこんだ時、思わず「終わったー!」と口にしていた。手も万歳のようにあがる。
「お疲れ様。ありがとう、お嬢さん、リオン様」
司書さんの微笑みに、私も微笑み返す。リオン君に顔を向けると、やっぱり顔をしかめていた。司書さんも分かっている。しかめっ面に二人して笑顔を向けた。「その笑顔は何だ、やめろ!」と言われてしまった。それはさておき、整理が大変だったからこその達成感や、司書さんの感謝の言葉が素直にうれしい。きれいになった資料室を一度見まわして、誇らしい気持ちに浸る。司書さんがお礼に、とお饅頭を2つくれた。
「有難うございます!良かったね!リオン君」
「ふん、別にもらってやらなくもない」
甘いもので嬉しいんだろうなあと思っていると、シャルティエさんがそのままの言葉をリオン君に喋っていた。無言のリオン君。あ、ちょっと怒ったな。そういえば、シャルティエさんで思い出した。
「シャルティエさん。鑑賞会しないと!」
テーブルに置いてあったスケッチブックを取り出すと、歓喜の声が上がる。暫し、リオン君のスケッチ鑑賞会となった。